アヴェスターにはこう書いている?
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菅野完 『日本会議の研究』

 2003年から2014年までの長期間にわたり、政治家と有権者双方に対して実施された大規模世論調査を分析した谷口将紀は、有権者の好む政策争点はここ10年左右にぶれることなくほぼ不変であるにもかかわらず、政治家、とりわけ自由民主党の政治家たちだけが右側に寄り続けているという解析結果にもとづき、「たとえ過去10年間で日本政治が保守化したとしても、それは政治家の右傾化であって、有権者の政策位置が右に寄ったのではない」と指摘している(谷口2015)。(p.4-5)


右傾化ということがしばしば言われるが、誰が右傾化しているのか、ということには注意してみる必要がある。社会の一般的な大衆が極端に右傾化した事実はないという指摘は、朗報という面もあるが、そうした全体的な状況に対して耳を貸すことなく、一部の者が権力を行使できるポジションを占めることが出来る体制になってきているということをも証ししている。これらの右派政治家たちは、マスメディアに対する支配・影響力の行使と教育という手段を通しての自らのイデオロギーの社会への注入を目指していることを踏まえると、長期的にはかなり危険な方向に傾いていると見なければならない。



 地方議会での意見書採択などの活動方法は、従来、リベラル陣営や左翼陣営が展開してきた運動方法であり、運動方法として特段の新奇性があるとはいえない。むしろ、日本会議が従来の左派が行ってきた運動方法を模倣しているように見える。(p.29)


私見では右派の方が同じ方法で運動をしても、権力者の共感が得やすいため、効果を得やすい(運動により動いてくれる議員が多い)のではないか?と考えている。

しかし、本書の終盤で指摘されるように、労働運動や左派、リベラルの従来の市民運動が後継者などもなくなり影響力を落としている中、宗教団体の影響力が相対的に高くなっているというのは、社会の構造と市民運動との関係として押さえておく必要があるとは思われ、本書を読んだ後の見解としては後者の要因の方が遥かに大きな意味を持っていると考えるようになってはいるが。



 日本会議事務方が行っているのは、「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」という極めて幼稚な糾合点を軸に「なんとなく保守っぽい」有象無象の各種教団・各種団体を取りまとめ、「数」として顕在化させ、その「数」を見事にコントロールする管理能力を誇示し、政治に対する圧力に変えていく作業なのだ。(p.132)


本書ではこうした管理能力を発揮しているのがどのような人物なのかといったことまで描かれ、ある意味でその能力の高さなどに対しては高い評価を下している。

ただ、私見では、宗教団体というのは動かしやすい対象である。教団の上層部の合意さえ得られれば、それに従う信徒たちに対しては宗教的な教えに基づくものとして語りながら政治的な動員をかけることが出来るのだから。

私は宗教団体は政治団体であるという考え方をこのブログでも何度か述べてきたが、現代の宗教団体(特にカルト的な新興宗教)における政治団体としての機能の仕方を本書から学ぶことが出来たと思っているが、上記の箇所は、その仕組みを集約的に表現している箇所の一つであったと思われる。



 『チャンネル桜』が開局した2004年8月当時、安倍晋三は自民党の幹事長職を務めていた。当選回数も少なく大臣経験もない「若造」の幹事長就任は、前代未聞といっていい。この大抜擢を行ったのは、時の総理総裁・小泉純一郎。小泉はこのとき、不文律として自民党の中で長年尊重されてきた「総幹分離原則」(一派閥への権力集中を防ぐため総裁職と幹事長職を同じ派閥から出さないという人事上の原則)を無視して安倍晋三を幹事長に抜擢している。まさに、小泉の代名詞ともいえる「サプライズ人事」の典型例だ。
 ある意味、安倍晋三は、「小選挙区制の申し子」といえなくもない。中選挙区制の時代であれば、いかに小泉に絶大な国民的人気があったとはいえ、党内の因習や権力バランスを無視し、当選回数の少ない若手議員を自派閥から幹事長に抜擢することは困難を極めたはずだ。党内で造反が起こり、反執行部の狼煙が上がったにちがいない。小泉流の「サプライズ」も「即決断行」も、公認権をはじめとする党内の人事権を執行部が独占する、小選挙区制特有の仕組みがあればこそだ。同時にこの異例の抜擢は、安倍の脆弱さも物語る。そして、この大抜擢のわずか2年後、小泉のあとを引き継ぎ、安倍は総理総裁まで上り詰める。が、いかんせん、2年である。自派閥の中にさえ、中川秀直や町村信孝など、安倍よりもはるかに当選回数も閣僚経験も豊富な人材がひしめいていた。派閥の領袖としてさえ権力基盤を構築しえないまま、安倍は総理総裁になったのだ。それまでの総理総裁と比べ、安倍の党内権力基盤は驚くほどに脆弱だ。日本会議や「生長の家原理主義者ネットワーク」をはじめとする「一群の人々」が安倍の周りに群がり、影響力を行使できるのも、この権力基盤の脆弱さに由来するのではないか。安倍は他の総理総裁よりつけこみやすく、右翼団体の常套手段である「上部工作」が効きやすいのだ。(p.171-173)


小選挙区制と安倍の権力基盤に関するこの分析は妥当である。例えば、安倍が第二次内閣以後、特にマスメディア対策に力を入れているのも、こうした権力基盤の脆弱性を補うためという面があるのではないか。

なお、小選挙区制下における自民党内部の権力関係について、執行部の権力はフォーマルなルートで行使される権力は極めて集権的であり、派閥の領袖などはインフォーマルなルートで執行部に影響力を行使するしかない従属的な立場に置かれているものと思われるが、こうした権力構造については私としては研究する必要がありそうだ。


ちなみに、本書は非常に多くのことを私に教えてくれたが、日本会議流の「市民運動」に対抗するためには、かつての右派学生運動が左翼学生運動に対抗すること自体を半ば目的としていたように、彼らの運動自体の不当性や危険性を暴露していく類の運動が必要であるように思われる。単に正攻法で個々の法案や政策に対してのみ抵抗していたのでは、日本会議関連組織の運動には十分に対抗できないだろう。その意味からも、最近、日本会議に関する分析が増えてきていることは望ましいことだと思っている。

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