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小野善康 『現代経済学入門 金融 第2版』

 すなわち、需要不足がもたらす不況は貨幣経済に特有の現象であり、人々の飽くことのない流動性保有願望によって引き起こされる。またそれは、生産能力が高く、物欲よりも金銭欲がまさっている国ほど起こりやすい。(p.60)


小野の主張の基本的な部分をなす考え方の一つがこれであろう。

本書を読んでやや違和感を感じたのは、人々の欲求のみによって説明する傾向が強い点であろう。人々が財を消費しようとする傾向が強くても、それ以上に生産性が高ければ不況になってしまうと思われるからである。

人々の主観的な欲求に焦点化した説明からは、「人々の消費意欲を喚起する」という政策的インプリケーションが引き出されるが、消費意欲さえ喚起すればそれだけで需給のギャップが解消されるという保障はないように思われる。例えば、トヨタで生産した自動車をすべて日本国内で販売するとしたらどんなに消費意欲があっても難しいのではないか?韓国のサムスンでつくった液晶テレビを韓国内で消費しようとしても土台無理な話だろう。そうした点を見落としやすい説明になっている点に私は違和感を感じたのである。



 このとき、すべての労働力nが雇用される場合の生産量はf(n)からθf(n)に拡大するため、完全雇用であれば効率化は国民所得を引き上げ、国民生活を豊かにする。しかし、人々の流動性選好がある程度までしか下がらず、そのため消費意欲に限りがあって、経済がl曲線との交点Eにあれば、効率化によって交点はEからAに移動し、有効需要はcからc'に減少してしまう。つまり、不況のもとでの生産性拡大は人余りを激化させ、かえって不況を悪化させる。(p.74)


この点が多くの人に理解されれば、現在の日本において妥当な経済・財政政策とはいかなるものであるかの合意はかなり得やすくなると思われるのだが、新古典派的な完全雇用の世界しか頭に思い描けない人や、そもそもそれすら思い描けず、個別の家計や企業の経営とのアナロジーでしか考えられない人が多いというのが現状だろう。(後者などのような人は、そもそも政策を論じる資格はないと私は考える。)もう少しこのあたりを一般大衆に向けて説得的に説明できる論者の登場を期待したい。

(本書は学生向けの教科書として書かれているようなのだが、普通の平均的な学部生が一人で読んで全部理解できるほど簡単ではないと思われる。)



 政府需要や政府雇用の場合とは違い、失業手当や定額給付金などの政府移転や定額減税のように、財の購入や雇用をともなわず直接家計に資金をわたすだけでは、有効需要にはまったく影響がない。(p.82)


本書の後の方で説明されるが、これらは所得格差を縮小することによって社会全体の消費性向を高めることで需給ギャップを小さくする効果があるだけである。



 平成不況では、公共事業の是非について意見が対立し、景気重視派はそれが民間の消費を刺激すると主張し、いわゆる構造改革派はそれがクラウディング・アウトを引き起こして消費を減少させると主張した。本節の議論から、この2つは景気の状態によっていずれも発生し、いずれかがつねに正しいわけではないことがわかる。完全雇用であれば、公共事業などによる雇用の増大は消費のクラウディング・アウトを引き起こすが、人々の購買意欲が低く需要不足であれば、デフレ緩和を通して消費を刺激する。(p.85)


完全雇用と失業がある場合で政策の効果が正反対になるというのも小野の理論の特徴の一つだと思うし、この切り口は政策決定において極めて重要な点だと思われる。

平成不況では完全雇用は達成されていないのだから、構造改革派の意見は誤っており、景気重視派の公共事業の方が妥当であると言える。「無駄な公共事業」などとよく言われたが、構造改革派的な方向性よりは正しいことをしていたのだという認識を持つことは重要である。

問題は、公共事業を行う前に(累進性を失わせる方向で)減税をしていたため財政を維持できなくなる懸念が生じてきたことである。その80年代末から90年代を通して税金を安くしてきたツケがこれから回ってくるわけであり、増税は早ければ早いほど良い(ダメージが小さく抑えられる)。その際、税目は何かということよりも累進的に増税することがポイントである。



 完全雇用のもとでは、すべての労働者が働き、自分が貢献した分の所得を得ている。そのため、政府が彼らを雇用し、彼らの作り出した財・サービスを購入すれば、その分の価値が民間から失われる。また、政府は、彼らが民間で得ていたのと同額を物品費や賃金で支払わなければならないため、財政支出額がそのまま民間から失われる財・サービスの価値、すなわち社会的費用を表している。さらに、完全雇用であればそれ以上の雇用創出はできないから、便益としては(1)の直接的便益しかない。したがって、政府需要や政府雇用の是非は、財政支出額が直接的便益を上回るかどうかで判断される。
 しかし、失業があれば、政府需要や政府雇用は余剰労働力を新たに働かせるだけだから、民間のための生産は阻害されない。また、政府が現在働いている人を雇っても、欠員は余剰労働力で埋まる。したがって、社会的費用はゼロであり、政府の支出額は再分配の規模を表すだけになる。また、便益については、(1)の直接的便益だけでなく、(2)の雇用創出による消費増大効果(図6-1)もある。そのため、社会的費用を考慮しても、(1)と(2)の合計便益がそのまま純便益となる。このことから、不況期には直接的便益がわずかでも政府需要や政府雇用を増やす方がよく、そのなかでも、多くの人を雇用し高い直接的便益を生むものほどよい、という結論が得られる。
 このように、政府需要や政府雇用の是非は、完全雇用か失業かによって判断基準が大きく異なる
 なお、政府需要や政府雇用の増大による消費刺激効果は、不況下のデフレ・ギャップの縮小を通して働くだけである。そのため、失業数に対する雇用創出規模の割合が重要であり、平成不況期のように完全失業者だけでも400万人に上るような深刻な状況では、通常の規模の財政拡大では大した効果は生まれない。深刻な不況を戦争によって脱した例は多いが、それは戦争が大規模な政府需要や政府雇用をともなうからである。しかし、戦争の直接効果は便益ではなく破壊や人命喪失であり、消費刺激の便益をはるかに越えるマイナスをもたらす。
 つぎに、失業手当や補助金などの政府移転について考えよう。政府移転では誰も雇わず何も作らないから、政府需要や政府雇用の場合のような費用も便益もなく、あるのは、政府が人々から税金を取って人々にわたすという再分配だけである。したがって、消費や生産を刺激も抑制もしないから景気への効果はない。本節の分析でも、政府移転には効果のないことが示されている。(p.86-87)


財政支出に関する効果についてのまとめ。

なお、政府移転ではこの章の分析の前提条件の下では効果はないとされているが、消費性向の異なる家計の間の再分配がなされることによる効果がある。この効果は政府需要や政府雇用にもついて回るので、引用文で述べられている効果よりも実際の効果はもう少し大きい。

深刻な不況下では財政政策による効果もあまり期待できないことが述べられているが、この点こそ、現在の日本の経済・財政政策が直面している最大の困難であろうし、このように政府にはほとんど打つ手がないからこそ、人々の期待に応えることができない状態が継続することになるという面があり、人々は不満を持っているにもかかわらず、政府が従前な対策を打てないことが、政治的な不安定要因となっていると思われる。



物の購入にあてる費用は、すべて原料の掘り出しや中間財生産など、その製造にかかわる人々への支払いになっているため、人件費と同じである。(p.91)


なるほど。いわゆるハコモノもそれを作った人々への支払いであり人件費として分配されたということだ。また、ランニングコストがかかるという点もその維持のための人件費であり、人への再分配である。



実は不況とは、貨幣がバブルを起こしているために起こる現象である。(p.181)


簡潔且つ的確な表現である。このエントリーの最初の引用文と同じことを言っているのだが、この方がインパクトがあり、直観に訴える。



 このように、不況定常状態とは、貨幣がバブル経路に乗ってその実質価値が拡大し続けているにもかかわらず、人々がその流動性を求め続け、購買力を消費に回さず貨幣保有に回すために、有効需要が不足する状態である。(p.181)


こうした理解がもう少し多くの人に共有されれば、採用しうる政策の選択肢の幅も広がると思うのだが。



 上記の分析から、不況に陥った経済が本格的に景気を回復させるには、社会不安の除去(βの下落)とともに、貯蓄するよりも消費したいと思わせるような製品がつぎつぎと開発されることが、大変重要であることがわかる。(p.187)


不況下におけるイノベーションの重要性。しかし、不況下ではイノベーションにまわす金も減らされやすいというジレンマがある。この点を踏まえて政府が補助金などを出すことが重要になるのだろう。その意味では適切な経済・財政政策を決定するためには「事業仕分け」のような削減方向の方法とは逆方向のプロセスが必要ではないだろうか。



 企業努力には、同じ製品をより効率的に生産することと、魅力的な新製品を作ったり販路を切り開いたりして新たな市場を作ることがある。これらはいずれも企業業績を引き上げるが、経済全体に与える影響はまったく反対である。同じ製品の生産性向上では、第5章第4節で示したようにかえって不況を悪化させるが、新たな製品開発は消費者の購買意欲を刺激して景気を拡大させる。しかし、不況では新規需要は見込めないから、企業はコストのかかる新製品開発より安上がりの効率化と人員削減に向かい、不況を長引かせる傾向がある。(p.188)


こうした合成の誤謬を防ぐことが社会全体の観点からものを見る政府の役割だと思うが、部分しか見えない人達が多いため、まともな役割を果たせなくなっているところが歯がゆいところである。



 そもそも経済政策の目的とは人々の効用を拡大することであり、そのため本当の意味の経済効率とは、どのくらいの財やサービスが生産されて人々の役に立ったかで測られる。したがって、失業で生産機会が失われること自体が大きな非効率であり、それなら1人1人の効率が下がっても、多くの人が働いて何かしらの役に立っている方が効率はよい。さらに、100人が70%の能力で働くのと、50人で100%の能力を発揮して残りが失業しているのでは、働いている人だけに注目すれば後者の方が効率的でも、経済全体では前者の方がよい。
 したがって、たとえ景気改善には何も効果がなくても、失業していた人が少しでも社会に役立つ仕事をする方が、失業を放置するより効率的である。(p.195)


このあたりの考え方は、初めて小野の本を読んだ頃には衝撃的だったところだが、今読むと「当たり前だろう」とか思ってしまうところでもある。早くこれが世間の常識にもなってほしいものである。



 本当の負担とは税金を払うことではなく、政府が労働力を財・サービスを使ってしまい、人々の消費できる財・サービスが減少することである。(p.195)


こうした状態は完全雇用の状態では起こるが、不況下では基本的には起こらないと考えられる。



 このように、完全雇用では資金の損得がそのまま実際の損得と一致するから、資金だけを見ていればよい。これに対して不況では、資金の損得が社会的な損得を反映しないから(合成の誤謬)、すべてを金額の論理で判断すると、かえって状況を悪くしかねない。そのときには、本来の実物の論理にたちかえり、個々の経済活動の是非をそれが経済全体に及ぼす影響も含めて、実物の面から判断しなければならない。(p.196)


この実物の面からの判断基準が誰の目にとっても明確であればよいのだが、そうなっていないところに多少の難しさがあるように思われる。



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木下武男 『日本人の賃金』

 日本の世界に冠たる国際競争力は、企業社会における労働者の統合と、下請系列の活用によるものでした。日本の大企業は、日本特有の生産と労働のあり方を背景にして、低コスト・高品質の製品を日本国内で生産し、それを集中豪雨的に輸出することによってぼう大な利益をあげ、輸出競争力を伸ばしてきました。つまり、海外に出なくても、輸出競争力の強さで利潤があげられたのです。だから、図2でわかるように、日本の直接資本の海外投資は遅れ、1986年から急増しています。(p.14)


経済のグローバル化が進む前のブレトン・ウッズ体制下においては日本では国内で生産した製品を輸出するというモデルで十分な利益を上げられた。86年から海外投資が増えたというのは、85年のプラザ合意による円高が影響しているのだろう。いずれにしても、欧米諸国と比較すると海外への直接投資はかつての恵まれた地位があったために出遅れたという面がある。そのため、急速にそれを進めようとして90年代以降、無理がかかったという面もあるように思われる。



 第三点は、賃金のグローバル・スタンダード(世界基準)は「仕事給」だという点です。「仕事給=悪」論がまゆつばであることは、そもそも世界基準は何か、ということから直感できます。……(中略)……。
 日本の賃金だけが特別ですが、しかし、この国の働く者たちは、豊かで自由な生活をしているでしょうか。むしろ、過労死するような働きぶりが蔓延し、男女賃金格差が大きく、そして先進国のなかで最も労働運動が遅れている特殊な国です。(p.52)


「仕事をする人」ではなく「行われる仕事の内容」によって賃金が決まるというのが、G7では通常であるということが示されている。

現行の日本の仕組みを一挙にこうした仕組みに変えることは極めて困難だろうが、属人的な賃金体系よりは「仕事給」の方が客観性が確保できそうだということが見えてきたのが、本書を読んだ私にとっての収穫であった。



 「仕事」を基準にすると、この個人の属性がなくなるので、経営側が個々の人間に即して処遇することが不可能になります。……(中略)……。
 以上のことは、労働者が、属性を失い、労働力商品を保有しているという唯一の「形式」、そのノッペラボウな存在になることを意味します。労働組合は、その労働力を束ねて、労働力商品をバーゲニング(売買)する団体であり、欧米の経営者も、そのことを理解し、賃金を決める交渉相手としてユニオンを認めています。(p.59)


「仕事給」が客観性を確保しやすい理由と、そのシステムにおいて労働組合が持つ意味について簡潔にまとまっている箇所。



 「仕事」は企業を超えたスタンダードになりうる基準です。ヨーロッパの労働者は企業意識が希薄で、逆に協約賃金に影響を及ぼすユニオンに信頼感をもっているのも、また日本の労働者が企業帰属意識が濃厚で、そこから従業員主義にとらわれているのも、根本的にはこのちがいによるものです。(p.66)


「仕事給」であるからこそ「同一価値労働同一賃金」が可能となるというわけだ。

また、日本では労働運動の力が弱いのは、組合が企業ごとに分断されているからであるという面も強いのだろう。



年功賃金は、前近代の封建的な名残だとか、日本の家制度や日本固有の文化に根ざしているとか、いろいろと議論されてきました。しかし、そうではなく、優れて近代の産物だとみるべきでしょう。たしかに、これらとの微妙な接点はあります。それは次の歴史にかかわるからです。日本では、先にみたようなギルドにおける職業を基盤にした平等システムが確立しませんでした。そして、近代になって、ヨーロッパではそれを引き継いで、職業別労働組合(クラフト・ユニオン)が同一労働同一賃金の原則を確立しましたが、日本ではこれを築けませんでした。これは、文化や意識の問題ではなく、それと関連はしているものの、実際の社会的システム、具体的には、たとえば賃金に関しては同一労働同一賃金という社会システム、この継承性の問題としてとらえるべきだと考えられます。
 なぜならば、年功賃金や、終身雇用制のような長期雇用が芽を出したのは、近代以降、しかも1920年代です。(p.67)


何でも精神・意識や文化の問題として語りたがる人達がいるが、大抵、そうした議論は間違っている。(そうした議論を展開する人の大部分は社会科学的な素養がないというのが私見である。)賃金の問題にも同じパターンの議論がある。



日本は、先進国のなかで男女賃金格差が最も大きく、しかも縮小の傾向を示していません。(p.150)


世帯単位の家計をモデルとして賃金体系が設計されていることが問題。仕事を基準として個人単位に賃金体系を組み直し、個別の状況に対しては社会保障制度を体系的に適用することによって対応するというのが目指すべき理想のうちの一つだろう。



 職務給における職務等級の最低レベルの賃金額、あるいはヨーロッパの協約賃金における「労働の格付け」の最低レベルの賃金額、このような賃金の水準は、男性であれ、女性であれ、年功賃金における単身者賃金ではなく、一人前の労働者が生活を営むことができる基準賃金です。だから、年齢とともにそれほど上昇しないといっても、賃金上昇の出発点が年功賃金とはそもそもちがうのです。
 この最低基準は、それ以下での労働力の安売りを許さない歯止めとして機能しており、仕事給の世界ではこの最低レベルから、「仕事の価値」の大きさにもとづいて賃金が上昇することになります。(p.168-169)


確かに、一人前の労働者が生活を営める程度の賃金が最低限のレベルとして設定されているならば、賃金が上昇する必要性もあまりないだろう。また、設定される最低賃金が持つ意味も現在の日本のものとは違ってくるだろう。



公務員の賃金は、日本型職務給や同一価値労働同一賃金を理解する上で大変参考になります。なぜなら、日本の公務員の賃金は、そもそもアメリカの職務給をベースにしてつくられたからです。……(中略)……。
 公務員の職務職階制が、職員=「人間」ではなく、職務(イス)を対象にして分類整理されているところは注目しなければなりません。(p.196-197)


公務員の賃金体系は、今後、日本での賃金体系を構築していく上で、基準を提供しうるものの一つであるかもしれない。すなわち、公務員の賃金も、現実には「日本型年功賃金」に近い運用がなされているとしても、例えば日本の賃金体系を「同一価値労働同一賃金」に近づけようとすれば、公務員の賃金体系は一つの参考とすべきものなのだろう。

しかし、こうした参考になりうるものに対して、個々の人々の反応としては非難(実際には羨望の念の裏返しだろう)を浴びせる人が多く、これを解体したいという願望を持っている人が多い。むしろ、公務員の体系を参考にしながら民間の賃金体系を再構築することが望ましい(人々の生活が改善されうる)方向性ではなかろうか。



すなわち、「同一価値労働同一賃金」の仕事に就いている労働者には、公務員であろうと、民間労働者であろうと、「同一賃金」が支払われるべきなのです。これは、公務員賃金に対する民間からの批判、そして民間と公務員との分断、これらを克服していくことにつながるでしょう。(p.201-202)


同意見であるが、道のりは険しいとも思う。

着手すべきはやはり男女間の賃金格差の解消ではないだろうか。それなしで同一価値労働同一賃金になれば、多くの男性労働者の賃金は大きく下がるので、大多数の賛成は得られないと思われる。



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栗原康 『G8サミット体制とはなにか』

現在ではわずか200社から300社の多国籍企業が、世界資本の約四分の一、世界貿易の約70パーセントをコントロールしている。(p.29)


「サミット体制」が一貫して多国籍企業の利益を保守してきた結果、こうした状況が常態化しているというわけだ。



 1980年代、レーガン政権の時代から、アメリカは外交政策の重要課題として、「テロとの戦い」をかかげてきた。911事件以来、この「テロとの戦い」は多くの文献で見られるようになり、戦争を肯定するもっとも有力な名目となっている。一般的に、テロとは「政治的、宗教的、イデオロギー的な性質の目的を達成するために、暴力または暴力による脅迫を意図的にもちいること」と定義されている。この定義は、戦争というよりも「対ゲリラ戦」や「紛争解決」のような治安警察の規定に近いものがある。そして、g>敵と見なされるのは、たいていが市場の自由化に従わない勢力、あるいは国家である。今日の戦争は、グローバル化した経済体制の治安管理という側面が強いといえるだろう。(p.35-36)


確かに、「テロとの戦い」で敵として認定される対象は、市場の自由化に従わない勢力が多いように思われる。

本書によればサミット体制が目的とするものは新自由主義的な市場の自由化であり、サミット体制に与する勢力は、武力をその目的達成の手段として用いるため軍事力を強化してきたとされるが、敵として認定される対象の性質を考えると本書の指摘にも納得させられる。



 こうして見ると、人の移動の増加は先進国や多国籍企業の経済的利益と密接に結びついている。第三世界を貧困におとしいれてきた先進国には、移住してきた人びとを保護する責任があるとさえいえるだろう。だが、先進国の政府はその責任を決して認めようとはしない。むしろ、故意に「外国人嫌い」「外国人への恐怖」を煽り、注意をそらそうとしてきたといえる。人種主義言説は、政府や企業の責任を回避する最たる手段である。(p.38)


「先進国」の政府が意図的に人種主義言説を流布させているとするのは、やや行き過ぎた説であると思われるが、人種主義言説が結果的に政府や企業の責任を回避する手段として機能しているという点は正しい。(結果から目的を「合理的に」推定しているのは不当だが、効果を指摘している点は正しい。)

政府や議会(国会)の中にはそうした責任回避の目的を持って人種主義言説を流布させようとしている者もいるかもしれないが、それはむしろかなり少数派であると思われ、また、彼らの意図もそのままストレートに結果に繋がっているわけではないと思われる。

しかし、実際には、世界大の新自由主義政策によって発生している移民がおり、その震源地はサミットを構成する国の政府にあるにもかかわらず、人種主義言説や排外的なナショナリズムの言説が一部の人々の間で正当なものであると認められることによって、移民を排除しようとする法律や政策が行われ、移民を悪者に仕立てることに成功してしまう、という構造を指摘しているのは全くその通りである。



 1960年代後半から、先進諸国の巨大企業は労働市場の硬直性に行き詰まりを覚え、資本のフレキシブルな動きをどのように保障するのかが課題となっていた。19世紀以来、労働市場のフレキシビリティを担保してきたのは、農村からの追加労働力と産業予備軍とよばれる失業者層であり、多くの企業が必要に応じて、低賃金で雇用できる労働力として、これらの労働者層を利用してきた。しかしながら、1960年代後半になると、先進国のほとんどが農業人口10パーセントをきり、さらにケインズ主義政策のもとで、完全雇用に近い状態が達成されたこともあって、企業がフレキシブルに利用できる労働力がきわめて少なくなっていた。(p.57)


巨大企業が資本の自由化を強力に求め始めた背景要因。

世界システムの中核では既に脱農村化と完全雇用に近い状態の実現によって、安価な労働力を調達できなくなっていたこと。そのため、半周辺的な地域に資本を投下し、それらの地域で安価な労働力を利用して生産を行おうとした。

アメリカの債務により金ドル本位制が維持困難となったことにより変動相場制が導入されたことと、これらの要求は方向性が一致した。こうした流れが「資本の自由化」という方向性でブレトン・ウッズ体制以後のサミット体制が構築するにあたって大きな要因となった。



なぜ、多くの国々で新自由主義への批判が高まっているにもかかわらず、政策の路線転換が行えないのだろうか。
 答えは簡単である。G8サミット体制があるから政策転換が行えないのである。
サミットは成立当初から、巨大企業のための市場整備、こんにちでいうところの新自由主義を推進する役目をおってきた。毎年、ここで取り決められてきた合意は、当然ながら、その年の政権ばかりでなく、引き継がれた政権にも波及してくる。また、G8サミットでの合意は、一国ばかりでなく、G8諸国全体、あるいは第三世界もふくむG8の影響下にある全世界の合意にもなる。こうした合意から、一国だけ突如として抜けだすのは、きわめて困難な作業だといわざるをえない。サミットの合意こそが各国独自で新自由主義から離脱するのを拒んでいる。サミット体制があるかぎり、まちがいなく新自由主義の問題は解決されない。
 また、サミットで交わされる合意が拘束力をもつのは、経済の問題ばかりではない。それはこんにちの戦争にも影響をあたえている。たとえば、イラク戦争のとき、アメリカは国連の反対をおしきって、単独行動主義をとったといわれている。だが、アメリカは文字どおり単独で戦争に踏みきったわけではない。その背景には、世界の市場開放を要求しようというサミットでの自由貿易の合意と、テロとの戦争についての安全保障上の合意があった。国連を超越したサミットという存在があったからこそ、何の正当性もない戦争を敢行することができたのである。G8サミットは、まちがいなくアメリカの単独行動主義を補完する役割をはたしている。(p.157-158)


本書の結論部分。

サミット体制が持つ力の大きさが理解できる。一国の政府は名目上、主権を持っていることになっているが、実際には国際的な政治的な網の目の中で拘束を受けている。ウォーラーステインの世界システム論ではインターステイト・システムという用語を用いてこのあたりのことを説明していたが、本書が提示した「サミット体制」という概念は、こうしたインターステイト・システムの中で働く大きなサブシステムの一つとして捉えることができるように思われる。

IMFや世界銀行などの機関を動かすことで強力な支配力を行使している様が本書では描かれていたが、そうした機関からの持続的な圧力と、サミットによって下された膨大な決定によって、各国政府の政策が拘束を受けており、一国内の事情だけでは政策転換はできないという。各地で反新自由主義の運動が生じていても、システムの網の目の中に組み込まれた個々のノードの動きだけでは、システムの振る舞いを変えることは容易にはできない。システムのメタモルフォーゼを引きおこすための方策が求められているということだろう。


さて、つい先日(7月14日)、IMFが日本の2011年度から消費税率を段階的に15%程度まで引き上げるべきであるとする日本経済に関する年次審査報告を発表したばかりだが、これもまた新自由主義政策であり、サミット体制の権力作用の一形態である。

この報告の背後には日本の財務省などの意見があり、ある意味で日本政府自身の要求であるという見方もあるが、その真偽は別としてもそのように外圧と見せかける場があるということにも意味がある。仮に日本政府がこれとは逆の方向性の報告を求めても、IMFはそれを採用しないだろうということを考えれば、そうした陰謀論を唱えたところであまり意味はないと思われる。というのは、IMFの存在意義やサミット体制自体を疑問に付さない限り、問題の解決には向かわないだろうからである。

ちなみに、G8サミットのプレゼンスがG20などの台頭によって低下しているといわれている情勢についても誰か分析してほしいものである。G20がらみの言説は「浅い」ものが多く、正直なところ、今のところあまりよくわからない。


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アラン・バディウ他 『1968年の世界史』
アラン・バディウ 「68年とフランス現代思想」より

デモが暴力的になってしまったのは、警察が私たちを攻撃したからです。このことをあなたの日本の学生たちに伝える必要があります。(p.40-41)


デモ隊による暴力のシーンがテレビなどで流される時、その前に警察の側からの攻撃があったということは隠されることがある。こうした視点を持つことは重要であろう。



というのも、それ以前には、実際のところ権力への従属があったからです。つまり権力が了承すればデモをする。けれども権力が望まなければ何もできないという具合だったのです。68-70年には本当に別の考え方がありました。私たちはデモをすると決めた、権力はそれを望まない、権力はデモを妨害しようとするだろう、けれども私たちはそれでもデモを試みるのだ、と。(p.41)


思うに、こうした「権力への従属」は特に日本では現在でも常態であるように思われる。

また、この従属は現在でも中国にはほとんど完全に近い形で当てはまっているように思われる。当局が望まないデモは行われているのだろうが、それらは報道なども規制されて、存在しないことにされたまま暴力装置によって鎮圧されている。



ひとは忘れがちですが、選挙はまさしく抑圧の手段として利用されたのです。(p.46)


選挙というと、自らの意思で投票先を選ぶことにより、あたかも投票者たちから構成される集団の意思が示されるかのように語られるが、実際にはそのように機能するとは限らず、結果的に投票者たちが抑圧されるような政策がとられることを正当化してしまうことがある。



投票では、人々はいま手元に持っているものを保守することへと、自分の実存の個人的視野へと追いやられてしまいます。そこでは恐怖が決定的な役割を果たします。(p.46)


確かにそうした面はあるように思われる。社会全体のシステムを考えて投票するというよりは、自分の手元の利益を保守しようとするインセンティブが働きやすい。その時に恐怖が役割を果たすというのも、その通りではなかろうか。増税が日本でこれほど悪であるかのように喧伝されているのは、それによる恐怖(正確には不安)を人々が感じているからであろう。そして、どのような恐怖や不安を煽るかによって、世論の動向はコロコロと変わっていくのである。



イマニュエル・ウォーラーステイン 「アメリカの68年【リベラルな社会におけるラディカルな知識人】」より

 知的暴露は、複雑に張られた欺瞞の網の目を払い去るうえで不可欠である。しかし、すでに払い去るべき欺瞞の網の目がほとどなくなっているにもかかわらず、暴露しつづけることにこだわれば、暴露すること自体が自己目的化してしまい、自ら暴露の対象を仕立て上げざるをえなくなってくる。これは魔女狩りである。(p.81)


今は亡き私の友人がかつて自分の知的状況について「自家中毒」に陥っていると嘆いていたことがあったが、彼がポストコロニアリズムなどに傾倒している頃にそれは起こっていた。90年代以降に流行ったこの思潮はこうした「魔女狩り」の傾向を強く持っていた。

知的暴露を初めて経験した時の驚きは病み付きになるものがあり、それを続けることで得られた様々な知見が他人と議論する時に持つ威力に酔いしれると、こうした方向に足を引っ張られることになる。



伊東孝之 「ソ連・東欧圏の68年【改革共産主義の興隆と終焉】」より

われわれはしばしば過去に「現代の起点」を求めようとする。たしかになにかが始まったのかもしれないが、別のなにかが終わったのかもしれない。実は終わったことの方が、始まったことよりも重要であるかもしれない。しかし、終わったことは現代と直接関わりがないので、現代人の目には見えないことが多い。(p.135)


勝利者史観への批判として正しい。また、何かが無くなってしまった事が重要な意味を持つことがあっても、それは意識されにくいという観点も重要。



 ある出来事の意義を語る場合は、誰にとっての意義かということが大切である。(p.135)


こうしたことは社会科学的な言説においては初歩的なことだと思うが、社会に関する言説の多くは特定の政治的な立場から発せられるため、こうした客観性を高めるための基本的な事項は疎かにされることが多く、そうした中においてはこうした指摘を明示することは重要であると思われる。



 なぜ改革共産主義は1968年で死んだのか。それは単に弾圧されたからではない。ある政治体制の生命力はそれに対抗するものでさえも支配的な言説を使わざるを得ないところにある。ところが、ソ連東欧圏の異論派、いわゆる反体制派の言説を調べてみると、この時期を境としてマルクス主義に依拠するものが急激に少なくなっていることが分かる。(p.143)


強調した箇所には納得させられる。政治体制が存在する場に張られる権力が言説空間内にも浸透している場合、その体制を崩すことは「ペンの力」を以ってしても難しい。


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札幌遠友夜学校創立百周年記念事業会 編 『思い出の遠友夜学校』

教える者の熱と教わっている者の熱。これが互いに触れ合うときは、ピタゴラスもいらぬ。プラトンも無用である。(p.40)


なかなか美しいフレーズである。



人間の楽しみは何といっても気の合う人に会うことである。(p.52)


なるほど。

知的な発見の喜びも、それを誰とも共有できなければその程度は半減するし、何らかの成果を挙げたときにも、それを誰かと共有できなければ、喜びの程度は半減する。

気の合う人と会うだけでは十分ではないとも思うが、気の合う人と会い、交流することは、それ自体も喜びの源泉であると同時に喜びの程度を高める触媒のような働きをするように思われる。



 人生は人との出会いである。特に青年時代の出会いはその人の生涯を支配する。(p.65)


青年時代の出会いはその後の人生を大きく左右するというのは、まさにその通りであると思う。私の場合は大学時代に出会った人々に、「意味の大きな出会い」が多かったように思う。



 新渡戸先生に直接教えを受けました東大・矢内原忠雄総長は、1952年5月24日の東大五月祭の講演で、こう述べておられます。
 「私学は別と致しまして、官学と呼ばれるものの歴史をみると、明治の初年において日本の大学教育に二つの大きな中心があって、一つは東京大学で、一つは札幌農学校でありました。この二つの学校が、日本の教育における国家主義と民主主義という二大思想の源流を作ったものである。(p.158-159)


東大と北大のこの思想傾向は、現在に至るまで存続しているように私には思われる。当然、例外はあるにせよ、大雑把な傾向としては、この傾向はあるのではないかと思っている。



そして戦後、内村鑑三先生の非戦平和の思想は日本国憲法に、新渡戸先生の人を育てるヒューマンな教育思想は教育基本法に結実したと思います。事実、「教育基本法の成立を調べて見ますと教育基本法の生みの親たる教育刷新委員会の委員三十八人中、新渡戸先生と浅からぬ関係にある人達、或は直接の教え子である人達は、少なくとも八人はくだらないのであります。(p.161)


最初の一文は、並行関係ないし対応関係という意味でならば、このように言うことも許されよう。因果関係として語ると問題が生じる。

ただ、安倍内閣の時に変えられてしまった旧教育基本法に新渡戸稲造の思想の系譜が見えるというのは、興味深いことである。



 最初彼は米国ジョンス・ホプキンス大学(Johns Hopkins Univ.)で史学や文学を学んでいたが、明治20年、母校札幌農学校の助教授に任ぜられ、独逸留学を命ぜられて渡欧し、ドイツのボン(Bonn)大学に入学し、ナッセ(Nasse, E.)の下に経済学を学び、翌年にはベルリン大学に転じ、シュモーラー(Schmoller, G.)、ワグネル(Wagner, A.)等の歴史派経済学の泰斗につき農学史及び農政学を学び、続いてプロシヤ統計局に入り、マイツェン(Meitzen, A.)に統計学の教えを受け、22年にはハレ(Halle)大学に移ってコンラッド(Conrad, J.)の下で統計学並びに農業経済学の研究を積んだ。いずれも斯界において一流の碩学であった。
 ……(中略)……。
 更にコンラッドのゼミナールではDie Bauernbefreiung in Japan(日本の農民解放)という1891年(明治28年)コンラッド等の編纂したHandwÖrterbuch der Staatwissenschaften(国家学辞典)に収録されて不朽の労作となった論文を書いていた。(p.198)


このあたりを読んでいて、新渡戸稲造(1862.9.1-1933.10.15)とマックス・ウェーバー(1864.4.21-1920.6.14)は同時代人であるということが強く感じられた。というのは、ウェーバーは方法論争では歴史学派の子であると自認しながらも、その後の議論ではシュモラーとは何度か論争していたりする間柄であり、マイツェンはウェーバーが教師資格請求論文を提出していることなどが想起されたし、ウェーバーも「国家学辞典」には「古代農業事情」を書いているからである。



 農業経済学の名によって専門学が講ぜられたのはわが国においては札幌農学校を以って最初とするが、ドイツのゼミナール(Seminar)を演習と名付けて専門学の教授法にとり入れたのもこのときがわが国における最初であった。そしてその発案者は新渡戸教授であった。(p.212)


このあたりも興味深い。先に引用した矢内原忠雄の言葉として札幌農学校が民主主義の源流であったとされているが、それにも通じる面がある。ゼミナールは教師が学生に一方的に教える授業と比べると、より民主的(非権威主義的)な性格を持つと言うことができるからだ。



先生が開拓使で働いておられたころは、伊達に甜菜製糖工場ができ、最も進んだ製糖技術が採用され、農学校の卒業生の中から優秀な技術者が生まれ、先生の台湾製糖改良事業を助けたのです。(p.222)


ここで「先生」というのは、言うまでもなく新渡戸稲造である。札幌農学校と台湾製糖業の関係には興味を引かれるものがある。私が新渡戸稲造に関心を持ったきっかけは、台湾の友人が新渡戸に興味を持っていたことであった。台湾の製糖業が展開していくと、それに対抗できなくなった北海道の製糖業は立ち行かなくなったのだが、もし、その技術が北海道で研究されていたものもあったり、技術者も北海道で教育された者が多くいたのだとすれば、それは興味深い事実である。



「教えたい」という教員と、「学びたい」という生徒、学生の白熱した交錯の中で教育が成り立つ。無資格学校ではあるが、遠友夜学校はそれを全力で実践した。だが今日、この「教育の原点」が、初等教育から大学に至るまで、見失われてはいないか。(p.285)


あるべき教育の姿の一つを示しているが、この問題意識だけからでは解決策は出てこないように思われる。



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岡本哲志+日本の港町研究会 『港町の近代』

 ただし、無闇に歩いてしまうと、街がそっぽを向き、不機嫌に私たちを拒絶する。各々の都市に合った歩き方がある。街歩きの経験を積むと、どことなく街自体が私たちに話しかけてくるかのように、都市のツボを教えてくれるものだ。街の歩き方を間違えなければ、街に同化できるし、思いもかけない空間との出会いも用意されている。訪れた都市を知るには、まず歩き方が大切になってくる。(p.19)


都市を知るには歩き方が大切というのは、そうだろうと思うが、これを具体的な方法を一般化することはかなり困難であるようにも思われる。ある程度までの一般化はできるだろうが、最後は経験とか勘のようなものに頼ることになりそうである。

ただ、歩き方を考えるという問題意識を持ちながら歩くというだけでも、何もないよりは大きく違ってくるのであり、むしろ、そうした問題意識を持つことこそ重要であるように思われる。



 通常の港町であれば、街のすぐ近くに港があり、これらが渾然一体となって、港町独特の雰囲気となるのだが、小樽はそうではない。港と街が分離するように北西に発展した。それは、水天宮のある小山の急傾斜が立ちはだかっていたからである。(p.73)


明治30年代頃の市街の展開は、入船川の下流(現在のメルヘン交差点周辺)から稲穂(現在の小樽駅の方面)や色内(現在の北のウォール街など)の方面に向けて展開して行くが、その際、水天宮より海側の堺町や港町と山側の山田町・花園町などで機能分化しながら市街地が展開して行ったとされる。海側は大量の物資を納める倉庫機能が残るが、山側は個人商店の店倉などが多いところに、それが表われているという。なかなか興味深い指摘である。



急速に変化する時代の流れに間に合わず、小樽という都市の完成を目前に第5発展期は幻に終わる。それをよく示しているのが、小樽駅の駅前の通りである(図53、54)。海と陸の異なる二つの性格を持った小樽の接点となり、また駅と運河をつなぐべき駅前通り沿いの街並みはこれといった近代建築を見かけることもなく、成熟しきれないまま現在に至っているからだ。駅前通りには、昭和初期に建てられた優れた近代建築の駅舎が、通りのアイストップに位置しているだけである。(p.87)


鋭い指摘である。確かに、小樽の経済の発展が第二次大戦中からそれ以後も続いたとすれば、このエリアは現在よりも遥かに活況を呈していてもおかしくない。今後の開発という点から見ると、ここに一つの栄えたエリアにしていくことが都市の振興という観点からは重要かもしれない。しかし、その前段として半端な広がりを見せている商店街との関係など見直すべき点は多いようにも思う。



 経済学や社会学の視点からすれば、歴史的な街並みの再生において、大都市圏とは言わないまでも百万に近い都市規模を持つバックグラウンドが近くにあるのかどうかが、成功の決定的な要因であるという。確かに、気軽に訪れるリピーターがいるかが気になるところだ。それは、札幌を背景に持つ小樽の観光都市としての賑わいに対する函館の劣勢を意味している。(p.199)


なるほど。確かに歴史的な街並みの再生という点からすると近くにそれなりの規模のある都市があることが望ましいように思われる。ただ、この環境は若年人口の流出をも加速する構造であり、その意味では中期的には衰退への道を辿る可能性もかなり包蔵していると考えなければなるまい。実際、小樽の高齢化が北海道の他の都市より進んでいるのは、こういった事情による部分が大きいからである。



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星野仁彦 『発達障害に気づかない大人たち』

 自分がやるべきことは責任をもってやる――。これは、職場の同僚やパートナー、家族、友人などと豊かな人間関係を築き、幸せな人生を送るための第一条件です。果たすべき責任を全うしない人間が、周囲の信頼を得るのは難しいからです。(p.177)


あまりにも当たり前のことではあるが、発達障害があるのに、その事実に気づいていない場合などは、この「やるべきこと」を「本人ができること」以上のレベルに設定してしまうため問題が生じやすいということ。それを避けるためにも事実を認識することが重要とされる。

生活保護を巡る諸問題について考えるという目的を持って私は本書を読んでみた。その視点から見ると、次のようなことに思い至る。すなわち、保護受給者がやたらとすぐに仕事を辞めてしまい、長続きしないといわれることなどは、所得が保証されていて仕事を辞めても殆んど全くというほど生活レベルが下がらないという認識に基づく一種のモラルハザードがしばしば指摘される。それは要因としてあるのは確かだろうが、それだけではないようにも思っていた。ここで書かれていることはそうした私の考えに通じると思われたのである。

すなわち、しばしば「すべての人が保護を受ける可能性がある」などといわれるが、それは事実ではなく、特定の社会層の人が受給しやすいという事実に鑑みると、受給者の多くは発達障害や知的障害を抱えているか、それに近い人が多いと推測され、彼らの対人コミュニケーション能力や職務遂行能力の低さ(訓練不足であれ資質の低さであれ)が、その要因となっているという仮説が成り立つと思われる。

自立支援プログラムで社会生活自立や就労意欲喚起などのためのプログラムで、ひきこもりなどの人にボランティアなどを行わせることで、社会性の回復をさせようという動きはあるようだが、そこから就労にいたったという事例は今のところ聞いたことがない。そこには単に社会の中で活動するといういうことと、達成水準が要求される賃労働との間にある相違を考慮に入れなければならないように思われる。その意味ではこの種の自立支援プログラムの財政的効果(費用対効果)に関しては、私はやや否定的である。

そうであれば、稼動年齢層の受給者に関しては、就労阻害要因がやや大きいと見込まれる場合は、発達障害や知的障害などに該当するか否か、該当であれ非該当であれ、対人関係に関する能力や職務遂行能力などはどの程度あるかということをある程度専門知識を持つカウンセラーや専門医によるカウンセリングで見極めていき、単独での職務遂行が困難と思われる受給者には、それに見合ったことを勧めていくなどの方向性での対処などが必要なのではなかろうか。


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