アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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ダン・アリエリー 『予想通りに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(その2)

性教育は、生殖器官の生理学や生物学より、性的興奮にともなう感情にどう対処するかという点にもっと焦点をあてるべきだ。……(中略)……。
 ……(中略)……。10代の若者にまちがいなくセックスを避けさせたいなら、もっといい方法は、情熱の炎に引きよせられるほど近づかないうちに、そこから立ちさるよう若者に教えることだ。この助言に従うのは簡単ではないかもしれないが、今回の研究結果によれば、誘惑に引っかかってしまってからより、誘惑が生じる前のほうが若者にとっては戦いやすい。つまり、はなから誘惑を避けるほうが、誘惑にうち勝つより簡単ということだ。(p.194)


妥当。



近年の研究によると、10代の若者がひとりで運転しているときに事故にあう確率は、大人より40パーセント高い。ところが、車にもうひとり10代の若者が乗っていると、この値は二倍に跳ねあがる。三人めの若者がいれば、さらに倍増する。(p.196)


複数人で乗ると、その分だけ危険回避の注意をしてくれる可能性もあるかと思いきや、感情の高ぶりなどによって事故の可能性が高まる方が強いということか。

言われてみれば、私自身の経験でも20歳前後の頃に、学生同士で研修先に向かう時に同級生が運転している車で事故に遭ったことがある。ある意味、夢中になって話をしながら運転していたため、不注意によって事故が生じたというのが私の印象だが、そうした経験からも、なるほどという感じである。自分の子には、このような状況にならないよう気をつけた方が良さそうだ。



変率強化スケジュールは、人間をやる気にさあせる場合も驚くほど効きめがある。これはギャンブルや宝くじの根底にある魔術(いや、もっと正確には黒魔術)だ。スロットマシーンをするとき、いつも九回負けたあと一回勝つと決まっていて、いつまでつづけても同じことが繰り返されると前もってわかっていたら、どれだけ楽しめるだろう。おそらくなんの楽しみもない。やはりギャンブルの楽しみは、いつ報酬がもらえるか予測できないところにあり、だからわたしたちはやりつづけるのだ。
 では、ラットの餌やスロットマシーンはEメールとなんの関係があるのか。考えてみれば、Eメールはギャンブルのようなところがある。ほとんどのメールはジャンクメールで、スロットマシーンのレバーを引いて負けるのに等しいが、たまにほんとうに欲しかったメールが届く。働き口についてのいい知らせ、うわさ話、しばらく音信不通だった人からの連絡、あるいは何か重要な情報かもしれない。予期しなかったEメール(餌)が届くことがあまりにうれしくて、そのような思いがけない喜びをもっと求めるあまり、チェックせずにはいられなくなってしまう。わたしたちはレバーを何度も何度も押して、報酬が与えられるのを待ちつづけているのだ。(p.230-231)


この件は本書を読んで最も強い印象を受けた箇所の一つである。その理由はいくつかある。スマホを持ってメールなどをやたらチェックしたくなるのは、こういうメカニズムだったのか、というのが一つ。

そして、スマホ依存症はギャンブル依存症と同系列の問題系に属すると考えられると分かったことがもう一つである。中学生や高校生などでこのような症状になっているのは大人がギャンブル依存やアルコール依存に陥るのと同じ系列の問題であり、私の見立てでは若年期にスマホ依存にはまるような人間は、そのまま放置しておくと、その後、ギャンブル依存やアルコール依存になる可能性も高いのではないか?と考えている。



 わたしたちは、扉をあけておきたいという不合理な衝動を抱えている。人間はそのようにできている。しかし、だからといって扉を閉じる努力などしないほうがいいというわけではない。……(中略)……。
 時間を無駄にするだけの委員会からは抜けよう。べつの生活やちがうタイプの友人に移っていった人たちにクリスマスカードを送るのはやめよう。バスケットボールを観戦して、ゴルフとスカッシュをやって、そのうえ家族をひとつにしておくだけの時間がほんとうに確保できるのかと自問しよう。ひょっとすると、いくつかスポーツをあきらめたほうがいいのかもしれない。(p.278-279)


人間は最適なものではなくても選択肢を残しておきたがる性質を持っているということ。不適当な選択肢は捨てることも重要であること。なるほどと思わされる。

本書の無料の力についての説明で、人間は何かを失うことを恐れるという指摘があった。選択肢を失うことへの恐れもこのことと繋がっているように思われる。



不正行為は、現金から一歩離れたときにやりやすくなる。(p.407)


これも指摘されて、なるほどと強く印象に残っている箇所の一つ。様々な不正事件の要因として思い当たるものがある。



 では、経費報告書はどうだろう。仕事で出張に行く場合、だれしも職場の規則を心得ているはずだが、経費報告書も現金からは一歩(ときには数歩)離れている。ニーナとふたりでおこなった研究の結果、支出によって、経費として正当化できるかどうかという点にちがいがあることがわかった。たとえば、すてきな初対面の人に五ドルのマグカップを買ってプレゼントした支出は、あきらかに経費の範疇にははいらない。だが、同じ初対面の人に、バーで八ドルの飲み物をおごった支出を経費で落とすのは、かなり正当化しやすい。ちがいはその品物の値段でもなければ、ばれることへの怖れでもない。経費を正当な理由で使ったと自分自身を納得させられるかどうかにかかっている。
 経費についてほかにもいくつか調査したところ、同じような合理化が見られた。ある研究では、事務アシスタントに領収書をまわして提出してもらう場合、不正行為から一歩離れることになるため、疑わしい領収書をまぎれこませやすくなることがわかった。べつの研究では、ニューヨークに住むビジネスマンが子どもへのみやげを買う場合、サンフランシスコの空港(あるいは家から遠く離れたどこか)で買うほうが、ニューヨークの空港(あるいは空港からの帰り道)で買うより、必要経費だと考えやすいことがわかった。どちらも道理にかなっていない。だが、交換の媒体がお金でないときには、わたしたちの正当化の能力は飛躍的に増加するのだ。(p.414)


政治家の政治資金などが不正に使われることは、こうした正当化が普通の会社員の出張などよりはるかにやりやすいため、通常以上に発生しやすいことが理解できる。こうした研究の結果を活用することで、不正を減らすことができればよいのだが、まずはそうした状態がどのような場合に起きやすいかを知ることから始めたい。


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