アヴェスターにはこう書いている?
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カール・シュミット 『現代議会主義の精神史的状況 他一篇』
「現代議会主義の精神史的状況」より

 社会主義が自らを科学的だと考えたときはじめて、それは、本質的に誤りのない洞察の保障を得たと信じ、暴力行使への権利を主張することができた。(p.66)


なるほど。正しさへの過信は、「誤った言動」を行う者に対する矯正手段としての暴力行使を正当化する理由を容易に見出すことになるということか。



「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」より

討論には、前提としての共通の確信、よろこんで自ら説得される覚悟、党派の拘束からの独立、利己的な利害にとらわれないこと、が必要である。今日では、たいていの人びとは、かような公平無私さを可能だとはほとんど見ないだろう。かような懐疑もまた、議会主義の危機の要素である。(p.132)


シュミットによれば、彼の時代のドイツでは、公開の討論の意義がすでに信じられなくなっており、それが議会主義が危機に陥る要因の一つだという。この状況は、現代の日本にも当てはまるように思われる。

ちなみに、安倍晋三の政治姿勢を見れば、彼には討論をするための前提が欠けていることがよくわかる。



「訳者解説」より

 繰り返すなら、デモクラシーにとって「危険な思想家」一般が問題なのではない。危険でない思想は思想に値しないだろう。そうではなくて、怨恨、憎悪を理論の名のもとに説くことが、問題なのである。(p.174)


シュミットの反ユダヤ主義的な発言の累積と理論の中にこうしたものが浸透していることを批判している。右翼的な言説には一般にこの傾向が指摘でき、こうしたものがかつてほど批判されなくなってきていることに、昨今の言論の状況をめぐる問題がある。

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