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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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甚野尚志 編 『東大駒場連続講義 歴史をどう書くか』
「日常生活をとおして見る歴史の再構成――衣服を中心に」(義江彰夫)より

皇族・貴族は、9世紀か~10世紀冒頭までのあいだに起こった唐帝国の衰微・滅亡を契機として、天皇と貴族は独自の国制と文化を開拓していくなかで、いわゆる国風文化の創造に向かうようになることを、多様な絵画・彫刻・典籍等をとおして知ることができる。(p.18)



ヘゲモニーが崩壊したために、周辺ではローカルな文化が表れてきたという事例。

こうした現象は、アッバース朝が王朝としては存続しながらも衰退した同じ時期の東地中海世界にもみられるように思われる。例えば、エジプトのファーティマ朝がシーア派を反スンニ派カリフのイデオロギーとして使用しつつ、独立していったことなどがその典型と思われる。




「ヨーロッパ史における『王権』の表象――教皇の即位儀礼」(甚野尚志)より

グレゴリウス一世は即位のさい、サン・ピエトロ大聖堂にあるペトロの墓のすぐ真上に新たな祭壇をつくらせ、このペトロの祭壇で、即位のミサとローマ司教としての聖別式をおこなった。この新たなペトロの祭壇の創設は、グレゴリウス一世が、衰退しつつあった都市ローマを、ペトロ崇敬の巡礼地として発展させるためにおこなったとされている。(p.58)



グレゴリウス一世の即位は590年のことである。いわゆる西ローマ帝国が崩壊して衰退していった(というか、どちらかというと、衰退していったから西ローマ帝国が崩壊したと私は見るのだが)ために、なんとか「まちおこし」が必要だということで巡礼が奨励されたと読める。




「写真史が生まれる瞬間――ウジェーヌ・アジェと仏・米現代写真の言説」(今橋映子)より

選択を通じて、写真家は真の歴史家となる。文明の視覚的年代記に意味をもたせるためには、写真家はなにを撮り、なにを撮るべきではないかを知らなければならない。(p.165-166)



これはアボットという写真家の言葉なので、孫引きなのだが、なかなか良い言葉だと思う。

撮影されたたものは、記録写真として後の時代に歴史資料となり、撮影した時代の典型的な風景として未来の人々に語りかけるができる。そうした写真を撮ってみたいものだ。




「歴史の多声性――歴史観の人類学的考察」(伊藤亜人)より

 その時間意識とは、一言でいえば「今」と「昔」の二つの範疇によって成り立っていて、記憶に新しいものは「今」に、それより以前のことはすべて「昔」のこととされる。「昔」のことのなかでは、それがどれほど以前のことなのかは問題とされず、前後関係にも関心を払わない。



確かに、こうした時間意識は日常的に存在するように思われる。時間観というと、もっと定式化された見方と結び付けられたものが語られることが多いが、ここでの指摘はあまり言われないものであるにも関わらず、かなり実感もある。

むしろ、宗教的な観念と結び付けて語られることが多い、「周期的な円環をなす時間」とか「終末・救済に向かう直線的な時間」といったタイプのものは観念的で、あまり実感がない。構想された構築物という感じがする。これはそのベースとなっている宗教を媒介として感じ取ることが多いからではなかろうか。
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