アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

安田浩一 『ネットと愛国』(その2)

「在日特権」とかね、あまり関係ないように思うんです。盛り上がることができればいいだけで、要するに近親相姦云々というのもネタの一つにすぎないんです。そんなことで盛り上がれるのも、彼らはリアルな“世間”というものを持っていないからなんですよ。僕自身もそうだったんですからね。よく考えてみてくださいよ。彼らのなかで、地域に根付いた活動に参加している人間がどれほどいます?そもそも地域社会なんて視点はないでしょう。地域のなかでも浮いた人間、いや、地域のなかで見向きもされてないタイプだからこそ、在特会に集まってくるんです。そして日の丸持っただけで認めてもらえる新しい“世間”に安住するんです。ここで認められるのは簡単です。数多く活動に参加した者、街宣で大声を出した者、ネットでもなんでもいいから、とにかくネタを引っ張ってこれた者。それだけでいいんです」
 だから、と彼は続けた。
「朝鮮人を叩き出せという叫びは、僕には『オレという存在を認めろ!』という叫びにも聞こえるんですね」
 一方で、存在を認めてくれない社会、存在を否定する人間に対しては、彼らはますます攻撃的になっていく。(p.438-439)


在特会やそれに類する団体に集まってくる人がどのような人なのか、かなり核心的なところをついていると思われる。



「連中は社会に復讐してるんと違いますか?私が知っている限り、みんな何らかの被害者意識を抱えている。その憤りを、とりあえず在日などにぶつけているように感じるんだな」(p.444)


被害者意識と復讐というのも重要なキーワードである。漠然とした被害者意識を持っている者が自分より弱い者を攻撃することで社会への復讐による解放感を感じ、満足しようとする。この時、弱者を叩くにあたって、たとえデマであっても叩く側から見て都合の良い理屈が提示されていると、これがない場合と比較して格段に攻撃は発生しやすくなることは容易に想像できる(嘘をつくには、それを正当化できそうな見込みがあるかどうかで発生率が変わるのと同様)。ネトウヨのネットでの発言や在特会のヘイトスピーチ動画などは、この都合の良い理屈を提供する役割を果たし、触媒のような働きをする。従って、ヘイトスピーチを規制することで、触媒を除去することで暴力の発生を抑止することが必要である。ヘイトスピーチの社会的な意味やその規制の是非や方法などは、今後もう少し掘り下げて考えてみたい問題である。



 あえて思い切った表現を用いるが、契約社員や請負といった非正規労働者は、基本的に「人間」といして扱われていない。多くの企業にとって非正規労働者を担当・管理する部署は人事部ではなく、資材などを扱う部署だ。人間が、労働力が、資材の一つとして扱われる。そこから格差と分断が生まれる。何の「所属」も持たない者が増えていく。
 そういった状況に自覚的であろうが無自覚であろうが、「所属」を持たぬ者たちは、アイデンティティを求めて立ち上がる。(p.458)


非正規労働者は人間として扱われておらず、資材として扱われている。非正規労働に関しては、人件費や労働力の調整弁などとしばしば呼ばれるが、これは多少マイルドに表現しただけであって、その内実は「資材扱い」とそれほど大きな違いはない。

こうした状況に関しては、あまり好きな言葉ではないが、「疎外」という言葉が頭をよぎった。マルクスなどが使った言葉だが、この言葉は一義的な定義を拒むところがあるため、何とでも使えるような面もあるところが悪い所であると思っている。しかし、まともな人間扱いをされずに疎外されている者が、そのことから被害者意識を募らせることで攻撃性を高めつつ、同時にアイデンティティを求めると、排外主義的な言動に容易に結びつくというのは理解しやすい。



「生きづらい世の中」をつくった戦後体制を見直せという叫びは、そのうち「敵」の姿を明確にし始める。国を貶める者たち――すなわち、左翼、外国人、メディア、公務員である。彼らは社会の「勝ち組」というよりも、混沌とする時代をうまく逃げ切った層に見えたのであろう。事実関係など、この際どうでもよい。恵まれ、あるいは保護され、世の中から認知されている者たちは、少なくとも生存競争を上から眺めるだけの者にしか見えなかったのだろう。
 そうした空気のなかで在特会は生れたのだった。(p.459)


この指摘も90年代以降の日本社会の動きを非常によく捉えている。ただ、不満を持つ側はいくつかの誤りを犯している。その一つは「生きづらい世の中」を作ったのは「戦後体制」ではなく、「金融グローバル化」であるということを見抜けていないことである。「戦後体制」が「生きづらい世の中」を作ったのであれば、60年代以前も現在と同じように生きづらかったはずである。

「憲法改正」を訴える勢力も「戦後体制」(戦後レジーム!)が悪いと言う。ここでも事実関係よりも彼らの勝手な思い込みや暗い情念を優先させている。この点で(安倍晋三などの)復古主義的反動勢力による憲法改正の動きは、在特会的なものと共通であることは指摘しておきたい。



 ネット上で<韓国人とは宇宙人だと思って付き合え><韓国人は整形をしなければ見られた顔ではない><共産支那はゴキブリと蛆虫、朝鮮半島はシラミとダニ。慰安婦だらけの国>などと書き込んでいる者がいた。調べてみたら世界遺産にも指定される神社の宮司だった。
 ……(中略)……。
 ちなみにこの宮司、13年3月に自らの思いをエッセーとしてまとめた本を自費出版していた。帯には「戦後失われた『日本人の誇り』をテーマとして、自分の国は自分達が守らなければならないという強い意思を感じます」と推薦の言葉が記されている。
 言葉の主は――安倍晋三首相であった。
 差別する側を追いかけていくと、その先に見えるのは、いつだって為政者の姿である。(p.495-496)


安倍晋三は(近々解散総選挙が予想される中)最近はあまりヘイトスピーチをしなくなったが、ヘイトスピーチを日常的に行う「極右」とか「保守」などと不正確な呼ばれ方をしている復古主義的反動勢力と同じメンタリティを持っているということはもっと多くの人々に深く認識されるべきである。


スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1148-190d2f81
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)