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アヴェスターにはこう書いている?
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大島正健 著、大島正満、大島智夫 補訂 『クラーク先生とその弟子たち』

明治5年まで弥十郎は引続き芝浦高輪間の鉄道工事に従事し、多数の人夫を使役して盛んに業務に身を入れていたところが、かねて御用達を仰せつけられていた開拓使の懇望で、同年正月二十八日突如開拓使十二等出仕を仰せつけられ、北海道国道開削の重任を託されることとなった。(p.30)


平野弥十郎は札幌農学校第一期生伊藤一隆の父であり、東京横浜間に(日本最初の)鉄道を敷設する工事を請負った人物。このような人が北海道の国道開削の請負もしていたというのは興味深い。



 開校直後クラーク先生はそれ等の生徒たちを集めて一場の訓辞をされた。曰く

「この学校の前身である札幌学校には極めて細密な規則があって生徒達の一挙一動を縛っていたようであるが、その内容には非難すべき点は一つもない。然し自分が主宰するこの学校ではその凡てを廃止することを宣言する。今後自分が諸君に臨む鉄則は只一語に尽きる。
 “Be gentleman”
これだけである。
 ゼントルマンというものは定められた規則を厳重に守るものであるが、それは規則に縛られてやるのではなくて、自己の良心に従って行動するのである。学校は学ぶところであるから、起床の鐘が鳴ったらベッドを蹴ってとびおきねばならぬ。食卓へいく時には合図をするからすぐさま集り、礼儀正しく箸をとらねばならぬ。消燈時間には一斉に燈火を消して眠につかねばならぬ。出処進退すべて正しい自己の判断によるのであるから、この学校にはやかましい規則は不要だ。」

と申されて先生は太い眉をピクリと動かされた。(p.92-93)


クラークに関する逸話や彼の残した有名な言葉の中で、最も私が好むものの一つがこのBe gentlemanである。

私がこれまで19世紀のアメリカの大学やクラークの生涯などについて学んできたことから考えると、ピューリタン的な理想、アメリカのカレッジにおける伝統としての人格教育、(クラークも留学した)ドイツの大学のような学生を大人として扱う考え方など、いろいろなものがその背景にあるように思われる。



 日本のキリスト教は国情を理解せぬ宗派的な宣教師の手では決して芽生えないし、人種的優越感を以て我等に臨む彼等の手によっては永久に育たない。我が国に福音を述べ伝うるために宗派的な宣教師は不必要である。日本の伝道は日本人の手でと主張する新島先生は我が独立キリスト教会の宣言に心から同感の意を表して出来る限りの援助を惜しまなかったのである。(p.234)


札幌のクラークの弟子たちと新島襄との関係は非常に興味深いものがある。無教会派と新島の考え方や信仰は、大きく違うように思われるので疑問は深まる。



塚本虎二 「大島正健先生告別の辞」より

これらの人達の中で伝道者になったのは内村先生だけであり同先生の日本キリスト教に対する貢献の如何に大であるかは多弁を要しないが、その内村先生をクリスチャンにしたのは第一期生であり、殊に大島先生がその急先鋒であったことを忘れてはならぬ。内村先生により唱えられた無教会主義――教会なきキリスト教があり得るという信仰の意義が重大であればあるだけ、間接ではあるが大島先生の隠れた偉大な功労没すべからずである。(p.265)


内村鑑三を改宗させたことが大島正健の功績だという。これは札幌農学校の第二期生と第一期生との関係を象徴するような誉め方かもしれない。



大島智夫 「大島正健の東都遊学とその意義――百年目に世に出たセルフ・ヘルプ――」より

 一期生、二期生に対し三期生以下は耶蘇教に対し一致団結して反撥してその間に断絶が生じた。断絶は宗教問題に名を借りるがむしろ学生の質の問題であった。その断絶はすでに二期生どうしの中でも始まっていた。二期生の私費入校生の二名は学力全く不足し予科に落第させられるに及びそれを不服として自発的に退学した。その際、札幌農学校では外人教師が耶蘇教をすすめ、入信しない学生を差別して追放すると学力の問題を宗教問題にすりかえて新聞に投書して波紋をなげた(北大百年史札幌農学校史料(一)291、296)。二期生のうちイエスを信ずる者の契約に署名しハリスに洗礼を受けた7名の学生がそろってクラスの成績の上位を占めたことも、非信徒の学生の感情的反撥を強めていった(同史料299)。
 東京大学予備門より学生を募集することは明治11年以降婉曲に断わられ(同史料314、316)、三期生からは予科卒業生および公募による学生が代って入学するようになり、三期生以下の学生の学力と質は、一期生、二期生に比し、格段の遜色を見るに至った。(p.295)


大変興味深い。北大や札幌農学校の歴史をふり返るとき、原点とされるクラーク精神は一期生と二期生に受け継がれたというストーリーで描かれる。そこには三期生以下は出てこないし、あまり語られることもない。この間には学力レベルにおいて質の差があったと大島智夫は指摘している。東大予備門からの入学がなくなったという事実の指摘は、その学生たちの質の差があったという主張に対してかなり説得的な根拠となっている。また、三期生以下が団結してキリスト教に対して抵抗したのも、二期生の退学者が予め対抗的な宣伝をしていたとすれば納得できる。ある意味、この時点ですでに札幌農学校の後の伝統となるべき「クラーク精神」は大きく変容していると言えそうである。



大島智夫 「島松の離別――Boys be ambitious!を誰が聞き、どのように広まったか――」より

 不思議なことに明治25年以前の札幌農学校の現存する記録の中には現在これ程有名になっている“Boys be ambitious”の語が全く見当らない。それに反し、学校当局の耶蘇教に対する嫌悪・警戒・排除の姿勢が目立っている(北大百年史札幌農学校史料(一)285、296、620)。
 「母校の危機」にも触れてある通り、明治18年に伊藤博文の懐刀金子堅太郎が札幌農学校を「学理高尚に過ぎ、開墾の実技に暗く尤モ北海道に適セザルモノ」と北海道三県巡視復命書の中に批判したことは、農学校廃止の噂を呼び、学校当局は危機感をつのらせた。この背景には明治政府の統制の埒外にあって米国のカレッジ方式をとり、高度の人文・教養教育を施し、あまつさえ耶蘇教が生徒にひろまるを容認した札幌農学校教育に対する明治政府の嫌悪感がある。農学校は二者択一の前にたたされた。創立の理想を堅持して廃校のリスクをおかすか、政府の意を迎えて存続をはかるかで、勿論後者が選択された。それはクラーク離れ、マサチューセッツ離れを意味し、同時にアメリカの影響を払拭し、ドイツ型の技術者養成の専学単芸型の教育機関に転身し、もって国家の要請にこたえる人材を養成し、ひいては北海道帝国大学に昇格してゆく路線を選択したことであった。学校の中にもはや“Boys be ambitious”の声の上る余地のない変身であった。そのヘゲモニーを握ったのが校長心得より校長ついで北大総長となってゆく同級生佐藤昌介であった。(p.301-302)


北大の歴史として語られる中では、佐藤昌介は北大を救った英雄として描かれる。本書ではそれとは異なった評価が与えられており興味深い。佐藤によって選択された変化は、「クラーク離れ」であり、「創立の理想」を捨て去って政府に迎合するものとされる。ある意味、結果を考慮して判断するならば、この選択はやむを得ないものであると言え、本書の評価はやや一方的過ぎる面もある。佐藤の業績については、北大を存続させるという大きな目的を達したが、その際に創立の理想を曲げざるを得なかった、という形で整理しておきたい。



 佐藤昌介は明治24k年校長心得となるや、大島正健に陰に陽に、牧師をやめるか、教授をやめるかの選択を迫る圧力をかけた形跡がある。祖父は結局その両者を選択して札幌を去るのであるが、その決意を固めたのが明治25年頃と思われる。
 たまたまこのころ予科生が自発的に学芸会をつくり、祖父が講演を依頼された際、この機会に熱情をこめて創立の精神たるクラークの教育の神髄を学生達に伝え、消えゆくものを残してゆこうとした。それが25年9月の演説である。この推定は周囲の状況からみてそれ程間違ってはいないと思う。(p.302-303)


佐藤昌介が大島正健に牧師か教授をやめるよう圧力をかけたというのは、北大の歴史などを見ていてもあまり出てこないところである。関係者であるが故に描こうという動機が生じていることが感じられる。特に、「祖父は」と述べているあたりに、孫である著者の思い入れが表れている。

この箇所のすぐ後で、佐藤昌介はキリスト信徒でありながら、札幌バンドに加わっていなかったという記述があるが、このあたりの同級生と佐藤昌介との関係という問題も興味深いものである。


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