アヴェスターにはこう書いている?
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県民学研究会編 『思わず人に話したくなる北海道学』

 昭和に入った余市ではニシンも不漁となり、網元たちが建てた石造倉庫も次々と主を失っていった。余市蒸留所の正門や石造壁、倉庫群は、ニシン長者たちが手放した倉庫の石を活用したものだ。(p.39)


なるほど。確かに軟石で出来ているとは思ったが、そのような歴史的経緯があったとは知らなかった。この土地の産業の移り変わりをも象徴しており興味深い。



鉄なくして近代化は不可能だ。というわけで、明治政府は製鉄所づくりに力を注いだ。第一号は岩手県釜石市で明治13年(1880)に操業を開始した官営釜石製鉄所。第二号が福岡県北九州市で明治34年に操業を始めた官営八幡製鉄所である。
 三番目にできたのが、明治42年創業の室蘭製鉄所。釜石と八幡が官営から民営化されたのに対し、室蘭は最初から民間の三井財閥がつくった。(p.50)


室蘭製鉄所がこんなに古いとは知らなかった。三井財閥(北炭)は空知地方の炭鉱にも進出しており、室蘭はその有力な積出港だったことを考えると、わりと自然な流れという面もあるように思われるが、この時代の室蘭製鉄所の産業史的な位置づけなどももう少し掘り下げてみたいと思う。



 北海道大学のホームページによると、日本の国土の570分の1は北海道大学だという。全国各地にある北大関連施設の総面積は約700平方キロメートル。大学の敷地面積としては日本一だ。どのくらいの広さかというと、東京23区が621平方キロ、琵琶湖が670平方キロ。シンガポールが714、」函館市が678、石狩市が722。北大の次に広い東京大学は約320平方キロで、北大の半分以下だ。(p.66)


北大の敷地面積が大学では一番広いというのは以前から知っていたが、国土の1/570という表現は面白い。東京23区より広いというのも旅行ガイド(大学案内)をする際などに使えるフレーズかも知れない。



 北海道への入植者のうち四割は東北地方、二割は北陸地方の出身だといわれている。彼らが拓いた地には、故郷の言葉が植えられた。道南の「仕事さ行く」は東北弁がルーツだ。「なまら」は新潟や香川、愛媛の、「わや」は関西の言葉だ。村々の交流が進むと言葉は入り交じり、溶け合って、独自の成長を遂げた。(p.68)


代表的な北海道弁のひとつ「なまら」が新潟や四国から来ていたものとは知らなかった。



過去形にすれば丁寧な表現になる、というのは立派な北海道弁である。(p.69)


過去形にすれば丁寧な表現になるのは英語にも共通する感覚であり、北海道特有のものではないと思われる。例えば、want toよりwould like toの方が丁寧なのと同じだろう。



 箱館はたびたび大火に襲われたが、再建する家は和洋折衷の建築にせよとのお達しが行政からでた。一階は和風にしてもよいが、二階は洋風の外観にせよというのだ。坂の下の港から住宅街を見上げたとき、斜面に洋風建築が立ち並んでいるようにみせるための工夫だ。(p.105-106)


確かに、現在でも函館にはいくつかこうした建築が残っているが、函館の地形であれば効果的な演出になっていたと思われる。この時代の景観を見てみたいものである。



義経と弁慶らが蝦夷地から大陸に渡り、義経がチンギスハンになって大活躍したというストーリーは大正時代に広まった。大陸侵出への野心が社会背景としてあった。(p.137)


なるほど。興味深い。

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