アヴェスターにはこう書いている?
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ヴォルフガング・J・モムゼン 『マックス・ヴェーバーとドイツ政治1890~1920Ⅰ』

その後、1896年に発表した「古代文化の没落」に関する論文の各所において、ヴェーバーは、きわめて魅力的な形で、古代文化の諸現象を東エルベのそれと次のように対比している。(p.62)


古代ローマに関する研究と東エルベの大土地所有制の問題とがウェーバーの中ではリンクしていたという指摘は興味深い。「奴隷労働の不足→ラティフンディウム制が衰退→ローマ共和政の社会的諸前提が崩れる」とウェーバーは考えていたが、これを「ドイツ東部での労働者不足→ユンカーによる大土地所有の存在を脅かす」という形で重ねていた、と。



 まさに、労働者階級の社会的地位こそが、マックス・ヴェーバーにとって、ドイツ帝国の帝国主義的な権力拡張の成否に直接結びつくものであると思われていた。1896年の第7回福音主義社会会議大会において、ハンス・デルブリュックが、失業問題についての報告を行なった。その中で、彼は、失業保険の導入を検討し、とりわけ、公的な職業紹介所の設置――近代的理念と言ってよいもの――を提案した。ところが、マックス・ヴェーバーは、このデルブリュックの提案に反対し、失業問題の背後には、「人口問題という一大重大事」があり、したがって、失業は、労働需要の調整という純技術的な問題よりもはるかに重要な意味を有する、と発言した。ヴェーバーは、ただ国民主義的な経済空間の帝国主義的拡大という点においてのみ、失業問題を現実的に解決することが期待できる、と考えたのである。(p.157)


ウェーバーの思想を「リベラル」なものだと理解しようとする流れがかつてのウェーバー崇拝型の研究者には多かったが、ウェーバーの政治思想について検討してみると、一見して「リベラル」な主張に見えるものであっても、その根拠は現代のリベラルとは全く異なったものであり、むしろ、現代の保守的な思想に近いことが明らかになる。この労働者階級の社会的地位や失業問題に対するウェーバーの姿勢もこうした例の一つである。

すなわち、失業問題に対してもウェーバーは人権などの出発するのではなく、「国家」の利益や権力の増進を目的として対処すべきだと考えているようである。例えば、こんな感じか。「帝国主義的な領土拡張→労働需要の増大→失業の解消→労働者階級の社会的地位向上→国民的統合の強化→帝国主義的な領土拡張……」



 マックス・ヴェーバーの学問的業績の中で最も意義あるものは、経済生活における精神的・心理学的な動機のもつ驚くべきほどの重要性を認識し、それを説明したことである。彼は、近代の合理的・分業制的な資本主義の成立に貢献した、かの特殊な経済心情は、ピューリタン的宗教心から発生したことを証明してみせた。地味でつらい労働の中に、その時々の収益のためにというのではなくて、そうした労働それ自体の中に人生に固有の課題をみる世俗内的禁欲から育まれたピューリタンの精神的態度は、マックス・ヴェーバーにとって、そのまま、ブルジョア社会の規範となるものであった。ある時、ヴェーバーは、アードルフ・フォン・ハルナックに次のように書き送っている。「……わが国民が、厳格な禁欲主義の学校を、一度も、いかなる形においても卒業しなかったことは、私が、……わが国民に(また私自身にも)憎むべきものと感ずるすべてのものの源泉なのであります。」(p.185)


ウェーバーが描き出した禁欲的プロテスタンティズムの労働倫理は、彼にとってブルジョワ社会の規範となるべきものとしても考えられていたのだとすれば、この労働倫理が、ウェーバーの宗教社会学的研究と政治思想とを結ぶ結節点として位置づけることができそうである。



マックス・ヴェーバーにとって、何よりも重要な問題は、労働者階級を現存国家に積極的に協力させることにあった。それ故に、あらゆる社会政策の目標は、労働者階級が自由に自ら決定できるように手助けすること、また自らの責任を自覚するように教育することに置かれるべきであった。単に社会的感情からだけで社会政策を推し進めることは、彼にはまったく考えられないことであった。この点で、彼の見解は「憐れみ」という価値を徹底的に低く見たニーチェの思想に近い。……(中略)……。
 自己責任と自由な自己決定こそは、ヴェーバーが進歩的な社会政策の根本的理念としたものであった。(p.196-197)


「憐れみ」や「同情」といったもの、あるいはより普遍化された理念としては「基本的人権」といったようなものを、ウェーバーは重要なものと見なしていなかったことは明らかである。それでも「リベラル」と見ようと思えば見えなくもない主張をしていたことの理由は、最後に述べられているようにウェーバーが自由な自己決定や責任を重んじていたことが関係していると思われる。

ウェーバーの政治思想は、かなり重要な点でリバタリアンと非常に似ている。少なくとも根本的な理念としているものは殆ど共通していると言ってよい。しかし、リバタリアンはウェーバーよりもさらに個人主義的な考え方が強い場合が多く、権力国家指向のナショナリズムやブルジョワ階級への帰属意識なども重要な役割を果たしている点は、純粋なリバタリアニズムとは対照的である。このあたりのねじれのようなものが、ウェーバーの政治思想の面白いところの一つであると思う。

なお、ウェーバーの政治思想を「リベラル」と見ていた人々がいたことは先にも述べたが、そのように見える主な原因は、ここで指摘したリバタリアニズムと共通した理念を重要視している点にあると思われる。



 マックス・ヴェーバーは、植民地政策として、どのような具体的目標をもっていたのだろうか。この点に関する彼の意見を述べたものは、第一次世界大戦前にはほとんど見当たらず、それを確認することはできない。やっと大戦中になってから、彼は、時折、それを暗示するような発言を行なっている。……(中略)……。世界分割に際して、ドイツが、それ相応の分け前に与かるために、どのような外交政策をとらなければならないのか、というドイツの進路については、ここでもヴェーバーは、それ以上立ち入った発言を行なっていない。(p.268)


本書は、ウェーバーを自由帝国主義者として描いており、それは概ね妥当だと私も考える。しかし、(真の帝国主義者であれば必ず考えておかなければならないものであると思われるが)外交政策はウェーバーの主たる関心事ではなかったことがわかる。すなわち、帝国主義者という側面は二次的なものであると考えるべきであろう。



ヴェーバーによれば、他の諸国民が、はるか以前から享受してきている程度の政治的自由を、国内において獲得している国民だけが、要するに「王者たる資格をもつ民族」ともいうべき国民だけが、およそ地球の分割をめぐる闘争に際して、他民族の運命に口を挟む歴史的権利をもつ。……(中略)……。換言すれば、外へ向かって帝国主義的な政治を営むために当然行なわなくてはならない必要不可欠なことは、国内において議会主義化をはかることである。議会主義化は、確かに文化的理由から必要とされただけではなく、まず何よりも国民の精神的統一と結束をはかるために必要とされたのである。(p.313-314)


政治的自由や議会主義化という事を言いながら、同時に「口を挟まれた」他民族にとっての権利や自由というものに対して全く配慮がないことに対しては、現代の感覚からすると驚きを禁じ得ない。



そもそもドイツ自由主義にとって、とりわけ自由帝国主義者にとっては、イギリス、すなわちその巨大な帝国を建設し確保してきた国民が模範であった。(p.314)


なるほど。



 ヴェーバーは、フライブルクと、その後はハイデルベルクにおいて教授活動をしていた年月の間に、彼を育んだ国民自由党の伝統とは異なる南ドイツの連邦主義的な思潮に近づいていった。(p.315)


なるほど。



ヴェーバーが描いた政治家の本質についてのイメージも、多くの点で、紛れもなくビスマルク的な特徴をもっている。ヴェーバーがイメージする政治家は、選挙民の意志に自らを合わせるのではなく、その逆であるべきだとされる。政治家は、その政治的才能や、[指導者としての]認知と支持勢力を得るそのカリスマ的能力、結局は、そのデマゴギー的な天分を、自らの追求する政治目標の実現に向けて追従者を獲得するために用いる。政治家は、多数派の意志を代弁する者ではなくて、デマゴギー的手段に訴えて、議会内において、あるいは大衆の間において多数派を勝ち取る。以上のような政治家のイメージには、一部は戦術的で一部はデマゴギー的な手段を用いて、議会内に多数派を形成し、この多数派を擁してその折々の政治的企てを実現しようと目論んだ、ビスマルクの天才的な能力が否応なく想起させられるのである。(p.333)


ウェーバーにおける政治家のイメージは、代表としての議会という視点が欠けており、また、被治者の権利や自由も考慮されていない。


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