アヴェスターにはこう書いている?
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榎本守恵 『北海道の歴史』(その4)

 道民性論議はさておいて、この校長会およびその前後からの市町村教育是制定のなかで、先の“拓殖精神”と並んで“開拓精神”なる語が登場する。論議からみると、“拓殖精神”は第二拓計の無形の推進力が中心であり、“開拓精神”は明治以来の北海道は“皇威隆替に関する”“北門の鎖鑰(さやく)”という歴史的意味を含めたものになっているようだ。ときにこの歴史は江戸時代以前までさかのぼる。論者が、それを確実に理解して発言しているわけではなく、ただ表現のちがいぐらいに考えているようだが、言葉は“開拓精神”にうつっていく。だが、十年代に入ってまもなく開拓精神と同義語として使用されてくるのは、“屯田精神”“屯田魂”である。この語が“開拓精神”の具体的表現として使用されたのは、満蒙開拓が課題になってからである。
 満州開拓の問題が出てくるのは、満州事変以後のことであり、その過程で北満寒地の武装移民が考えられてからである。満州と北海道との同じ寒地農業の経験、そして必要な武力、それを兼ねそなえたものに北海道屯田兵の先例がある。屯田兵はにわかにクローズアップされてきたのである。北海道は、それまで国家政治の客体としてのみ利用されてきたが、満州武装移民団は北海道の独自的性格からの、国政へ積極的意味をもっての参与という形になってきたのである。昭和11年の北海道における陸軍特別大演習は、そのことと無関係ではない。(p.316-317)


拓殖精神→開拓精神→屯田精神と、言葉が変遷してきたという。以上を私が理解したところによると、「拓殖精神」は、はっきりした境界を持たないような曖昧な境界の「外側的な領域」を拓くようなニュアンスが残っているのに対し、「開拓精神」は、「国内のうちの外部に接する領域」を拓くニュアンスとなり、この外から内への変化には、国防論的ニュアンスが付加されている。さらに「屯田精神」になると、武装移民による防衛的侵略のニュアンスを帯びているが、これは満州への進出が背景になっている、という指摘と思われる。

昭和11年の陸軍大演習は北大のキャンパスや史蹟について語る際に取り上げられるが、この演習がかつての北海道における「開拓」の経験と重ねられた満州への進出と結びついているという理解はなるほどと思わされた。



 昭和26年、田中知事が再選されてまもなく、政府は北海道の開発は北海道にやらせず、国の機関で実施することをきめ、北海道開発局を新設した。驚いた北海道は、道民大会を開いて反対したが国会で押しきられ、北海道の開発行政と自治行政を一本でやってきた慣例は、ここで分離された。(p.328)


中央政府の意に沿うよりも道民の自治を重んじようとする知事に対して、中央政府は自らの意向を強制的に実現させることを優先するために開発局を置いたというわけだ。中央政府の強権により地方自治が否定される構図は、現在の沖縄の辺野古への基地移設などの動きと似ている

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