アヴェスターにはこう書いている?
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デーヴィド・ビーサム 『マックス・ヴェーバーと近代政治理論』(その3)

人民主権の概念を虚構として片づけてしまったために、ヴェーバーはそれを、現実に自己確証的とみなされるべき資質をもつ傑出した一人物に正当性の後光を付与する一手段以外のものとして考えることができなかったのである。
 それゆえ、ヴェーバーが民主主義を論じる場合の概念的枠組の制約の帰結、及び近代社会ではそれが「指導者民主主義」でしかありえないという主張の帰結は、二重である。第一は、民主主義の理論における強調点の一切を、社会の相異なる集団や部分が意思決定に向けてなしうる貢献からそらし、また政治過程への大衆参加の領域を拡大する可能性からそらし、指導者の性格と資質、そして彼のカリスマの「真正さ」へと向けてしまうことである。この点こそが最も重要となる。第二の帰結は、民主主義という名称のもとに、民主主義とはほとんど関係のないものを提示するということである。事実ヴェーバーのいうカリスマ的人物とは、大衆の歓呼を必要とするとはいえ、ヴェーバー自身が認めるように民主的なるものの対立物である。(p.334)


ウェーバーの民主主義論の問題点を捉えているように思われる。様々な社会集団や大衆が参加することで政治的な意思決定を行いうるという点から、ウェーバーの理論は目を逸らし、民主主義ではないものをその名のもとに示している。このやり方は知的誠実性という彼自身の重視する基準や価値自由の考え方に見られるような自らの価値理念を明示する義務から見た場合に問題になり得るだろう。



ヴェーバーがどのような意図をもって純粋に歴史的な研究に携わったにせよ、彼の叙述の一帰結は、資本主義を批判に抗して現在的には正当化することであった。というのも彼の叙述は、第一に利潤に一つの道徳的意義を賦与したからであり、第二に、利益獲得の様々なもっと非難さるべき形態を、近代資本主義の「本質」としてではなくて逸脱として片づけてしまう方途を与えたからである。
 先にヴェーバーの歴史的方法の一問題として、プロテスタンティズムの倫理の因果的意義は、広範な脈絡から抽象したのでは評価が不可能である、ということが論じられた。だがここで重要なのは、むしろヴェーバーの資本主義の精神自体の記述である。この精神こそ彼の研究が説明しようとするものなのである。これが既に、プロテスタンティズムとの結び付きの吟味に先立って、読者に資本家を極めて好意的な光の下に見させる傾向をもつ倫理的な用語で示されている。(p.339)


「倫理」論文の叙述は、(どのような意図で書かれたかとは別に、)結果的に資本主義を正当化するものだという指摘は興味深い。ウェーバーが「近代資本主義」の特徴であるとするのは、道徳的な意義が賦与された利潤獲得であり、それよりも道徳的に劣る方法での利潤獲得は、ことごとく「近代」資本主義ではない、近代資本主義から見れば逸脱したものとして描かれる。

ウェーバーが提示するプロテスタント的な労働倫理は、基本的に保守的な考え方であり、レイシズムを強める効果があるとされているが、ビーサムのここでの指摘もこうした実証的に調べられた結果と適合的である。



ヴェーバーの「理念型」はいずれも絶対的なものとして定義されているのではなく、ただ他のものとの対比という見地からのみ定義されている。これが理念型の論理の重要な点である。(p.365)


なるほど。



ヴェーバーの講演「職業としての政治」は、しばしばそれが何らの背景ももたないかの如くに論じられている。だがそれは、1918-1919年の冬という革命的な諸事件のまっただ中に行なわれたのである。ヴェーバーは、明らかに学生の組織に講演を行なうことを引き請けさせられたのだが、それはまさしく、もし彼が承認しないと学生たちがバイエルンの革命家クルト・アイスナーを招くこととなる、という危機感を抱いたが故に、であった。(p.389)


背景を知ることは重要。



以下、訳者あとがきより。

だが、1964年に行なわれたハイデルベルクにおける「ヴェーバー生誕百年記念シンポジウム」におけるパーソンズ、モムゼン、マルクーゼ等が展開した鋭い緊張に満ちた論争は、ヴェーバーの思想体系が孕む未決の問題群を一挙に露わにし、これまでのヴェーバー研究の相貌をいちじるしく変えていく転機となった。1959年に刊行されたモムゼンの問題作『マックス・ヴェーバーとドイツの政治 1890-1920』が改めて注目されるに至った。これまでのリベラリスト・ヴェーバーに対してナショナリスト・ヴェーバーが、そして、ヴェーバーの思想における合理主義的側面に対して非合理主義的側面が関心の前面に押し出されてきたのである。(p.428)


1964年のシンポは、ウェーバー研究史にとって重要な転換点。これによりウェーバーはより保守的な思想家と見られるようになったようである。



そうしたなかにあって、今日のヴェーバー研究に対して決定的な影響を与えたモムゼンの著作に対して内容的にみてまさにその対重的位置にあると思われるビーサムの著作が必らずしも我が国で十分な評価を得ていないように見えることが、私たちをして本書の邦訳を思い出させた動機の一つである。(p.428)


なるほど。

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