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アヴェスターにはこう書いている?
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マーティン・グリーン 『リヒトホーフェン姉妹 思想史のなかの女性1870-1970』

父権的な文化とは、権威当局の諸制度、たとえば軍隊とか監獄のような制度が肥大化し、権威一般のあり方が軍隊的ないし懲罰的であるような文化である。(p.4)



父権制と母権制という対立軸が本書の一つの基調にある考え方であるが、この図式で言えば、現代の日本は父権制的な方向に進んでいると言えそうである。第一次世界大戦など、戦時の社会は父権制的になるが、そうした社会のモデルに近づいていると見ることができる。




彼らはバートランド・ラッセルとも、またたとえばマックス・ヴェーバーとも合わなかった。なぜなら、戦争賛成者も戦争反対者も同じく男たちの世界に属していたからである。(p.191)



確かに、ある意味では、戦争賛成も反対も同位対立であるところがある。その一つの捉え方を示している。しかし、本書でこの同位対立とは別の世界であるとされる母権制的な世界を代表するとされるフリーダやD.H.ロレンスなどは、現実世界から逃避することで理想郷を目指そうとするところがある。例えば、彼らはアメリカ大陸に行き、ロレンスなどはメキシコなどでそれ以前の倫理を相対化したという件など。

しかし、現在のグローバル化した社会ではそうした「避難所」はほとんどないように見える。その意味では、もし、この同位対立を避けようと思うならば、逃避的でないあり方を捉えることが必要であるように思われる。

しかし、私が本書の見方を誤解していないとすれば、何かとの戦いは基本的に父権制的な世界に属することが多いように思われる。戦いもせず逃げもしない。強力な圧力下でそれを求めることは可能だろうか?少なくとも、(「弱い個人」を仮定しなければならない)社会的には困難であるように見える。とはいえ、それでも考えてみる価値はあるかもしれない。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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