アヴェスターにはこう書いている?
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小野善康 『成熟社会の経済学――長期不況をどう克服するか』

 ここ数十年の日本経済における大きな出来事を振り返ると、1980年代のバブル景気と90年代初頭のバブル崩壊後に起こった長期不況が思い浮かびます。この二つは好況と不況を表しているので、正反対のように見えます。しかし、お金への欲望に注目すると、いずれもお金への欲望が生み出す現象で、根は同じであることがわかります。お金と言ってもいろいろあり、現金だけでなく土地や株式も、蓄財への欲望を満たすという点ではお金と同じ役割を持っています。欲望が土地株式に向かえばバブルが起こり、お金そのものに向かえばデフレと不況が起こるのです。(p.14)


そのとおりである。



お金の価値とは、物やサービスと比べて測った値ですから、物価の逆数です。つまり物価が下がり続けるデフレ現象とは、お金の価値が上がり続けるお金のバブルなのです。(p.16)


本書ではこの点から、恒常的に供給過剰(生産力(供給)>需要)である「成熟社会」でデフレを克服し、景気を回復させるには、欲望をお金ではなく物やサービスによる便益に向けるべきであるとする。妥当である。



 結局、財政支出の意義とは教科書に書いてある金銭的な波及効果ではなく、書いていない「直接便益」です。財政支出をすることによって働いてもらえば、それで作られた設備やサービスなどが役に立った分だけ経済がよくなるという、至極当然の結論になります。このことは同時に、便益があれば価値が投入金額より低くても、何もしないよりはよいことを意味します。不況が苦しいのは、お金がなくなったからでも潜在的な生産能力が下がったわけでもなく、需要が減って人びとが働く機会を失い、実際に使われる物やサービスの量が減ったからです。そのため、余った労働力に働く機会を与えて世の中に役に立ってもらえれば、それだけ生活が豊かになるのです。(p.69-70)


供給過剰による不況が恒常化している社会では、費用対効果が多少低くても生産された物やサービスが生活に役立つならばよい。一般常識とはズレがあるがこれが正しいのである。

この政策を実現するには、いかに人々に納得させるか、あるいは納得させなくても反対されずに実行するかという政治的な問題がある。むしろ、その方が難しい問題かもしれない。



 税制の違いがもたらす不公平を指摘して、増税に反対する人もいます。典型的な例が消費税です。消費税は消費量に比例して負担が増えるから、累進的な所得税に比べて低所得者により大きな負担を強いる、というのがその理由です。
 税負担という視点だけで公平性を比較すれば、この批判はあたっています。しかし、財政とは税金で集めてそれを使うことであり、その両方を考えなければ意味がありません。たとえば、消費税を増税し、その分を失業者や低所得者の仕事の給与として支出すれば、高所得者から低所得者への所得再分配になります。つまり、税そのものが累進的でなくても、支出の仕方によって累進税と同じような再分配を実現することが可能です。(p.80-81)


確かに。私も増税するならば、消費税よりは所得税を累進性を高めることを優先させるべきだと以前から主張してきたが、支出面も考えなければ不十分である。

ただ、「累進課税+低所得者への支出」の組合せの方が「比例的な課税+低所得者への支出」の組合せよりも、金額が同じであれば効果的であり、財政による効果がそれほど大きくないとすれば、やはりより効果的なものを選択する方が良いとは思う。

しかし、長期不況の経済状況を改善するためには、累進度のみに注目して闇雲に消費税に反対すべきではないだろう。



 さらに、再分配政策を行う場合には、特定のグループへの分配よりも広く浅くという方が、受け入れられやすい傾向があります。便益を受ける人が多いほど、支持する人も増えるからです。しかし、広く浅くという政策はもっとも効率の悪い再分配です。表2-1を見ながらこのことを確かめてみましょう。
 表2-1では、年収1000万円世帯が一人、500万円世帯が六人、200万円世帯が三人いる経済を想定し、高所得者から20%、中間層から10%、貧困層から0%の税金を取って各世帯に均等に分配する場合の、各世帯の差し引きの受け取り額を示しています。このときの財政規模は500万円ですが(四、五列目参照)、中間層はお金の支払いも受け取りもなく、高所得者の150万円が三人の貧困世帯に50万円ずつ渡されたことになります(最終列参照)。これを高所得者への課税と貧困世帯への救済だけに整理すれば、財政規模は500万円から150万円となって、実に70%も縮小できるし、高所得者にとっては5%の減税、中間層は無税になります。つまり、分配政策が国民の広い層を対象としたものであればあるほど、財政規模は大きいのに効果は小さく、支払先を限れば、はるかに少ない資金で同じ効果を生むことができるのです。
 子育てや教育のための補助金を例にすると、補助金がなかったら使われなかったはずの教育費、それがなければ進学をあきらめていた若者への援助など、きめ細かく考慮し、消費性向の高い、すなわち必要度の高い層に重点的にお金がいくようにすることです。具体的には、低所得家計の子供の授業料や教材費は無料にし、所得に応じて順次負担を増やすことなどが考えられます。さらに、本節の冒頭に示した原理3から考えると、直接お金を渡すよりも教育サービスや設備に直結する支出の方が、雇用も生むことから望ましいことがわかります。(p.81-82)


大変参考になる見解である。



 政府が支援すべきは、経営的には独り立ちできないけれど、あった方が国民生活の質が上がるような分野です。環境、介護、保育、健康、観光などを挙げるのは、これらがこのような特徴を満たす分野だからです。……(中略)……。
 こうした分野を考えるのは、本来政策担当者ではなく、国民自身です。政府にビジョンがないという人がいますが、政府に国民の欲しい物を決めてもらうのではなく、国民自身が何をして欲しいか積極的に訴え、政府はそこから選ぶのが仕事です。自分で何が欲しいか考えることもせず、政府が何かをやろうとすれば無駄だ無駄だと言っているだけでは、失業も不況も収まらず、生活の質も向上しません。(p.85-86)


同意見である。「政府にビジョンがない」と言うということに付け加えるべきは、「強いリーダーシップ」が欲しいという意見である。この欲求はビジョンがないと批判することの亜種であり、これこそまさに自分が考えもせず政府に文句をつけるだけの有害無益なものである。求めるべきは「強いリーダーシップ」などではなく、何が必要なのかを人々の側から政府に適切に伝えることができ、また、政府がそれをくみ取ることができるシステムである。



まず、目先の必需品ではなく、たとえ経営的には赤字であっても、ぜいたく品、不要不急品と思われるような分野において雇用を作る必要があります。しかし、多くの人びとは成熟社会のマクロ的な経済メカニズムまで考えませんから、そんなことをしたら、ただの無駄に映ります。誤解を解くためには、政策当事者は国民に経済全体のメカニズムまで説明しなければならず、大変な努力が必要です。そのため、一見わかりやすい無駄の排除を主張した方が、有権者の支持を得ることができると考えてしまうのは、当然のなりゆきでしょう。
 問題はそれだけではありません。経済全体では得をすると言っても、費用を支払った人と所得や便益を受ける人は同じではありません。そのため、たとえ税金を払う納税者が、その資金によって役に立つ設備やサービスが生まれ、それとともに経済活動全体が拡大することを理解しても、その果実が本当に自分のところに回ってくるのか、という疑問を抱いてしまいます。……(中略)……。
 ここで重要なのは、経済が拡大しているから、国民全員の便益はかならず増大する、ということです。そのため、多くの事業を積み重ねることによって、実際には、ほとんどの人にとって得になるし、たとえ損をする人がいても、それを越える数の人たちが得をするはずです。しかし、多くの人びとは、自分が直接関係する事業しか見ていません。さらに、納税者は不特定多数ですが、個々の事業においては、通常、目に見えてくるのは一部の人の便益や一部の人の雇用創出ですから、圧倒的多数の国民が不満を持ちます。おまけに、損だと思う人は声高にそう言いますが、得をする人は黙っています。そのため、個々の事業ごと、個々の制度変更ごとに、毎回、誰が損で誰が得だと騒がれ、強い政治的抵抗が生まれて実現が非常に難しくなります。
 経済活動の総量が変わらないなら、自分の分が減って人の分が増えるのは嫌だ、という気持ちになるのは理解できます。しかし、総量が増えて国民全体としてはかならずプラスになると言うのなら、それに反対してまで自分さえよければいい、ということでいいのでしょうか
 不況のときこそ公共心がいるのに、また、それによって自分もプラスになる可能性が高いのに、そのときこそ人びとに余裕がなくなり、目先だけを考えて一銭も出したくないと言い出す。……(中略)……。その結果、財政の無駄の排除という名目で行われる事業縮小と、失業拡大という本当の無駄の拡大が起こって、経済は停滞し続けるのです。(p.96-99)


私もしばしば同じことを思ったことがある。

ただ、政治哲学に多少関心を深めた後でこの議論を眺めてみると、国民全体ではプラスになるということは功利主義の原理によって判断されていると思われるが、それへの反論はむしろ功利主義の問題点(個別の権利や利益が無視されることがあること)を突いている部分もあり、全面的に不当とは言い切れない。それに対して著者が「公共心」を持ち出しているのは興味深い。コミュニタリアニズム的な正当化の考え方だからである。

問題はむしろ、どのようにして「公共心」を喚起するか、ということである。小野の今回の著作では物やサービスでお金以上に魅力のあることを考えるべきだという主張が以前より強く出ているが、これを目的論的な議論に結び付けることができれば、求心力をある程度形成することができるかもしれない



 税金を取られる場面では負担を意識するのに、仕事や便益を受けるときはあまり意識しません。そのため払うだけ損だと思う傾向があります。その不満のはけ口が政府や公務員叩きに向かっています。公務員は多すぎるし給料が高すぎるとか、財政の無駄が多いという批判です。
 しかし図2-4に示されているように、実際には、日本は公務員数も財政規模も、OECD(経済協力開発機構)諸国のなかで最低レベルです。それなのに負担が重いと文句を言っているのです。さらに、政府が雇用を作るといっても、ほとんどの場合、事業を担当するのは民間企業です。大きな政府だと経済はだめになると言う人もいますが、それが正しいなら、政府のサイズが最も小さい日本経済は、OECD諸国のうちでもっとも景気がいいはずです。(p.100-101)


同意見である。

なお、外郭団体や特別会計が入っていないことなどとして、こうした見解を批判しようとする人もいるが、その場合には、OECD諸国もそれらを組み入れて計算しなければならないはずであり、そこまではきちんと明示している議論はまだ見たことがない。

いずれにしても、政府や公務員へのバッシングのほとんどは有害無益であると判断すべきであろう。そんなことをしている暇があるなら、どのような政策を採用するべきか考えて提言してほしいものだ。



 これらの図から、90年代初頭のバブル崩壊後に、日本の経済構造が大きく変わったこともわかります。バブル以前には、貨幣発行高に比例して物価もGDPも上昇しています。バブル以前には、貨幣発行高に比例して物価もGDPも上昇しています。これは、日本が発展途上段階で消費意欲が十分にあったため、貨幣量の増加がそのまま需要増につながって、物価とGDPを押し上げたことを意味しています。ところが、成熟社会になってバブルが崩壊し、慢性的な需要不足に陥ると、貨幣をいくら発行しても需要が増えず、物価もGDPも上がらなくなって、逆に低下するようにさえなっています。このように明確な構造変化があったにもかかわらず、多くの人たちが、いまだに発展途上社会を前提とする教科書的経済学にしたがって、大幅な金融緩和を日銀に要求しているのです。(p.110-111)


他の国々でいつどのように変化が起こっているのかを確かめてみたい。それによって世界経済の質的変化を確かめることができるように思われる。

なお、本書は「成熟社会の経済学」を主張ているが、それ以前の経済学を「発展途上社会の経済学」であると一括して批判しているのは、わかりやすい対比であると思う。もちろん、わかりやすさには危険も伴うが、小野の理論には、これまでとは違う革新的な点があるのは確かだと思われるからである。



実は、赤字国債が問題なのは税負担とは関係なく、国債の信用を危うくするからであり、そうなれば金融危機と経済収縮が起こる危険があります。
 日本銀行が発行する円と同様に、政府が発行する国債も銀行の信用創造の重要な裏付けになっています。国債が返済できる見込みもないまま拡大し続け、人びとの不安を誘えば、株価や地価のバブル崩壊と同様に国際価格が暴落します。そんなことにでもなったら、国債保有を信用の裏付けとしていた金融機関は信用を失い、金融が急激に収縮して消費や投資が落ち込んでしまいます。しかし、財政再建の道筋を示すことができれば、国債の信用は維持されて価値が保たれ、国債残高を無理に減らさなくても金融を安定化させることができます。つまり、国債管理は日銀の貨幣管理と同じ観点で理解されるべきなのです。(p.119-120)


日本の人々が増税を忌避し続けると(増税より前に財政削減だとばかり言い続けていると)早晩、国債の信用危機が訪れるだろう。それはわれわれが漠然と思っているよりも早いかもしれない。



 つまり円高は、好況では生産性のバロメーターですが、不況では内需低迷のバロメーターです。(p.180)


なるほど。本書によれば、グローバル化した経済においても日本の場合、内需拡大が不況を緩和するための処方箋だという。為替レートの変動がその時の鍵となると考えられているようである。



 このように、企業の海外移転とは、その産業が日本で衰退し発展途上国で拡大していくことの一形態にすぎません。そういう企業を無理に引きとどめるのは、衰退産業を存続させるのと同じです。そんなことはせず、自由に海外に生産拠点を移してもらって、日本への輸出を増やしてもらえばいいのです。そうすれば、経常収支の黒字幅が減って円安になり、日本の内需に応える新たな産業への支援になります。(p.191)


なるほど。

マクロ的な考え方としてはこの方向で進めてよいと思われる。ただ、自動的に不況が改善する道というわけではないようであるため、どのような社会を目指すのかについて、もう少し考えが国内で共有されている状況が望ましいと思われる。


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謝幼田 『抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか』

 中国共産党が民主を論じるときは、必ず権力の独占を考えている。全人民の抗戦が始まったばかりのときに、中共が再び国民政府を批判したのは、民族が存亡するかどうかの空前の危機の中で、人心の獲得を狙ったものである。(p.62)


最初の一文は少なくとも歴史的に見れば的確であると思われる。少なくとも過去に関して言えば、「中国共産党=人民の代表」と宣言することによって、「中国共産党による統治=人民の代表による統治=デモクラシー」であるとされてきたからである。(もちろん、そのように「宣言」することが、事実として共産党が人民を代表していると言えるわけではない。)

このようなロジックによって、共産党による一党独裁と呼ばれる専制体制を民主的であると主張し、民主という口当たりの良い言葉を用いながら専制的な体制を強固にすることを考えてきたと言えるからである。

今後も同じことをどこまで、どの程度続けるのかはわからない。中国の統治のあり方(民主的である度合い)変化の兆しは多少はあるようには思われるが、どうなるのか注目していきたい問題である。



 平型関の戦役は、中共の現在の論法に照らして言えば、日本軍の死傷者は1000人で、忻口戦役での日本軍の損失の40分の1ということになる。「平型関の大勝利」は今日、中国大陸では誰でも知っているが、同じ山西太原北側で行われた激烈な忻口戦役について知っている人はきわめて少ない。これはまさに、小規模な戦闘を行い、大々的に宣伝し、全国に影響を及ぼすという毛沢東の策略が成功したことを示している。しかもその後、中共は平型関のような待ち伏せ攻撃すら行わなくなり、ひたすら中国軍が築いた血肉の長城の背後に隠れ、みずからの党と軍隊の勢力を拡張させるだけだった。(p.88)


「平型関の大勝利」とされる出来事が中国大陸で知られているのは宣伝の力のほかに、その後の共産党による専制体制下での教育の力も大きいだろう。

本書によると、中国共産党はソ連の強い影響の下にあり、中国人民の「民族の利益」よりも階級の利益と党の利益を優先して行動しつづけたされる。その大まかな方法は、国民党と合作しながら日本軍との戦闘は国民党に行なわせ、自らは後背地で兵力を温存しながら同時に勢力拡大に奔走し、自らの蓄えた力を国民党に知らせないようにしながらも、国内向けには抗日に力を注いでいると印象付ける宣伝工作も行い、後に国民党を欺いて政権奪取を狙っていたという。



 毛沢東は個々の戦いにおいて、日本軍を消滅させよとの命令を出したことがあるだろうか。彼の命令はすべて、いかに中共の勢力を発展させるかに尽きる。これに対して、この時期の蒋介石軍事委員長が出した関連文書はすべて日本軍を消滅させる計画である。
 日本の侵略により、中国共産党は陝西北部のいくつかの貧しい県城〔県政府所在地〕から延安、陝西地区全体にまでその勢力を発展させることができた。悲憤慷慨に満ち、激した声明や電報を使って、山西での抗日線参加に馳せ参じると申し入れたが、ここにおいても一発の銃弾を撃つこともなく山西に勢力を確立した。山西に着くと、平型関で待ち伏せ攻撃に参加した以外は、抗日の遊撃線を戦ったという名目を利用して、急速にその勢力を華北全体にまで拡張していった。
 中国共産党は中国軍民の血肉の長城の背後に隠れ、みずからの勢力を拡大するという行動を開始したのである。(p.90)


本書では、共産党のこうした振る舞いは中国人民への裏切りであるとされて糾弾されている。



 彭徳懐が、百団大戦は「共産党が指導する抗日軍隊の声威を高め、いわゆる八路軍が『遊而不撃』という、国民党が作ったデマに打撃を与えた」と見ていたことは、中共にとってはきわめて有利である。平型関の戦闘は平型関戦役全体の小さな一部分にすぎず、林彪が指揮した待ち伏せ攻撃戦はその平型関の戦いの、さらに小さな一部分にすぎない。各方面の史料が示しているように、八路軍第115師の勝利は貴重なものだが、日本軍数百人を消滅させたにすぎないのである。ところが八路軍が全国に向けて発した最初0の戦況報告は、日本軍一万人余りを消滅したというもので、その後4000人余りとこっそり修正し、さらに1000人へと修正した。だが、これは当時、八路軍が戦績を挙げることのできた最初の戦役である。その後、日本軍は中国の領土の半分を席捲し、何十万、何百万という国軍将兵が戦死した。八路軍と新四軍はそれ以外の戦績を挙げられず、やったことと言えば、みずからの地盤を拡大し、国軍の活動を消滅させることであり、巧みに中共を宣伝することだった。彭徳懐が指導した百団大戦により、八論軍は新たな顔をもって国民の前に登場し、昔日の「遊而不撃」のイメージを改めることができた。これは彭徳懐ら八路軍将兵の功績である。(p.112)


中国共産党の発言のほとんどはプロパガンダばかりであり、政治色を帯びたものばかりであり、事実に基づいたものというのはきわめて少ない。少なくとも毛沢東が生きていた時代には虚偽にまみれていたことは疑いようがない。



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奥村哲、笹川裕史 『銃後の中国社会 日中戦争下の総動員と農村』

 他郷に逃れる場合には、資陽県の例で、当時は西康省に属し、現在はチベット族の自治州になっている甘孜州一帯が挙げられているように、有力者が新たに開墾した山間部などが比較的多かった。省の東部に位置する墊江県の西山農場の場合、労働者は大多数が徴兵逃れの農民で、有力者に守ってもらうかわりに、無償労働だったという(程致君ほか 出版年不明)。この点で想起するのは、日本の明治期には、「逃亡や失踪による徴兵忌避を黙認し、これを前提として採用した政府の政策の一つに北海道開拓事業としての屯田兵制度があ」ったことである。「政府とくに内務省と北海道庁は、徴兵制度を北海道に施行することに反対し、内地からの壮丁の逃亡者が、北海道に逃げ込んだ際、これを黙認して、北海道の開拓に、その肉体を捧げることを暗に歓迎した」という(菊池邦作 1977年)。(p.75-76)


屯田兵制度は言葉はよく知られているが内実はよく知られていないことのひとつであり、私にとってもしっかりと知っておきたいことの一つである。



 社会もまた、同時期の日本のように、ナショナリズム(ここでは国民意識)によって強く縛られてはいなかった。ナショナリズムは、直接には教育とマスコミによってかきたてられる。経済的に遅れた中国、とりわけ奥地農村では、この教育とマスコミの普及もまた、きわめて不十分であった。沿海部から遠い四川省にあっては、敵の日本軍も身近な、眼に見える存在ではない。そのような状況では、国家の危機を救うために生命を捧げるのは当然だという論理は、実質的には少数のインテリにしか通用しなかったのである(第9章参照)。だから、兵営から逃げ帰った人間が、日本のように「非国民」だとみなされることはなかった。というより、「非国民」という概念それ自体が、社会的に形成されていなかったといえよう。(p.114-115)


ナショナリズムももっと深く探求してみたい問題だが、時間と労力の都合でなかなか踏み込めていない分野である。



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奥村哲 『中国の資本主義と社会主義 近現代史像の再構成』

 しかし、国民政府は完全なブルジョアジー主導の政府でもなかった。「発展途上国」では、一般的に近代的階級形成が未熟であり、ブルジョアジーやプロレタリアート独自の力量はなお弱く、農村の地主・豪紳もその前近代的性格のため階級的結集度は低い。そうした中では、相対的に近代化され統制のとれた組織としての軍部が、往々その力を背景に主導権を握る。そしてこの軍部の中で、各階級の利害が複雑にあらわれる。(p.119)


軍事組織は「近代的」組織のモデルの一つとされるが、こうして軍部が主導権を握ることによって他の領域にも同様のシステムが構築されることを助けることになるという面もあるかも知れない。



 しかし、逆説的であるが、私はむしろ調査地点の個別特殊性を徹底的に追求することによって、一般的なものが相当見えてくると思う。むしろ広い範囲の調査では、しばしばそれを構成する各地域の特殊性が均されてしまい、そこからより深い一般性が見えなくなってしまう恐れがある。そのためにこそ、調査がどう行なわれたのかや調査地点がどう個別特殊なのかを、徹底して追求しなければならないのである。もちろん、ひとつの調査だけでは駄目で、調査地点を面の中に、調査時点を歴史の流れの中に、正確に位置づけなければ、個別特殊性も一般性も明らかにはならない。(p.182)


興味深い方法論。



 以上から、満鉄が調査した村落が相当に零細な経営であることは、ほぼ明らかになったと思う。そして強調しておきたいことは、農業における零細経営が、そのまま農家の相対的貧困を示すものではないということである。南通の例で明らかなように、鎮から遠い経営規模の大きいものは、単に粗放であるがゆえにすぎなかった。また、とりわけ満鉄の調査村においては、農業経営のみで判断することができない。……(中略)……。農業外労働あるいは副業の方が、より多い収入をもたらすことも珍しくはなかった。無錫においても、第4区の郷鎮において最も零細経営が多かったのが満鉄が調査した栄巷鎮であったが、逆にここが一番生活に「ゆとり」があったのである。
 したがって、これらの調査から農民の零細化=貧窮化とし、そこから副業・出稼ぎを説明し、それを「半植民地半封建下の下降分解」であるとする見解は、導きだすことはできない。むしろ逆に、近代化・都市化にともなって、副業・出稼ぎなど農家の選択肢が拡がり、農業の比重は低下する。その結果として、農業経営自体は零細化する、と捉えるべきであろう。(p.234)


興味深い指摘。データの扱い方(位置づけ方)が適切なのがよい。



 対外開放もまた、中国の将来に大きな意味をもっている。外国からの資本・技術の導入なくして、経済発展はないとさえいってよい。だから全体としては対外緊張緩和を図り、調整を繰り返しながら、対外開放政策それ自体は、もはや後戻りしえないであろう。しかしこのことは逆に、いままでの政策が対外緊張を前提としていたことを示している。対外開放がデタントと一体であるように、経済的ナショナリズムたる「自力更生」は、対外緊張と不可分であった。(p.308)


「社会主義」体制は対外緊張の状況下での総力戦体制である。この見解は妥当であると思われる。

このことを今後の外交などに絡めて考えると、北朝鮮の「社会主義」体制もまた総力戦体制であると考えられることからすれば、対外緊張を緩和することによってその体制を変質させることができる可能性が大きいと考えることができる。



植民地の資本主義的発展を認めることは帝国主義の美化であるとする議論があるが、道義的非難をもって学問的批判にすり替えてはならない。(p.335)


妥当である。



 第二次大戦以前には、この地域は、欧米や日本といった資本主義が発展した帝国主義国によって、主権が大幅に侵害されるか(中国)、完全に奪われて植民地にされていた(朝鮮・ベトナム)。この地域では、帝国主義を資本主義の最高の段階にして最後の発展段階とし、被抑圧者との連帯と帝国主義の打倒を叫ぶレーニン主義を、急進的なナショナリストが受容して、マルクス主義者になったのである。それゆえに、彼らがまず目指したのは、帝国主義との闘争による主権の回復(独立の達成)であり、次いで資本主義の発展を抑える「封建的」と考えるものを打倒することである(足立啓二氏が示したように、現実には封建制ではなかったが、マルクス主義の5段階発展論では、資本主義の直前に位置するのはこれしかない)。(p.362)


東アジアにおけるマルクス主義の受容に関する重要な指摘。東アジアのマルクス主義者が何者であり、何を目指していた人々であったかということがこれにより示唆される。



 朝鮮戦争に参戦したことによって、中国はアメリカと厳しく対決することになった。アメリカは中国軍の台湾進攻を阻むとともに、日本の再軍備も進めた(これを中国や北朝鮮は日本軍国主義の復活と捉えた)。中国はこれに対して、ありえるアメリカや日本の侵攻に、総力で対処しえる体制を早急に築こうとした。これが社会主義的改造にほかならない。ユートピアであった社会主義が、指導部内に重大な認識のずれを生じながら、現実には総力戦のための体制として出現したのである。(p.373)


日本の再軍備を「日本軍国主義」の復活であるとする捉え方は、当時の中国や北朝鮮だけでなく、現在も日本の左翼などに共有されている見方であると思われる。

しかし、当時の客観情勢からすると、単に当時の国際情勢(朝鮮戦争)への対応としてアメリカが日本にも軍備をさせる方が都合がよくなったと見る方が妥当であると思われる。そして、現在にまで続く自衛隊の軍備のバランス(米軍の軍備を補うような位置づけにある)から見ても、「日本軍国主義の復活」という捉え方よりは、こちらの見解の方が妥当であると思われる。



むしろ社会統合のあり方からみて興味深いのは、共産党はマルクスの5段階発展論に基づいて中国の前近代を封建制社会だとしているが、皮肉なことに、「共同体」・土地緊縛・身分制などという点で、自分たちがつくりあげた社会の方がむしろ封建制に似ていることであろう。(p.412)


私も、きちんとした勉強をする前に素朴に「社会主義」とされていた旧「東側」諸国に対して同様の見解を持っていたことを思い出した。もちろん、この見解は妥当なものであると考える。



 社会主義体制は総力戦の体制であり、国際的緊張を前提としているがゆえに、国際的な緊張緩和が進むと維持できなくなる。(p.413)


上で既に述べたが、これは今後の外交に対しても有益な示唆を含む見解である。



社会主義体制をマルクス主義の理論から理解しようとするのは、逆立ちした議論である(p.417)


妥当である。




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小川仁志 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』

 では、なぜ人はオーラを求めるのでしょうか。それは一回限りであるという貴重さにあります。もう二度と味わえないという事実は、私たちに瞬間瞬間を生きることの大切さを実感させてくれます。このように、人はオーラによって、生きているという実感を得ることができるのです。(p.91)



確かに。



 アナーキズムは「無政府主義」と訳されます。しかし、単に政府などいらないという意味ではなく、むしろ一切の権力や強制的な権威を排除して、個人の完全な自由を目指そうという点に主眼があります。そこで初期においては、社会主義思想と重なる部分がありました。(p.94)


現代ではむしろ保守的なリバタリアニズムとの相性が良い。

アナーキズムに見られる一種の平等主義は、社会の構造としては人間同士がスケールフリー的なつながり方をしている部分があるということを無視しており、権利理論としてはある種の人々の共感を呼ぶことはあるだろうが、実現は不可能であると思われる。



 それは自分の気持ちだけではどうにもならない客観的な事態を、仕方ないものと受け止めるような消極的な態度とは百八十度異なるものです。そうではなくて、積極的な社会参加によって、客観的事態をも変えることができるという前向きな態度なのです。(p.133)


「アンガージュマン」の説明より。

こうした実存主義的な考え方は、あるべき姿勢や態度については示唆するが、コミットメントすべき事柄についての具体的内容やその決め方についてはほとんど沈黙を守り、いわば通り過ぎており、マイケル・サンデルによるリベラリズム批判がかなりの程度当てはまるように思われる。



つまり、コミュニタリアニズムは決してリベラリズムと相いれないものではなく、共同体の美徳と個人の自由のどちらをより重視するかという、程度の違いの問題なのです。(p.163)



この相違と関係の仕方は、私にとっても今後の研究対象の一つである。



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スピノザ 『スピノザ往復書簡集』

その上我々はさらに、彼の書簡集を通して、彼の個人的行動や人となりを知るばかりでなく、17世紀の知識人たちの物の考え方や同世紀における諸種の科学的探究乃至発見、政治的、軍事的、社会的事件についても興味深い記録を見出すであろう。(p.426)


訳者による解説より。

解説ではこの件に関して掘り下げて論じてはいないが、私自身が本書に見出した興味はこうした点にあった。


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武谷雄二 『月経のはなし』

 太古の時代から月経中の女性の活動は陰に陽に禁止されてきた。20世紀に入り、ようやく働く女性たちの月経時のケアについて公に語ることができるようになった。第一次世界大戦に従軍中の看護師たちは、傷病兵の手当てに用いる包帯を月経時に使用するようになった。このことが、吸湿性に富む生理用品が開発される端緒となった。その後、いろいろな生理用品が開発され、月経中の活動の範囲を広げることにつながったのである。(p.119)


戦争は日常生活で用いられる様々な道具が最初に使われる場となっているが、生理用品もその一つだった。ただ、これは(たとえば女性の選挙権の拡大などに見られるような)女性の権利拡大の運動などがある社会背景の下で進んだ現象であったことに本書は注意を複数回促しており、女性の社会進出を技術によって支えることができるようになったという側面と、そうした需要があったから開発されたという面とその両面があったように思われる。



社会における男女の対等な参画と、社会(男女)が月経をどのように見るかということは切り離せない関係にあるのだ。(p.123)


本書の主要な主張の一つ。



よく誤解されていることに、閉経と生殖機能の喪失とは異なることが挙げられよう。生殖能力は40歳代前半で失うが、少なくともその後の5~10年間は月経はそれ以前とほぼ同じように持続するのだ。(p.131)


本書が取り扱っている問題は意外と知られていないことが多い。



 甚大な自然災害、戦争などのストレスを経験した社会では出生率の減少も当然ながら、不思議なことに男児/女児の比率が低下することが知られている。スロベニアの戦争直後に妊娠が成立し、出生した新生児の性比を見ると、戦争前と比較し明らかに男児の出生率が減少していたとのことである。出生児の性を決定するのは精子であり、ある地域、国を襲った突発的で不幸な出来事による精子の異常が男児の減少に関係している可能性がある。(p.182)


強いストレスがかかっている社会状況では新生児の男女比を見ると男性が少ないということ。男性がストレスを受けた際に生じる反応ということらしい。



 20世紀にいたるまではヨーロッパの一部では生理用品を用いないで血液を服につけたり、垂れ流していた女性もいたようだ。女性が男性とともに仕事をするようになってから、さすがに月経血による汚れや臭いを男性に悟られないよう注意するようになった。
 商品として販売されるようになったのは、アメリカにおいては1920年代から1930年代にかけてと推定されている。特に、女性が社会に進出する機会が多い国ではタンポンの需要が高かったのだろう。1936年にはアメリカにおいてタンポンの宣伝が雑誌に掲載されている。有史以来、月経に関する話題はタブーであったことを考えると、まさに月経に対する見方を変える歴史的な出来事であった。ただし、タンポンの吸水性を証明するために青色の液体を用い、血液を直接イメージするのを避けていた。
 1945年にはアメリカの医学雑誌で、月経時の処置法のひとつとしてタンポンの使用が紹介されている。すなわち、アメリカを代表する医師ならびに医学生で構成される最大の団体が、月経時にタンポンの使用を是認したことになる。この当時、アメリカにおいてタンポンを使用する女性が急増し、約4人に1人が利用していた。また、この時期はちょうど古代から引き継がれてきた月経にまつわる因習や呪縛から解放され、オープンに話すことができるようになった時期でもある。長い月経の歴史においてまさに革命的な出来事ともいえる。(p.195)


女性の社会進出・参画および社会の性に対する考え方と生理用品の間に関連があることについては最初の引用文に対してもコメントしたとおりである。

政治哲学の領域においてリベラリズムが優勢になっていく時期とも重なっており、性に関する過去の因習からの解放的な考え方の浸透とリベラリズムの浸透との間にも並行関係がありそうである。


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