アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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中川信子 監修、NHK出版 編 『NHKすくすく子育て 育児ビギナーズブック⑤ ことばの育み方』

生活リズムは1日で整うものではありませんが、乱れているなと思ったら、少しずつでいいので調整していきましょう。宵っぱりの子を早く寝かせるのは、非常に難易度が高いワザですから、まずは朝、1時間早く起こすことから始めてみてはどうでしょう。(p.12)


赤ちゃん以外にも使えそうな方法と思われる。



 赤ちゃんは、テレビやDVDを見るとき、食い入るように一心に画面に見入っていますが、プログラムの内容に感心して集中しているわけではありません。赤ちゃんの頭ではとうてい処理できないような大量の刺激を前にして、一種のフリーズ状態にあるのです。音だけでなく、画面のチラチラする光も赤ちゃんの脳を過剰に刺激し、疲れさせてしまいます。こうした過剰な刺激を長時間与えないためにも、テレビやDVDを30分見せたら30分以上休むようにしたいですね。
 見せる時間帯にも気をつけたいところです。眠る直前にテレビやDVDを見せると、フリーズ状態がしばらく続き、寝つくまで時間がかかるので注意しましょう。(p.18)


フリーズ状態というのは適切な比喩で、なるほどと思わされた。テレビなどを見せない方が良いということの理由も(これですべてが尽くされるわけではないにせよ)感覚的に分かる譬えだと思う。

寝る前に過剰な刺激を与えないというのは、テレビだけでなく、遊びなどでも同じことであると考える。夜は入浴後はまったりと遊ばせて、自然に眠りやすい方向へ誘導するのが良いのではないか。



「○○ちゃん、おっぱい飲もうねー」、「さあ、お風呂入ろうか」
「はい、おしまい」、「いっぱい飲んだねえ」、「きれいになったねえ」
 動作の始めと終わりにきちんと区切りをつけると、赤ちゃんが、「おっぱいを飲むということ」、「お風呂に入るということ」とはこういうことなんだと、行為の意味を徐々に理解していくための助けになります。
 これは、赤ちゃんにとって自立の力を身につけるうえでも大事なことです。(p.38)


養育者側の人間がだらしないと、その生活のだらしなさがそのまま赤ちゃんの生活のだらしなさにつながるわけだが、この方法で語りかける習慣をつけさせることで、養育者側の生活態度と赤ちゃんの発達の両方に資することができるかもしれない。



 第4章でもくわしくご紹介しますが、まねっこはコミュニケーションを深める楽しい遊びでもあります。ポイントは、赤ちゃんに大人のまねをさせるのではなく、大人が徹底して赤ちゃんのまねをすること。このテクニックを覚えておくと、ちょっとした時間が楽しい遊びの時間に変わります。ことばだけでなく、しぐさなども同様です。
 赤ちゃんのことばやしぐさをその場でまねできるということは、つまり、それだけ大人が赤ちゃんのことをしっかり見ている証拠です。赤ちゃんが「ぼく(わたし)のことを見てくれている。うれしい!」と感じることで、親子の信頼関係もしっかり築くことができます。(p.40)


真似をするということは、赤ちゃんをよく観察して把握し、その上で関心を持っているということを赤ちゃんに対して発信することでもあるわけだ。なるほど。関心を持ってもらっていることが実感されるから、自己肯定感にもつながるのだろう。




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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

レーモン・アロン 『現代ドイツ社会学』

 終戦後の滔々たるアメリカ文化の流入には目をみはるものがある。もちろんこれは敗戦にともなってのアメリカ軍隊の駐留と、それに基づく幾年間にわたる占領政策の実施のため、政治・経済・法律・教育・文化のすべてに渉って、いわゆる「横からの革命」が行われたことの当然の結果ではあるけれども、戦後十年を経た現在、ひとりの日本人としてめいめいが、この文化変容のみちゆきに深い反省をはらってみる必要がある。
 社会学の場合もこのことはおなじである。戦後十年の歳月のあいだに、アメリカ社会学のつよい影響をうけた日本の社会学のすがたを戦前のそれとくらべれば、おどろくべき変貌がそこにみられる。(p.1)


この本の原著の初版は1930年出版であり、本訳書は原著の1950年の第二版の翻訳である。本訳書自体は1956年の出版だから、ほぼ第二次大戦が終わってから10年ほどの時期に出版されたことになる。この時代を生きていた人が10年間を振り返ってアメリカ化の急速な進行とそれへの反省の時期に来ているという見解は興味深い。

戦後70年近く経過しても、未だにアメリカに追随しようとしている自民党――「日本版NSC」のようなものを政府が多数作ろうとしているのもその表れとみることができる――あたりには、反省の不足が感じられる。



社会科学の国民的特質というものは、まず国民的特質が吹き込む哲学と関連している。すなわち社会科学のたてる問題と、使用する概念の種類は、哲学によっているのである。歴史記述は、論理的、心理学的につねに理論にしたがっている。人は一定の人間観に照らして、過去を解釈する。この把握は、もちろん事実との因果関係を変えることはできない(或いは少なくともそうあってはならない)。しかしそれにもかかわらず、基本的にその意義を変えるのである。(p.199-200)


本書の初版のこの立場は後に第二版の頃には訂正されているが、「国民的特質」というものが、実体的なものとして想定されている点を除けば、観察の理論負荷性の考え方とかなり重なっている点、そして、本書の第二版は1950年だから、科学史や科学哲学で観察の理論負荷性が定式化される60年代より少し前に当たる点、この2点は特に興味深い。



とりわけ19世紀のドイツ哲学者は、大部分が(とくに教会の)役員の出身であり、僧侶の子弟は哲学者のもっとも典型的な代表者であった(237頁、10、234頁)。(p.201)


本当か?ある程度の傾向としてはありそうにも思うが、ちょっと気になる断定という気もする。



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フリードリッヒ・H・テンブルック 『マックス・ヴェーバー研究叢書4 マックス・ヴェーバーの業績』
「マックス・ヴェーバーの業績Ⅰ」より

最も有名で、最も頻繁に読まれ、かつ論じられたのはむしろ「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(以下、「倫理」論文と略記する。1904/05年の論文のことである。、つまりそれ独自の意義を持つとはいえ彼の業績を代表させることはできない、初期の論文であった。それにひきかえ『経済と社会』が全体を通読されるのはまれなことであり、一個の全体として解釈の対象とされたこともおよそなかったのである。たしかに多くの社会学者はこの大作のどれかの章、とくに支配、社会層、官僚制についてはなかなか詳しく知っている。多くの部分についてははたしかにレヴェルの高い解釈も出されており、若干の社会学者はすべての部分に習熟してもいよう。にもかかわらず全体解釈は真剣に試みられたことがない。むしろ個々の部分が取り出されて強調され、編成されていたのであって、個人的見解が幅をきかす余地がかなり残っていた。というのも『経済と社会』からは、諸部分の相互関連をより確実な規準に照らしあわせて一つの全体の中に位置づけることのできるような、説得的問題設定をなんら引き出しえなかったからである。全体理解に依存せぬ諸部分の自由な利用可能性――これこそ、われわれの『経済と社会』への態度を長いこと特徴づけてきたものである。(p.14)


1975年の論文であるため、現在は『全集』の刊行などの事情もあって、この時代よりは若干の進展がみられるとは言える。しかし、それでもウェーバーの思想が受容されてきた歴史を見るとテンブルックが指摘する傾向は妥当していると思われる。

なお、日本の場合は翻訳は第4版からのものだったと思うが、章ごとに訳者が異なっており、用語の利用などもそれほど統一的であるとは言えないことなどもこの傾向を助長しているように思われる。



国民経済学に対する反乱からドイツ社会学会は生れ出たのだが、もとよりこの反乱は、理性の進歩が決して自然法則ではなく、西洋合理性の成立も人間の理性から説明されるべきでない、という確信から生じていた。(p.82)


この指摘が事実であるかどうか、私には判断できないが、一つの仮説としては保持しておいてよいものだろう。私の関心としては、「ドイツ社会学会」がどのような組織だったのか、ということは科学史的な事実として知っておきたいと思う。



「マックス・ヴェーバーの業績Ⅱ――方法論と社会科学――」より

 他の論文集とならんで『経済と社会』が遺著として印刷されたとき、何年も前にすでに書かれていたマックス・ヴェーバーの業績はここに初めて白日のもとに現れた。それ以降、ヴェーバー解釈がいつしか独自の歴史をもって成立している。彼の業績の検討はまずドイツで始まり、ついで外国で最初の仲介者が現れ(ベネディット・クローチェ、レイモン・アロン、大塚久雄、テオドール・アーベル、フランク・K・ナイト等)、ドイツ人井儒者によって加速され(とくにハンス・H・ガース、アルバート・ザロモン、ラインハルト・ベンディクス)、タルコット・パーソンズによってアメリカ社会学のレパートリーに含まれることとなり、そのことから世界中に広まり、さらにこの十年の周知のヴェーバー・ルネッサンスにまで昂まった。(p.179)



私の場合、ウェーバーの思想の受容史に最近関心が高まっている。関心に合致する叙述であるためメモしておく。70年代から80年代前半頃の「ウェーバー・ルネッサンス」がどのようなものだったのかに興味がある。



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イブン・ハルドゥーン 『歴史序説 2』

役人の行列とカリフの行列との違いは、ただ旗の数とかその色の違いであった。たとえばアッバース朝の旗は黒旗であるが、それは彼らの家族であるハーシム家の殉難者の喪章として、また彼らを殺したウマイヤ家に対する非難のしるしとして、黒が用いられたのであった。そこでアッバース朝は「黒色王朝」と呼ばれた。
 ハーシム家が多くの党派に分裂し、アリー党(シーア派)が機会あるごとにアッバース家に対抗したとき、彼らは旗の色を違えて白色の旗を用いた。そこで彼らは「白いもの」と呼ばれ、白旗はファーティマ朝を通じてアリー党によって使用された。またときにはタバリスターンやイェーメンのサアダにいる〔ザイド派〕の宣教者のような、東方で叛旗を翻したアリー党によっても、またカルマト教徒のような過激なシーア教義の宣伝を行なった他のアリー党によっても白旗が使用された。カリフ-マームーンはアッバース朝のしるしである黒衣や黒い徴章を使用せず、緑色にかえて緑旗を用いた(1)。

(1) アラブ諸国の国旗に白や黒や緑がよく用いられるのはこれらの理由によっている。(p.181)


なるほど。確かに中東諸国の国旗の色やデザインは似たものが多いが、国民国家として形成されていく際に、これらの故事を建国神話として用いられたことが要因であったということか。


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松井克浩 『ヴェーバー社会理論のダイナミクス 「諒解」概念による『経済と社会』の再検討」』

 後に本論でみていくように、ヴェーバーは、行為者が合理的な制定秩序を手がかりとして目的合理的に行為するというよりも、むしろ合理的な秩序がある「かのように」行為することの繰り返しによって、結果としてゲゼルシャフト的な秩序が存立し、同時に行為者はみずからを目的合理的な存在として表象できるとみている。諒解という一定の拘束力をもつ秩序が、相互行為の繰り返しの中から形成されるのである。
 こうした諒解にもとづく秩序の特徴は、目的や意義が曖昧なまま相互行為が接続している中で、<結果的に>秩序が立ち上がるという点にある。(p.21)


この点は本書で繰り返し述べられることだが、興味を惹かれる点が2つある。

一つは、この引用文だけでは十分明示されていないが、本論を読めばわかるように、諒解に基づいて行為する行為者と原子論的に理解された方法論的個人主義が想定する行使者とは性質が異なるという点である。この点は本書から得た収穫の一つである。

「諒解」の概念が後の改訂の際に消失するのも、もしかするとこの点が一つの要因である可能性もあるのではないか。

もう一つは、行為が接続していく中で秩序が立ち上がるというところは、ルーマンのシステム論を想起させるという点である。この点は恐らく著者の独自のウェーバー解釈ということになると思うが、この点に関する私の考えは、以下のとおり。ウェーバーは著者が考えるのと同様の考え方をしていたわけではないのではないか。行為の連鎖を考える(いわば行為の進行方向に注意を向ける)というよりも、秩序を個人の行為によって解釈する方法に関心があったように見える(いわば行為が終わった後にその航跡を振り返るような後ろ向きの方向に注意を向けている)

ただ、ウェーバーが書いたテクスト(『経済と社会』の旧稿など)に著者が読みこんだような構造があることも事実ではあるが、ウェーバー自身にとっては「意図せざる結果」としてこうした秩序形成の過程を読み取ることができる文章となっているにすぎないのではないか。その点で著者は著者自身の意見をウェーバーの意見であるかのように語っているとも言えるのではなかろうか。ただ、この点は批判するとしても本書の指摘は興味深いものであると思う。実際、私も折原の研究を読んで「諒解」の概念に関心を持つようになったのだが、その結果、社会の秩序の形成に対する諒解の役割について、著者と同じような考えを持っていたからである。



これまで彼の方法論は、目的合理的行為を範型として構成される方法論的個人主義にもとづくものとして理解されてきた。しかしここまでみてきたように、むしろヴェーバーは目的合理的行為を可能にする特殊な条件の探求を試みていたのではないか。(p.112)


「目的合理的行為を範型として構成される方法論的個人主義にもとづく」点への疑問を呈している点は上述の通り参考になる。

ただ、後段のように、「ウェーバーは目的合理的行為を可能にする特殊な条件の探求を試みていた」という考え方には違和感がある。あくまでも書かれたテクストの構造をよく見れば「目的合理的行為を可能にする特殊な条件」が読み取れるというだけであって、ウェーバー自身がそれを探求しようとしていたとは考えにくい。



 こうした反形式主義的な諸傾向を指摘しつつも、ヴェーバーは「法の不可避的な運命」を、次のようにみている。「〔一方では〕素人裁判官制度のいろいろの試みにもかかわらず、法の技術的内容がますます増加してゆき、したがって素人の側における法の無知――すなわち法の専門性――が不可避的にますます増大してゆくこと、〔他方では〕そのときどきの現行法を、合理的な、したがっていつでも目的合理的に変更できる、内容の神聖さをいっさいもたない、技術的な装置であるとみる評価が、ますます強化されてゆくということが、それである」(WuG, 512-3=534-5)。
 この記述は、明らかに「理解社会学のカテゴリー」の末尾に記された文章と対応している(WL, 473=125)。「カテゴリー」では、一方で、合理化の進展によって人びとが技術や知識の合理的基礎から引き離される、という指摘がみられる。とりわけ「大衆」にとって合理的秩序の妥当は、「諒解」の上に成立する。他方で、「文明人」は、日常生活の諸条件が合理的なものであるという「信仰」をもち、それゆえそうした諸条件をもとに合理的に行為しうるのだという「確信」をもつ。すなわち、ヴェーバーは「秩序の合理化」が実際に立脚しているのは、いわば<合理性諒解>であるとみていた。(p.199)


この「法社会学」の結論部と「カテゴリー」の結論部の議論の対応についての指摘は、「カテゴリー」が『経済と社会』の旧稿(第二部)の頭部であるという議論を補強するものである。



 ヨハネス・ヴィンケルマン編集の『経済と社会』第四版および第五版では、第二部第九章の八節が「国家社会学」と題されている。しかしこの部分は、ヴェーバーが『経済と社会』旧稿の一部として執筆したものではない。この節は、ヴィンケルマンが「新秩序ドイツの議会と政府」や「職業としての政治」等の諸論文から(それぞれの背景や文脈を抜きに)国家に関わる文章を抽出して編集したものである。(p.248-249)


かつて私は『国家社会学』の邦訳が絶版となって入手困難なのを不思議に思っていた時期があるが、折原らの本を読んでいて事情がだんだん分かってきたところだった。本書のこの注は「国家社会学」章の成立に関する経緯を簡潔に書いてくれている。

一応、『国家社会学』は入手してあるので、この点を念頭におきながらウェーバーのテクストがどのように利用されているのか読んでみようと思う。



 ヴェーバーは、『経済と社会』旧稿の出発点において、研究者や観察者からみて客観的に成り立つふるまい方の予想(客観的に妥当する意味)と、行為者自身が抱く予想(主観的に思われた意味)を区別する必要性を強調していた。……(中略)……。
 諒解とは、別の言い方をすれば、この二つの水準の「意味」が<結果的に>あまり齟齬をきたさずに相互循環している状態を指し示している。(p.253)


二つの水準の意味の区別は、私自身もウェーバーを読み始めた頃にかなり強い印象を受けた考え方であるが、恐らくウェーバーを読んだ人ならばほとんどの人がその驚きを経験したことがあるのではないか。その意味で、ウェーバー(特に方法論に関する論文)をある程度読んだ人ならば誰でも知っている区別であると言えるが、「諒解」の概念にとってこの区別が鍵をなしているという認識は、本書を読んではっきりと把握できた点であった。

「客観的に妥当している意味」を行為者が漠然とであれ感得し(影響を受けたりし)ながら「主観的に思われた意味」にもとづいて行為を行い、その結果、立ち上がる秩序が「客観的に妥当する意味」を確固としたものへと強めていくといったようにして、行為の接続による循環関係が成り立っている状態。二つの水準の意味が区別されていないと、この循環を明晰に把握することができないため、この区別が鍵となるわけだ。



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マックス・ウェーバー 『社会学の基礎概念』(阿閉吉男、内藤莞爾 訳、恒星社厚生閣)

 社会的行為のうちには、事実上の規則正しさが観察される。すなわち、類型的に同様に思念された意味において同じ行為者のところでくり返され、または(ときとしては、同時に)多数の行為者たちに広がった行為の経過が観察される。社会学は行為の経過のこの諸類型を取り扱うが、これに反して歴史学は重要な、すなわち運命的な個別連関の因果的帰属を行なう。(p.43)


『理解社会学のカテゴリー』に対して、この論文は改訂稿と位置づけることができるが、『カテゴリー』ではこうした方法論一般に関してまでは議論を拡げていなかったのに対し、この改訂稿では、かつて『客観性』論文などで展開された方法論までをまとめて議論している点も相違点の一つであると思う。

ここで述べられているような社会学が「諸類型」を扱うとする点を明示している点は、改訂稿では『カテゴリー』よりも行為の動機の4つの理念型(目的合理的、価値合理的、感情的、伝統的)を尺度として統一的に議論を運んでいることと並行しているように思われ、興味を惹かれた。

また、二つの論文を改めて読み比べてみて気づいたのは、改訂稿では諸概念の定義に際して「シャンス」(この訳書では「チャンス」)が多用されているように思われたことである。具体的に個々の定義に立ち入って細かく比較していないのでまだ何とも言えないが、この点は改訂稿で「諒解」の概念が消えたことと深くかかわる問題であるように思われる。もう少し腰を据えて本を読めるようになったら、2つの論文を詳しく比較して読み比べてみたいと思う。(できることなら、『経済と社会』のテクスト全体とも読み合わせながら。)




 すべての関与者の個人的な、自由な協定によって成立しない秩序は、この術語の意味で強制されている。したがって、少数者が服従する「多数決」もまた、そうである。(p.78)


現在のように「われわれ」を「代表」する代議士たちが国会にいないと感じられる状況においては、多数決も強制であるというこの指摘は強い実感を持って感じられる。


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