アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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トマ・ピケティ 『トマ・ピケティの新・資本論』(その3)

 今回の一件は、報道機関の資金源と独立性という大きな問題も投げかけている。2007年にレ・ゼコーの記者たちは、ベルナール・アルノー率いるLVMHグループに買収を仕掛けられて抵抗した経緯がある。彼らは当然ながら、自分たちの独立性が脅かされるのではないかと懸念し、多数の署名を集めて差し止めを陳情した――が、無駄だった。こうしたわけで2007年以降、フランス最大の経済日刊紙はフランス最大の富豪の所有に帰している。同紙は、現政権が支持する案件を好意的に報じる傾向が次第にあからさまになっているが、それが買収と関係があるかどうかは、筆者の知るところではない。しかし、国民運動連合(UMP)の上院議員で資産家のセルジュ・ダッソーが所有するル・フィガロ紙を読んでいて、ほとんど政府の広報紙だと感じたことはある。あるいはレ・ゼコーの記者たちは、購買者の利益を守ろうとしているだけだが、その購読者自身が次第に世間一般から乖離してきたのだろうか。いずれにせよ、多くの記者が示すこの変身ぶりは、民主主義にとって憂慮すべきことである。(p.276-277)


ピケティが指摘する格差の拡大、超富裕層の経済的な権力が増大することが、政治的な民主性も腐食させていく。マスメディアに圧力をかけていくこと(ここで述べられているような資金源を押さえるというやり方のほか、昨今の日本での総務相などの電波停止発言などによる威嚇や公共放送のトップに政権に近い立場の人物を送り込んでコントロールしようとすることなど)で権力の監視という機能を果たせないようにしていく流れは、日本だけではなくフランスでも進んでいるということがよく分かる記事であった。



というのも保護主義は、警察と同じで、基本的に抑止力にとどまるべきものだからだ。国はこれを奥の手としてとっておくが、利益の源泉とはしない(p.291)


なるほど。あまり考えたことがない発想に触れるのは面白い。



度を超した高所得に歯止めをかけられるのは税金という武器しかない(p.311)


名言。高所得者への累進課税は徹底的に行うのが望ましい。



アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が、ワイオミング州債かテキサス州債のどちらを買い入れるか毎朝選んでいたら、安定的な金融政策を実行することはむずかしい。欧州中央銀行(ECB)はこれに類したばかげた状況に置かれている以上、金融の安定化に十分な役割を果たすことはできない。(p.312)


ピケティは本書で繰り返し「欧州共同債」の創設を提唱しているが、その必要性の一端について最も分かりやすい例で示している箇所。



 フランスでは黒人団体代表委員会(CRAN)が2005年に結成され、フランス預金供託公庫(さきほどの「貢ぎ物」を運営したとされる)を訴えて係争中だ。ただし彼らは個人賠償を求めているのではない。賠償金は徹底的な調査と記念館(たとえばリヴァプールにある国際奴隷貿易博物館のような)の建設に充て、問題の全容を広く知らしめるために使うという。そのためには、問題全体の解明を任務とする委員会を設置する必要があろう。(p.354-355)


植民地支配や戦争犯罪などに関連する償いの方法として参考にすべき考え方が含まれている。



 まことに嘆かわしいことだが、フランスの高等教育は全体としてかなり貧しいので、さほど大金を注ぎ込まなくとも大きなちがいを生み出すことが可能だ。どのくらい貧しいかと言うと、フランスの高等教育・研究予算は、2007年には110億ユーロ足らずで、2013年にようやく120億ユーロに届いたのである。この間のインフレを考えれば、実質的には横這いである。一方、世界各国の大学は、有力な教授を引き抜き、寄付金を精力的に集めるなどして力強く成長を続けており、フランスから少なからぬ技術者、研究者、学生を呼び込んでいる。これでは、もともとあった差が開くばかりだ。
 この120億ユーロという金額は、大学その他の高等教育機関・研究所に割り当てられる予算の総額(給与、運営、設備投資)であることに注意されたい。この金額は、GDP(約2兆ユーロ)の0.5%をすこし上回る程度にすぎない。また政府支出(GDPの約半分、すなわち1兆ユーロ)に占める割合は1%ということになる。(p.371-372)


日本の教育予算の低さを考えると、フランスでこんなに嘆くのは嘆きすぎじゃないかと思えるほどだが、ピケティが日本の教育予算を見たら、どのようなコメントをするのか興味を惹かれるところだ。



 フランスでは、高校卒業時の試験でバカロレア(大学入学資格)をとっていれば、全国の国立大学に原則としてどこにでも入学できる(グランゼコールは別)。バカロレアの合格率は70%前後に達する。大学進学率が高まる一方で、教員採用とも関連するが大学の定員数が増えていないため、定員オーバー状態が続いている大学進学者の半数以上が途中でドロップアウトするという。(p.373)


これは訳者らによる注だが、フランスの大学の状況は日本とは大きく異なっており興味深い。進学者の半数以上がドロップアウトするというのは、欧米の大学は入学より卒業の方が難しいと言われるが、それが文字どおりのことだと分かり興味深い。中学生レベルの学力でも入学でき(偏差値40前後の大学の学力レベルはこのくらいである)、入学してしまえばよほどのことがない限り卒業できないなどということがない日本の大学を考えると、欧米並みに厳しい卒業の基準を設けることも必要なのではないかという気がする。



フランスの高校は公立が圧倒的に多く、公立に進む場合には入学選抜試験はない。パリの場合、中学の成績と本人の希望(第八希望ぐらいまで出すようである)に応じてコンピュータ・ソフトで振り分けられる。第一ラウンドで希望校に行けない場合、第二ラウンドで空きのある高校に振り分けられる。(p.379)


これも訳者による注だが、非常に驚いた。入学試験がなくコンピュータで振り分けられるとは…。まぁ、中学の成績が参照されているのだから、それほど大きく間違った選択はされないのだろうが、中学校ごとに成績の平準化などはできるようになっているのだろうか?共通のテストなどで学力を測定しているのだろうか?などなど、いろいろと気になる。



フランスの経済モデルは、毎年生み出される富の約半分を税金や社会保険料などさまざまな拠出金の形で共有し、国民全員が恩恵を受けるインフラ、公共サービス、国防に充当することで成り立っている。払う側と受け取る側というものはない。誰もが払い、誰もが受け取る。(p.389)


税や社会保険料について、簡潔に、かつ力強く、その意義を表現しており印象的である。今の日本に、こうした当たり前のことを十分に理解している人がどれほどいるだろうか?税の問題については、世間に正しい理解が広まることが是非とも必要である。


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