アヴェスターにはこう書いている?
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時田慎也 文、岩間幸司 写真、旅名人編集室 編 『旅名人ブックス 中国・江南地方 上海周辺、水郷地帯の美しき町々』
蘇州の留園について。

 庭はすぐには現れない。邸宅に入ると、まず小部屋がある。そこを通って奥へと進む。格子窓の向うに庭園が見えた。横にある窓からも、違う風景が見える。池があった。だが、庭の全貌は分からない。建物の外へ出て、初めて庭園を見渡すことができた。窓から庭を少しずつ見せるのは粋な演出だった。格子があり、窓の形や大きさが異なるので、そのたびに庭の印象も変わってくる。窓枠は額縁の役割を果たしていた。(p.26)


こうした演出を楽しむことができるためには、ある程度の素養が必要であるように思われる。



 甪直は米の集配地であった。中心から少し南の運河沿いにある万盛米行は、かつての集配所である。ここには、叶圣陶(イェシェントウ)という人物の文章が掲げられていた。農民たちは地主から土地を借りて、米を作っていた。収穫した米は、苦労の末にここへ運ばれた。だが、地主たちは様々な手段で取引をごまかした。その卑劣さと、農民の悲劇が書かれているという。1910年代のことである。その文章は、現在、教科書に掲載されているため、甪直は中国全土で知られるようになった。(p.49)


私がここで注目したポイントは2つ。一つは江南は穀倉地帯であり、米が主要な産物の一つであったことがここに反映していること。もう一つは、地主の卑劣さと農民の悲劇が現在の教科書に載っていることは、この点が中国で共産党の正当性を確保するための重要な根拠の一つとされていることによっている。改革開放以後の中国では、この点についてジレンマがあることはしばしば指摘されるところである。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

ニュースなるほど塾 編 『いま誰もが気になる中国の大疑問 政治経済から外交軍事、市民生活まで』

 というように、中国はすさまじく広大な国土をもつ国だ。ただ、“人間が住める”土地となると、かなり限られている。・・・(中略)・・・。
 じっさい、中国約13億1500万人の人口の大半は、黄河や長江などの大河流地域と、海岸地域に集中している。中国の実質的な「人口密度」は、日本とそう変わらないのだ。
 そんな実情のところに、近年中国の西部や北部では、深刻な乾燥化がすすんでいる。人の住めない大地がどんどん広がっているのだ。にもかかわらず、人口は増える一方なので、中国はますます「狭い国」になりつつある。(p.20-22)


これはあまりクローズアップされることがない事実であるように思われる。

中国は面積が広大で人口も多いので、核兵器での戦争となった場合、他の国よりも有利な立場になると私は考えているのだが、この認識を付け加えると、その優位性はやや下方修正されることになる。ただ、100万都市が全土に分散しているという事実に変わりはなく、その意味では核攻撃に強いという大枠は変わらない。



 そもそも、中国のマスコミは、「報道」のためのものではなく、共産党=政府の方針を知らせるための「広報」機関だったわけで、現在もその性格を残している。(p.63)


この性格が今後、どのように変容していくのか、興味深いところである。



 日本の100円ショップやスーパーの衣料品の生産地表示を見ると、いまや大半が中国製である。野菜などの生鮮食料品や冷凍食品、加工食品にも中国産は多い。そこから、中国の産業というと、農業や軽工業が中心というイメージを抱いている人もいるだろう。
 ところが、近年、中国で大きく伸びているのは、自動車や鉄鋼といった重工業と家電メーカーであり、さらに近年では、IT産業を代表とする知識集約産業も成長著しい。(p.140)


確かに、日本にいると中国製というと軽工業などの産品ばかりが目に付くので、そういうイメージはある。ただ、最近、日本でもしばしば報道されているように、軽工業などは中国よりもさらに人件費が安い地域に移動しているという話と整合的である。

重工業などがすでに大きく伸びているというのは、かつての日本の状態と似通っている。60年代の日本に近い状態というイメージだろうか?



 近年では、農業用地の工業用地への転換をめぐって、それを強行する市や省政府と、農民の間の衝突事件が各地で起きている。農民にしてみれば、土地を強引に転用されるのは、職業を奪われることに等しい。農地を工業用地として収用するさいには、補償金が出るのだが、その金額をめぐってもめることが多く、暴動も起きている。(p.160-161)


現代中国を理解する上で農民について理解することの重要性がしばしば説かれる。私としてはまだあまり手をつけていない部分なので、今後調べていきたい。ただ、中国の農民が「格差社会」の中で悲惨な境遇にあり、そこから、中国は酷いところだ、とか、中国の経済や政治が今後は順調には行かない、というような短絡的な議論には懐疑的である。

それらは農民をクローズアップすることで見えてくることだろうが、農民だけを見ても中国の現状は理解出来ないからだ。世界システムの中に中国の社会を位置づけ、そのなかで農民がどのような地位を占めているのか、都市住民についてはどうなのか?といったところをトータルに分析することが必要であろう。



 中国が優遇政策をとっているのは、現在の中国が、華僑から大きな恩恵を受けているからである。
 そもそも、中国革命の指導者・孫文も、若いころはハワイに住み、アメリカの教育を受けた一種の華僑である。また、彼は、清朝を倒すため、華僑のネットワークを利用した。世界中を歩き、華僑を集めて講演を行っては、寄附を募り、債券の購入を依頼したのだ。それが、革命の大きな資金源となったので、孫文は華僑のことを「革命の母」と呼んだ。
 それから時間が流れ、中国が改革開放路線をとり始めたとき、その政策に最初に応じたのも華僑たちだった。(p.178-179)


これもまた世界システムレベルで捉えなければ中国の社会を理解するには足りないということの一つの事例だろう。中国に限ったことではないが、国(国境や「国民」)を単位にして考えると見えなくなってしまうことはあまりに多い。社会を認識するには、ナショナリズムや強く価値負荷されたレッテルは基本的に邪魔になると考えるべきであろう。



 中国の現行の戸籍制度は、1958~63年にかけてつくられた。毛沢東のすすめた大躍進政策の失敗によって、大量の餓死者を出し、その深刻な情勢のもとで考案された制度だ。
 ・・・(中略)・・・。
 国民の大半を占める農民は、そのまま農業にしばりつけて、食糧確保に励ませる。そして、農民が豊かさを求めて都市へ流れ込むような事態は、法律で厳格に防ごうとしたのである。(p.188-189)


中国の戸籍が都市と農村で異なっており、農村住民にとって不利であることはしばしば指摘されるが、こうした経緯によって形成されてきたものだとは知らなかった。それは弊害も出てくるというものだ。


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吉村澄代 『素顔の中国 街と人と暮らし55話』

 第三に、日本人留学生の中国の大学での留学生活の実態にも課題は多い。中国では、改革開放政策の下、市場経済の導入で、大学の経営も国家予算は極力減らされ、自助努力が課せられた。経営財源確保の手っ取り早い道が、留学生招致による外貨獲得である。そのため、留学生受け入れ政策が立てられ、漢語進修生として続々と留学生を呼びこむことになった。大学の本科とは別課程で行われる留学生課程は、とにかく外貨を落としてくれるお客さんを受け入れる特別コースである。私はその初期の短期留学課程を何度か経験しているのでよく理解できる。当初は、まだ、真面目な学生が多かったのだが、三回目の94年のときは、もうかなりひどかった。日本人学生の多くは、ただ遊びに来ているだけ。長期の人ほど生活も乱れていた。その延長線上にあるとしたら、日本人留学生の留学生活は想像に難くない。(p.94-95)


中国における留学事情についてだが、これは昨今の日本の政策を先取りしたような現象だとも言えるだろう。多少異なった状況下で似たような現象が起こっていくものと思われる。



このたび新しく改装された中国人民抗日戦争記念館に行ってみた。・・・(中略)・・・。
 ところが、今回は、中国共産党の解放闘争の歴史のそのもので、共産党の率いる新四軍、八路軍などが抗日戦争を勝利に導いた業績を主要モチーフとして強調されている。また、国民党との協力、いわゆる国共合作にも相当の力点が置かれ、統一戦線の中での国民党の存在に光を当てている。さらに、台湾、香港、マカオにおける抗日戦争を讃えているほか、インドネシア、フィリッピン、マレーシアなどの華人の抗日支援の姿まである。最後の展示室は、「歴史を鑑とし、未来に向かう」現代中国の国際連帯や外交の姿勢を、明るく未来志向でまとめている。そこには、日本の小泉首相と胡錦濤国家主席が握手する大型写真パネルもしっかりと掲げられていた。(p.154-155)


博物館や記念館などの展示内容に政府の方針が反映されやすい中国では、そうした背景があることを念頭に置いて展示を見るというのは、一つの見方であろう。

ここで示されているような国民党や東南アジアの華人との協力関係の描写は、『中国動漫新人類』で述べられていた、95年頃の愛国主義教育の転換に台湾問題が絡んでおり、欧米的デモクラシーの導入を拒否するという95年以前の文脈から、台湾の平和的統一という文脈を主軸とする形に転換したことを反映していると言えるだろう。

もちろん、「中華民族」の一体性を強調することで国内の統合を保とうとする発想とも繋がっていると思われる。



 このように、いつでもどこでも手に入る環境がこの混沌とした北京で多くの新聞ファンを守っているのかもしれない。地下鉄などで新聞を広げている姿がまだまだ健在である中国を見ながら、日本ではこういう姿がめっきり減ったのではないか、と気がついた。(p.168)


新聞が各家庭に配達されるような日本のやり方の方が世界の中では珍しいので、中国で「いつでもどこでも手に入る環境」が特殊だとは私は思わない。しかし、地下鉄などで新聞を広げる姿が日本では減ったというイメージはある。90年代あたりから、新聞の代わりに漫画雑誌をサラリーマンが読む姿が増えたことが想起された。00年代からは携帯をいじる姿になった部分もあるのだろうが…。

情報や知識をどのようなメディアからどのように得るのかという方法も次第に変わってきているということだろう。それが良い方向に転んでいるのかそうでないのかは、複数の判断基準を設定した上で、それらに基づいた研究の成果をまたなければ、何ともいえないが。



 一般に、中国で「博物館」や「記念館」とされているものには、これまである一つの傾向が見られるようだ。それは新中国成立以後の偉大な文化事業であることが強調され、旧中国で一部の特権階級に占有されていた文化遺産を民衆が取り戻したことを誇りとすることが全面に押し出されている。肝心の陳列や展示は学術的系統性や考証などもいまひとつで雑然としており、とにかく説明するだけという感じだ。それに文化財としての保存状態はかなりひどい場合が多い。(p.181-182)


いろいろな国で博物館などを見ていると、確かに中国の博物館はこうした傾向が強いかもしれない。だから、展示品の水準の割に見ていて面白いと感じることが少ない。「博物館」という文化装置自体、「国民国家」の形成と同時に成立してきた面があるため、どこの博物館でも「『自分たちの国』にはこんなに偉大な文化遺産があります!」というアピールが見られるものだが、それであっても、イギリスの博物館などは保存や補修の状態が極めて優れており、そのために相当の力が注がれていることが分かり、本当に感心・感動することが多いのだが、中国の博物館については、引用文で述べられているような学術的な考証の水準や管理の杜撰さなどがやや目に付く。

ただ、中国でも比較的良質の展示をする博物館も徐々に増えてきているのではないか、ということを先日、広州博物館の展示を見たときに私は思った。展示の内容や方法がイデオロギー的な要素が強い状態から徐々に抜け出しつつあるというのが中国の博物館の現状ではなかろうか。(その背景要因として、中国における観光の振興があると思われる。)


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サーチナ・中国情報局 『いまどきの中国人 13億人の素顔に迫る』

 そして、89年の天安門事件からの約3年間、日本企業は中国の成長に関して疑問を抱き続けた。実はこの時代、欧米企業の多くは中国市場に対して猛烈な攻勢をかけている。・・・(中略)・・・。
 その後、日本ではバブルが崩壊した。後遺症に苦しむ日本企業は、中国市場に対して肝心かなめの時期に“攻め”の経営をしにくくなってしまったようだ。いわゆる、日本経済の「失われた十年」は、中国市場における携帯電話のシェアにも、いまだに影を落としている。(p.26)


中国の市場を考える上で歴史的に重要なポイントの一つかもしれない。

ただ、日本の企業は製品のシェアは低いが、部品のシェアは確かかなりの部分を握っていたはずであり、表面的な製品のシェアだけを見て判断するのもまた誤りを招く可能性がある。



 チャイナドレスの起源は、北方に興り中国最後の王朝を築いた満族の民族服だった。満族貴族を「旗人」と呼ぶので、チャイナドレスは中国語では「旗袍(チーパオ)」と呼ばれている。スタンドぴたりと前で閉じて服の中の暖気を逃さない襟元の特徴からも、北方起源だということがよく分かる。
 ・・・(中略)・・・。
 チャイナドレスだけではない。中国音楽の代表的な楽器である二胡(中国胡弓)は、もともと絹糸を弦に使っていたが、現在はスチール弦を使うのが普通。これも洋楽器の影響だ。そもそも二胡自体が、長い中国の歴史では“新参者”の部類に属する。初めて記録に現れたのが宋(960~1279)年代。だから、唐代(618~907)の宮廷娯楽音楽を日本に移入した雅楽には、二胡は使われていない。
 しかも、二胡はどちらかというと下層階級の好む楽器として冷遇され続け、民族を代表する楽器としての地位を獲得したのは、中華民国の時代になってからだ。
 とにかく、現在の感覚で「これはいかにも中国らしい」と感じても、意外に新しいものは多い。(p.40-41)


いわゆる「創られた伝統」というやつである。日本やイギリスや他の国々でも大体似たような状況である。「国民国家」の成立の際に「伝統」が創られたわけだ。



中国では結婚しても女性の姓は不変。日本にある「夫婦別姓は家族の団結を弱める」との意見に、中国人は「そんなことはない」と不思議がる。(p.191)


なるほど。


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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その3)
大澤信亮 「左翼のどこが間違っているのか?」 より。

頭のいい人と頭のいい人に憧れる人の違いはもう、これは本当にもう悲しいくらい致命的にあって、ぼくたちの世代の本当の病は、自分が後者であるにもかかわらず、前者だと錯覚するところにあるはずだ、とぼくは思っている。(p.82、本文傍点部に引用文では下線を付した)


なかなか面白い区別である。確かに後者にとって自分を前者だと思いたいとする欲求は強いだろうから、認識の錯誤が生じやすいと言える。ただ、これは世代の問題ではないと思うが。



そう、きみの言葉の一貫した特徴は、人の希望を潰そうとすることなんだ。誰かから金が貰える、仕事が貰える、保障が受けられる、社会は良くなる、自由、平和、愛――そういう希望をわざわざこんな掃き溜めに進み入って、虱潰しに破壊するような面倒なこと、ふつうはやらないもの。(p.94)


いわゆる「ネトウヨ」や荒らしにしばしば見られる特徴であり、それに対する批判だと言える。


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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その2)
萱野稔人 「なぜ私はサヨクなのか」 より。

つまり、たんに生活が不安定になるだけでなく、外国人の労働者と競合しなくてはならないような周辺的(マージナル)な立場に突き落とされてしまうことへの反発や恐怖が、「右」的な主体をつくりあげているのだ。
 だから、いまの右翼的なものは、とりわけナショナル・アイデンティティの主張としてあらわれることになる。たとえば、周辺国の労働者と競合しなくてはならなくなった人たちが、外国人とおなじ周辺的な立場に自分もおかれていることをなんとか否認しようとして、いかに日本人である自分たちが外国人労働者とは異なった存在であり、いかに外国人は自分たちより劣った存在であるのか、ということを証明しようとする、といったように。
 あるいはまた、とるに足りない仕事ばかりさせられ、誰にでも取り替えがきくような存在として(つまり社会的に居てもいなくてもいいような存在として)あつかわれるようになってしまった人たちが、社会のなかで自分たちの存在を認めてもらうために、「日本人である」というアイデンティティにしがみついて自己主張をはじめる、といったことも起こってくる。
 「日本人はかつてこんなにヒドイことをした」というメッセージをどうしても伴ってしまう戦争責任問題に多くの人がヒステリックに反発してしまうのは、彼らがそれだけ日本人というアイデンティティにしがみつかなければならないような状況があるからだ。彼らにとって、日本人というアイデンティティはみずからの存在を社会のなかで認めてもらい自己主張するためのよすがなのであり、戦争責任の追及はそのよすがを汚すものだと感じられてしまうのである。(p.55-56)


日本や欧米諸国における右翼的な人々の心理状態を描き出す理念型としてはかなり納得できる。

(ただ、中国などでもナショナリズムは高まっているが、それは微妙に位置づけが異なると思われる。国際的な経済において比較的劣位な立場におかれた国におけるナショナリズムは、強力な外国からの収奪を恐れる心理に基づいて発動される面が強調されるべきであろう。日本においても「反米」の感情を持つナショナリズムが右派のみならずリベラルにも見られるが、それはむしろこうしたタイプのナショナリズムだと言える。)




タイトルにある問いに対する筆者の回答は概ね次のような感じであった。

 社会をトータル(総体的)に、かつリアルに認識しようとする態度こそ、左翼の本分だと私は思う。これはいいかえるなら、左翼は人間の意識とか精神といったものから問題をたてない、ということだ。社会というのは人間の意識を中心として組み立てられているのではない。逆に、人間の意識のあり方もそれによって左右されてしまうような外的な要因によって社会は条件づけられている。
 ・・・(中略)・・・。
 ただしこうした立場は、ある禁欲的な態度を左翼に要請せずにはおかない。つまり、あくまでも左翼は人びとの社会的生活を条件づけるものに介入するだけで、それぞれの人の生き方や実存の問題にはけっして介入しない、という態度である。
 ・・・(中略)・・・。
 生き方や実存の問題は左翼のあずかりしらぬことであり、左翼は社会を条件づけるものに介入するという立場を保持し、けっして越権行為はしないこと。この禁欲的な態度こそが、逆に、左翼をふところの深い存在にする。
 左翼であることは、だから、そんなに大げさなことじゃない。「いまの社会が悪くなっているのは人びとのモラルが低下したからだ」と説教をたれるヤツほどうっとうしい存在はない。社会の変革をめざしながらも、人にモラルや道徳をおしつけたり、実存の問題をとやかくいったりしないところが左翼のよさなのだ。(p.61-63)


私が以前書いた「右翼的言説」についての論考において「「右翼的言説」には、論理的推論、分析、事実(認識)、客観性、批判といった一連のものが欠如している」と述べ、「左翼的言説」はそれをひっくり返したものだと述べたが、それと通じるものがある。

だから、本稿で述べられている見解には共感する部分は結構ある。特に精神論を否定している点には共感する。

ただ、上記の認識態度は「左翼」と呼ぶようなものだろうか?というのが一つの問題である。むしろ、上記のような態度は「科学」において要請されるものではないか。確かに、現在の日本において科学的に社会について考察すれば『左翼』の政治的な立場(弱者への配慮を伴う社会システムの変革の主張や平和主義的な国際関係の構築という主張など)になることはほぼ間違いないと私は思う。

しかし、それをもって科学的な態度を左翼的な態度として同一化することには違和感がある。科学的な態度が『左翼』的なスタンスと共存する状況は普遍的だとは言えないからである。

もう一つは、右翼とか左翼という概念を「人」に当てはめているフシがあるというか、問い自体そのように設定されている点である。上記のような「科学的」態度を常に崩すことがない人がいるとすれば、その人は「左翼」だと言えるかもしれないが、「左翼」だとされている人でも常に上記のような態度でいるわけではないことを考えれば、私は「個々の言動ごと」にそれを区分する方が妥当ではないかと考えている。人に対して当てはめる場合、それは「国民性」などと同じような「不変のレッテル」になりやすいが、個々の言動に当てはめる場合、「個別的な吟味を要する理念型」として機能する傾向があると思われるからである。だから、上でリンクした論考も「右翼について」ではなく「右翼的言説について」述べているのである。

さらに、萱野氏は上記のような科学的な態度を保持する「左翼」であることは「大げさなことじゃない」という。しかし、それはある意味ではある種の「知的エリート社会」の中の常識でしかないのではないか。確かに一度身に着けてしまえば何ということはない態度ではあるが、こうした科学的な態度で社会を分析するということは自然に放っておけばできるようなものではない。むしろ、萱野氏の言う「左翼」の姿勢は、学問disciplineによる訓練disciplineを必要とする――上記の「禁欲的」な態度にも見られるが――規律あるdisciplinary態度である。

だから、教育水準が低い者や、いわゆる「理系」の教育を受けた人の方が社会について発言する際には「右寄り」の発言をしやすいのである。彼らは社会という対象について「科学的」に分析するためのdisciplineを受けて鍛えられていないからである。

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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その1)
浅尾大輔と赤木智弘の対談「ぼくらの希望は「戦争」か「連帯」か」 より

ある意味でプロに百人のアマチュアがガーッと文句が言えるようになってしまっている状況においてすごくいろんなものが相対化されていった。ただ、唯一お金だけは相対化されないもので、その結果、お金の価値がどんどんあがっていってしまっているような気がしますね。だから、お金を持っている人の方が偉い、と。その他の価値は全部相対化されてしまってお金だけが何か突出してみえているような状況だと思いますね。(p.17)


これは赤木智弘の発言。

お金の価値が他のものに比べて上がっているという見方はそれほど間違っていない。ただ、他のものが相対化されたから金の力が強くなっているわけではないだろう。逆である。ブレトン・ウッズ体制の下では金の力が抑制されていたものが、70年代、80年代、90年代と時間と共に順を追って抑制が解除されてきた――金の抑制が一つ外れるたびに金を持つものの力は高まり、次の抑制を解除させる権力を得ることができたのである!――ために、流動性が高いものほど優位な状況になっているのである。それによって流動性そのものである貨幣が最高の権力を持つようになったわけである。

戯画的なまでに単純化して描き出してみる。

通貨間の交換が自由でないときは、その通貨が流通している範囲内(つまり国内)で金は巡ろうとする。国境を越えるものは極端に言えば商品(生産物)だけである。そのときにだけ金は国境を越えて移動する。

フロート制が導入された。各通貨の交換は自由になっていった。通貨が強い国としては、通貨が弱い国の労働力を使うことができれば生産が安上がりになる。工場を労働力が安い国に作るか、安い労働力を呼び寄せて物を作らせればよい。こうして多国籍企業が増えたり、移民が増えた(マグレブからフランスへ、トルコからドイツへ、ロシアからイスラエルへ等々)。

多国籍企業やその投資家にとっては、各国の法律・規制が邪魔になる。規制の自由化、その実態は多国籍企業や投資家のホームとなる国に起源を有する企業・投資家にとって有利な「規制の変更」という要求が多国籍企業・投資家の側から出てくる。90年代に日本で盛んに叫ばれた「グローバル・スタンダード」への適応とは、こうした欧米諸国に有利な制度への「規制の変更」であった。こうして多国籍企業はグローバル企業となり、投資家はグローバルな投資家となっていった。いわゆるグローバリゼーションと名付けられている現象は70年代から胎動してきた動きの一部に過ぎない。

この前後で東西の冷戦が終結し、安い労働力とあらたな市場が爆発的に増えたことが、この動きを爆発的に加速させた。政治的なタガが外れたために、企業の側の行動の自由度が一挙に拡大したからである。繰り返しになるが、グローバリゼーションと呼ばれた現象もこうした加速があったからこそ新しく名付けられたのだったが、その本質は70年代にはすでに始まっていたのである。

ここまで規制が崩れてくると、投資家>経営者>労働者という力関係はより力の差が開いていくことになった。その流れの中に非正規雇用の増大などによるワーキングプアというものも位置づくのである。(こうした経過の中で見れば、非正規雇用の労働者がバラバラに分断されてきたのも当然の流れだと容易に理解できるだろう。)その上、こうしたグローバル資本の力の増大は各国政府の財政にも大きな負担を課している。累進課税がしにくくなるからである。それによって福祉の削減が各国で行われてきたのだった。日本の財政赤字の増大や福祉の削減はその中でもかなり顕著なもののひとつだと言える。

赤木が指摘するような社会のさまざまな現象(男女関係、職業、言論など)の相対化という現象には、それぞれに独自の要因があるだろうが、金を持っているかということが金を手に入れることができるチャンスに結びついているために、社会の階層分化が進み、それが固定化していく流れの中で、社会の階層内でそれに適した生活様式が生じてきたものと捉えれば、上記の説明と整合的であろうし、そうした面は一つの規定要因として存在すると見てよいのではないだろうか。

ブレトン・ウッズ体制に戻ることは不可能である。あの規制は永続可能なものではないからだ。しかし、資本移動の自由化に対して何らかの抑制的なルールが必要となるところまで来ているように思われるのである。

赤木にはこうした見えないものを見ながら現象を意味づけるパースペクティブがない。自分が置かれた状況から、その状況の中で培われてきた彼のルサンチマンに基づいて発言しているだけであるように思われる。そうした言説が、社会の中で抑圧されたり、希望の持てない人々から共感を受けているだけであり、そうした人々のガス抜きにはなっても未来へのビジョンを示し得るようなものを彼はもっていないように思われる。

その意味で、彼が次のような考えを述べているのは傲慢だとしか私には思えない。

だから全体の認識を変えるためにはどこかで変えなくちゃいけなくって、まあ自分の役目はそっちなのかなと。(p.18)


彼自身がパースペクティブを欠いているのに何を言っているのかという感じである。単に世の中に渦巻いているネガティブな感情の共感を得たために時代の寵児のように扱われているだけであり、彼の言説は「大衆迎合的」とも言えるのであって、人々の認識を「変える」ようなものではない。

もっとも、こうした「認識の転換」という発想自体が私からすると90年代的であり、すでに古いと感じられる。必要なのは「認識の転換」ではなく「システムの作動の転換」だからである。そして、「作動の転換」は「認識の転換」に先行されなければならないわけではなく、むしろ逆であることも多いのである。



次は浅尾の発言。

小選挙区制度でゼロかイチかという枠組みが作られたせいで、政治が変わるリアルさがなくなった。それが「失われた10年」の序章だった気がします。あのときから、左翼はメディアと国民から、途方もない「力」を求められてきた。(p.19)


やや後付の認識ではあるものの、的を射ている部分もある。特に、小選挙区制度の下では左翼は途方もない「力」を求められるという点には納得する。

ただ、小選挙区制度で政治が変わるリアルさがなくなったということが実感されるようになったのは、むしろ最近のことであろう。選挙の結果、小政党がどんどん小さくなる、自民党があれほど腐っていても小政党より遥かに有利な状況にあることが、数々の選挙の結果から明らかになってきてからそれが誰の目にも明白になってきている、というのが現状ではないだろうか。



次の赤木の発言は、発言を向ける対象はずれているが論理は正しいと思う。

 正社員や労働組合が、貧困層ひとりに月10万ぐらいださないかなという気がするんですけれどもね。・・・(中略)・・・。
 いわゆる富裕層でなくても、お金をもっている人って、いっぱいいると思うんですよ。だから、富裕層もそうした責任を負うんだけれども、普通の生活をしている正社員の人も責任を負っていると自覚してくれないと、やっぱり単純に富裕層と正規労働層の言い合い、責任押し付け合いだけになっちゃうと感じるんですよね。(p.20-21)



これは増税論者である私の意見と同じである。しかし、こうした再配分をするには「正社員」の自発的な善意や努力に期待しても無駄である。このことを行うためにこそ税は存在するとも言えるのだ。だから、こうした税制改正の要望は、政界やこうした改正を阻んでいるところの財界に向けて発信されなければならないというのが私見である。

赤木は、ルサンチマンに囚われて目の前の「正社員」に怒りの矛先を向けている点で誤っているし、彼の言説が容易に取り上げられるのは、政治家や財界・富裕層にとっては利用しやすいからであるとも私は考えている。こうした人々にとって赤木の言説はかなり都合が良いものだからである。自分達には攻撃の矛先が向かわないために、貧困層のガス抜きにはなるものの問題解決ができる論理ではないからである。

左翼には、赤木のような質の低い言説からはそろそろ卒業してもらいたいものだ。



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遠藤誉 『中国動漫新人類』(その4)

中国では公けのマスコミに発表が許されるのは、政府が公認した見解である。しかし日本はまったく自由だ。その違いがわからない彼らは、日本のマスコミに公開された内容なので、政府が許可し公認した内容だと勘違いするのである。これは異文化体制というよりも、言論体系、言論の自由度に関する差異の問題である。
 2000年1月に「南京虐殺」に関する東史郎裁判の判決を受けて、日本の任意団体が「二十世紀最大の嘘『南京虐殺』の徹底検証」と題する集会を開くと、それに対し中国では「日本の右翼が南京虐殺を否定した」として全国民を巻き込んだ激烈な抗議運動が展開されたが、これを「日本国」が、あるいは「日本国民全体」が「南京虐殺」を否定したと解釈する傾向を持つ。だから中国全土で激しい反日感情が燃え広がった。・・・(中略)・・・。
 日本の一部の右翼が行動を起こしても、それが大手新聞やテレビ等で報道されると、まるで「日本国」によってその行動が許されたので政府が報道を許可したと解釈して、中国の国民は、すべて、「日本という国が、そのように意思表示したのだ」と勘違いするのである。(p.360-361)


この指摘は中国の言論状況を知り、誤解を解いていくために有用であると思われる。

(もっとも、「日本はまったく自由だ」というのは言いすぎである。日本にも報道に関する政治がらみバイアスは存在する。まさにNHKの番組に安倍晋三や中川昭一が圧力をかけたことはそれである。)



 日本がかつて、中国はじめ近隣アジア諸国を侵略し、無辜の民を虐殺したのは歴然たる事実である。その史実に冷静に客観的に教科書に記述し、日本の若者を教育していかなければならない義務を、日本は「全人類」に対して負っている。一方、日本の戦後処理のあり方は、たとえばドイツの戦後処理と比較され、「いつまでも反省していない」と、非難の対象となりやすい。とりわけ中国を筆頭とするアジア諸国から。
 なぜだろうか。理由は明確である。日本人の多くは、あくまで「アメリカに負けた」と思っているからだ。逆にいえば、中国やアジア諸国に負けた、とは思っていないのである。(p.365)


概ね同意見である。本書はこの、日本の多くの人がアメリカに負けたとは思っているがアジア諸国に負けたとは思っていないことの理由について掘り下げているのが興味深いところである。



 日本がこの「中国」と戦争状態を終結させたのは、72年9月27日の日中国交回復のときに発布された「日中共同声明」においてである。このとき日華平和条約を破棄し、「中華人民共和国」を「中国」唯一の合法的な政府として承認した。
 ここで初めて「敗戦国日本」と新たな「戦勝国中国」の戦争は終わった。だが、すでに経済繁栄を謳歌していた日本に、「敗戦国」として「戦勝国」中国を仰ぎ見るような意識はすでに薄かった。いや、もっと正確にいえば、「なかった」のではないだろうか。それどころか、日本人の中には、文化大革命等で破壊しつくされ荒廃を極めた中国に対し、それを蔑む視点さえあったのではないかと思われる。(p.368-369)


敗戦後、日本が特に中国に対して敗戦国であるという認識が薄かったのは、第二次大戦後、すぐに中国で国共内戦が始まり、どちらが正統な政府であるかがやや曖昧な状況になったことがあり、さらに、朝鮮戦争によりアメリカによる中国封じ込めと日本の西側への取り込みが同時に行われたことが構造的な要因として効いてくることになる。もちろん、日本はアメリカに空襲され原爆投下されて降伏を宣言したのであり、さらに敗戦後の占領もアメリカが行ったことも要因ではあるが。

本書はこうした見方をしているのだが、説得力がある。私も基本となる構造は冷戦により中国と日本が別の陣営に引き裂かれ、中華人民共和国がソ連から距離を置くまで交流できなかったことがかなり大きいと見る。



 終戦協定が連合国側と結ばれる前の1950年6月、旧ソ連のスターリンと北朝鮮の金日成の策略により朝鮮戦争が勃発し、10月に中国は参戦に追い込まれた。・・・(中略)・・・。
 このとき特に中国を敵視していなかったアメリカは、北朝鮮が戦いの火蓋を切り、中国が参戦を余儀なくされたのを見て、急遽、1951年4月、中国封じ込めのための「太平洋防衛構想」を発布し、日本はその構想内に取り込まれてしまう。
 毛沢東としては、朝鮮戦争など起こしてほしくなかったし、朝鮮戦争に参戦するなど、最も避けたい事態だったはずだ。・・・(中略)・・・。
 日本はといえば、アメリカの特需を受けて、朝鮮戦争の武器弾薬の倉庫となり、それにより戦後の経済復興の第一歩を歩み始め、共産中国との敵対関係を構築していくことになる。終戦後、5年も経っていない日本が、またもや武器弾薬を製造して、その弾で朝鮮戦争の最前線で戦っている中国人民志願軍の命を奪っていく。あの侵略戦争で中国人民の命を奪ったことを反省するどころか、またもやわが民族の命を奪うのか。あのときは日米安全保障条約締結も手伝って、「反対武装日本」という歌が全中国を多い尽くし、そのスローガンの真っ只中で私は自殺さえ試みたことがある。日本が軍事大国の道を歩もうとしているのではないかという警戒心は、あの時点で形成されてしまったのだ。
 こうして「中国」と終戦協定を結ぶ前に、日本は冷戦構造の真っ只中に組み込まれてしまい、「中華人民共和国」に「侵略戦争に対する謝罪」と終戦処理を行うチャンスを逸したまま、1972年に至ったのであった。
 このとき、日本も中国も、アメリカとソ連という、大国の犠牲になった側面がある。この点を日中両国が理解しあえば、今日のような対立感情は減少しているだろう。
日中両政府と国民は、この事実を冷静に見つめるべきだと、私は強く思っている。(p.369-371)


冷戦構造とそれを主導的に構成していった米ソ両国に日中が引きずられていくことによって、日本政府は共産中国に謝罪をするチャンスを逸した。これは事実の一面を的確に捉えているように思われる。この側面を強調することによって心情面において「責任」を軽減することができるのは確かであろう。「謝罪」という道徳的行為を政府が行う場合、それには相手の政府も必要になってくるし、その政府をもつ人々に対する謝罪をするにも、国交がなければ事実上不可能であって、その意味では日本は72年に至るまでそのチャンスが閉ざされていたわけである。

どちらかというと、中国の人々が日本政府(「日本」)を許す際の考え方として、この見方は有効であるように思われる。ただ、中国の人々には本質主義的な物の見方が強いので――私見では、教育水準が低いと半ば必然的にこの見方が支配的になるし、そうした人々が多い社会にいると教育水準が高くてもこの見方が強くなる――ここに示されているような関係論的な見方を大衆ができるようになるにはまだ時間がかかるように思われる。



 また、教科書に侵略の事実を薄めて書くことに、どのようなメリットがあるのだろうか。なぜか文部科学省は自国の過去の加害の事実をきちんと青少年に教え込むのをいやがる。教育現場でも、その部分は簡単に飛ばしてしまう傾向にある。それは今後の若者たちが世界に羽ばたくときの正しい判断力の養成を怠っているということになる。(p.373)


同感である。

「日本」という観念と「自己」を同一視してくれるような若者を育成しないと文部科学省には都合が悪いのだろうか?などと言ってみたくなる。教科書にしばしば見られる「わが国」という表記もやめてほしいし、また、新聞やテレビなどのメディアも含めて「中央政府」のことを「国」と表記することも相当の誤解の原因となっている。

「日本人」なる者が加害の事実を行ったことを強調するのではなく、日本国籍保有者が「加害の事実を行った」ことを強調し、その背景要因としての社会関係を明らかにすることによって、将来、同じような地政学的な配置が生じた際に過ちを犯さないように警告してやるべきなのであり、それこそが教育というものだろう。

(状況が同じようになれば、同じようなことが起こる可能性があるのだから。例えば、中国の歴史では、北方の遊牧民が南方に攻め入って領土を占領することが多く、南方から北方への反転攻勢はほとんど成功しないが、それは「民族性」の問題ではなく、社会的背景の問題である。「日本政府」がかつての過ちを犯さないためには、その過ちを犯した必要条件となった状況をよく認識することが予防の重要な方法だと言えようし、そうした予防をすることこそが「反省」を行為として具現することに他ならないのである。)


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遠藤誉 『中国動慢新人類』(その3)

 「愛国主義教育」は、こうして始まり、92年4月から学習指導要領に反映されるようになった。そして94年8月に「愛国主義教育実施綱要」が発布されたが、そこに出てくる単語は「中華民族」、「伝統的中華文明」そして「革命戦争」である。決して「抗日戦争」とは書いてない。「革命戦争」の中には「国民党とともに戦った抗日戦争」も入っていれば、日本敗戦後、「国民党を敵として戦った内戦である解放戦争」も入っている。この綱要で強調されているのは、「西洋文明に過度に憧れるな。中華民族の偉大さに自信を持ち、外国追随などせずに中華民族の自尊心を堅持せよ」というメッセージであり、その心は「西洋式の民主化を直接中国に導入しようと考えるな」ということである。
 ・・・(中略)・・・。
 この時点での愛国主義教育に「反日」的な要素はまったく入っていなかった。 ・・・(中略)・・・。
 ところが……、この流れが90年代後半に入るとがらりと変わる。
 ・・・(中略)・・・。
 日本では、「中国がなぜ反日になったのか」に関して、「天安門事件により中国共産党の威信が揺らいだので、党の基盤を強化するために外敵として抗日戦争を利用し愛国主義教育を強化し始めたのだ」という言い方がされることが多く、まるで定説のようになっているが、それは必ずしも正しくないのではないだろうか。そういう筋書きで中国の「反日」の流れを解釈すると、なぜ江沢民が95年から突如、「親米」に路線を切り替えたのか、また今なぜアメリカやヨーロッパの議会に日本の戦争犯罪行為に対する対日非難決議案が広がっているのか理解できないし、2005年の反日暴動に対する正しい分析をすることもできない。
 中国が「愛国主義教育」の中に「抗日戦争」という要素を入れて激しく強調し始めたのは、95年である。天安門事件発生からこの95年という年まで「6年」という時間の開きがある。これを正視し、現在の中国を読み解くには、次項以下で示す江沢民の個人的動きを知る必要がある。(p.309-313)


「改革開放」を進めてきた中国政府だったが、天安門事件をきっかけに、政治面での「改革開放」は方向転換し、「愛国主義教育」をはじめることとなった。現在の日本の「定説」では、この際、いきなり「抗日」「反日」を持ち出したと解釈されているが、実は95年までは「反日」ではなく、欧米追随による民主化へのアンチテーゼとしての「愛国主義教育」だったし、天安門事件後に日本は率先して制裁をやめるなどしており、むしろ日本と中国の関係は悪くなかった。それが95年を境に「反日」に転換したというのが本書の見方である。「愛国主義教育」の中身は一律ではなく、時代の情勢によって変化してきたとする指摘はなかなか興味深いと同時に説得力がある。なお、この95年における転換の契機として台湾問題があるというのが筆者の見方であり、これもなかなか興味深いものがある。



 2005年4月に中国大陸で展開された、あの激しい反日運動も、そして2007年7月に慰安婦問題により米下院で対日非難決議案を通過させた力も、もとはと言えば、ここサンフランシスコの華僑華人たちから生まれたものだ。私たちは冷静に、そして慎重に、その事実を見きわめていかなければならない。
 特に、次項5で示すように、その主体の多くは、実は「反共」に燃える人権主義者たちが起こしたものであることを考えると、事態はいっそう複雑化してくる。(p.338)


ネットの力と相俟ってサンフランシスコの華僑がこうした現象の発端にいたことは知っていたが、彼らが「反共」――著者はこう書いているが、「反共産主義」というより「反共産党」という意味で捉えるのが妥当だろう――であることまでは私は知らなかった。それに関する論考は本書の考察のうちでも特に興味深い箇所でもあり、一読の価値がある。



 第二次大戦終結後、アメリカは、日本やドイツの戦犯の一部をひそかに保護していた。日本の戦犯でいうと、731細菌部隊にかかわった関東軍の一部。ナチスドイツの戦犯でいうと一部の科学者や技術者を選りすぐり、密かにアメリカへと逃亡させて匿い、冷戦構造下におけるアメリカの科学技術の発展に貢献させた。
 しかし、91年12月にソ連が崩壊して冷戦構造が消滅すると、それまでナチ戦犯探しに非常に消極的であったアメリカは、こうした戦後処理に関する機密情報をも公開せざるを得なくなった。(p.344-345)


こうした冷戦時代によって隠蔽されていた情報が公開されることが、90年代以降、第二次大戦に関する戦争犯罪などの問題がクローズアップされる要因となった。知の世界や言論の世界に与えたインパクトはかなり大きいし、それが政治的なイデオロギーのあり方にもかなりの影響を与えている。

私は以前、どうして90年代になってから急に南京事件や慰安婦問題のようなマイナーな問題が次々とメディアに報じられるのか訝しく思っていたことがあった。これに対する答えは幾つかあるだろうが、「冷戦構造」という「蓋」が開いたことは大きな要因の一つであると言える。



 その後、カナダ下院でもオランダ下院でも、つぎつぎと慰安婦問題に関する対日非難決議案が決議されている。さらにアメリカだけでなく、カナダでも、中学生や高校生が使う教科書の中に、日本の戦争犯罪を書き入れていくという決定がなされている。アメリカは州単位で決定権を持ち、それも内容によっては地区ごとに決定権が分かれていくので、全米に広がるには、まだ時間はかかると思うが、しかし時間の問題だろう。
 この運動の中心にいるのは、各国の中学や高校の歴史の教師だ。そして彼らに運動が広がるのは、ディンたちの運動に中国政府がらみの政治性がまったくないからである。中国政府がからんだ政治性がある運動だったら、欧米諸国の国民の支持など絶対に得られない。
 日本の一部のメディアは、「こうした反日運動の背後に中国政府がいる。共産政府が後ろで糸を操っている」と報道しているが、とんでもない誤解である。背後に中国政府があるどころではない。むしろ逆だ。中国政府の人権侵害に対しても抗議運動を展開している人々が中心の「人権運動」であるために、欧米のどの国でも受け容れられ、広がっていくのである。この事実を正視しない限り、問題の本質は見えてこない。(p.346-347)


メディアだけでなく、右翼的なブログなどでもこうした誤解が多く見られる。彼らは社会についての問題を考える際に、「国家」ばかりに目が行くために、「かつて日本軍が行った人権侵害」に対する批判を次のように強調して捉えるのだろう。すなわち「かつて日本軍が行った人権侵害」に対する批判として。しかし、実際のところ、行われている運動は次のように強調されるべきものなのである。すなわち、「かつて日本軍が行った人権侵害」と。

おしなべて左派ないしリベラルな人々のこの問題に対する対応は、人道・人権の立場から「対日非難決議」を妥当だと見ていると思われるので、そうであれば問題を的確に捉えていたと言える。右翼的な人々は社会を見る際に「国家」なるものに焦点化されるだけでなく、「人権」をも軽視する傾向が強いために問題を正しく捉えることができないのだろう。この見方は中国の庶民に根付いているものの見方とも共通性が強く、その意味で同位対立になってしまう傾向がある。ある意味で、彼らは相性がいいのである。


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遠藤誉 『中国動漫新人類』(その2)

 そもそも、なぜ台湾で哈日現象などが起き始めたのかというと、それは1987年に、台湾政府が38年間に及ぶ戒厳令を解除したからだ。・・・(中略)・・・。そのとき初めて、日本の文化が雪崩を打ったように台湾に入り込み、若い女の子たちを中心として哈日現象などが起きはじめた。それはきっかけだ。
 ・・・(中略)・・・。
 彼女たち(引用者注;中国大陸の哈日族)は決して最初にまず「日本が好き」だから哈日になったのではない。あくまで若い女の子らしく「美しいものが好き」で、その美しいものが日本のさまざまなグッズだったわけ。その結果、哈日になったのである。
 「美しいもの」への憧れ、「美しくなりたい」という思い。
 改革開放までは罪悪でしかなかった、こうした美への憧れの感情が、今は自由に求めることを許され、しかも実現のための手段を手にできる。程度の差はあれ、女性は誰でも美しくなりたいと思うだろう。その渇望と夢がようやく中国の若い女性たちに放たれた。そのとき彼女たちの前にあったのが、日本の「美しかったり」「カワイかったり」するグッズやファッションだった。
 中国の、そして中国人にとっての問題は、こうした中国で流行っている「美しさ」の基準が現在「日本」という国から発信されているということにある。しかもその情報は、日本政府が意図的に発信しているのではなく、中国の若者たちがインターネットや雑誌を通じ、自らの意思で選んだものを入手しているだけのことだ。一方で彼女らは、90年代以降に強化された愛国主義教育を受けているから、かつての日本の侵略行為に対して強い批判心も持っている。当然、「日本への批判」と「日本のファッション大好き」という、日本に対する感情のダブルスタンダードのような心の葛藤が顔を出す。
 ・・・(中略)・・・。
 政府もこうした若者たちの動きには警戒心を強めている。
 すでに述べたように、哈日現象は台湾から起きはじめた。女の子たちの間で流行っている分には危険度もさして大きくなかった。が、問題は台湾の李登輝が90年代半ばに自分の選挙活動のために利用し始めたこと。自分はかつて日本人であったというような宣伝を行い、台湾独立のために日本の歓心を買うため哈日を奨励したという経緯がある。もちろん哈日自体、愛国心と相反する現象なので大陸側では警戒しているが、そこに「台湾独立」のための日本抱き込みキャンペーンという政治的色彩が入っているので、中国政府はさらに警戒を強めるのである。(p.74-77)


哈日現象に対するコンパクトなまとめ。李登輝が政治的に利用したという指摘がなかなか興味深い。

純論理的には「「日本への批判」と「日本のファッション大好き」という、日本に対する感情のダブルスタンダード」というのは成り立たないのだが、心理的には成り立ちうる。



 貧乏から抜け出し、閉鎖から抜け出し、娯楽を求める……そんなゆとりが出てきたという意味において、日本の60年代と21世紀初頭の中国はほぼ同様の経済発展段階にあたると思われますが、なかでも中等収入者(中産階級)が増加したことは大きいですね。彼らは、現在の日本と「消費形態」が似通ってきているため、消費を通じ、日本人と「共通の感覚」を抱いています。その結果、ますます日本動漫が好きになっていく。ブームになるのも当然です。(p.253)


これはある中国の識者へのインタビューでの発言だが、概ね同意見である。

物価との対比での所得水準がかなり近いため、消費に対する感覚が近くなっているため、日本のものを受け容れやすくなっている。本書では「日本動漫」が中国に民主化をもたらす力になると言っているが、私の見方は、それをもっと相対化したものになる。上の引用文にある「中産階級」が増加することによって、庶民の(政治的・経済的・社会的な)権力が増大することによって、政府の権力が相対的に弱くなる。それは現象として民主化の方向に向かうということである。日本動漫が流行し消費されるということは、そうした庶民の権力増大の結果としての現象であり、認識根拠としての側面が強い。実在根拠としての側面はそれほど強いものではない。むしろ、日本動漫は中国の民主化よりも、中国において「日本に対する肯定的なイメージ」の形成に役立っている点で有用なものと見るべきであろう。


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遠藤誉 『中国動漫新人類』(その1)

 そんなこんなで、今の中国では、「女強人(ニュイ・チャン・レン)」という「強い女」群像が羽振りをきかしているのが現状だ。彼女たちは「男の庇護の下で可愛がられるような女になろう」とは微塵も考えず、威勢がいい。仕事のできる強い女こそが魅力的だと思っている。それだけに、「可愛い少女」が「強い女」に変身する『セーラームーン』のような日本動漫は、中国の女の子の心に、すんなりと入っていったのかもしれない。(p.35)


全員がそうだというわけではないにせよ、私の印象としても、中国の若い女性からは、何というか、言動がシャキシャキした感じを感じることが多い。ある意味では繊細さがあまり感じられないとも言えるが、適度な無骨さが人として良い味を出していると思うこともある。



 日本への関心の内容は、日本動漫を通して日本の日常生活や社会状況をこまかく知る機会が多くなったためか、昔のように「科学技術」とか「経済」といったあいまいな括りでなく、非常に具体的になっている。日本動漫の消費を通じて、日本についてより詳細な情報を中国の若者が知るようになり、身近に感じるようになった、という側面はまちがいなくあるだろう。(p.60)


一応書いておくと、「動漫」とはアニメと漫画の中国語での呼称である。

期せずして日本のアニメと漫画は、外国に日本について紹介するメディアになっているというのはあるかもしれない。2年位前にフランスでも「愛」と日本語の漢字でプリントされたTシャツを見かけたし、古着屋に日本語で「古着屋」と書かれているのを見たことがあるが、フランスにも日本のMangasはそれなりに入っている。それに、台湾や香港だけでなく、中国の大陸にも日本語表記の看板がチラホラ見かけるようになってきた。こうした現象を助長するような役割をアニメや漫画が果たしているとしても、それは誤りではないだろう。

私としては、外国の若者たちにしてみれば、「日本」を知ろうとしているというわけではなく、「面白い娯楽を見ようとしたらそこで見かけたもの」だからこそ、彼らもそれを愛好しようという気になる面はあるだろう。もちろん、それが本当に深い理解に繋がるかというと必ずしもそうは行かないとは思うが、全くというほど情報がないこと――例えば、日本で中東やアフリカについて調べようと思ってもあまり情報は流通していないため、中東などに行くと人に言うと「危ない」とか「恐い」というイメージを口にする人が結構いるが、それこそ無理解の最たるものであろう――に比べると、大分マシとは言える。


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大山典宏 『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』(その4)

わかりやすさを優先する報道のなかでは、「まだ自分で努力する余地がありそうな若者たちが、生活保護から排除されている」という、わかりにくい構造を解き明かそうとはしません。結果、現場と報道との間にギャップが生じ、双方の溝はますます深くなっていきます。(p.201)


この分野でもやはりマスコミ(世論)が求める「わかりやすさ」が弊害となっている面がある。せめて「分かりやすく」報道しているマスコミは、それらが過度に単純化したものであることを自他に対して明示して報道してもらいたいものだ。これはWertfreiheitが要請することであり、これこそ「客観的な」報道として必要な最低限の「知的誠実性」であろう。



 私が考える生活保護が目指すべき目標とは次のようなものです。

「より多くの利用者に、より高い質の自立を提供すること」(p.203)


本書の著者の具体的な提言に対して、私は必ずしも賛成しないが、この目標の定式化には賛同できる。



 保護の適正実施を第一命題とする運用では、ケースワーカーの仕事は、どうしても不適正な生活保護費の支給を行わないようにチェックすることが中心になります。しかし、自立を支援することが第一命題となれば、ケースワーカーは、これまでの不正受給調査官ではいられません。利用者の自立支援を行うには、利用者とケースワーカーの間に信頼関係が成立することが最低条件となります。「この人は私の自立を応援しようと、精一杯の努力をしている。私もそれに応えるためにがんばろう」と利用者が考えなければ、どのような支援も空回りすることになります。(p.212)


ケースワーカーの仕事は、実際に両方の側面を持つためにこうした両面のあり方のバランスが難しい。例えば、信頼関係を構築しようとしても、不適正な受給が見つけてしまえば、それを追求しなければならないのである。

ただ、ケースワーカーの心の持ち方として、「不正受給調査官」になることは相対的に容易であり、利用者と信頼関係を構築することは相対的に難しいことを考えれば、不適正な支給を防止することと利用者の自立支援という両方の側面を持たざるを得ないケースワーカーの心得としては、後者を強調することには意味があるだろう。



 生活保護を利用しながら精神病院に入院すると、一人当たり毎月40万円ほどの医療扶助が必要となります。一方、アパートなどの居宅生活に移行することができれば、毎月の生活保護費の支出は15万円程度にまで抑えることができます。その経済的効果は、一人の利用者を経済的に自立させるよりもずっと大きいのです。(p.234-235)


医療扶助費が生活保護費の50%以上になっているという事実は、こうしたものの積み重ねから来ているものと思われる。

現場のケースワーカーにとってはこれは実感のない数字らしいから、それを実感させるような仕組みを組み込むことは必要だろう。


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大山典宏 『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』(その3)

 幼少の頃にきちんと大人に関わってもらえなかった子どもたちは、一様に自己表現が苦手です。「どうしてこんなことをしたの?」と問いかけても、自分の気持ちを言葉にして表現することができません。自分の気持ちを聞いてもらった経験がないため、どうしていいかわからないのです。そんなときは、いくつかの選択肢を示して、「一番、自分の気持ちに近いものはどれか」と聞くと、子どもたちも選ぶことができます。(p.170)


こうした方法が必要なのは子どもに限ったことではないだろう。誘導尋問的になる危険はあるが、自分の考えを表現できない人にとってはこうした選択肢の提示からはじめる事は有効だと思われる。

大人に関わってもらえなかった子どもは自己表現が苦手であるという見解も確かにそうだろうと思う。生活保護を受給する家庭には、経済的な問題が家庭内の人間関係にも影響していることが多いようだ。こうした子どもが将来社会に出て職業に就いた場合、安定的に働いていけるだろうか?傾向としては、すぐ辞める傾向が強いのではなかろうか?会社の人間とうまく付き合っていけない可能性が高いと私は見る。その結果、職場を転々とするのではないか。そのうち、うまく仕事が見つからないことが生じると、生活保護に転落するのではないか。稼働能力も扶養義務の履行も資産の活用もできないから、こういう人は生活保護の「水際作戦」の障壁を通過することができる。かくして貧困は再生産される。

以上は、ある程度は実際の貧困層の姿を考慮に入れた上で想像したものだが、こうした「日常生活を営む能力」までもが貧困の問題と関連があると考えなければならない。基本は経済力であるが、家庭を取り巻く社会的なネットワークが存在するかどうかは大きな意味があるのではないだろうか。

(かつては地縁や血縁に基づくネットワークが小さな家庭の外部に張りめぐらされていただろうし、家族のサイズ自体が大きいために家族内のネットワーク密度が高かったものと想像できる。核家族化が進んできた中では、そうしたゲマインシャフト的な社会関係を補完するネットワークが必要になると思われる。)



 現在の生活保護法では、福祉事務所に扶養義務者への金銭請求権を認めていません。家庭裁判所への調停を申し立てる権限は与えられているものの、第一義的には当事者である利用者が行うべきものとされ、実際の運用のなかではあまり活用されていないのです。(p.186)


生活保護法を読んでみて思うのは、かなり個人の生活に対する介入の度合いが小さく、強制力が弱いということである。ある意味ではかなり人権に配慮された法律だといえる。その点は評価して良いと思う。

しかし、同時に、現場ではどうやら、そうした介入の権限が十分ではないことが問題と感じられるようだ。そうであるがゆえに、次々と押し寄せる申請者に対して福祉事務所側はある種の恐怖感を抱いている。

私としては、ある種の危険性があるとは思うが、福祉事務所にもう少し個人の生活に介入する権限を与えてよいのではないかと思う。ただし、その権限を行使するためには幾つかのステップを踏まない限りできないようにしておくなどの制限を加えてだが。そうでなければ、その権限が濫用される恐れがあるからである。

思うに、介入しない制度というものは、受給者が、ある程度の問題解決能力があることを前提している。しかし、受給者すべてがそうした能力を持っているとは限らないし、個人の資質の問題というよりも、状況として受給者が独自に行動を起こせない、または受給者が行動することでさらに問題が複雑化してしまう場合も考えられる。そうした場合には、ある程度の強制力を使用することはあながち悪いとは言い切れない。



 息子のつき合っている友だちを見ていると、いきなり就職などできそうには見えません。大人になったら、まず仕事をしなくちゃいけないのだよという、そこから始めなくちゃいけないのです。
 生活保護を利用している家庭の子どもたちは、親御さんが仕事をしている姿を見ていません。
仕事をすることが当たり前ではないのです。(p.188)


これは「その1」のエントリーでも書かれていた「生活保護ニートの連鎖」の話とリンクしている。

生活保護受給世帯で育ってきた子どもにとっては、働くということは自明ではないという指摘は、ある意味、衝撃的である。そこから教えなければならない、それもある程度の年齢になってから。それはかなり骨が折れる事だと思われる。

私は一つの極論として、次のような意見を聞いたことがある。「生活保護受給者は強制的に専用の施設に収容し、そこで強制労働でもさせればいい」というのである。極端な意見でありとてもじゃないが賛同することはできないのだが、一面の真理を突いている部分があるとも言える。リベラリズムの立場から言えば、本人の意思を尊重すべきだということになるのだろうが、本人の主観的な意思を尊重することが最善であるとは限らない。過度の自由主義は原理主義なのである。

先の意見と同様、私もこの点に関してはステップを踏んだ上で強制転居や強制労働をさせることができるような規定があっていけないとは思わない。ただし、何度も言うが、それを適用するためには福祉事務所側に相応の手順を踏ませる必要がある。

こうした事例は、ある種の「社会への適応障害」が認められるという意味では、それは精神障害と近いと捉えることができる。統合失調症の治療の方法として「共同作業所」などでの作業をするというのがあるそうだが、それに近いイメージである。

例えば、稼働能力があるにも関わらず求職活動を一定期間(例えば1年間)行ったにも関わらず全く成果がないような場合――例えば、1週間に1つの面接を受けるとすると50回以上落ちたことになり、これくらい落ち続けるということは一般の会社で採用されにくいということを意味すると解する――や、福祉事務所からの指導・指示違反がたびたび見られるような場合、こうした作業所で軽作業を行わせることができるという規定があっても悪くはない。ここでの軽作業に対してごく僅かな報酬を与えて生活の改善につなげさせるわけである。(もちろん、この「軽作業」によって作られたものは、社会に還元されて使われるべきであり、そうなればこれは一種の公共事業である。)もちろん、求職活動のために必要な休みは取ることができるなどの配慮も必要だろう。「外の世界」で働けたほうが良いのだから。

リベラルな価値観の持ち主から見ると、ややこれは危険なものに見えるかもしれないが、リベラリズムの「不介入」や「他人の迷惑にならない限り何をしても良い」という原理は、一見それらしく見えながら実は具体的な適用の段になると必ずしも適用できない、ある種の無内容さを暴露されることになるものである。そうした意味では私はリベラリズムに対して批判的な立場である。(ネオコンや保守主義にはそれ以上に批判的であるつもりだが。)ある行為を行った後にそれを正当化する際のロジックとしてはリベラリズムは「美しい」ものではあるかもしれないが、「まさに行為を行うときの指針」としては無内容であるがゆえに非力なのである。リベラルな価値観の持ち主には、そうしたリベラリズムの問題点(無内容性)をよく理解した上で、それを乗り越える理論を打ち立ててもらいたいものである。


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大山典宏 『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』(その2)

 福祉事務所に相談に行くと、これら四点について、利用希望者ができる努力をしているかどうかの聞き取りがされます。充分な努力がなされていないとみなされた場合には、申請手続きに進まず、ケースワーカーは「これこれの努力をしてください」という助言を繰り返すことになります。この対応を「制度をよく説明し、理解をしてもらったうえで、申請を行ってもらうために必要なプロセス」とするか、「本来は申請する権利を持つ利用者を不当に排除する水際作戦」とするかによって、面接相談の評価の内容はまったく変わってきます。この認識の違いが、ギャップを引き起こすのです。(p.94)


四点とは、稼働能力の活用、資産の活用、他法他施策の活用、扶養義務の履行である。

以上の説明は、「水際作戦」として批判されている、申請前の面接相談をどのように位置づけるかということについての(福祉事務所と人権団体の)認識の違いを的確に説明していると思われる。福祉事務所の言い分の裏には――歳出を増やしたくないというのもあるだろうが、それだけではなく――補足性の原理から見て最低限の篩にかけてから受理しなければ、事務作業を徒に増やすだけで非効率的であるという判断があると思われる。僅かな聞き取りで要否判定が容易にできるようなものを受理して、それを正式にすべて事務処理するのではなく、明らかに通らないものは入口の前で返してしまう方が効率的だし、申請者側に対しても負担軽減になる側面があるからだ。

ただ、申請権の侵害を懸念する側の言い分はもっともでもある。問題は、面接相談の際に法的に間違った説明がしばしばなされているらしい、というところにあると思われる。

思うに、面接相談を福祉事務所が行うから、申請をなるべく受けないようにするというインセンティブが働くのだから、福祉事務所とは別の第三者機関が事前の相談を行い、その後、福祉事務所に申請するような仕組みができれば、問題はかなり減るのではないだろうか?とはいえ、第三者機関が中立的であるためには、そこに財政から支出が行われていてはいけないというところが問題である。財政から財源が来るならば、財政支出は削減した方がいいという判断につながり、それは申請をさせない方向に作用すると考えるのが自然だからである。

ただ、その第三者機関は、財政の支援を得ないにも拘らず、かなりの専門性が求められるということになる。主体は民間企業やNPOが思い浮かぶが、これらの主体の特性――民間企業は儲けが出ないといけないがどこから儲けが出るのか?NPOは組織の持続性に疑問があり、さらに専門性を維持できる保証がない。その上、いずれも全国どこでも普遍的な判断が行われるべきなのだが、その保障がまったくというほどない、等々――を考えると、これらの主体が行うには適したものとも思えない。

やはりこう考えてくると、受理することが非効率であるのは、日本の公的扶助は申請後の資産調査が厳しいことが影響しているというところに行き着くように思われる。資産調査が厳しいから申請を受理することが福祉事務所にとって重荷になる。資産調査が厳しいことの背景には制度が包括的であることが要因としてあり、それにさらに財政の懐事情が厳しい中で歳出を削減するという命題が福祉事務所側に突きつけられているという事情がその傾向に拍車をかけていると思われる。これも生活保護制度が生活のあらゆる側面をカバーするものであるがゆえに、一度受給が決定してしまえば、それらの部門のすべてに「受給権が生じてしまう」ためになおさら水際作戦のインセンティブを強めているのではないか?

やはり結論としては、現行の生活保護制度における8つの扶助をそれぞれ別の制度に分割し(細かいことを言えば、葬祭扶助は生活扶助に含ませてもいいだろう)、必要な制度だけに申請し、受給するような形に制度改正することが望ましいと思われる。



 水際作戦のきっかけになったのは、厚生省(当時)が出した「生活保護の適正実施の推進について」がきっかけだと言われています。その発行番号から、通称「123号通知」と呼ばれています。この通知が出されたのが1981年であり、以降の生活保護行政において幅広く水際作戦が展開され、利用者が減少したとされています。
 しかし、高齢者に限ると、その事実が誤り
であることは統計が証明しています。左図は世帯別の受給者数の推移を示したものですが、六十代以上の利用者の数は、1981年以降、ほとんど横ばいであり、1990年代半ばから、ゆるやかに上昇し続けています。このことから、高齢者が窓口段階で排除されることは少なかったことが理解できるでしょう。
 一方で、働ける世代である二十代から五十代までの利用者は1985年頃から大きくその数を減らしています。原因のひとつとして、高度経済成長による雇用環境の改善があげられるでしょう。しかし、窓口での相談段階で、働くことができる、あるいは親族の援助が期待できる若者を厳しく選別していったことも否定できません。
 ・・・(中略)・・・。バブル絶頂期だった1985年から1990年代初頭にかけては、非稼動世帯も大きく減少しています。高齢者が減少していないことを考えれば、それまでは働くことができなかった傷病・障害世帯も含めて、幅広く生活保護からの自立が進んだということができます。裏を返せば、若者が入りにくい生活保護制度に、運用が組み替えられていった時代ともいえるでしょう。
 このように、水際作戦はもっぱら働く能力がある若い人たちをメインターゲットとして展開されました。・・・(中略)・・・。好景気を背景に、生活保護から若者の排除を行った――これが世にいう水際作戦の正体なのです。(p.119-122)


「補足性の原理」に基づいて「水際作戦」を行う以上、高齢者を排除しようと思っても難しく、結果として「稼動年齢層」が排除されたということであろう。



 しかし、多くの人たちは「壊れる」という形で生活保護のネットに救われることになります。厳しい労働条件の仕事でボロボロになるまで傷つき、家族関係の葛藤に悩まされ、心の病――うつ病――になって初めて生活保護の対象になるのです。改めて、世帯類型の割合を見てみると、傷病・障害世帯が29%から35%に増えていることにお気づきになるでしょう。(p.124)


「水際作戦」で生活保護から排除された人々は、その厳しい環境の中で努力を強いられ、心の病になって「稼働能力の活用」が明らかにできなくなってはじめて生活保護を受給できるし、受給せざるを得なくなる。

上で述べたように制度を分割することで利用しやすさが向上するならば、それも一案だろうし、それでも十分でないとすれば、生活保護レベルより一段上に薄く広く、もう一段階のセーフティネットを設けて社会生活に適応不能になる前に、個人にかかる負荷を軽減することが望ましいのだろう。ただ、実態をよく分析しなければ、どのようなものが必要なのかは言えないが。

ただ、世論がこれだけ「増税=悪」という単一の――しかも正しくない――価値観を刷り込まれてしまっている中では、セーフティネットを充実させることは困難を極めるであろう。しかし、歳入の問題よりも先に福祉制度や労働法制についてのビジョンが今の日本には必要であると思われる。そのビジョンに基づいて必要な財源を議論していかなければならない。

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大山典宏 『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』(その1)

 不正受給と並んでケースワーカーの頭を悩ませるのが、「不正とまではいえないが、法の趣旨に反する受給態度」です。本来、生活保護は自立できるまでの一時的な支援ですが、利用者本人に努力する姿勢が見られないこともあります。仕事も探さずに昼間まで寝ていたり、パチンコなどの遊技場に入り浸ったり、酒を飲んで酔っ払って近隣住民に迷惑をかけるなど枚挙にいとまがありません。不正とまでは言えないが、不適正な受給態度は、市民感情を刺激し、「なぜ、あんな人間が生活保護を利用できるのか」という声になっていきます。(p.65)


生活保護法には、

第60条 被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、支出の節約を図り、その他生活の維持、向上に努めなければならない。


という規定があるので、ある意味では上記のような「不適正な」態度というのは、厳密に言えば違法だと言うことができるだろう。

しかし、それが度を越さない限りは廃止などの措置は採りにくく、受給者に生活態度の是正を強制する権限もない(法第27条第2項、第3項を参照)ことが現場のケースワーカーを悩ませる問題なのだと思われる。

こうした視点は、生活保護の制度の活用を促し、福祉事務所の「水際作戦」を批判する人権団体などの主張からは――意図してか意図せずしてかはわからないが――すっぽりと抜け落ちているものであり、かつ、現場で起こっている問題を捉える上で重要な指摘であると思われる。

実際問題として、この問題にどう対処すればよいかのかは、一律の解答はないのではないかと思われる。ただ、実施体制として現在の生活保護法の下で福祉事務所があらゆる分野を丸抱えしている状況において、こうした問題にまともに対処しようとすれば、福祉事務所の労力を大きく割くものとなってしまうであろうことは容易に想像できる。その労力を惜しんで(あるいは労力を捻出できず)放置すれば実害は少ないかもしれないが、不正行為を容認することになると同時に、周囲の住民の批判の対象ともなる。どちらに転んでも良いことはあまりないという「八方塞がり」な状況が見えてくる。



 ある地方都市に住む二十八歳のマサオさんは、パチンコ店の行列待ちをして1000円ほどの小遣い銭を稼ぎます。一日にやることはそれだけ。週に二~三回はハローワークに通っているのですが、仕事は見つかりません。マサオさんの表情に悲愴感はなく、淡々とした口調で「仕事がないんですよ」と語ります。生活保護で生活は保障されているから、それほど困ることはありません。担当するケースワーカーも頭を抱えています。(p.70)


実際問題として地方都市には仕事はない。その意味で就職するのは難しいだろう。20代後半で何ヶ月も何年も仕事をしていないとなると、私が経営者なら採用しない(こういう人たちは良質な労働力である可能性はそれほど高くないと見た上で、新卒を採ったほうが安全であり教育する価値があると判断する)ということから考えても、さらに就職は厳しいのかもしれない。

しかし、「悲愴感」がないというのは、もうそれを通り越して「諦めの境地」にいるのではないかと想像する。ある意味、悲惨な光景ではある。



「こういう“生活保護ニートの連鎖”が最近、とても増えているんです。自分の親も生活保護で生活しているんだから、同じように、働かなくても生活保護でなんとかなる、と考えるんでしょうね。他のケースワーカーに聞いた話ですが、母子家庭四代続けて生活保護、なんて、すごい例もあるそうです。みんな働けっ!と怒鳴りたくなりますよ」(p.71)


こうした貧困の再生産については、よく指摘されるところではある。「生活保護ニートの連鎖」が増えているのだとすれば、それは生活保護というシステムが自立にあまり役立っていない――少なくともそうした面がある――ということを意味する。

貧困の再生産を防ぐにはどのように生活保護を変えていけばよいか?そのためにはまず、実態を知らなければならない。どのような人たちが「生活保護ニート」になっているのか?私としてはかなり興味がある。

仮説としては、まず間違いなく「初代」から母子家庭であることと親の最終学歴が低学歴であることは言えるものと考える。また、生活保護制度における就学に対する支援が手薄であることも重要な要因であろう。というのは、生活保護では、高校の学費が公立高校までの分しか出ないので、私立高校に行くのはかなり困難である。いわんや大学をや。だから生活保護受給世帯の子は、非受給世帯と比べて最終学歴が中卒となる確率が高く、それが貧困の再生産につながっていく要因の一つであろう。


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東京ソーシャルワーク 編 『How to 生活保護 暮らしに困ったときの生活保護のすすめ』

現在、知覚の精神科クリニックに通院し、薬を飲みながら、精神障害者の通所授産施設(自宅から施設に通って、外部から発注された作業をし、工賃を受け取るシステム。収入は一般社会の基準にはるかに及ばないが、社会復帰のための作業療法という意味がある)に通所しています。
 2006年4月の「自立支援法」の導入に伴って、通院医療費の助成制度が変更になり、役所をとおして新たに手続きをしました。また、原則として施設の利用料が有料(原則一割負担)となりましたが、生活保護を利用しているため自己負担はありません。しかし、食事(実費)の負担が生じることになりました。施設利用の自己負担は世帯収入によるので、家族と同居しながら通所している人たちの中には、収入を上回る自己負担額となった人もいて、少額であっても収入を得られる仕事をしているという気持ちも持てなくなっています。「お金を払って働かせてもらうなんて納得できない」と悔しがっている利用者もいます。また、施設のスタッフからも、この「自立支援法」によって行政から受け取っていた補助金が少なくなり、今までどおりの活動が難しいという話が漏れ伝わってきました。Aさんは、食費の負担増はなんとかなるが、このままこの施設で仕事が続けられるか、不安を感じています。(p.102)


「障害者自立支援法」。名称とは全く反対の法律であることは疑いない。



 精神障害者福祉に限らず、グループホームを始めとする福祉関連施設は、まず、絶対量が不足しています。「民間にできることは民間に任せる」という理屈で、民間の自主的な設立を待っているとしたら、それは大きな誤解です。民間事業者は、「収支」という絶対的な基準をもって成り立っており、既に、介護保険制度で、福祉関連事業の財源「収支」の厳しさは体験済みです。また、「民間にできることは民間に任せる」という言い方は、なるほどという感想をいだかせますが、すべてが善意によって運営されているわけではありません。「収支」の採算ラインが厳しくなると、結局、そのしわ寄せが、利用者や現場のスタッフに押し付けられるのです。国は、グループホームを始めとする関連施設の設立・運営に、きちんと公的な責任(=財源の保障)を果たすべきだと思います。(p.105)


基本的に同感といってよい。

ただ、注意すべきは、「公的な責任」を果たすための財源を「無駄遣いをやめて福祉に回す」とか言い出すような輩がまだ結構いると思われることである。施設の建設については、道路やハコモノを作る代わりにグループホームなどのハコモノに付け替えればいいとは言える。しかし、施設の運営などについて、予算の中でつけかえるというのは、政治力学的に見てかなり困難ではないか。ここのあたりに注目しているかいないか、という点で私は「付け替え論者」とは意見が決定的に対立する所だと思われる。付け替え論者はそこまで考えずに素朴にマクロの数字だけを見ながら、事実認識が願望に引きずられているように思われる。

機会を見てこのあたりの議論を詰めて書いていみたいと思う。



 厚生省(当時)は1986年に施行された老齢基礎年金制度設立の際の説明で、老齢基礎年金の満額の受給金額は老後の最低生活費の一部にすぎず、おおよそ単身高齢者世帯の生活扶助基準をベースに算定しているとの解釈を示していました。・・・(中略)・・・。
 要するに、私たちの間にいつの間にか一人歩きしてしまっている「老齢基礎年金=老後の最低限度の生活費」というイメージが、そもそも誤った理解なのですから、「基礎年金と生活保護基準を比べたとき、後者が高すぎるか?」という議論そのものが、実は全く意味がないものであるということがわかると思います。
 むしろ、ここでのもっと本質的な問題は、生活保護が「生活扶助+住宅扶助+教育扶助……」という初めから決められた扶助の組み合わせの中で、常に「生活全体の丸抱え」の形でしか利用できない、非常に使い勝手の悪い制度になってしまっていることにあると言えます。
 つまり、上記のような高齢の利用者のためには、住宅扶助を生活保護法(生活扶助)から切り離して、独立した単独の制度(生活保護基準よりもずっと緩やかな利用要件で、より広い範囲の低所得をカバーする「住宅保証プログラム」)として再編していくことが求められているのです。そして、このようにすれば、生活保護基準(=生活扶助基準)が老齢基礎年金と比べて高すぎるということもなくなるでしょう。(p.149)


生活保護に関する問題を調べてみると随所でこれと同じ主張に出くわすが、私も同感である。

「老齢基礎年金=老後の最低限度の生活費」という「誤った理解」が広がるのは、世の中に老齢基礎年金しか収入がない高齢者がそれなりにいることと、国民皆年金であるためにその年金だけで生活できない制度設計はおかしいのではないかという感覚から出てくるのだろう。その意味で、この「誤った理解」自体は、それなりに妥当な内容も含んでいる。

基礎年金と生活保護基準を比べるのだとすれば、基礎年金がもっと高くなければならないという結論になるならば、この比較には意味があるだろう。最低生活はほぼ保障されるのだから、生活保護を受給しなければならない人は現在の半分にも満たなくなるだろう。しかし、これを実現するには相当な額の年金保険料と税金が必要になる。そこで大幅な増税を是としないならば、老齢基礎年金が概ね生活扶助のレベルであることから本書のような結論に至ることになる。つまり生活保護制度から住宅扶助を分離して使い勝手をよくすることによって、老齢基礎年金だけしか収入がないような世帯の最低生活をかなりの程度保障できるだろう。

同様に医療扶助と介護扶助も医療保険と介護保険のシステムの中に組み込むか、別立ての制度にすべきであろう。



 法77条とは、生活に困窮する者に扶養義務者がいて、その扶養義務が履行されない間に生活保護の利用が行われた場合には、事後に保護に要した費用を福祉事務所が扶養義務から徴収するという制度です。保護利用者が保有する資産を保護利用後に売却した場合に、事後に保護に要した費用を返還するという法63条の規定を、扶養義務の場面に置き換えたのが、法77条であると考えればわかりやすいかもしれません。(p.155)


生活保護法の主だった条文には目を通したつもりだったが、これには気づかなかった。実務上は恐らく、これを実施するのは難しいのではないか。そもそも扶養義務者が扶養義務を履行することができるか否かという判定自体、客観的に行うことが難しく、さらに履行できるとしてもどのくらいの金額を払うべきかという点については、さらに客観的な判定をすることは難しいだろうからである。

このようなことを思ったのだが、本書では次のように提案している。一考に値する。

 しかし、今回リバースモーゲージ制度の導入という新たな局面を迎えて、私たちはこれまで抱いてきた親族扶養に関する誤った認識を、根本的に改めるべきときにきているのではないでしょうか。つまり、「扶養できるだけの経済力」がある親族は、やはり家庭裁判所の判断に従って民法の原則どおりの援助をすべきなのであって、もしそれに応じてもらえないのなら、福祉事務所は法77条による費用徴収を法文どおり実施すべきなのです。ちなみに、スウェーデン、ドイツなど先進諸国の公的扶助制度をみても、やはり日本の生活保護法77条に相当する扶養義務者からの費用徴収の仕組みをもっており、しかもその本来の趣旨のとおりに運用されています。(p.156-157)





 福祉事務所の仕事に携わっていて意外に気づかないことは、制度を利用申請する人や制度を利用する人は保護費を必要としているのであり、決して「ケースワーク」を受けるために生活保護を利用するのではないということです。(p.162)


とはいえ、ケースワークは保護費を出すために必要な手段として位置づけられるであろう。



 このように、保護費の支給決定に関する仕事と、「社会福祉の援助」を行う仕事、加えて、「不正受給」を防止する仕事までもが渾然一体化しているために、利用者の戸惑うような事態が引き起こされていると考えると、これらの異なる側面の仕事をきちんと分けて実施する制度の仕組みを考えるべきだと思います。(p.163)


制度を適用する側から見なければ、このことはなかなか見えてこない。少し前のところでも述べたが、やはり制度自体を分割すべきなのだ。


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阿部幸夫 監修、新保龍太 著 『面白ほどよくわかる 三国志 英雄・豪傑たちの激闘の軌跡と三国興亡のすべて』

 魏の明帝が亡くなる前年、倭の女王の卑弥呼が使者を魏に送ってきた。この記事が載っている部分が、『三国志』のいわゆる「魏志倭人伝」である。
 当時、呉と遼東の公孫淵が使者をやりとりしたり、魏がそれを妨害しようとしたりと、海上で交渉がかなり活発になっていた。こうした状況が、はるか東方の海上にあった「倭」の国、日本にも影響を与え、歴史上に記録が残るようになったのだ。
 ・・・(中略)・・・。
「魏志倭人伝」を読むと、倭国の地図上の位置がずいぶん実際より南になっている。これが日本史上では、卑弥呼の国が九州にあったか近畿にあったかで大変な議論の対象となっているが、魏の立場からすれば大した問題ではない。南にあるほうが戦略上都合がよいから、そう書いたのである。
 史書を読むときには、こうした時代の状況を考慮に入れないと、場合によって大きな誤解を生む原因となる。自戒しよう。(p.218)


なるほど。



 司馬氏の一族は、それぞれ五胡の勢力を利用しようとしたが、反対に晋の皇帝が捕らえられたり殺されたりして、晋の勢力は江南に逃れる。
 江南に脱出する前を西晋、あとを東晋というのだが、なんのことはない、華北を異民族にとられて自分たちは呉の領土に移ったのである。
 これから華北は五胡の国々が乱立する五胡十六国、江南は東晋によって統一され、東晋が宋に交代してからは南北朝の時代と呼ばれる。後漢末の黄巾の乱から、隋による全土統一までの約四百年間、中国は分裂の時代だった。(p.235)


中国の歴史を捉えるとき、北と南の力関係として捉えると非常にスッキリと整理できる。

北方 魏   → 晋(西晋)     → 五胡 → 北魏 → 隋

南方 呉・蜀 → 晋(西晋)に統合 → 東晋 → 宋  → 隋に統合

そして、軍事力では当面、北方が優勢であり続けた。少なくとも、世界史的に遊牧民の軍事力が優勢であり続けていた間は。


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岩田正美 『現代の貧困――ワーキングプア/ホームレス/生活保護』(その2)

 保護基準が全国民の貧困ラインとしての役割を果たしているということは、案外理解されていない。保護基準の引き下げがなされた場合でも、多くの人は生活保護を利用している世帯だけにその影響が現れると思っている。が、実は全国民の貧困ラインが引き下げられた、と理解すべきなのである。(p.49)


このようなことは私の感覚からすれば当たり前すぎることなのだが、実際に理解していない人は結構多いようだ。

このように理解すべきである理由について、著者は次のように述べる。

保護基準が下げられると、ワーキングプアや年金生活者を含めた国民全体の「あってはならない」生活状態の境界値が下がり、ワーキングプアや年金生活者の生活の苦しさも隠されていくことになる。(p.49)



ちなみに、「公務員の人件費・給与」を引き下げろという議論も、生活保護基準の引き下げと同様のものである。これは大企業も含めてほとんどの企業に賃上げをしないで済む方向に作用する。上の言い方になぞらえれば、「低すぎる」給与水準の境界値が下がり、労働者の給与の少なさが隠されていく、というわけだ。

そろそろこういう繋がりに気づく人がもう少し増えて欲しいものだと思う。



 生活保護については、暴力団などの不正受給ばかりが取り上げられる。しかしこうした問題は、生活保護の対象となるべき人々がその対象になっていないという問題と合わせて考える必要がある。(p.50)



後者の問題を適切な仕方で取り上げるマスメディアが出てくることを期待したい。



 ワーキングプアやホームレスが社会問題になると、マスメディアは「誰でもワーキングプアになる危険がある」などと騒ぎ立てるが、もちろん事実はそうではない。
 すでに本書で見てきたように、現代日本で貧困に陥る可能性が高いのは「特定の人々」である。(p.139)


この認識ももっと広く共有されるべきものだ。貧困問題解決の道はそこからスタートしなければならない。



 こうした、地域による貧困の違いを地図にしたパンフレットをイギリスの地方都市で見つけたことがある。・・・(中略)・・・。
 このパンフレットを編集したのは地理学協会という公共団体で、なんと同じ地図が市のホームページにも堂々と掲載されていたので、ここまでやるかと唸ったものである。日本にも暮らしやすい県のランキングなどはあるが、最悪地域を明確に地図で示すなどということは、逆立ちしてもできないだろう。
 英国でこのようなあからさまなランキングが行えるのは、それが最悪地域への重点政策や優遇策のベースとなるからで、行政側にとってもそこで暮らす人々にとっても実利があるからである。わが市こそ貧困地域だと手を挙げたがる自治体もあると聞く。
 そもそもイギリスでは、こうした地域ランクによって市の徴収する税金額が異なってくる。貧困地域に住むと税金は安くなる。このランクでいうと高い方にある地域の大学までタクシーで行った時、その運転手は「貧困」と「剥奪」という言葉を使いながら、自分の住んでいるところと大学のある地域の環境がいかに異なるかを、緑地面積やら保育所の数やらを挙げて、私に説いて聞かせた。「貧困」や「剥奪」といった言葉が、学会の専門用語としてではなく、実際にそこで暮らす地域の問題を語るための言葉として日常的に使われていることに驚いた。さすがに貧困の「再発見」先進国ならではのことである。(p.161-162)


大変参考になる事例である。

日本でやろうとしていることはこれの逆である。日本では貧困な地域は「頑張っていない」ので「自己責任」をとれと言い、うまくいっている地域は「頑張っている」ので「ご褒美」をあげるという考え方になっている。例えば、「頑張る地方応援プログラム」という名称からして完全に上記のイギリスの考え方とは逆であることが分かるだろう。

行政のあり方としては引用文に示されたようなイギリスのあり方の方が遥かに利に適っている。



 しかも、近年の就労支援は、民間企業に就職するよう促す傾向ばかりが強い。これは日本政府が、失業対策事業といった公的な就労促進策を基本的に否定していることにもかかわっている。(p.198)


同意見である。



現在の生活保護における八つの扶助を少し解きほぐして、その一部を低所得層まで広げていくということである。(p.202)


今後の日本の公的扶助のあり方の方向性について、今のところ私もこのように考えている。



 実際、保護基準が妥当か否かは、低所得層との比較で検証されているから、高齢者世帯のうち少ない年金で暮らす人々や、すでに貧困な母子世帯の消費水準と比べる中で、保護基準は下げられつつある。
 保護基準がさらに低められていけば、保護基準で測った貧困の規模は、本書で述べたものより、もっと小さくなるだろう。しかも課税最低限の変更によって、福祉サービスなどに適用される低所得の基準も引き下げられつつある。
 だが、このように貧困ラインが引き下げられたからと言って、低い水準にある基礎年金やワーキングプアの生活が改善するようなことは決してない。むしろ、年金受給額の少ない高齢者やワーキングプアの生活水準は、引き下げられた保護基準から見れば相対的に高くなるから、こうした人々の貧困状況はますます隠蔽され、それを改善する糸口を失ってしまう。
 こうして貧困ラインの引き下げは、低所得者層の年金や賃金水準に大きな影響を与える。素朴な公平論や生活保護バッシングは、貧困ラインが担う社会的な機能と、それが与える社会的な影響力を見落としている。その結果として、自分たち自身も暮らしにくくなるかもしれないということに気づいていない。
 逆に、生活保護基準が持つ貧困ラインとしての機能を最大限利用して、低い年金や賃金が問題だという方向に持っていくことができれば、積極的優遇策の限界が克服されるだけでなく、社会保障や一般的な福祉サービスの「抜本策」に対する現実的な基盤を提供する道が見えてくる。このところ急速に広がってきた、保護基準よりも低い最低賃金の引き上げ論は、その一例である。(p.204-205)


同意見である。生活保護を巡る「素朴な公平論」や「バッシング」は、それが税金でまかなわれているということだけを見て、自分が税金を払いたくないという利害を前提にして発せられる一面的な議論でしかない。

「自分の利益」を念頭に置きながらそれを前面には出さないように隠して行われる発話であるため、その射程の範囲外のこと、すなわち、社会全体への影響力などには目が届かないのである。

上でも述べたが、公務員バッシングも生活保護バッシングと全く同じ構造である。私はいずれにも反対する。



 一般に社会保障や生活保護などの制度は、人権という側面から見られてばかりで、社会統合や連帯という側面が取り上げられることはあまりない。だから貧困対策を強化すると、貧困者だけが「得する」とか、彼らの人権ばかりに光が当たるといった文句が出る。(p.207)



なるほどと思わされる鋭い指摘であり、同意見である。私自身、ここ半年ほど、社会統合という観点からの議論を多く書いているから、尚更そう思ったりする。


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