アヴェスターにはこう書いている?
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「創 緊急増刊 朝日新聞バッシングとジャーナリズムの危機 2015年2月号」(その2)
「北星学園と植村隆さんへの脅迫事件の一部始終」より

権力と渡り合う力と意思を持っている日本のメディアは朝日新聞だ。中小マスコミは防波堤があるから戦いやすい、と。(p.40)


若干過大評価とも思うが、基本的な構図としては正しいところをついていると思う。リベラルの象徴として朝日新聞が保守派からは批判や非難の対象となり、中小のリベラルメディアは、直接の攻撃を軽減されることでより本音に近い発言がしやすいというのは確かだろう。



右翼テロへの恐怖はマスコミの一部に浸透している。北星問題を報道する最大の壁と言ってよい。(p.40)


恐らく、北星問題だけでなく、慰安婦問題の報道全般にこのことは言えるように思われる。言論を暴力によって封じることができると右翼に認識させることは極めて危険である。



「真理を究めようとしたら、権力と衝突することがある。だから学問の自由は大切だ。神戸松蔭、帝塚山、北星への脅しが成功したら、気にいらない学者は、どんどん辞めさせられる」(p.41)


山口二郎の発言。同意見である。こうしてマスコミや学者や市民が右翼の恐怖によって沈黙していると、一つ一つ、各個撃破されていき、回りまわって自分が攻撃された時にも誰も助けてくれない、ということになる。これが恐れるべき事態である。したがって、一つのところが攻撃されている時には、それ以外の人々が連帯・連携して手を差し伸べ、問題を提起していかなければならない。



 同じく戦後、教育刷新委員会の内部メンバーとして教育基本法の制定に関わった河井道は、スミス女学校の卒業生だ。第1次安倍晋三政権が教育基本法を変えたとき、北星女子中高の生徒らは政府に「先輩の作った基本法を変えないで」と要望書を送った。すると「偏向教育をしている」などと学校にメールが殺到し、教師に対するネット攻撃も起きた。今回と同じ試練を、学園はくぐり抜けてきた。(p.43)


スミス女学校とは現在の北星学園の元となった学校である。河井道という人については知らなかったが、この件を読んで矢内原忠雄を想起した。

第一次安倍政権は教育基本法を強行採決で変えてしまった。まともな説明もなく、国家主義的な傾斜を強める内容に強制的に変えられたということを知っていれば、人権の重要性や国家主義の危険性を学び、それを感得している者であれば、誰もが抵抗を感じるのが当然であり、この学園の生徒たちの行動は立派なものだと評価すべきものである。

これに対して「偏向教育」というレッテルを用いて、暴力的な言動に出る者は自らの卑劣さを恥じるべきである。安倍晋三が強行採決という手段をとった(とらざるを得なかった)のも、生徒に不当な非難を投げかけた恥知らずたちが「偏向教育」と非難を投げかけた(投げかけざるを得なかった)のも、いずれも、自らの主張を正当に主張することができない、ということに原因がある。このような主張は言論とは言えず、本来、公共空間に現れてはならないものである。



「「慰安婦」否定と朝日叩きに暗躍する“記憶の暗殺者たち”」より

日中戦争で慰安所が中国各地に作られるようになったのは、南京大虐殺(1937年)からだった。あまりに頻発した日本兵の強かん事件に困った軍上層部が、強かん防止と性病予防のため、各地の部隊に慰安所設置を指示したのである。中国人の反日感情の高まりと国際的な批判を恐れたからだった。慰安所に送り込まれたのは、日本の植民地・朝鮮や日本本土、そして中国の女性たちだった。
 太平洋戦争で戦域がアジア全域に広がり女性の数が足らなくなると、フィリピンやインドネシア、台湾、中国、マレーシア、東ティモールなどには夥しい数の「レイプセンター」(強かん所)が作られた。「強制連行の証拠はなかった」という言い草など全く通用しない、暴力的な拉致・監禁の現場である。日本政府や安倍首相は、「慰安婦」=朝鮮半島の女性たちに限定しているが、これはかなり意図的なものである。植民地・朝鮮には公娼制度が導入され、民間業者が多数いたので、女性たちを集めるために武力を使った強制連行などは不要だった。業者が甘言や誘拐、人身売買などで女性たちを徴集できたのである。
 しかし占領地では、まさにウサギ狩りのような強制連行が行われた。父親の首をはねてから娘を連行する、市場で集めた女性たちをトラックに無理やり乗せて、接収した家に何カ月、何年にもわたって閉じ込めて「慰安婦」をさせた。しかし、このようなケースにはそもそも「強制連行の証拠」などはありえない。「強制連行の証拠はなかった」から「強制連行はなかった」と主張するのは、苦し紛れの問題のすり替えである。
 こうした慰安所や強かん所について、兵士たちのほとんどは知っていたが、国民には知らされなかった。戦時中のメディアは厳しい検閲を受けていた。(p.45-46)


「朝鮮半島では強制連行を行ったという文書での証拠が見つかっていない」ということは「強制連行はなかった」ことを証拠立てるものではないことは明らかである。意図的に朝鮮半島に地域を区切り、証拠を文書資料、それも政府や軍の内外で使用された文書に限定することによって、その範囲でのその種類の証拠が発見されていない(それも廃棄処分された資料が大量にあることが知られているのに)というだけのことであり、そこから「強制連行はなかった」と主張することはできない。

もっとも、この「強制連行」や「強制」があったかどうかという論点だけを選んで、あたかも問題がなかったかのように語るということ自体、議論として正当性を欠く。同じような証言が複数の地域で複数の被害者から出ている、それも加害者側の手記などとも照応する内容のものである、ということまで否定して初めてそのような主張をする可能性が開かれる。(歴史学では文書と証言は同じレベルの資料である。発言を書き留めれば文書になるからである。文書だから信用でき、証言だから信用できない、ということは言えない。)これを更に強い根拠に基づいて否定できないのならば、そのような加害行為があったということであり、それが人権を蹂躙するものであった、と認識できなければならない。そして、戦争や情報統制というものがそれを助長する環境であった、という認識を持つことが必要である。

自分の好みではない事実を受け入れることができないことは弱さ(能力の欠如)である。(このことは上で「できる」ことが必要である――できなければならない――と述べたことと対応する。)自分が好まない事実であっても、事実は事実として真摯に受け止めるということが、この問題について発言するための最低限の水準である。それ以下の水準の者はこの問題について発言することは許されない。まずは自らの問題を解決してから社会に現れることが許される。(ある意味、これは3歳児に選挙権が与えられるべきでないのと同じである。)

なぜならば、これは公の場で説明することができるための最低限度の水準だからである。すなわち、これができて初めて自分自身と他人に対して自らの趣味判断や価値判断を明示しつつ、事実関係及びそれに対する評価を説明することが可能となるからであり、これができることによって異なる意見の者と有効な相互批判が可能となるからである。



 内務省はポツダム宣言受諾の直後、進駐してくる米軍兵士用の慰安所(RAA)の設置を決めて各県に行政通達を出し、女性を募集させて設置したが、これも秘密裏に行われた。(p.46)



この件に関しては、広岡敬一の『戦後性風俗大系 わが女神たち』により詳しく記載がある。



 「慰安婦」問題で日本に国際的な批判が高まった原因は、政府や右派メディアが言うように、朝日新聞の「慰安婦」報道にあるわけではなく、明らかに安倍政権や政治家たちのこうした「慰安婦」否定の姿勢や発言にある。(p.50)


そのとおりである。安倍政権や右派メディア自身がそのことに気づいて言動を訂正していかない限り、日本の国際関係での地位や名誉の低下は免れない。

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