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アヴェスターにはこう書いている?
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デーヴィド・ビーサム 『マックス・ヴェーバーと近代政治理論』(その2)

即ち、ドイツとロシアについてのヴェーバーの説明は、しばしば政治的分析の典型的なヴェーバー的アプローチとみなされているものとは、多くの点で異なっており、また、「経済的なもの」からの(特に経済的階級からの)「政治的なもの」の独自性、理念の重要性、政治的な安定や変革を説明する際の正統性の役割、等々といった一般に言われるヴェーバー的な強調がこれらの説明ではほとんど見あたらず、いくつかの点では明瞭に否定すらされている、ということである。そうして、権力の行使とか政治的変革の現象とかの説明にあっては、階級及び階級闘争が主要な特徴とみなされている。(p.256)


興味深い指摘。ウェーバーは実際の政治的評論では、方法論などで強調される点とは異なり、階級及び階級闘争を主要な要因として扱っているという。本書はこのことをそれぞれドイツとロシアについて章立てして詳細に論じているので、それなりに説得力がある史的だと思う。

敢えてウェーバーを擁護するとすれば、政治的変革などの現象は、ブローデル的に言えば事件史の次元で捉えられるものであるが、短期で見ると階級や身分の利害が相対的に大きな力を持つことになるため、仮にウェーバー的アプローチとされる、政治や理念などの重要性は相対的に下がることになるが、「プロ倫」や『世界宗教の経済倫理』のようなものが扱っている歴史は100年やそれ以上のスパンについて叙述しているが、そうした比較的長期の時間で捉える場合には、理念が思われているよりも大きな役割を果たしている、または、役割を果たしていることを確認できるようになる、というように弁護できるかもしれない。もっとも、ウェーバー自身はこうした時間の区分などはしていなかったように思うが…。



即ち、強力な対抗的要因が存在しなければ、産業の利害は国家を支配するであろうし、また近代の大規模資本主義の本性それ自体の中には、必然的に政治的自由に資するようなものは何もない、という点であった。(p.264)


以上の引用文は本書では官僚制に関連した文脈で述べられているのだが、むしろ、冷戦後のグローバル経済では、冷戦時のブレトン・ウッズ体制という対抗的要因がなくなったので(冷戦前のウェーバーが生きた時代のように)経済の利害が各国政府に支配的な影響力を行使できるようになっているし、こうしたグローバル経済には政治的自由に資するものはなくむしろそれを抑圧する傾向があることが重なって読み取れたので興味深いと思ったところ。



 議会制に対するヴェーバーの幻滅の理由の一半は、疑いなく、選挙での彼自身の経験や、ドイツ民主党の選挙候補者名簿に選ばれるのに失敗したことにも因っていた。(p.294)


なるほど。この視点でウェーバーの思想を考えたことはなかった。ウェーバーの政治とのかかわりについて述べるとき、選挙の候補となるよう依頼を受けるほど政治に強い情熱をもっていたといったやや肯定的なイメージで述べられる場合があるが、結局は思い通りに行かなかったというウェーバー本人にとってはむしろ苦い失敗の経験であって、それが議会や議会制に対する否定的な感情を呼び起こすようになったということはあり得る。

本書ではこの要因はあまり大きく捉えるべきではないと考えているようだが、人間の行為は主観的な意図とは全く違うところから起こっており、後から筋違いの意味づけを行なっているものだということや、感情の持つ持続的な効果などの行動経済学の実験で示されていることから考えても、本人が主張する論理から説明するよりも、むしろ、こうした感情面からのアプローチの方が、思想の変化というものは適切に捉えられることが多いのではないか



 ヴォルフガング・モムゼン及び彼にならう幾人かの論者は、ヴェーバーの政治的リーダーシップの理論を、もっぱら、ドイツの大国になろうとする目標の達成という観点から解釈し、彼の理論がこの目標に従属していると見做してきた。だがこの解釈が著しく説明に失敗しているのは、人民投票型のリーダーシップをヴェーバーが強く主張したのはドイツ敗戦の時点より後であった、という点である。この敗戦の時点でヴェーバー自身、彼の国が世界政策的役割を演ずることはもはや不可能であると認めていたのである。この時点では国内の再建という問題こそが主要であった。(p.298)


モムゼンの『マックス・ヴェーバーとドイツ政治1890~1920』に対する興味深い批判。



 このようにヴェーバーの議会制的政府の理論は、エリート主義的要素と自由主義的要素の間のバランスを保とうと試みていたのである。彼の戦後の憲法案の意義は、それがこのバランスをくずしたことにある。人民投票による大統領という図式は、彼が以前力説していた自由主義的な配慮のいくらかのものの腐蝕を伴っていた。とりわけこの図式は、大統領の人事権独占や議会の頭越しに人民に訴える権利、そして彼の好きな時に議会を解散できる権限のために、議会の独立を脅かした。この制度内での唯一の抑制要因は人民自体のうちにおかれていた。だが、ヴェーバーも承知していたに違いないのだが、大統領解任のための国民投票を要求する人民の権利は名目的なものでしかありえなかった。なぜならそうした状況での主導権は、組織されていない大衆の側というよりは、指導者自身の側にあろうからである。人民は、指導者の誤りに際して審判席に着くのではなくして、まず最初に絞首台へと送られるであろう。以上のどの観点から見ても、ヴェーバーの提案は、議会と市民的自由を犠牲に、国家の長への重大な権力移行を包含していたのである。(p.300)


ウェーバーの議会の強化から人民投票的指導者民主主義へと主張が変わったことについて、前者ではエリート主義と自由主義のバランスをとっていたが、後者では自由主義的な要素がほとんど削ぎ落とされてしまったということ。かなり説得力のある議論と思う。



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