アヴェスターにはこう書いている?
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W.J.モムゼン 『官僚制の時代』(その2)

フリードリッヒ・ハイエック、ハンナ・アレント、カール・J・フリートリッヒのように、1950年代の西欧政治思想に強力な影響を与えた人々は、共産主義との論争で彼らの知的武器の多くのものをマックス・ヴェーバーの議論から学びとった。(p.73)

市場は資本主義制度の主要な機能であるというのがヴェーバーの一貫した見地であった。この理念型的定義において、彼は市場の役割を資本主義の合理性とダイナミズムの特有な源泉としてますます強調するようになった。1950年代の新自由主義者たちに大きな影響を与えたのはこの考え方である。(p.92-93)


冷戦が始まる頃の「西側」陣営の思想家たちに、ウェーバーの議論が影響を与えたという。確かに、「資本主義」という語が歴史上初めて登場し、論争が生じた際の論客の一人がウェーバーだったことを考えれば、「共産主義陣営」が成立していく世界において、原点の理論に立ち返って問題を考えようとすれば、ウェーバーの議論にも行き当たることになったということか。



議会制民主主義は、ヴェーバーには、人民の自己決定原理の実現ではなかった。彼の考えでは、そうしたものは単なるイデオロギーの紙屑に過ぎなかった。議会制民主主義の主要な目的は、純粋なカリスマ的資質の持ち主である政治家――狭量な官僚ではなく、有効な政治的指導者――を権力の座につけることにあったのである。(p.115)


ウェーバーの議会制民主主義に対する理解は非常に問題を含むものだと言え、モムゼンもウェーバーを批判しているが、ウェーバーによる人民投票的指導者民主制の考え方は、昨今見られる政治家の役割についてのある考え方(ポピュリズムを支持する人びとによく見られる)と共通点が多い。当選してしまえばあとは政治家の好き勝手ができるという発想と上記で指摘されているような、議会は権力者を選ぶ手段に過ぎないという発想はほぼ同じことであると言っても過言ではない。



 ヴェーバーは、現代の「人民投票的民主主義」におけるすべてのリーダーシップを、カリスマとの関連で記述するのに躊躇しなかった。一般民衆だけでなく、代表者のグループは、政治的指導者に服従するよう期待されてはいるが、それは指導者が特定の政策見解に立っているからというよりも、むしろ民衆と代表者たちが指導者の個人的指導能力に信頼しているからなのである。一般に民衆というものは、重要な政治問題を現実的利害得失に立って判断することのできない存在であるとヴェーバーは無遠慮に述べている。民衆は問題を最も説得的な仕方で表現する指導者に追随してゆく。従って、民主的プロセスは本質的に、民衆の支持を獲得するために競い合う政治的指導者の闘争であり、その中にあって指導者それぞれの「積極的で、デマゴーギッシュな」資質が格別に重要になってくるのである。このことは明らかにヴェーバーが経済学の領域から、議会制的大衆民主主義の領域に移植された自由競争のモデルである。同時にそこには、この競争における最後の勝利者は、フォーマルな意味で最も有能な指導者であるばかりでなく、彼の政治的プログラムもまた最もすぐれたものであるとする想定に立っているのである。(p.116)


何をするか(政策)よりも誰がするか(指導者)を支持し、服従するというウェーバーの議論は本末転倒というほかない。しかし、ウェーバーがこの議論を展開してから100年後である現在、世界の政治の現実はウェーバーの議論にかなり近い形で動いている部分がある。

ウェーバーが民衆の政治的判断力を低く見ている点は、現在の価値観からするととんでもない見方ということになるが、人々が政策よりも指導者を求めているのだとすれば、その政治的判断力は(個人を見ればそうでない人が多くいるとしても、全体的には)ウェーバーが指摘した程度のものでしかない人が多いということになる。

議会制大衆民主主義における自由競争モデルは、私の見解では、最善の政策を選ぶ方法としては必ずしも適していない。この競争の最後の勝利者の政治的プログラムが優れたものである保証はないし、指導者としての有能さも別のことである。例えば、多くの人を騙してでもその指導者自身を支持させる能力と、政治家や官僚、関係団体などとの利害調整する能力は別のものである。政策立案能力も同様。




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