アヴェスターにはこう書いている?
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堀淳一 『北海道産業遺跡の旅 栄華の残景』

 この地域に石油が湧出することは幕末から知られていた。1878年(明治11年)に石狩町の金野松五郎ほか2人によって採掘が始められたが、手堀井によったため少量しか採油できず、挫折してしまった。ついで1889年北海道鉱山、1903年インターナショナル石油が機械井を設置して本格的な採油をはじめたが、一日平均10石程度で終わり、1911年(明治44年)に日本石油に買収された。
 日石による採掘の最盛期は1922~1929年で、年産一万キロリットルに達した。(p.43)


石狩地方で石油が産出されていたとは知らなかった。本書は、どのようなガイドブックにでも乗っているような自称「穴場」ではなく、多くの人が知らない遺跡を紹介してくれるというところに価値があると思う。



 この沈澱池は現役で、今も流出し続ける有毒廃水を中和している。しかし、これが最後の沈澱池なのでは、十中八九、ない。いずれ沈殿物で満杯になって、新しい池が必要になるはずだ。その新しい沈澱池もいずれダメになって、また新しいのが……と、多分無限に続くことになるだろう。
 沈澱池をつくっておけば万事オーケー、というわけでもない。豪雨で決壊したり溢れたりすることがあり得るからだ。現に1926年と1935年に決壊が起こって、藻鼈川河流に被害を及ぼしたり、川魚の大量死をひき起こしたりしたのだ。だから不断に保安・監視に気を配っていなければならない。鉱害問題は閉山しても半永久的に鉱山会社のお荷物になるのである。(p.72-73)


鉱害と同じことは原子力(核)にも当てはまる。半永久的にお荷物になるのは、鉱山会社や電力会社にとってだけではない、という点もしっかり押さえておきたい。



積丹半島の西側の海岸は、ごらんの通り山が迫って浜が狭い――そして季節風がまあ非常に強くて波がはげしいので、大量に獲れたニシンを一度に陸揚げするのがむずかしいんですね。そしてそれをどんどん運ぶのもむずかしい。それで、ニシン場の網元たちは、今もあちこちにニシン御殿というのが残っているでしょう?あれから分かるように、ニシンで大もうけをして資金がたっぷりあったものだから、個人個人でそれぞれの小さな港のようなものをつくった。これを袋澗と呼んでいるわけです。(p.120-121)


北海道の西海岸の地形は、北海道における漁業の歴史と非常に深くかかわっている。

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