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アヴェスターにはこう書いている?
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村串栄一 『台湾で見つけた、日本人が忘れた「日本」』

新竹駅は駅前にも風情がある。かつての日本時代の路線転換設備が保存され、その公園で子どもたちが鉄路を跨いで遊んでいる。柳が枝垂れる疎水の流れも趣きがある。(p.37)


行ってみたい。



 ここ新竹が戦時中、日本の航空前線基地だったことを知る人はあまりいない。戦況が悪化するなか、米軍は沖縄を襲って日本本土侵攻を企図し、日本はその前に米軍をつぶそうと新竹から特攻機を発進させた。しかし、新竹飛行場は米軍機の奇襲を受け、日本兵、住民らが多く死傷し、何機もの航空機が炎上した
 日本は沖縄や本土を守ろうと新竹飛行場を拠点に、旧式航空機で体当たり戦法を試みようとしたが、徒労に終わった。新竹には死亡した日本兵を祀る霊堂がひっそり置かれているという。建立したのは台湾住民で、国民党政府の目を警戒しながら堂を守り続けてきたとされる。(p.43)


こうした歴史は、「アジアのシリコンバレー」と呼ばれる現在に至る要因の一つではないかと思われる。航空前線基地とアジアのシリコンバレーを繋ぐ媒介項としては国立精華大学が想起される。これについては、具体的な繋がりを検証したりはまだできていないが、恐らく、関連付けられるような歴史的経緯があるものと想定している。



 南方、台湾、日本には似たような浦島伝説がある。それも黒潮の流れが成したことであろう。黒潮は海上の道であり、文化結節の道でもある。2005年に製作された台湾映画『飛び魚を待ちながら』(原題『等待飛魚』)が蘭嶼島の生活、漁の様子などを描いている。(p.133-134)


黒潮を通って人と文化が伝播する。なるほど。


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『小樽・朝里紀行』

 ここでアイヌの居住について農耕民族とは異なる住まい方をしている事を挙げなければならない。アイヌの人々は海辺には住まず、川筋の中域に住み、また夏と冬とでは住まう場所が違っていたのである。……(中略)……。しかし、安永年間(1772年~)以来漁場請負制度がしかれ、和人による理不尽なアイヌ使役がすすむと、こういう生活は崩れ、農耕民族の和人の観念の地名が生じて来たように思われる。(p.54)


アイヌの人々が海辺に住まなかったというのは本当だろうか。アイヌといっても地域によってかなり生活や産業(生活の糧とするものの取得方法)も違っていたと聞くが、この地域限定のことを語っているのだろうか。ただ、夏と冬で住むところが違っていたというのは、遊牧民などによく見られる生活形態であるが、アイヌもそうだったのか、と少し驚いた。



 ヲタルナイ(星置川)周辺のアイヌが勝納川付近に移住した背景も自由意志で移動した訳ではないだろう。結果「ヲタルナイ」の地名が移植された。(p.54)


星置川周辺から勝納川付近にアイヌが移ってきたときにヲタルナイという地名も移ったということは、小樽の歴史を語る際にしばしば触れられるが、この移住にも場所請負制度によりアイヌの人々の居住地が制限されたことと関係しているということか。


白井厚 編 『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(その3)
白井厚 「戦争体験の歴史化をめざして――慶大経済学部における「太平洋戦争と大学」の講義」より。

「七三一部隊」とは「前列七人、中列三人、後列一人という編成で攻撃する部隊」という答案を見て、私は天を仰いで嘆息した。
 昨年11月に「太平洋戦争と大学」で小テストを試みたところ、百人以上の学生の大半が知っていた単語は「現人神」だけ。以下「七③一部隊」「国体」「復員」「三光作戦」「予科」「わだつみ」「国権皇張」「仮卒業」「八紘一宇」「人民戦線事件」「醜の御楯」「修正」「甲幹」「学生狩り」の順に正答は激減し、誰も知らぬ「予備学生」に至る。半年以上講義を続けたあとでもこの程度であるから、戦時中の日記や遺書を読んで学徒兵の心を理解する能力は今や急激に低下しつつある、と考えねばならないだろう。(p.267)


この講義が行われていたのは90年代の前半から中盤頃であり、ここで戦時中の人々のことを理解する能力が低下していると指摘されているのは、現在の40歳前後の世代に当たる。90年代以降の(一般には「歴史修正主義」などと呼ばれる)「歴史改竄主義」の台頭と、ここでの指摘には関連性があるように思われる。すなわち、このような無知が背景要因としてあったことが、「歴史改竄主義」の歴史観が受け容れられることを容易にしたと考えられる。

ただ、直接戦争を経験した世代(概ね1940年以前生れ)、それに隣接する世代(50年代前後生まれ)などと比べ、70年前後生れの世代が生まれる30年近くも前の社会で通用しており、既に存在しなくなっているものを表現する言葉の意味を知らなかったとしても、一概に責められないのではないか。公的なルートで教育をしっかりしたとしても、戦争を経験した人びとがかなりの割合を占めている社会で生活してきた人と、そうした人たちが非常に少なくなった社会で生活してきた人とでは、戦時中に使われた語彙についての知識に落差があるのは当然ではある。

歴史改竄主義の歴史観に結びつかないように、社会の側が正確な知識や事実を確定するための方法論などを習得させるような教育が求められる。



白井厚 「戦争体験から何を学ぶか――「太平洋戦争と大学」最終講義」より。

我々が日本人として理解し得る事は、果たして外国人にも理解されるんだろうか、常に考えなければならないのです。
 そして更にですね、我々はこの歴史、この体験というものを未来に伝えなければならない。後世の人というのは我々にとっては外国人と同じだ、と覚悟するのが私は一番いいと考えます。(p.296)


私が呼ぶところの「自慰史観」には、このような視点は完全に欠如している。ここで述べられているような視点を持ち続けることは、誤った歴史認識に落ち込まないために重要であると考える。

後段の内容に対応するための方法としては、後世の人は現在の自分たちが共通認識として知っていることを知らないものと前提しなければならず、その前提に立ちながらできるだけ誤解されることのないように十分に説明を尽くすべきだ、といったところだろうか。



吉田明 「「従軍慰安婦」問題から「戦後補償」へ――高校「現代社会」での授業実践の概要と考察」より。

若者たちが心底ショックだと感じたのは、「加害の事実」とともにそうした「事実を知らされてこなかった」ことであり、彼らは、事実を知らされないことによって人間としての誇りを傷つけられたと感じたのである。(p.347)


事実を知らされていなければ、しかるべき時にしかるべき行動ができなくなる。そのような状態にさせられることは人間としての誇りを傷つけられることだ、ということだろう。「加害の事実」をなかったことにしたい、あるいは矮小化したい、という人が、残念ながら今の日本の世の中にはいるが、そのような人は上記の立場から言うと、「人間としての誇りを持たずに恥知らずな行いをしている人」ということになるだろう。



白井厚 編 『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(その2)
浅野健一 「戦時中の同志社」より。

憲法の反戦主義、人権尊重を強調する人々を「青臭い」とか「人権派」と非難する風潮がある。拙著『メディア・ファシズムの時代』(明石書店)で、メディアが権力の一部になっている構造は30年代と酷似していると書いた。(p.121)


本書は90年代の半ばに出版されており、まだネットが一般に普及する前の時代に出たものであり、このコメントもオウム真理教事件に対するマスメディアの論調に対してのコメントである。しかし、その後、ネットの普及とともに表面化してきた言説の中に、ここで指摘されているものと同類のものがあった。また、この部分を現時点で読んで想起されたことは、読売新聞や産経新聞のスタンスは、ここで言われている「メディアが権力の一部になっている構造」に位置づけることができるということであった。



一橋大学名誉教授で慶應の講師だった大塚金之助は、「日本に再びファシズムの兆しがあれば出来るかぎり闘え、それが大学で社会科学を学んだ諸君の義務だ」と我々に訴えた。(p.122)


この教えと同意見である。社会科学による訓練を受けた以上は、その力を活かすことは、教育を受けたことに対する責任であろう。



平山勉 「靖国神社事件と戦時下の上智大学」より。

 そして太平洋戦争が始まると、文学部には史学科が創設された。学長土橋より文部大臣橋田邦彦宛の「学則変更ノ件許可申請」には、史学科設置の理由として「西洋史の一部として東亜共栄圏南方諸国の歴史研究の途を開き、且商学部学生中卒業後南方関係の業務に従事せんとする者に当該地方の地理歴史及び言語を学ぶの便を与へんとす」とあり、国策に沿った学科のようであったが、戦局の悪化に伴い学生は講義を受けることもままならず、いよいよ「学徒出陣」を迎えることとなる。(p.138)


この学科で学ぶ予定だった歴史はどのようなものだったのだろう。



アン・ワーズオ 「アメリカ民衆の太平洋戦争観」より。

 アメリカでは、法律を学ぶ学生は戦争の前半での「日本人と日系人の隔離」への憲法上の関わりについて考えているのは事実ですが、比較的少数のアメリカ人しか自国の歴史上のこの残念な出来事について意識していないようです。そしてさらに少数の人しか、広島と長崎の原爆以前に米国空軍が京都と福島を除くすべての日本の都市を襲撃し、ひどく怖ろしい被害を軍事施設だけではなく、工場や木造の建物、さらに一般市民に与えたこと、1945年の春東京などではゼリー状のガソリン、すなわちナパームを使用し火の嵐を起こしたのを知りません。……(中略)……。
 国民の記憶では、結果のみがあり、手段は無視されています。(p.251)


一般の人々の記憶には結果のみがあり、そこに至るプロセスは無視される、というのはなるほどと思わされた。この性質は為政者側に非常に悪用されているように思われる。


白井厚 編 『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(その1)
白井厚 「大学――風にそよぐ葦の歴史」より

つまり学問の独立ということを謳い文句でいうのは、私学は、早慶、同志社というような学校、あるいは上智、立教のようなミッション系の大学程度でした。あとは学問自体まで国家目的に従属する傾向をもっていたということがいえます。
 したがって敗戦によって、日本が世界の大勢に初めて目を向けるようになったとき、日本の大学のあり方は当然問題になりました。そこでこれを変革し、新制大学へ切り替えた。これにはアメリカの影響がかなり強い。アメリカの大学は大衆化された大学でありまして、大学はソーシャル・サービス・ステーションだという性格がある。それから、私立大学というものが非常に重要な役割を果たしているということも認識されるようになる。占領軍の指示によって、大学の民主化というか、大衆化というか、そういうことが起こってきたのです。(p.18)


戦前の大学は、少なくとも法律上は国策に従う、国策に貢献するものとされていた。このため、官立の大学は明らかにこの法的な縛りがあった。私学も法律上は似たような縛りがあったが、建学の理念のようなところでは、学問の独立を謳う学校もあった、ということのようだ。ただ、現実に権力に対して対抗する動きがどうだったのか、という現実の動きは、こうした法律上の目的や建学の理念とは必ずしも一致しなかったことは次の引用文の箇所でも分かる。



 もうひとつ興味深い問題は、帝国大学は国家目的に従うと言いながら、実は東京帝国大学の中においては、かなり反権力的な動きが強かった。東京帝国大学だけではない。東北帝大においても京都帝大においても、九州帝大においても、皆さんがよくご存じのようなさまざまな事件がありました。東京帝大の三太郎さん、平野義太郎、山田盛太郎、大森義太郎というような人たちが逮捕されるという事件、三帝大事件とか人民戦線事件とか、滝川事件とか矢内原事件とか、九州では向坂逸郎氏が逮捕される等々、やがて東京帝大で河合栄治郎も休職になる。そういう受難の歴史をみますと、実は帝国大学のほうが多い。私学には少なくて、慶應大学には残念ながら戦争に抵抗した人はあまりいないんです。(p.19)


私学に関しては本書の後の諸論稿により、軍国主義的な政府の意向に逆らうと「配属将校」が引き上げられてしまい、これに伴う特権が失われ、特権がなくなることで学生が集まらなくなり、学校存続の危機に陥る(それを防ぐために国策に同調して行く)という構図が明らかにされる。



しかし大学を出たあとで、なにかクリティカルな状況のもとにおいて、大学で教わったこと、大学で考えたこと、歴史を見る眼、世界を見る眼、事実を確かめる眼、批判的精神を思い出し、それが自分の人生の指針になるような、そういうことを大学で学ぶことができたということになれば、非常に大きな意味があるのではないかと思います。(p.29)


このことは大学で学ぶことの意味のうち、かなり重要なものだと思っており、同意見である。ただ、このことは特段の「クリティカルな状況」ではなかったとしても当てはまるとも私は考えている。



白井厚 「「学徒出陣」――悲しき史実、悲惨な体験」より

 いずれの国の歴史も明暗両面あるものだが、日本の歴史の際立った特徴の一つはその虚構性であった。天皇は神であり日本は神国、その戦いは聖戦という虚構は、大本営発表の虚報を大量に生み出して国民を欺き、外ではどれほどの災禍をアジア民衆に及ぼしたことか。(p.49)


安倍晋三や昨今の自称「保守」(より現実に即して言えば「極右反動主義者」と呼ぶべき者たち)の特徴の一つは、戦前日本への回帰志向だが、こうした人たちが極めて「虚構」に満ちた言動を繰り返しているということが想起される。

例えば、最近1年程度の間問題となり続けている森友学園への国有地の不当売却、それに伴う文書改竄、加計学園の獣医学部設置に関する不当な政治介入、南スーダンとイラクの日報隠蔽、裁量労働制の不当で恣意的なデータに基づく説明等々の問題については、虚偽答弁(「記憶にない」ことにすることを含む)等により政府や安倍晋三にとって不都合な事実を見せようとしない姿勢が共通しており、まさにここで指摘されている特徴と共通するものである。(ちなみに、こうした反動主義者の多くが歴史修正主義などとも言われる歴史改竄主義者であると考えている。少なくとも公の場でこうした反動主義的な言動をする政治家にはかなりの割合で当てはまるであろう。)

安倍政権の政策などの多くもごまかしに満ちたものばかりであり、これほど「虚構」にまみれた内閣はかつて(少なくとも戦後には)なかった。このような虚構に満ちた政治状況が続き、それを十分に批判することなくマスメディアが報じるという状況は改められなければならない。メディアにはより批判的な姿勢が求められるが、事の根本は首相なり内閣にあるのであって、こうした人びとの交代は必須である。


結解喜幸 『台湾と日本を結ぶ鉄道史 日台鉄道交流の100年』

 2013年4月23日に台鐵平渓線と観光連携協定を締結した江ノ島電鉄(江ノ電)は、同年5月1日から「台湾・平渓線との相互利用キャンペーン(乗車券交流キャンペーン)」をスタートさせた。……(中略)……。
 相互に一日乗車券が無料で交換できるキャンペーンは、双方で3700人以上の利用が記録された。(p.168-170)


この試みは他の分野でも応用できないだろうか?


川上浩二 『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか?~不便益という発想』

旅には(プチ)トラブルが必要なのです。
 トラブルに巻き込まれることは、思い通りにならないということであり、そのような意味では不便です。もし、目的地に着くことが目的なら、ですが。
 旅の本当の目的は、「体験」ではないでしょうか?(p.131)


同意見である。

目的地に着こうとする場合であっても、そこに行くことそのものというよりは、その場所でこそ感じられる「何か」を感じたい、体験したい、という思いを多くの人は持っているのではないか。また、本書でも述べられているが、目的が体験なのであれば、目的地に着くことすら必要ないことになる。そして、実際に目的地に着けないようなトラブルがあった時の方が、何のトラブルもなくスルスルと進んで観光しただけのところよりも遥かに強く思い出として残るし、教訓も得られたりする。こうして日常生活での成長へと繋がる。


キャロル・S・ドゥエック 『マインドセット 「やればできる!」の研究』(その2)

 能力の劣る部下をいじめるのは、上司がそれによって優越感を得られるからだが、もっとも有能な部下がいじめの対象になることも少なくない。硬直マインドセットの上司にとって、自分の地位を脅かす存在だからである。(p.181)


有能な部下を硬直マインドセットの上司がいじめるというのは、心当たりがある事例なので非常に納得した。



 上司が部下をきびしく管理し虐待するようになると、従業員全員が硬直したマインドセットに凝り固まってしまう。新しいことを学んで、成長し、会社を押し上げていこうとはせず、ひたすら評価を恐れるようになるのである。上司自身が評価を下されることに不安を抱いていると、やがて、職場の全員が評価を恐れるようになる。(p.183)


なるほど。マインドセットはこのようにして伝染していき、その組織のある種の「文化」を形成するのだろう。



硬直マインドセットの指導者は、たとえ地球を股に掛けて各国の大物と渡り合っていたとしても、ごく狭い限られた世界から抜け出せない。マインドセットが常に「自分の優秀さを確かめたい、示したい!」という1点で釘付けにされているからだ。(p.184)


この「自分の優秀さを示したい」というのは、硬直マインドセットに基づく言動の根本原理と言ってもよいのではないか。



エリート主義ほどしなやかマインドセットと相容れないものはないからだ。(p.190)


エリート主義としなやかマインドセット(growth mindset)とは相性が悪いというのは「言われてみれば」という気がする。硬直マインドセットの人にとっては、自身をエリートとして規定することは上述の根本原理に沿うものであり、他の多くの人々とは自分は違っている特別の存在であることを示すものだからである。そこには「共に成長しよう」というモメントは確かに欠けている。少なくとも相性は非常に悪いと思われる。



 妻にとっても、夫にとっても、何より腹立たしいのは、自分の権利が侵されること。それから、相手が勝手に何かを自分の権利だと思いこんでいることである。(p.220)


相手が勝手に何かを自分の権利だと思いこんでいるというのは、確かによくありそうなことであり、こうしたことを自他に明らかにしながら折り合いをつけていくということが重要なのだろう。



 人間関係は、育む努力をしないかぎり、ダメになる一方で、けっして良くなりはしない。(p.221)


近い関係であるほどこのことはより強くあてはまると思われる。遠い関係でも当てはまるが必要な努力の質や量は小さい。



 硬直マインドセットの問題点の2つ目は、夫婦間にトラブルが起きるのは、根深い性格的な欠陥がある証拠だと思っていることだ。けれども、挫折を経験せずに、偉業を成しとげることなどできないのと同じように、衝突して苦しんだ経験もなしに、息の合った夫婦になれるはずがない
 硬直マインドセットの人は、もめごとについて話すとき、必ずそれを何かのせいにする。自分を責めることもあるが、たいていパートナーに矛先を向ける。しかも、相手の性格的欠陥を槍玉に挙げる。
 それだけでは終わらない。パートナーの人格を問題にしながら、相手に怒りや嫌悪の感情を向けるのだ。そして、変えようのない資質からくる問題なのだから解決のしようがない、というところにまでいってしまう。
 だから、硬直マインドセットの人は、パートナーに欠点を見つけると、相手を軽蔑するようになり、夫婦関係全般に不満を抱くようになる(それに対し、しなやかマインドセットの人は、パートナーに欠点を見つけても、夫婦関係そのものがいやになったりはしない)。(p.222-223)


パートナーが硬直マインドセットであり、ここに書かれているようなルートで関係が悪い方向に進んでいる時、それを立ち直らせるための方法はどのようなものになるのか。



これまで、他人を踏み台にして優越感を得ようとする人たちについてお話ししてきたが、内気な人というのは、他人に自尊心を踏みにじられるのを恐れている人たちなのである。人前で自分を否定されたり、恥ずかしい思いをさせられたりするのを恐れていることが多い。(p.235-236)


なるほど。他人からの評価を気にしている点で硬直マインドセットとは共通性があるので、相乗効果がありそうな気がする。



 いじめは、人に優劣をつけるところからはじまる。どっちがえらいか、どっちが上か。そして強い方が弱い方を、くだらない人間と決めつけて、毎日のようにいやがらせを加える。いじめ加害者がそこから得ているものは、シェリ・リーヴィが調査した少年たちの場合と同じく、自尊心の高揚感だ。加害者は特に自尊心が低いというわけではないが、他人を見下し、卑しめることによって、自尊心の高揚感を味わうことができるのである。(p.241)


いじめている側は人に優劣をつけており、いじめを受ける側を劣ったものと見な(そうと)している。この指摘は非常に鋭いものであり、いじめる側のメンタリティの非常に重要な部分を明らかにしてくれているように思われる。



 人をいじめるという行為は、硬直マインドセットと大いに関係がある。いじめの根っこにあるのは、人間には優れた者と劣った者がいるという考え方なのだ。いじめの加害者は、劣った人間だと評価した相手をいじめの標的にする。(p.242)


これを見ると、エリート主義と硬直マインドセットとの関係と同じだと気づかされる。ここ20~30年くらいの間に「保守」を名乗る反動勢力や新自由主義の支持者たちは、一貫して強い者(政治的ないし経済的な権力者)の側に自分を置こうとする。これらの者もまた、ある種のエリート主義である。

私の知る非常に硬直的なマインドセットの人に、ネット世界ではなく現実世界でネトウヨ的な発言(中国の人々に対する人種差別的発言など)を臆面もなくする人がいる。ある意味、こうしたネトウヨ的人種差別発言というものは、自らの空想の上で「劣った人間」を想定して――この人もその例に漏れないが、一般にこうした人は中国や韓国などに行ったことがないし、外国に友人もいない―――それを「いじめる」ことによって自尊心の高揚感を得ようとしていると見ることができる。この人は少なくともそうなのだが、恐らく同種の人たちの多くは、現実世界では、(能力や機会などがないため)あまり人の役に立てないため、自尊心の高揚感を感じることができない人なのではなかろうか。



 そうは言ってもやはり、自分を変えるのは容易なことではない。
 硬直マインドセットにしがみついているのには、たいていそれなりの理由がある。人生のある時点までは、それが良い意味での目標になっていたのだ。自分はどんな人間か、どんな人間になりたいか(頭の良い子とか、才能豊かな子とか)、どうすればそうなれるか(良い成績を取るなど)を示してくれていた。そして、その通りにすることで自尊心が満たされ、人からの愛情や尊敬が得られていたのである。(p.321-322)


マインドセットを変えることはできるが、それほど簡単にできることではないという現実は重要。心に染みついた習慣や常態的な態度を一挙に正反対にできると考える方が楽観的過ぎるというものだ。ただ、たとえそうではあっても、硬直(fixed)マインドセットとしなやか(growth)マインドセットという理念型を意識することによって、今の自信の心理状態を把握しやすくなり、そこから改善すべき方向性も見えやすくなる。マインドセットを成長の方向に持って行けば行くように努力を続けることが、しなやかマインドセットが身に付いていくことにつながる。



キャロル・S・ドゥエック 『マインドセット 「やればできる!」の研究』(その1)

 自分の能力を正確に評価するのは、だれにとっても難しいことだが、特にそれが苦手なのはどのような人たちだろうか――最近それを調べる研究をはじめた。その結果、自分の業績や能力に見当違いな評価を下すのは、硬直マインドセットの人たちであって、しなやかマインドセットの人たちは驚くほど正確な判断を下すことが明らかになった。
 考えてみれば、これは理にかなったことと言えるだろう。しなやかマインドセットの人のように、能力は伸ばすことができると信じていれば、現時点での能力についての情報を、たとえ不本意であってもありのままに受け入れることができる。さらに、学ぶことに重点を置くとなると、効果的な学習をするためには、現時点の能力についての正確な情報が必要になる。
 ところが、硬直マインドセットの人のように、もう伸ばしようのない能力が値踏みされていると思うと、どうしても受けとめ方がゆがんでしまう。都合の良い結果ばかりに目を向け、都合の悪いことは理由をつけて無視し、いつの間にか本当の自分を見失ってしまうのだ。(p.18-19)


このコントラストは実際に私の身の回りで起こっていたこととそのままリンクするものであり、私としては、ものの見方が整理された箇所であった。

なぜ「あの人たち」は自分の仕事ぶりや仕事に関する見識の程度について、これほどまでに勘違いも甚だしい見解を抱き、それを反省も改めようともしないのか、と疑問に思うようなことが続いていたのだが、彼等はいずれも硬直マインドセットが支配的な人たちであると仮定すると、すべての言動に一貫性を見出すことができるようになった。これがわかれば、それらの人々への対処法も考えやすい。この意味で、本書は、私自身にとって人間を理解する力を一つ引き上げてくれた(有力な手段を一つ増やしてくれた)と思っている。



 硬直マインドセットの人は、自分が他人からどう評価されるかを気にするのに対し、しなやかマインドセットの人は、自分を向上させることに関心を向ける。(p.21)


どうしてあの人はあれほど人からの評価ばかりを気にするのだろう?と疑問に思うことが今まで何度もあったが、その謎が氷解した。

ここの対比はマスロー的な欲求の区分を援用すると、その人にとって最も重要な種類の欲求が、承認欲求である場合と自己実現欲求である場合と見ることができて興味深い。もっとも、マスローの理論は実証されていないのでそのまま受け入れることはできないが、欲求の種類を区別して描き出す際には参考にはなる。



 化学の授業がはじまった当初は、大多数の学生が意欲満々だった。ところが学期の途中で異変が生じた。硬直マインドセットの学生は、すんなりうまくいっている間だけは関心が保たれていたが、難しくなったとたんに興味もやる気もガクンと落ちこんだ。自分の賢さが証明されないと、面白く感じられないのである。(p.34)


これはまさに私の職場で発生していた事象であった。ある硬直マインドセットの人が、それまでは上述のように自己自身の能力や実績について実力よりはるかに高い自己評価を下していたため、好調に仕事をしていたが、管理職から業務上の問題について指摘を受けたり、人事評価で低い評価が下されると、途端にやる気を失い、その低いモチベーションのまま仕事を続けていた人がいた。

成果主義的な人事評価制度は世の中に一定数いる硬直マインドセットの人(彼らは過剰に高く自己評価を下す傾向がある)のやる気を殺ぐ制度だと言える。また、この種の人の扱い方として、不当に高い自己評価を傷つけないように(勘違いをひどくさせないがそのまま維持できる程度に)応じていく方が、事実を突きつけるよりはマシなやり方なのではないか、とも思う。



(前略)近年、「失敗」の意味あいに変化が生じている。私は失敗した、というひとつの出来事に過ぎなかったものが、私は失敗者だ、というアイデンティティにまでなってきているのだ。とりわけ、硬直マインドセットの人の場合にはその傾向が著しい。(p.47)


新自由主義の蔓延とこの引用文で指摘されていることとは関係があるのではないか。

新自由主義のイデオロギーと硬直マインドセットは相性が良いように思われる。硬直マインドセットから見て、「能力がある人」は、新自由主義では勝者として競争に勝利し、より多くの富と権力を得た勝利者である。同様に「能力のない人」は競争に敗れた敗者である。そして、新自由主義を推進したり支持する人は、自分を前者(勝利者側)だと仮定している

(しなやかマインドセットが信じる)「成長」という要素は、新自由主義にもないわけではないが、経済全体の成長や企業の収益の増加といった何らかの行為の複合体の「結果」が大きくなることとして組みこまれているだけであって、個々人の能力の成長については、新自由主義の考え方の大本にではなく、批判から理論の本体を守るための副次的な部分に、「敗者にもセーフティネットとして職業訓練などによる再挑戦の機会を与えればよい」といった議論などに多少組み込まれに過ぎないように思われる。



 試験に落ちた学生や、勝負に負けた運動選手は、否応なしに自分のヘマを思い知らされる。ところが、権力を手にしているCEOは、自分は正しいと思っていたい欲求を、たえず満たしてくれる世界を作り上げてしまうことができる。どんな警告サインが出ていようとも、自分は完璧だし会社は順調だという耳を喜ばせるニュースだけで自分を取り囲んでしまうことが可能なのだ。これこそが、前にも述べたCEO病――硬直マインドセットの人が罹りやすい危険な病である。(P.169-170)


安倍政権とトランプ大統領が想起される。安倍政権下における森友・加計の恣意的な優遇とそのための記録の不開示・隠蔽とそのための改竄という一連の問題や南スーダンとイラクの日報の扱いなどは、いずれも官邸(少なくともその中枢)が全体としてCEO病であるが故に起きたものだと見ることができる。また、トランプ大統領については自分に都合よく作り上げたフェイクニュース(オルタナファクト)を垂れ流し続けていることだけを見るだけでも十分だろう。

いずれも不都合な事実に向き合わずに目を逸らし続け、都合の良い事実に書き換えて(作り変えて)しまおうとしている。日本の自称「保守」とされる反動勢力が与する「歴史修正(改竄と言う方が正確だろう)主義」(慰安婦問題や南京事件や侵略行為の有無や程度について過小評価しようとする無理のある言説)にも、これは共通している。



三杉隆敏 『やきもの文化史――景徳鎮から海のシルクロードへ――』

 河南省の安陽で殷墟の発掘が盛んに行なわれたのは、今世紀の初頭であった。盗掘がひどく中国科学院が考古発掘したが、それも盗掘団の暴徒から学術研究者を守るべく軍隊がつきそった。しかし、地下の発掘は人夫のクーリーがやるので、たとえしかるべき物が出てきても、その横を掘ってうまく隠しておき、夜になってそれを掘り出し、隣りに待ちうけている盗掘団がらみの古美術商に売られ、それらが世界の中国古美術愛好家の所に流出して行った。(p.82)


上記引用文で今世紀といっているのは20世紀のことだが、酷い話だ。多少の金をかけてでも、もう少し信頼のできる労働者を雇うべきだろう。



 このような沈没船の載荷、そして以前から私が行なっている破片の調査を重ねると、十四世紀になると爆発的に龍泉窯青磁の輸出が急増することがわかる。これは元時代になって浙江、福建、広東の沿海地域が経済的にも力を持ったこと。一方、アジア各地、特にインドネシアではマジャパヒット朝、インドではラジプタナ朝、中近東ではマムルーク王朝といった強力な国々が安定した政治を行ない、中国の元朝も国際的な国家であったために世界的な経済力の勃興が東西にあったことが強く反映したと考えられる。(p.97)


13世紀世界システムの見方からこれを解釈してみると面白いかもしれない。



 回教徒のメッカ巡礼のコースは広範囲であり、十六世紀、大航海時代の欧州船団が現れる迄、昔の海上ルートのメインは彼等がそのヘゲモニーを握っていた。彼が回教徒であり、回教社会の力が当時広くあったればこそ、あの大海事遠征もなりたったのである。(p.134)


ここで彼とは鄭和である。鄭和がムスリムであったということはあまり知られていないのではないか。このことは一般に現状よりも強調して語られるべきことであると思われる。



 私たちは、ともすれば中国の焼き物の歴史を見る時に、だんだんと良い物が作られ、質が落ちる時も徐々に悪くなると考えがちであるが、社会状況の変化にともなって急激に上がったり、切り捨てるように落ちることを考えておくべきである。(p.136-137)


誰の、どのような用途のための焼き物かという違いや職人達の移動などによる変動などがこうしたことの要因なのだろう。



白磁以外は青磁も天目釉もそれなりに色はついている。それらは中国発生のものである。ところが、色彩的なカラフルな物は染付と同様に西からきたものである。(p.160)


唐のような国際性が高かった王朝の時代に唐三彩が作られたことなどが想起される。唐代は西域から入ってきた仏教が定着(中国に土着化)した時代であったこともこれと並行している。


ポール・タフ 『成功する子 失敗する子 何が「その後の人生」を決めるのか』(その3)

まず、深刻な心的外傷と慢性的なストレスから可能なかぎり子供を守ること。次に、これがさらに重要だが、少なくともひとりの親と――理想的にはふたりの親と――安定した、愛情深い関係を築くこと。これが成功の秘訣のすべてではないが、大きな、とても大きな一部である。(p.269)


このことを脳科学や様々な研究を踏まえて語っているのが本書の内容だと言っても過言ではない。



実際、多くの時間を使って、高LGの母ラットは人間でいったらどういうものだろうと考えこんだ。ヘリコプターペアレンツとはちがう。心配そうにそばをうろうろしたりはしない。絶えずなめたり毛づくろいをするわけではない。母ラットがそうするのはある特別な状況――子ラットがストレスを受けたときだ。まるで大事なスキルを教えこもうとしているかのようだった。刺激を受けたストレス対応システムをうまく管理して休止状態に戻す方法だ。人間の幼児でこのスキルにあたるのは、癇癪を起したあとやひどく怯えたあとに落ちつきを取り戻すことだとわたしは思い、それをエリントンに覚えさせようと集中した。……(中略)……。しかしもし人間で高LGに相当する行為があるとすれば、慰めたり、ハグをしたり、話しかけたりして安心させることのはずだ。……(中略)……。
 しかしエリントンが大きくなるにつれ、大多数の親たち同様わたしも気づいたのだが、愛情やハグ以上のものが必要になった。規律、規則、限度などだ。はっきりノーという人間が要る。そして何よりも必要だったのが子供に見あった大きさの逆境、転んでもひとりで――助けなしで――起きあがる機会だった。ポーラとわたしにとってはこちらのほうがむずかしかった。(p.269-270)


このあたりの考え方は、ダニエル・J・シーゲルとティナ・ペイン・ブライソンの『子どもの脳を伸ばす「しつけ」』の考え方と同じと言ってよいだろう。



 ではなぜ、貧困がかかわる学業不振の根本的な原因を探すときに、まちがった犯人に焦点を合わせ、科学が教えてくれる最大のダメージを無視してしまうのか?理由は三つあるように思われる。……(中略)……。
 第三に、新しい逆境の科学は複雑に絡みあったもので、そのなかには根深い政治信念に反する難題が――左右どちらの派閥にとっても――含まれるからだ。リベラルにとっては、保守派がある大事な一点において正しいことが科学的に示されてしまった。性格が重要である、という点だ。貧困に対抗する手段として、不利な状況にある若者にわたしたちがさしだせる最も価値あるツールは「性格の強み」をおいてほかにない。キーサ・ジョーンズやケウォーナ・ラーマがやジェームズ・ブラックが見事なほど多く持っていたもの、つまり誠実さ、やり抜く力、レジリエンス、粘り強さ、オプティミズムである。
 貧困にかんする保守派の議論が一歩及ばないのは、「性格が重要である……以上」で止まってしまうところだ。貧しい人々が成長して気質をよい方向に伸ばすために社会にできることはあまりない。彼ら自身の力でそうなってもらうしかない。いって聞かせることはできるし、罰則を設けることもできるが、我々の責任はそこまでだ、というわけである。
 しかし実際のところ、科学によって示されるのはまったく異なった現実だ。若い人々の成功にとってきわめて重要な役割を果たす性格の強みは、生まれながらのものではない。幸運や良質な遺伝子の結果として魔法のように現われるものではないのだ。また、単純な選択の結果でもない。脳内の化学反応に根差し、子供が育つ環境によってかたちづくられるため、ある程度は計測、予測が可能である。つまり、社会全体としてのわたしたちにも多大な影響力がある。……(中略)……。しかし、我々にできることは何もないとは、もういえない。(p.286-288)


本書で述べられたような処方箋は、政治的信念の左右の両派にとって都合が悪い点があるという指摘は興味深い。

確かに、多くのリベラルにとっては性格が重要だという結論は扱いにくい。ただ、この点を除けば、本書で示された考え方はリベラルの考え方の枠組みとほとんど合致するのではないか。むしろ、保守では性格が重要だという一点においては本書が示す科学的な考え方と共通するとしても、それ以外の点(特にそのような発言をする動機や目的)は相容れないため、むしろ、保守派にとっての方が受け容れにくいのではないか。(例えば、社会が何らかの方策を講じて支援をしていくべきという方向性の点でリベラルの考え方とは完全に合致するが、現代の自称「保守」派はこれに否定的であろう。また、「性格の強み」が大事だと言ったとしても、この「性格の強み」自体が社会の側からの働きかけによって形成される面があるならば、社会からの働きかけによって社会をよりよくしていくというリベラルの枠組みの範囲内で完全に処理可能であると思われる。)