アヴェスターにはこう書いている?
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片野勧 『明治 お雇い外国人とその弟子たち 日本の近代化を支えた25人のプロフェッショナル』

アメリカのケプロンも北軍の将軍で現役の農務長官だったが、グラント米大統領とそりが合わなかったために、日本にきて北海道開拓に尽力した。(p.21)


こういった、本国での人間関係がよくないことを背景として来日したお雇い外国人は結構いたのではないか。日本側が比較的良い待遇を用意していたことがこれと結びつくと人材を招聘する効果が高まりそうだ。



日本に写真が入ってきた当初、人々は肖像を撮られることをあまり好まなかった。しかし、それが大量に登場するのは日清戦争、日露戦争のころ。いずれも、毅然とした態度で、軍服か礼服を着用していた肖像である。(p.166)


写真は近代国家における権威を表示するツールとなった。



 ラグーザの帰国後、日本は欧化政策の反動ともいえる国粋主義に傾斜していく。1882年に開催された第一回内国絵画共進会では、洋画の出品が一切拒否され、洋風彫刻は「冬の時代」を迎えたのである。(p.215)


国粋主義というより排外主義という方が妥当かも知れない。



年齢は、曾禰が24歳で最年長。教師のコンドルと同じ年齢だった。しかし、ほかの学生も3歳と違わない。みんな同じ仲間といった感じである。この日の講義のテーマは「建築とは何か」。約1時間半、近代建築の理論を整然と学生たちにレクチャーした。語学の達者な曾禰は要点をノートにメモした。しかし、辰野のように語学が不得手な者には、コンドルの流暢な英語は、まるでオーケストラを聴いているようだったという。(p.223)


コンドルと工部大学校の一期生たちが同じ仲間のような年齢だったとは気づかなかった。個々の建築を通して建築家を知るということが多かったが、建築家同士の関係などを中心に見ていくと、また別のものが見えてくることを予感させる。

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