アヴェスターにはこう書いている?
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神田敏史、長友薫輝 『市町村から国保は消えない 都道府県単位化とは何か』

 医療費を抑制する手法の1つとして、各都道府県は医療費適正化競争に巻き込まれていくことになります。医療費の実績に応じて、ある県では5年前と比べて医療費が増えている、他県よりも著しく伸びているから診療報酬をその県だけ下げる、ということが検討されています。(p.14)


国保の都道府県単位化についての議論だけを見ていると、今一つ全体の動きが見えてこなかったのだが、中央政府の意向としては都道府県に医療費適正化(抑制)のために様々な役割を負わせる方向で様々なことを決めてきており、国保でも都道府県に財政責任を割りあてる法改正を行ったのは、そうした流れのなかに位置づけなければならない、ということか。なるほど。



 データなどで受診行動を把握し、いわゆるデータヘルス事業を各自治体で積極的に展開する可能性があります。過剰な医療費抑制策の徹底が図られないよう、あくまでも社会保障として国保が医療保障の機能を発揮できるようにしなければなりません。(p.15)


データヘルス事業も医療費抑制のための手法として推進されているという認識には納得させられる。しかし、自治体にはそうしたデータを読み解くだけの専門知識がないと思われる。医療の専門家としての知見とデータを分析する専門家としての知見が必要だが、特に前者が不足していると思われるからである。



 国保に限らず社会保険は、保険料負担が困難な人も加入者になるということが大前提です。保険料負担ができなくても、保険給付サービスを受けることができます。
 だからこそ、保険料負担については、負担能力に応じたいわゆる「応能負担」の原則を徹底しなければ、負担能力の低い人が社会保険から排除されてしまいます。(p.19)


確かに、日本の社会保障は社会保険に大きく偏っているが、その社会保険でも応益負担的な考え方がかなり強いため、逆進的な構造が指摘されることがよくある。国保料については低所得者に対してはある程度の軽減措置があるため、高所得者の負担をもっと重くすることで医療費総額を確保しやすくすることは必要だろう。ただ、現行制度であまり累進的にし過ぎると、転出等で何人かの金持ちが出ていったことで保険料収入に大きな穴が開くなどということになるため、ある程度のバランスは必要になる。もっとも、市町村単位ではなく全国単位で運営すればこのような問題もほとんどなくなるが。(外国に逃げる人は言語や習慣などの問題もあるためあまり多くない。)



 また、この所得データは住民税データをもとにしますが、市町村によって申告不要とする「非課税者」扱いの範囲が異なっています。保険料(税)軽減所得判定や窓口負担限度額認定判定では「未申告者」がいる場合は対象外(低所得者扱いされない)となりますが、「非課税者」は「未申告者」としない取扱いをしている市町村も多く、取扱いが異なっている実態があります。(p.44)


国保は市町村ごとに運用等の判断の余地が大きいが、この箇所からは「未申告者」を「非課税者」扱いとしている市町村もあるとっも読め、そのような判断をしている市町村があるのだとすれば逆に驚きを感じる。未申告者が非課税扱いにならないのは、所得や担税力があるかどうか不明であるから、その段階では低所得者扱いをしないという考え方であると思われる。運用に裁量の余地があるのは悪いことではないが、未申告者を自動的に非課税者扱いするような扱いは不当であると思う。



 (2)の①であげる「国保運営方針」は、現在の「広域化等支援方針」の延長上にあるものと考えられています。
 つまり、都道府県に国保運営の責任を持たせ「保険料率算定方式」や市町村ごとの「標準保険料率」「標準保険料率算定に用いる目標収納率」を明記し、プログラム法にはない従来の考え方に基づく都道府県単位化=都道府県保険者論をつくり出そうとするものです。(p.51)


国保運営方針の策定に関する議論などからは、都道府県保険者論を市町村側がそれほどはっきりと意識せずに「イメージさせられている」ことが伺えるため、本書のこの指摘にはなるほどと思わされるところがある。



 市町村側は完全移行型での都道府県単位化へ強い志向を持っていたために、結果としては市町村議会での保険料(税)率の議論と決定権をはく奪されることになります。(p.51)


保険料率の決定権が市町村長、市町村議会、市町村国保運営協議会などによって行われてきていたが、都道府県単位化後の仕組みではこれらのアクターが関与する前に医療費総額と連動する形で予め標準保険料率が示されることになるため、自治権が弱まるという指摘。その背景には市町村が完全移行型の都道府県化の志向を持っていることがあるという。ある意味では国保による財政負担を手放したいと思って都道府県などに依存する考えがあったことが、自立や自律を阻害する要因へと具現化しつつあるとも言える。



 つまり、「標準保険料率」は、今回の都道府県単位化の目的である「地域医療提供体制の見直し」=「医療費抑制」を「被保険者に強要する手段」として設けられたと考える必要があります。(p.55)


論理的にはこのような関係性にあると思われるが、被保険者の立場から見れば、標準保険料率を直接見ることはないと思われ、総医療費がその標準保険料率と結びついていることも十分な理解はしないと思われる。むしろ、保険者である市町村がこの認識を強く持ち、医療費抑制に走る可能性が高いだろう。



 なお、今回決定された公費による財政支援の3,400億円は定率の負担ではありません。自治体の国保の財政状況は当然のことながら変動します。今後、国保の財政的な構造的問題の解決には、定額ではなく定率の負担による充実も求めていく必要があります。(p.87)


3,400億円の財政支援という形で中央政府は知事会を説得したわけだが、国保の人口構成などから考えると、(団塊世代が70代になっていく)これから数年間は総医療費は膨れ上がっていくことが予想される。そこに定額の国庫負担しかないとなると、市町村側にその負担が押し付けられ、一般会計からの繰り入れか保険料の引き上げかという選択を迫られることになるだろう。その意味では最低でも定率の国庫負担というのは必要であるように思われる。(定率であっても市町村の困難が増えること自体は変わらないが。)

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