アヴェスターにはこう書いている?
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ヴォルフガング・J・モムゼン 『マックス・ヴェーバーとドイツ政治1890~1920Ⅱ』

 マックス・ヴェーバーは、大戦時におけるドイツ的政策の本質的な課題が東部にあるとみなした。彼は、東部の場合でも、言語の異なる領域の併合に強く反対した。……(中略)……。
 その代わりに、ヴェーバーは、世界大戦におけるドイツの政策目標として、東部中欧において民族主義原理に基づく完全に新しい秩序を求めた。それによれば、ドイツは、大ロシアの専制から弱小民族を解放する役割を果たすべきであると考えられた。ヴェーバーは、ポーランド、リトアニア、ラトヴィア、ウクライナ、それぞれにおいて、広範囲にわたる自治権を有する国民国家が建設され、それらがドイツ帝国に依存することを望んだ。……(中略)……。
 ……(中略)……。そして彼は、ドイツがごまかしのない公平な協調の方法をとるならば、これら諸国民が反ロシア同盟の誠実な構成員になり得るであろうと信じていたのである。
 こうした東部中欧の[併合]計画は、基本的な傾向において、例えば、ハンス・デルブリュックやパウル・ロールバハのような、多くの自由帝国主義者の理念に合致していた。彼らは皆、海外へのドイツの勢力圏拡張が考えられなくなった大戦中に、ドイツの権力を東部中欧地域で拡大させる政策の可能性に関心を向けた。それによれば、ドイツは、東部において、ロシア帝政の専制から弱小民族を解放する役を演ずるものとなるべきであるとされた。(p.381-384)


ウェーバーの大戦時における政策論を見る場合、ドイツが対抗すべき勢力としてロシアを見ていた点は重要と思われる。

また、ドイツとロシアの間にある「弱小民族」を「解放する」役割をドイツが演じるべきだとする――ウェーバーのみではなく、当時のドイツの自由帝国主義者たちに共通した――考え方は、第二次大戦の頃の日本における「大東亜共栄圏」の発想を想起させる。

自国の安全のための緩衝地帯として最大の敵国(と見做す国)との間に、民族の自治と称して自国の影響圏を構成するべきだという発想の問題点は、自国が「弱小民族」を隠然と支配しながら反発も受けず、共に「敵国」と対峙する勢力として固定しておくことが出来るという自国にのみ都合の良い見方に立っている点のほか、自らの願望から見ているために、「弱小民族」(とされる人々)から見た視点やその主体性に対する配慮が欠けているところにある。また、敵国から見た場合にも同じ見方によって影響力を行使できるという視点も弱い。こうした独りよがりの発想では、相手がある闘争においては、そもそも自国が想定する敵国よりも圧倒的に力関係が強い場合でなければそう簡単にうまくいくとは思えない。



国家間の権力抗争におけるこのような威信要素の働きについて、ヴェーバーがその意義をいかに高く評価したか、この点は注目すべきである。彼はその意義を少なからず過大評価していたと言っても差し支えないだろう。内政においては、ヴェーバーは国内戦線を強化するものとして民主化を求めた。だが、一度、帝国議会多数派が講和声明を出す決意を固めて結集した時、彼は、それを、外国には[ドイツの]弱さのしるしに映ると評した。その限りにおいて、結局、ヴェーバーはここで自己矛盾に陥っていたのである。
 その上、ヴェーバーが講和決議に激しく反対したもう一つの理由は、民主化と[国民の]講和に対する期待感との結び付きにあった。ヴェーバーはこの結び付きを極めて憂慮すべきものと考えた。なぜなら、講和が議会主義的な統治体制に対する国民の考え方に及ぼす影響を考慮していたからである。彼は妻への手紙にこう書いている。「……将来、国内では、『外国がわが国に民主主義を押し付けたのだ』、と言うことだろう。これは不幸な出来事だよ。……」ヴェーバーの見解では、次の点が本質的に重要であった。つまり、名誉の講和が最終的に実現しない場合には、それによって民主主義思想それ自体を危険にさらすような解釈が必ず出現する。そうした解釈が最初から生じて来ないようにすることが必要である、という点である。同じ時期の手紙では次のように書かれている。「お前達は、外国が自分――外国――に都合の良い憲法をわが国民に押しつけたのを手助けしたのだ、とわれわれは将来、数十年にわたって反動家の連中がこのように非難するのを、何としても防ぐように努力しなければなりません。……(中略)……。」
 この批判は、ワイマール共和国が陥ることになる状況――ワイマール共和国は戦勝国の意志の産物でしかない、とその反対勢力から非難された状況――を予見するものであった。(p.450-451)


前段ではウェーバーが「威信要素」を過大評価していた点が批判されているが、これは妥当な批判であると思われる。ウェーバーの政治論は、社会学的な業績よりも遥かに劣る価値しか持たないと私は考えるが、その理由はまさにこの威信要素の過大評価によって判断が歪められている(影響を受け過ぎている)点にある。(もっとも、ウェーバーの学問的な業績のほうも、同じように「主観的に思われている要素」を重視している点では同じ傾向にあるとも言えるが、彼独特の距離を保とうとする感覚によって多少なりとも相対化されているのに対し、政治論では露骨に価値判断が方向性の判断を規定してしまっている点に問題がある。)

後段でウェーバーが憂慮している議論は、何やらここ20-30年ほど日本で見かける議論と似ているようである。つまり、第二次大戦後の日本の憲法に対して、民主化や人権擁護が行き過ぎていると考える保守的な勢力が、日本国憲法を攻撃する際に使用する物言いを想起させる。民主的なワイマール憲法が批判されて登場してきたのがナチであった。上記の物言いで日本国憲法を批判する勢力も同じようなものであることはよく理解しておく必要がある。



ヴェーバーによるロシア革命の解釈は幾分か誤っていた。彼は、1917年のロシア革命を理解する十分な概念的な枠組みを全く持っていなかった。ヴェーバーは、自発的な大衆運動を信じていなかった。専ら彼が信じていたのは、よく組織された行政幹部を統率する偉大な人物によって目標と方向が与えられる政治的形成体のみであった。この他に、すでに見てきたように、彼の確信によれば、長期間の革命的変革は、それが展開される場所と形式を問わず、ブルジョワジーの協力なしには考えられないものであった。(p.475)


ウェーバーの政治論の問題点の一つを的確に指摘している。まずウェーバーの理論には運動論が欠けている。このことにより、社会の変革の選択肢は狭められてしまった。また、ブルジョワジーなしの変革は考えられないという部分は、彼が属するブルジョワジーが役割を果たして欲しいという願望が先に立ってしまっていたように思える。



 こうした状況の中で、マックス・ヴェーバーがドイツのブルジョアジーに情熱を込めて訴えたのは、次の点であった。すなわち、ブルジョアジーは自己の固有の文化的・政治的理想を思い起こして、軽蔑されるような亜流的存在に成り下るのではなく、再び彼ら自身の階級意識に目覚めるべきである、と。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に関するヴェーバーの有名な研究は、こうしたブルジョア的・ピューリタン的な階級意識を蘇生させようとした試みでもあった。(p.698)


なるほど。この指摘によれば、ウェーバーの政治論に見られるブルジョアへの期待と「倫理」論文で提示された理念とは繋がっているという見方ができるわけだ。どの程度の妥当性があるかはすぐには判断できないが、なかなか興味深い指摘。



 マックス・ヴェーバーは、民主制と自由主義的法治国家を自然法によって正統化することが困難になって来たと考えていた。なぜなら、現代国家学にとって、自然法は正統化の理論としてはもはや十二分に耐え得るようなものではなくなった、と考えられたからである。つまり、「人権[思想]」は宗教的なゼクテ制度の産物であり、その本質において「極端な合理主義に基づく狂信」である、と彼は考えていたからである。……(中略)……。
 人民主権に関する古典的な民主主義論の場合にも、事情は異なるものではなかった。それは、ヴェーバーの見解によると、支配権が個別的にどのような形態を取ろうと、支配権というものは指導者達の寡頭制によって行使されるという根本的事実を無視しているのである。……(中略)……。極端な知的合理主義に拠って、ヴェーバーは人民の自由な自己組織という民主主義思想から原理的に離れて行った。……(中略)……このミヘルス宛の手紙で、マックス・ヴェーバーは、幻想をまじえない冷静な言葉で次のように述べている。「……(中略)……。『人民の意志』とか人民の真の意志というような、そうした概念は、私にとっては、すでに久しい前からもはや存在してはいません。それはフィクションです。……(中略)……。」、と。ヴェーバーは、現代大衆民主制において古典的民主制論の理念的核心だけでも救出して活性化させることを諦めてしまったのである。ルソー以来民主制思想にその固有の高い価値(ディグニテート)を与えて来た、人民の自由な自治という要請に代わるものとして、彼は形式的に自由な指導者選出の原理を提示したのである。(p.701-704)


ウェーバーの政治思想の最大の問題点の一つを集中的に論じている箇所と思われる。

ウェーバーは自然法や民意といったものが存在しないと喝破することによって、これらの理念を採用できなくなったわけだが、この点にウェーバーの政治思想の根本問題があると思われる。民主制や議会制を手段としか見ることが出来ないところにウェーバーの政治思想の問題が集約的に現れてくるが、理論的には、その原因は、こうした「自然法」や「民意」のような理念の喪失がある。

もちろん、ウェーバーという人物の個性なり気質として、貴族主義的で権威主義的なところがあり、本質的に民主主義的なものへの共感が低いということもあるにしても。なお、この意味では、ウェーバーは理念的核心を活性化させることを「諦めた」のではなく、そもそも民主主義的な志向が弱く、あまり積極的に活性化させようとしなかったのだろうと私は考えている。(この「諦めた」という部分はモムゼンが是とするものとウェーバーのそれとの落差から出ているものと思われる。)

「自然法」や「民意」のような「実質的なもの」をウェーバーのようなやり方で一蹴してしまうのではなく、適切に取り入れた政治論が必要である。というのは、モムゼンが考えているであろうように、「民主制論の理念的核心を活性化」させることは現代の日本や世界においても非常に重要な課題になっていると私は認識しているからである。そして、この点で、サンデルのような目的論が参考になると考えている。すなわち、例えば、「人権」を基礎づけるために歴史的には「神が造った」ということに繋がっていく自然法思想から導くのではなく、多くの人々が善く生きるために必要だと認めるような権利であり、また、その権利を認めることにより実際に期待された方向へと社会を進め得るから増進されるべきだというように立論するようなやり方である。

ウェーバーの理論は「実質的なもの」を捨てすぎたために「形式的なもの」に頼りすぎる傾向がある。そのためいつも「実質対形式」のジレンマに立たされる。(それが魅力の一つになっている面もあるのだが。)



ロイド=ジョージ型の人民投票的指導者やカール・リープクネヒトにも、ベニト・ムッソリーニやアードルフ・ヒトラーにも適用可能なヴェーバー的意味におけるカリスマの無内容さは、[政治的色合いを異にする、さまざまなカリスマの変種を区別する]識別という困難な問題を実際に提起するのである。(p.750-751)


これは正に私が直前で指摘した「実質対形式」のジレンマの一つかも知れない。形式的なカリスマ概念はどのような型のカリスマにも適用可能だが、その実質的な働き、すなわち、そのカリスマが導く方向についての感度を鈍らせることになりやすい。現実の政治では、そのカリスマ的指導者が、どのような方向に社会を導いていくのか、「彼の目的」と「彼の行為が引き起こすであろう結果に対する予測」をよく見ることが必要であるが、ウェーバーの理論は形式的過ぎてこの点を看過しがちなのである。



しかしながら、憲法技術上の意味だけではなくて、とりわけ原理的にもヴェーバーによって過度なほど強調された指導者の役割論は、民主政治の過程をほぼ指導者選出の問題に局限する結果となりはしないかどうかという問題が提起されよう。(p.751)


これはまさに晩期ウェーバーの人民投票的指導者民主制の問題点だろう。

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