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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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平井信義 『続「心の基地」はおかあさん やる気と思いやりを育てる親子実例集』

 「いい子」などという評価はまったくしないのが、私の子育ての方針です。
 「よい子ね」などと言えば、入れ歯を探す行為を「よい子」のすることと思ってしまう恐れがあるからです。この場合、私の困っている状態を思いやってくれること(共感)が、人格形成にとって何よりも大切なのです。
 私は、子どもたちのしてくれたことに対して、「うれしい」とか「助かった」とか、こちらの気持ちを表現することにしています。子どもたちが「よい子」にこだわることのないように――との思いを込めて……。つまり、私はほめるようなことをしないのです。(p.48)


第三者の位置から評価を下すようなことは言わず、子どもと直接向き合って自身の思いを表現するというのは、確かによい方針。子育てに限らず、仕事での部下や後輩の育成などにも使える考え方であると思われる。



強制すれば、形ばかりの「おはよう」を言うようになりますが、それは本心からではないから、本当の「思いやり」が育ってはいないのです。カッコよくやっていて、それがほめられるから、ほめてもらいたいためにしているに過ぎません。いわゆる道徳教育が危険なのは、外側の行動によってほめられるために、内心は育っていかないことにあります。(p.56-57)


内心を育てるには、一つ前の引用文のように「Iメッセージ」で自分の思いを伝えることや自身の「背中を見せる」ことによる感化が必要なのだろう。



 子どもは、散らかすことの専門家です。お母さんに言われなくては片づけをしないし、言われてもなかなかしません。なぜでしょうか。
 それは、片づけは創造性を発揮できるような仕事ではないからで、したがって子どもにとってはつまらない仕事だからです。……(中略)……。子どもは、思春期に入れば、自分の部屋をいろいろと飾ろうとする気持ちが強くなるから、散らかすことも少なくなり、進んで片づけるようになりますから、それを待つことです。
 お母さんのなかにも、片づけが好きでない人が少なくないはずです。では、なぜ片づけをしているのでしょうか。
 ……(中略)……。
 第三には、片づいていれば、気持ちがよいということがあります。これは、子どもにも伝わります。ですから、「片づけなさい!」とどなったり、さらに「自分で散らかしたんだから、全部自分でやりなさい!」などと意地の悪いことを言わないようにしましょう。そして、「お部屋をきれいにしましょう」と声をかけ、お母さんが主役で子どもに手伝ってもらうといいのです。そして、終わったときに、「きれいになって、気持ちがいいね」と喜び合いましょう。そうしているうちに、思春期になれば、進んで自分で片づけ出すのですから……。(p.58-60)


子どもにとって片づけが創造性を発揮できないつまらない仕事であり、だから片づけをしたがらないというのは、なるほどと思わされたところ。そして、ここで示されているようなやり方をきちんと続けていれば、思春期になってある程度自分で片づけるようになる可能性はあると思う。ただ、誰もが思春期になれば片づけるようになるのか、というとそうではないだろう。その点で少し楽観的過ぎる書きぶりが気になったのだが、この点に関するポイントは、親が「片付けなさい」などとイライラしながら命令するようなことを避け、もっと寛大な姿勢でサポートするのが望ましいというところにあるのだろう。

また、片づけは創造性が必要ない仕事だというのも、ほとんどの子どもにとってはそうだと言えそうだが、ものごとの整理は創造性を必要とする技術であって、片づけ一つにしても、効率的に必要なものを取り出せるようなしまい方や片づけ自体に欠ける労力を少なくような収納のあり方を考えるなど、かなり創造性を必要とする分野であるということは強調しておきたい。ただ、子どもにとっては一般にそうした必要性も低いため、関心を引かないというに過ぎない。



 子どもを甘やかすな――と言われますが、それは物質的・金銭的な要求に対してはきちっと制限をしなければならないことを言っているのであり、からだでの甘えは十分に受け入れること、つまり甘やかしてよいのです。それによって、お母さんと子どもとの間の情緒的な結びつきができるからです。(p.68)


分かりやすい整理。



 子どもにとっては、何よりも大切なのは、家庭において「笑い」の多い生活を楽しむことです。それが子どもの情緒を安定させるからです。(p.96)


なるほど。「笑い」の多い生活を楽しむことは、いわば情緒の基層にポジティブなエネルギーを与えることになるわけだ。



 年寄りになると、おもちゃやお金で孫を釣ろうとする人がいます。子どもは、もらったときはニコニコして親しみを示しますが、それはその場かぎりのもので、年寄りと孫の間の情緒的な結びつきはできていません。へたをすると、子どもの物欲・金銭欲ばかりを増大させることになります。(p.105)


金銭的な動機づけと(他者への共感などに基づく)社会的な動機づけは同居できないという指摘があるが、この問題もこれに通じる問題系であるように思われる。



早期教育に対するさまざまな企ての多くが、危険なものです。とくにそれが幼児教育産業に結びついているときに、危険は非常に大きくなります。その理由は、大人の頭が考えたプログラムを子どもに押しつけ、子どもの自発性の発達に、圧力を加えてしまうからです。
 また、早期教育を受けた子どもが、思春期以後にどのような青年になっているかという追跡調査も行われていません。(p.112)


確かに、何らかのプログラムに沿って子どもたちに何かをやらせるようなものはあまり意味はなさそうだ。



どんな立派なレールの上を走らせようとも、子どもの自発性を育てていないかぎり、子どもはどこかで挫折してしまい、その立ち直りには長い期間を要することになります。
 子どもに「自由」を与え、自発性を発達させながら、のびのびと育てていれば、子どもはいつか自分の「個性」を発見し、それを伸ばそうとし始めます。(p.114)


例えば、過干渉されて育った子どもは基本的に親がレールを敷いてしまうことになり、こうした挫折を経験することになるように思われる。子どもにとってはこの挫折からの立ち直りこそ、自発性獲得のための闘いということになる。



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