アヴェスターにはこう書いている?
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夏堀正元 『小樽の反逆 小樽高商軍事教練事件』(その2)

≪――日本の労働者と朝鮮人労働者の共同戦線は焦眉の急である。なぜなら、日本の支配層は最下層に置いた朝鮮人労働者を利用して、日本の労働運動そのものを攪乱するに違ひないからである。したがつて、朝鮮人労働者に加へられた差別と虐待は、日本の労働者自身に加へられた差別と虐待とみなさなければならない≫(p.77)


大正10年(1921年)に書かれた手紙より。当時の日本に朝鮮人労働者がある程度の数いたという認識は重要。こうした事実は歴史叙述において積極的に語られることは少ない。本書は90年代前半に書かれているので、ポストコロニアリズムなどが台頭しつつあった当時の思想的な相対的にリベラルな流れに乗って書かれている節があるので、こうしたよくないことが、当然あったものとして書かれているが、90年代末頃からはどちらかというとバックラッシュ的な反動的言説が勢力を増して来たこともあり、本書で語られているような当然の事実を何の躊躇もなく描き出すことに対して書き手が躊躇する傾向が出てきているように感じる。これは非常によくないことである。その意味で、90年代前半頃までに当然のことを当然のこととして書いてあるものから学ぶべき事実は今の時代においては結構多いのではないかと思う。



 小樽高商は1911(明治44)年に創立された国立の専門学校で、高商としては東京、神戸、山口、長崎につぐ“第五高等商業”であった。日清・日露戦争後、急速な産業革命の進行期を迎えた日本は、企業で働くサラリーマンという新階層を生みだした。
 政府はそのサラリーマンづくりに、相当な力を注いだ。明治36年から大正2年にかけて、帝国大学が1校から4校に増えたが、専門学校は国立が4校から23校、公立が4校から7校、私立は37校から56校へと急増している。(p.85)


この時代の社会の変化(サラリーマン層の出現も含む)は高等教育の需要を高め、その圧力が高等教育機関を次々と作らせる結果へと繋がった。そうした流れの中に東北帝国大学や小樽高商などの設立は位置づけられるわけだ。なるほど。



道内出身者は四分の一で、道外からの者が圧倒的に多く、無試験制度もあったためか、ほとんど全国府県にまたがっていた。(p.85)


小樽高商の第一期生72人の出身地域についての説明。現在の小樽商大はほとんどが道内出身者であることを考えると、なかなか興味深い。当時(明治44年)の北海道には高等教育に対する需要が少なかったり、貧困のためそうした教育どころではないといった状況があったものと推察される。



 治安維持法施行の本家である内務省に入った東京帝大時代の学友成田英之進からの手紙によれば、学生の軍事教練は陸相宇垣一成の強い要望によるものだったらしい。
 宇垣は軍縮であまった現役将校を中学以上の各学校に配属して軍事教練をおこなうほか、明年度には全国に青年訓練所をつくり、そこでも軍事教練を実施する計画であるという。(p.145-146)


以上の指摘と関連して、本書によると、第一次大戦後の軍縮により将校が余ってしまうため、軍部は中学校以上の学校を彼らのいわば「天下り先」にするため軍事教練を正式な科目にさせた面があるという。なかなか興味深い指摘である。



 北辺の港町で不意に起つた小樽高商軍教事件は、いまから考へると、大学高専にたいして軍国化教育を押しつける政府の企図がもろにあらはれた点で、きわめて歴史的必然の高いものでした。あの事件が突発しなければ、政府の“陰謀”はまだ前面にあらはれず、正体不明のままでしたでせう。小樽高商軍教事件が迅速に中央の軍教反対闘争に発展したのをみて、あわてた政府は京都学連事件のやうな杜撰で不法な捜査に走り、デタラメな起訴をでつちあげるといふ醜状を示してくれたわけです。小樽高商の事件がなければ、政府はもつと周到に、計画的・組織的に大がかりな水も洩らさぬといった様子で、全国の大学高専の学生生徒への弾圧をおこなひ、おそらく進歩的な、今の日本にはかえ替えのない教授連中、労働組合の指導者たちを大量検束に追ひこんでゐたでせう。小樽の事件で、政府はポロリと危険な意図をあらはしたわけで、われわれとしては一歩後退した上で、慎重かつ大胆に反撃する手だてを考へることが出来たといふ次第です。(p.192-193)


小樽高商軍教事件は、政府を「あわて」させることで、政府に対し用意周到に意図を隠した動きに徹することができない状況にすることができ、抵抗する運動にとっても政府側の動きを見ながら抵抗ができるようになったと(上記手紙の主は)前向きにとらえているようである。

政府が(安倍政権のように)悪だくみをしているような場合、やりたいことを隠されたままにしておくと、抵抗はますますしにくくなる。それを暴き出すことが攻略のためには有力な方法となり得るし、攻略のための方法を考える際の考え方のモデルの一つを提供してくれている。


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