アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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俵義文 『日本会議の全貌 知られざる巨大組織の実態』

右翼団体の要求を連携する国会議員が取り上げ、それが国の政策として実現されるという恐ろしい構図がつくられているのである。(p.99)


確かに日本会議のような無茶苦茶な主張をする団体の要求が政策として実現されるルートが存在することは極めて憂慮すべきことだが、本書に足りないのは、このような手法を使う日本会議の勢力に対してどのように対抗していくべきかという実践的な見立てがないことであり、そもそも、そうした姿勢が希薄であると感じられる。

国会議員と連携して自らの主張を通していこうとすることやロビー活動をすること自体は代議制民主主義のルールとしては何ら問題のない行為ではないか。問題のある主張を通させないようにする方法やそれに反対する勢力をどのようにして政治力として動員していくのかということを左派やリベラルには考えて欲しい。むしろ、日本会議が「成功」した方法を昔の左翼から学んだのと同じように、日本会議の方法の「良いところ」を取り込んでいくような姿勢が必要ではないかと思うのである。


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宇野重規 『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』

 社会も人間性も複雑である。そうだとすれば、単純な原理に基づく単純な政府は、ただそれだけで問題がある。(p.56)


バークの保守主義を解説する中で出てきたこのフレーズは、恐らく、現代のポピュリズムに対する批判として述べられているように思われる。



 エリオットに代表される英国の保守主義の基盤にあるのは、このような共通感覚であり、伝統の観念であり、さらにいえばヒューモアの感覚なのだろう。逆にいえば、このような共通感覚が失われ、イデオロギーが互いに何も共有することなしにぶつかり合うとき、政治的な空白と秩序の崩壊が生じる。(p.79)


現代アメリカの政治状況はこうした秩序の崩壊に近いように思われる。



統治とは、何かより良い社会を追い求めるものではない。統治の本質はむしろ、多様な企てや利害をもって生きる人々の衝突を回避することにある。それぞれの個人が自らの幸福を追求しつつ、相互に折り合っていくには「精緻な儀式」が必要である。そのような「精緻な儀式」として、法や制度を提供することが統治の役割なのである。
 そうだとすれば、統治者のつとめは、人々の情念に火をつけることではない。むしろ、あまりに情熱的になっている人々に、この世界には自分とは異なる他者が暮らしていることを思い起こさせることが肝心である。(p.99)


オークショットの思想について述べている箇所だが、ここでもポピュリズムに対する批判ともなる内容が語られている。



多くの異なる言葉が出会い、互いを認め合い、そして同化することを求めないのが会話の本質である。一つの「声」が他を圧倒してしまうのは、会話ではない。(p.100)


ポピュリストや現代の日本で「保守」を名乗っている復古的反動主義者たちに決定的に欠けているものの一つは、ここで述べられているような「会話」であろう。

最近の政治の場での討論や議論を見ていると、「会話」が全く成り立っていないと痛感する。森友学園に関わる問題や自衛隊の日報の問題などを見ると、政府の側の隠蔽、誤魔化し、強弁、露骨な印象操作などは明らかに度を越えている。政権側を恐れるメディアもそれを十分追及できていない。政府に対して質問をしても、不都合な事実は隠蔽し、答えると都合の悪いことは資料がないことにしたり、答えることをせずに誤魔化したりといった対応ばかりが目につく。



現状に強い不満をもつ人間が、一定の世界観に基づいて変革を主張する。このような革新主義に対し、反発を覚える自己を認識したものが保守派となる。すなわち、保守は必ず革新に遅れて登場するというのである。
 そのような保守派はイデオロギーを必要としない。自らの生活感情に根ざして必要な改革を行えばいいのであり、むしろ「保守主義」なる大義名分をかざして自分を正当化しようとすれば「反動」となってしまう。(p.160-161)


福田恆存(つねあり)の保守主義論について解説している箇所だが、この最後にのべられているものは、まさに現代日本で「保守」を名乗る人々の多くに当てはまるものである。かつて(15年くらい前まで)「保守本流」を名乗っていた相対的に中道的な保守主義者の政治力は弱まり、現在は安倍晋三が代表的だが、復古主義的な反動主義者たちが「保守」を名乗っているが、まさにこれらの人々に、ここで述べられていることはぴったり当てはまるように思われる。彼らが名乗る「保守」とは自己正当化のための大義名分に過ぎない。



 ハイトは道徳基盤を、<ケア>、<公正>、<自由>、<忠誠>、<権威>、<神聖>の六つに分類する。……(中略)……。
 ハイトの実験によれば、この六つの道徳基盤のうち、リベラルがもっぱら<ケア>と<公正>と<自由>を重視して、<忠誠>、<権威>、<神聖>を無視しがちなのに対し、保守の側は六つをほぼ等しく扱っているという。(p.196-197)


この実験結果は、マイケル・サンデルのリベラリズム批判とも通底するものがあるように思われる。例えば、「負荷なき自己」からは忠誠、権威、神聖といったものとの関わりは剥ぎ取られている。



 背景にあったのは、過去に進歩主義のおごりや迷走を批判してきた保守主義であるが、いまはむしろ保守主義におごりや迷走が見られるのではないか、という問題意識である。(p.210)


確かに。妥当な問題意識。


水島治郎 『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』

 このように既成政党・団体が弱体化し、社会に対する「把握力」が大きく低下したことは、政党エリートや団体指導者がもはや人々の「代表者」として意識されず、むしろほかの特定利益を代弁する既得権の擁護者として認識される、という結果をもたらした。政治経済エリートは「私たちの代表」ではなく、「彼らの利益の代弁者」として位置づけられてしまったのである。
 エリートに対する人々の違和感の広がり、すなわちエリートと大衆の「断絶」こそが、ポピュリズム政党の出現とその躍進を可能とする。(p.65)


団体の弱体化は、日本では、日本会議や創価学会などの宗教的な勢力の相対的なプレゼンスや影響力を高めるという意味もあった(菅野完『日本会議の研究』)が、本書が指摘するように、エリートと大衆の接点が失われることで、認識のレベルにも影響を与えているとすれば、これは想像以上に大きな変動だと言わざるを得ない。もう少しこの問題は掘り下げる価値がありそうだ。



 スイスに限らず、移民排除に賛同し、積極的に右派のポピュリズム政党を支持するのは、せいぜい有権者の二~三割である。その意味では、白い羊たちのうち、黒い羊を蹴り出そうと自分で足を突き出す羊は、やはり三匹のうち一匹にすぎないのだろう。
 しかしより重要なことは、ほかの二匹の羊が、無関心を装うことによって、黒い羊の追い出し劇を事実上支持し、そして自分が手を(足を?)出さずに済んでいることに内心ほっとしていることではないだろうか。(p.158-159)


無関心やポピュリストたちの過激な発言を訂正せずに放置していることは一般に想像される以上にポピュリズムの台頭による「多数者の専制」に手を貸すことになる。

この引用文の構図に既視感があった。何かと似ているのだろうと思っていたら、「いじめ」の問題と同じであることに気付いた。いじめに積極的に加担するのはごく一部の加害者だとしても、いじめられる被害者を見て見ぬふりをしたり、面白がって見ている多数の傍観者たちがいることで、加害者が加害者としての活動ができる面がある。ポピュリストが発する刺激的な言葉を単に面白がって消費していてはいけないということを肝に銘じたい。



 しかし今回の投票後に表出した離脱賛成者への批判的視点は、実はかつてジョーンズが『チャブたち』で赤裸々に示したような、中産階級の労働者層に対する侮りのまなざしと共通するものがあった。……(中略)……。
 ……(中略)……。
 『チャブたち』を著したジョーンズは、国民投票後、ただちに『ガーディアン』に論稿を寄せた。「嘆くなら嘆くがよい――しかし目の前の大きなチャレンジに備えよう』と題する文章のなかでジョーンズは、今回の投票結果はまさに「労働者階級の反逆」だったと位置づける。そして、既存の政治が彼らの抱える不安や困窮に応えられなかったことに最大の原因を見たうえで、離脱票を投じた彼らを非難することは、「ますます事態を悪化させるだけだ」と主張する。なぜなら、「離脱票を投じた人々の多くは、すでに(傍点水島)除け者にされ、無視され、忌み嫌われてきたと感じてきた」からである。
 その彼らへの軽蔑こそが、今回の投票結果を生んだのであって、その軽蔑の念を一層強め、言語化したところで、問題は解決するどころか深刻化の一途をたどるだろう。(p.186-187)


2016年のイギリスのEU離脱の国民投票について。ここで指摘されている点は非常に参考になった。こうした置き去りにされた人々に対して、たとえ少しであっても意見や不満が聞いてもらえたと実感できるような政治が出来れば、ポピュリズムの台頭を抑制する方向に作用するだろう。


待鳥聡史 『代議制民主主義 「民意」と「政治家」を問い直す』(その2)

たとえば、有権者の視野が狭く、民意が移ろいやすいとしても、議員に十分な裁量範囲が与えられているのなら、裁量範囲を活かした議員の自律的な政策決定によって、選挙公約とは異なるが、結局は有権者に最大の利益をもたらすことが起りうる。
 逆に、権力分立をしていたとしても、異なった種類の政治家がすべて選挙時の有権者からの委任に厳格に拘束されるとすれば、妥協の余地がない政策決定はすぐに行き詰まり、有権者にはマイナスになってしまうであろう。つまり、委任と責任の関係における説明責任を果たすことは、民意に忠実であることと同じではない。(p.137)


民意に完全に忠実ではなくても、有権者にそれなりに納得できるような説明ができるような政策を実施することが委任を受けた者には求められる。



 議員や官僚の仕事を無償のヴォランティアにしたり、人員をできるだけ削減して一人当たりの業務量を増大させ「何でも屋」にしてしまうことは、委任内容を曖昧にし、制裁が難しくなることにつながってしまう。そもそも誰が担うべき仕事だったのかが分からなければ、適当にやっつけ仕事として済ます、あるいはやらずに済ませるという誘因を与えているのと同じことになる。委任内容が曖昧な仕事について、不始末の責任は問えないからである。議員や官僚の業務内容は、代議制民主主義が円滑に作動しているときには意識されにくく、ともすれば無用にすら思える。もっとたくさんの仕事を、もっと少ない人数で、もっと安くできるような気がするのも分からないではない。
 しかし、意識しないからといって存在していないこととは異なる。……(中略)……。
 ……(中略)……。委任と責任の連鎖関係を曖昧にし、政治家や官僚の業務を「何でも屋」にすることは、一見したところ代議制民主主義に要する費用を削減するように思える。だが、実際には委任内容が果たされなくなり「タダより高いものはない」という状態を招く恐れが大きい。ヴォランティアとして、あるいは極めて低水準の報償であっても、みんなのためになることなのだから献身的に奉仕すべきだ、というのは、誘因構造を無視した精神論か一時的なカタルシスに過ぎない。
 必要な改革は、むしろ逆の方向にある。委任と責任の連鎖関係を円滑に機能させることで代議制民主主義をより良いものにしていくには、適切な誘因構造に基づいた明確な契約関係の構築が不可欠である。すなわち、誰に何を委任するのか、委任内容が果たされた場合にいかなる報償を与えるのか、あるいは果たされなかったときにいかなる責任を問い、制裁を加えるのかについて、できるだけ明示するとともに、褒賞や制裁の水準を適正化することが必要となる。
 それはとりもなおさず、委任と責任の連鎖関係を規定している執政制度と選挙制度の改革を意味する。委任先である政治家や官僚が担う業務や裁量の範囲、複数の委任先の間に存在する役割分担、そして説明責任を確保する手段、これらを規定するルールを変えることで、政治家や官僚を「より上手に使う」ようにすることが、世界的に見て代議制民主主義を改革する上での焦点なのである。(p.202-204)


議会の定数削減などの議論が適切ではなく、執政制度と選挙制度を変えることで政治家や官僚をうまく使いこなせるようにすべき。まっとうな意見であり、議員や官僚が何をしているかが一般に知られていないことが誤った意見がまかり通る背景にあることも指摘されているが、現実問題として政治家は別としても個々の官僚の動きを直接有権者が知ることは極めて難しいし、必ずしも適当でもない。その意味では、政治のこうした仕組みを教育の段階から深く理解させられるような教育が必要であるように思われる。



アメリカで生まれた大統領制は、議会の暴走すなわち「多数者の専制」を拒否権などによって大統領が止めるという構想から出発したが、20世紀に入ると政策課題の複雑化や困難化に対応して、大統領と官僚の役割が拡大した。今日の大統領制は、執政長官の暴走を議会が止めるのが基本的な構図になっている。これが先にふれた大統領制の現代化である。(p.216-217)


興味深い変化。三権分立のうち行政が強くなったことがこうした変化をもたらしている。これを前提すると必要なのはいかに行政に対する歯止めを設けるか、ということになる。特に官僚よりもそのトップに対する歯止めが重要である。



有権者から説明責任を果たすよう求められることと引き換えに、一定の裁量と自律性を政治家に認めることによって、現在の有権者には不人気な政策決定を可能とするとともに、民意の一時の動きが致命的な悪影響を及ぼさないようにするところに、代議制民主主義が自由主義的要素を持つ積極的な意義がある。(p.252)


現在の日本の政治で問題なのは、説明責任を果たさなくても政府が裁量で何でも決めることができてしまうことにある。集団的自衛権の閣議決定やそれに続く安保法制などがその典型だろう。説明責任が果たされていないことを判定する基準を設け、これを満たさない決定を強行した場合には、政府(行政)に対して内閣不信任などのペナルティを課すような仕組みが作れないだろうか、などと考えさせられる。


待鳥聡史 『代議制民主主義 「民意」と「政治家」を問い直す』(その1)

 代議制民主主義に対するこれらの挑戦は、共産主義とファシズムとしてそれぞれに括られる。その主たる唱道者のイデオロギー的位置の違いから、最左派と最右派という二つの極端な立場からの挑戦だと理解されることが多いが、両者には共通点もある。それは、代議制民主主義の持つ自由主義的要素をとりわけ否定したことである。……(中略)……。
 ……(中略)……。このように、社会全体の利益を強調し、それが政治的競争ではなく実質的な独裁によって追求できるという考え方を全体主義という。(p.57)


本書では共産主義を左派全体主義、ファシズムを右派全体主義としてどちらも全体主義の一部だという見方が示されるが妥当である。

本書の見方では、代議制民主主義は民主主義要素と自由主義要素から成ると理解されるが、自由主義要素を否定した純粋な民主主義的な考え方では、社会全員が全員を直接統治することができない以上、全員の意見を代表しているとする少数者が統治することにならざるを得ない。しかし、自由主義的要素を否定してしまっているが故に、少数者の行為が社会全体の意見と異なる場合でも歯止めをかけることができないという問題が生じる。また、私がこの問題に関していつも思うのは、支配する少数者が社会全体の意見を代表するということを担保する制度や仕組みといったものが存在したことがないし、どのようにして担保させるかについて誰も知らないということである。



 戦勝国であるか敗戦国であるかを問わず、平和の到来とともに復員する男性兵士が多数出現して、各国にベビーブームが起こった。たとえば日本の場合、1949年の年間出生数は269万6638人で、自然人口増は175万1194人に達した(厚生労働省『人口動態統計』)。……(中略)……。
 ……(中略)……。彼らは1960年代後半になると大学に進学し、成人するようになるが、大人になったベビーブーム世代が見出したのは、各国の戦後社会の「いかがわしさ」であった。とりもなおさず、それは代議制民主主義の「いかがわしさ」でもあった。
 かくして、アメリカ、フランス、日本など先進諸国の各地で、1960年代後半にはベビーブーム世代を中心にした大規模な社会への異議申し立てが発生した。それは、具体的な異議申立ての対象と担い手によって、学生運動、住民運動、女性運動、反公害運動、反戦運動、差別反対運動などさまざまな形をとった。各国の運動が国際的に連帯する例や、過激で暴力的な反体制、反社会的運動に転化する例も見られた。しかし共通して認識されていたのは、選挙をはじめとする従来の政治参加ルートの機能不全であった。……(中略)……。代議制民主主義への懐疑、あるいは代議制民主主義における民主主義的要素の強化こそが、これらの異議申し立ての隠れたテーマだったともいえよう。(p.67-69)


60年代末の様々な異議申し立てをベビーブーム世代の生育環境と、彼らの代議制民主主義の体制に対する疑念によってある程度の共通の背景を説明できており、その隠れたテーマについて指摘しているが、このあたりは目から鱗という感じで、非常に参考になった。



マクロに見れば、先進諸国の経済成長は60年代後半には鈍化しはじめ、70年代の石油危機がとどめを刺す形で、成長に依拠していた戦後和解体制の維持は困難になっていた。それまで主流であった社会保障の拡充を中心とするケインズ政策や福祉国家化は財政悪化や社会規律に悪影響を及ぼすものとして批判の対象となり、代わって市場経済の潜在能力を重視した政策が追求されて、アメリカ、イギリス、西ドイツ、日本などで保守長期政権が登場した。
 この現象は、代議制民主主義の持つ自由主義的要素と民主主義的要素の裂け目という観点からは、1960年代から70年代前半までの民主主義的要素の重視から、自由主義的要素の再台頭として位置づけられる。(p.71)


この現象を、一つ前の引用文のような世代論を敷衍して説明すると、次のようになるのではないか。民主主義的要素を強化しようとする60年代から70年代の運動が、様々な個別の成果は挙げつつも、代議制民主主義の体制自体は変革しきれなかった挫折ののち、働き盛りで納税により社会を主として支える役回りを演じる時期に入ったベビーブーム世代は、その政府・政治への不信から、納税額が少なく済むことを望んだという一面もあるのかもしれない。もっとも、このような世代論による説明は部分的なものでしかないが。



 無党派層とは、政治や政党に対して関心を持たない人々のみを指すわけではなく、むしろ政治的関心や政党への期待水準が高く、そうであるがゆえに既成政党に満足できない人々を含んでいる。このような人々は、自らの利害関心をより適切に政策決定に表出してくれる政党が登場したと感じた場合に、雪崩を打ってその政党を支持する場合がある。(p.92-93)


なるほど。無党派層というと、何となく特定の党派を支持する人よりも政治的関心が低そうなイメージで捉えがちだが、逆に政治への関心が高いが故に既成政党に満足できない人々もここに分類されている。無党派層には本当に無関心な人と感心や要求水準が高い人の2つの異なったカテゴリーに属する人が含まれていると考えると、これらには別の名前を与えて分類する方が適切かもしれない。



 代議制民主主義は、アドルフ・ヒトラーを筆頭に繰り返し扇動政治家の登場を許し、そのたびごとに反省が語られてもきた。だが、民主主義は有権者の意向が政策決定に反映されることに意義を見出し、意向が形成される際の判断基準が理性的であることまでは求めていない以上、扇動政治家の出現は避けきれない面もある。代議制民主主義にとって大きな課題である。(p.113)


このエントリーの最初の引用文に対するコメントで私が述べたことと関連する問題である。

説明責任を果たす圧力を高めること、説明責任が果たされなかった場合に、いかに速やかに委任を受けた者を退場させたりペナルティを与えることができるかということが、この問題を解くためのポイントの一つなのかも知れない。(説明を受ける有権者側の判断が妥当かどうかという問題は残るが。)

例えば、現在行われている国会でも、森友学園に関する追及への首相や政府の答弁や名前を変えた共謀罪法案に対する法務大臣の体をなさない答弁など、説明責任を果たしていない重大な事例が次々と出ているが、これを追及しきれないような制度設計には極めて大きな問題があると言わざるを得ない。



2010年に始った「アラブの春」は、反体制運動に加わった人々がインターネットのSNSを使いこなして相互に連帯し、かつ先進諸国をはじめとする海外からの支持を集めた点に注目が集まった。確かに運動の手法ないし技術という点で新奇さはあったが、それまで約20年にわたって続いてきた世界的な民主主義体制の拡大が、中東地域にまで及んだという側面も持っていた。(p.114)


世界的に民主的要素を求める動きが強まっていることがアラブの春の背景の一つになっていたわけだ。なるほど。


ヴォルフガング・J・モムゼン 『マックス・ヴェーバー 社会・政治・歴史』

問題は明白である。すなわちヴェーバーは、現代の党組織を、その階層制的・技術的・機能主義的特徴を強調することによって、オストロゴルスキの意味での「マシーン」の型とやや軽率に同一視しなかったかどうか、ということである。こういう疑問は他の場合にも、とくに官僚制概念についても湧いてくる。事実ヴェーバーの現代政党機械の描写は、彼の主観とはうらはらに、全体主義政党にピッタリのものである。(p.65)


最後の一文の指摘はなるほどと思わされた。ウェーバーの理念型は、価値自由に構成しようという努力は払われているが、その政治的な意味合いを明らかにしていくと、いろいろと問題が摘出できそうに思う。(少なくとも、政治以外の視点からの分析によって問題点を析出しようとするより、遥かに難易度が低いのではないか。)



第一に、「人民投票的指導者民主制」は、ボナパルティズムとカエサル主義の周知の現象に、ある点で接近していると言うことができる。支配する者と支配される者との関係が、人に結びついた激情的な性格のものであること、これが両者に共通している。選挙は公然と人間的=人民投票的性格を帯びる。選挙行為は「賛同」の形に近づく。すなわち、勝利を得る政治家の純個人的な指導者資質の承認という形に近づく。(p.79)


人民投票的指導者民主制においては、選挙では、ある政治家が行おうとしている(とされる)「政策」が選ばれるのではなく、「リーダーとしての資質」さらに言えば「人間性」や「人柄」(に対する有権者が抱くイメージ)によって当選者が決められるということだろう。これはまさに21世紀初頭の現在世界中で起こっている潮流と合致する。ここでは、選挙は政策決定ではなく人気投票に近づく。

ウェーバーが人民投票的指導者民主制の議論において決定的に見落としているのは、このように選ばれた指導者が独裁的な権力を行使し、被治者の人権を(生存権を含めて)決定的に奪い得るということである。こうしたリスクに対して、ウェーバーは次の選挙で落とせばよいとも主張していたようだが、言論や情報の統制により正しい判断が出来ないように仕向けられるリスクもある。こうした致命的な政策が実施される場合、数年ごとに行なわれる選挙で落選させるという選択では遅すぎる。

最近、待鳥聡史の『代議制民主主義』を読んでいるところだが、この本に対する私の(読んでいる最中の)理解に従って、ウェーバーの議論を特徴づけてみたい。人民が国の政策を決定しようとする民主主義的な要素だけが強調されることになると全体主義になる危険があるが、代議制民主主義というのは、議会という自由主義的な要素(エリート間の競争による権力の相互抑制)によって民主主義のそうした行き過ぎを抑制する制度として機能してきた(近頃は機能不全になってきているが)。民主主義が行き過ぎると全体主義に転化するため、必ずそれを抑制する別の原理が必要だというのが私がこの本から受け取っている理解であり、ウェーバーの議論もまさに「民主主義の過剰」の典型であるように思われる。また、ポピュリズム的な政治家の台頭もまた、同様に「抑制を欠いた民主主義」の要求を背景としているように思われる。



指導的政治家は――彼の術語の意味で――完全にカリスマ的な特質を備えている。政治家はもっぱら自分自身と、自分が特定の個人的価値理想に照らして選びとった課題とに対して義務を負う。彼の責任は「証すること」に限定される。すなわち彼は、彼のひとそのものに対する従士団の無条件の帰依が内面的な根拠に基づくものであることを、結果によって証明しなければならない。これに反して、大衆の物質的目標に対する義務づけは一切ない。民主主義的指導者は彼の選挙民の負託を実行せねばならなぬ、という理論の残滓は、すべてヴェーバーの断固として排撃するところとなった。(p.193)


ウェーバーの人民投票的指導者民主制の恐ろしい所は、まさにここにあると思われる。「政策」ではなく「人」が選ばれるが故に、指導者に選ばれた者はやりたい放題で、大衆の利益など全く顧慮に値しないとされる。現実には、有権者たちは自分たちに指導者が利益をもたらしてくれるかどうかをかなり計算に入れて指導者を評価するだろうから、理念型の通りにはならないだろうが。



ホッブズ 『法の原理 人間の本性と政治体』

そして小心とは、自分の力について疑念を抱いていることです。……(中略)……。祖先を自慢するのもそうであります。すべての人間は、自分が力を持っているばあいには、他人の力よりも自分自身の力を示そうとするからです。(p.99-100)


「祖先を自慢する」ことは小心であるしるしだとホッブズはここで言っている。国粋主義者たちが、自身が所属する「国家」や「日本民族」といったものを称揚する場合も、まさにこれに該当すると言うべきだろう。



 そして、コモンウェルスを構成する人びとが力を用いる権限は、かれらから主権者に譲渡されていますから、主権という権力を持つ者は(なにをなしても)罰せられないという結論が容易に導きだされましょう。(p.216)


ホッブズの議論で特徴的な考え方の一つがはっきりと表れている箇所。人々の自然権(基本的人権)は、主権者に「譲渡」されており、臣民は自然権(基本的人権)を持たない、というのがホッブズの議論の重要な構成部分となっている。もちろん、主権者は自然権を譲渡されているのだから、個々の臣民の自然権を守るように義務づけられることにはなるという一面を持ち、ホッブズもそうした指摘はしばしばしているのだが、しかし、主権者(権力者)に個々の臣民の自然権(基本的人権)を守り、それを侵害しないようにするための確実な方法や仕組みとして供えられた歯止めなどについては全く議論していないようである。この点がホッブズの思想の最も危険な部分であると私には思われる。

ホッブズの時代のイギリスの政治状況は確かに君主の権力が弱く、議会が相対的に強い力を持っていたため、一つのまとまった「近代主権国家」を形成しなければならないとした場合には、不都合な条件下にあったとは言えるかもしれず、ホッブズがこのような論理によって王権を絶対的なものにすべきだと主張する理由も理解できないことはないが、抵抗権を唱えたロックなどの方がやはり政治思想としては優れていると思われる。

そもそもホッブズの自然権を譲渡したので臣民には自然権が残っていないということ自体が問題であろう。例えば、自身が生存する権利を他人に渡すなどということができるとは私には思えない。同じくフィクションであったとしても、自身が自然権として持っている権利の一部を、社会を成立させるために必要な限りで自ら制限することによって、その空白を支配権を持つとされる人々が利用することが出来る、といったイメージでとらえた方がより現実には近いのではないか?



 雄弁とは、わたくしたちが話すことを信じさせる力にほかならず、その目的を達成するためには、聞き手の情念の助けを借りる必要があります。ところで、真理を論証したり教示するためには、じっくりと〔一般的な原理から特殊な事例を〕推論し、しっかりと注意を向けさせることが必要とされますが、このことは聞き手にとって決してわかりやすいことではありません。したがいまして、真理を求めることなく〔自分の話を〕信じさせようとする人びとはこれとはちがった方法をとります。すなわち、聞き手に信じさせたいと思うことを、すでにあるていど信じられていることがらから導きだすだけでなく、〔そのことを〕誇張してみせたり、小さく見せかけたりして、自分の必要に応じて善悪・正邪を実際以上に大きくしたり小さくしたりしなければなりません。(p.337-338)


こうしたごまかしによって人々に信じさせたいこと――それも、真実とは異なること――を信じさせるというやり方は、安倍晋三がよく使っている。それに対するマスメディアなどの抵抗が弱すぎるのは、言論の自由が制限されてきていることの表れであると捉えるべきではないかと考えている。メディアがダメだとだけ言っていても問題の解決にはならず、そもそも言論の自由が制限されていることに問題があると捉え、これを常識として共有した上で政府とマスメディアに改善への圧力をかけて行くということが必要ではないか。言論の自由が「上手に」制限されているところでは、人々の側が制限されているということに気づかない、知らされていないことがあるということに気づくことが出来ない、そういったことが問題なのだということは心しておくべきであろう。



これと同じく、雄弁に判断力の欠如が合わさりますと、ぺリアスの娘たちにみられたような判断力の欠如がメデイアのような雄弁家に乗じられて、改革という主張や希望によってコモンウェルスを切りきざむことに同意してしまうのです。事態が混乱の渦中にあるときには、改革などもとより望むべくもないことだったのであります。(p.339)


少し前には小泉改革、現在はアベノミクスと呼ばれるものなどによって、まさに日本社会というコモンウェルスが切り刻まれている最中である。確かに、昨今の日本でも、政治家たちの雄弁(真実とは異なるが信じさせたいことを人々に信じさせる方法)と人々の判断力の欠如とが結合している。


菅野完 『日本会議の研究』

 2003年から2014年までの長期間にわたり、政治家と有権者双方に対して実施された大規模世論調査を分析した谷口将紀は、有権者の好む政策争点はここ10年左右にぶれることなくほぼ不変であるにもかかわらず、政治家、とりわけ自由民主党の政治家たちだけが右側に寄り続けているという解析結果にもとづき、「たとえ過去10年間で日本政治が保守化したとしても、それは政治家の右傾化であって、有権者の政策位置が右に寄ったのではない」と指摘している(谷口2015)。(p.4-5)


右傾化ということがしばしば言われるが、誰が右傾化しているのか、ということには注意してみる必要がある。社会の一般的な大衆が極端に右傾化した事実はないという指摘は、朗報という面もあるが、そうした全体的な状況に対して耳を貸すことなく、一部の者が権力を行使できるポジションを占めることが出来る体制になってきているということをも証ししている。これらの右派政治家たちは、マスメディアに対する支配・影響力の行使と教育という手段を通しての自らのイデオロギーの社会への注入を目指していることを踏まえると、長期的にはかなり危険な方向に傾いていると見なければならない。



 地方議会での意見書採択などの活動方法は、従来、リベラル陣営や左翼陣営が展開してきた運動方法であり、運動方法として特段の新奇性があるとはいえない。むしろ、日本会議が従来の左派が行ってきた運動方法を模倣しているように見える。(p.29)


私見では右派の方が同じ方法で運動をしても、権力者の共感が得やすいため、効果を得やすい(運動により動いてくれる議員が多い)のではないか?と考えている。

しかし、本書の終盤で指摘されるように、労働運動や左派、リベラルの従来の市民運動が後継者などもなくなり影響力を落としている中、宗教団体の影響力が相対的に高くなっているというのは、社会の構造と市民運動との関係として押さえておく必要があるとは思われ、本書を読んだ後の見解としては後者の要因の方が遥かに大きな意味を持っていると考えるようになってはいるが。



 日本会議事務方が行っているのは、「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」という極めて幼稚な糾合点を軸に「なんとなく保守っぽい」有象無象の各種教団・各種団体を取りまとめ、「数」として顕在化させ、その「数」を見事にコントロールする管理能力を誇示し、政治に対する圧力に変えていく作業なのだ。(p.132)


本書ではこうした管理能力を発揮しているのがどのような人物なのかといったことまで描かれ、ある意味でその能力の高さなどに対しては高い評価を下している。

ただ、私見では、宗教団体というのは動かしやすい対象である。教団の上層部の合意さえ得られれば、それに従う信徒たちに対しては宗教的な教えに基づくものとして語りながら政治的な動員をかけることが出来るのだから。

私は宗教団体は政治団体であるという考え方をこのブログでも何度か述べてきたが、現代の宗教団体(特にカルト的な新興宗教)における政治団体としての機能の仕方を本書から学ぶことが出来たと思っているが、上記の箇所は、その仕組みを集約的に表現している箇所の一つであったと思われる。



 『チャンネル桜』が開局した2004年8月当時、安倍晋三は自民党の幹事長職を務めていた。当選回数も少なく大臣経験もない「若造」の幹事長就任は、前代未聞といっていい。この大抜擢を行ったのは、時の総理総裁・小泉純一郎。小泉はこのとき、不文律として自民党の中で長年尊重されてきた「総幹分離原則」(一派閥への権力集中を防ぐため総裁職と幹事長職を同じ派閥から出さないという人事上の原則)を無視して安倍晋三を幹事長に抜擢している。まさに、小泉の代名詞ともいえる「サプライズ人事」の典型例だ。
 ある意味、安倍晋三は、「小選挙区制の申し子」といえなくもない。中選挙区制の時代であれば、いかに小泉に絶大な国民的人気があったとはいえ、党内の因習や権力バランスを無視し、当選回数の少ない若手議員を自派閥から幹事長に抜擢することは困難を極めたはずだ。党内で造反が起こり、反執行部の狼煙が上がったにちがいない。小泉流の「サプライズ」も「即決断行」も、公認権をはじめとする党内の人事権を執行部が独占する、小選挙区制特有の仕組みがあればこそだ。同時にこの異例の抜擢は、安倍の脆弱さも物語る。そして、この大抜擢のわずか2年後、小泉のあとを引き継ぎ、安倍は総理総裁まで上り詰める。が、いかんせん、2年である。自派閥の中にさえ、中川秀直や町村信孝など、安倍よりもはるかに当選回数も閣僚経験も豊富な人材がひしめいていた。派閥の領袖としてさえ権力基盤を構築しえないまま、安倍は総理総裁になったのだ。それまでの総理総裁と比べ、安倍の党内権力基盤は驚くほどに脆弱だ。日本会議や「生長の家原理主義者ネットワーク」をはじめとする「一群の人々」が安倍の周りに群がり、影響力を行使できるのも、この権力基盤の脆弱さに由来するのではないか。安倍は他の総理総裁よりつけこみやすく、右翼団体の常套手段である「上部工作」が効きやすいのだ。(p.171-173)


小選挙区制と安倍の権力基盤に関するこの分析は妥当である。例えば、安倍が第二次内閣以後、特にマスメディア対策に力を入れているのも、こうした権力基盤の脆弱性を補うためという面があるのではないか。

なお、小選挙区制下における自民党内部の権力関係について、執行部の権力はフォーマルなルートで行使される権力は極めて集権的であり、派閥の領袖などはインフォーマルなルートで執行部に影響力を行使するしかない従属的な立場に置かれているものと思われるが、こうした権力構造については私としては研究する必要がありそうだ。


ちなみに、本書は非常に多くのことを私に教えてくれたが、日本会議流の「市民運動」に対抗するためには、かつての右派学生運動が左翼学生運動に対抗すること自体を半ば目的としていたように、彼らの運動自体の不当性や危険性を暴露していく類の運動が必要であるように思われる。単に正攻法で個々の法案や政策に対してのみ抵抗していたのでは、日本会議関連組織の運動には十分に対抗できないだろう。その意味からも、最近、日本会議に関する分析が増えてきていることは望ましいことだと思っている。


マックス・ウェーバー 『国家社会学[改訂版]』

国民投票的指導者による政党の指導にとって、前提条件となるのは、従属者の『魂の喪失』である。彼等の精神的プロレタリア化といってもよかろう。指導者のために器具として役立つためには、従属者は、名望家的虚栄心にも自己の見解の要求にも心を乱すことなく、盲目的に服従し、アメリカ的な意味での機械にならなくてはならぬ。……(中略)……。『機械』を使う指導者デモクラシーか、それとも指導者なきデモクラシー、つまり、使命(Beruf)をもたず、指導者の条件たる内面的な、カリスマ的資質をもたぬ『職業政治家たち』の支配か、二つの中の何れかしかないのである。(p.81-82)


晩期ウェーバーの人民投票的指導者民主制の政治観がよく表れているところであるように思われる。(もっとも、本書はヴィンケルマンがウェーバーの政治的な著作をつぎはぎして勝手に組み上げた議論なので、ウェーバー自身の思想を語るには適切な本とは言えないが…。)大衆は所詮は魂を喪失した精神的プロレタリアであり、指導者にただ盲目的に服従するだけの存在であると前提されており、カリスマ的指導者がこの「機械」を使うべきだと考えられている。

ここで述べられている「機械」という語は、官僚制や軍隊などを語る際に「装置」という語を用いるのと並行しているように思われる。指導者が官僚制という「機械(装置)」を使うように、大衆をも「機械」として使うという発想に対しては、個人的にはおぞましいと感じるが、それを抜きにしても、命令系統が決まっている組織である官僚制と、アモルフなものとして捉えられることが多い大衆的な従属者たちを同じように「機械」として操作可能なものと考えるのは仮に比喩であったとしても適切ではないように思われる。

また、ルーマン的なコミュニケーション概念からは、官僚制という組織でさえ、「機械」や「装置」として捉えることの不適切さが指摘できる。「機械」や「装置」では、ダブルコンティンジェンシーが考慮されていない。すなわち、従属者側が指導者側に対してどのように反応するかという選択の余地があることについて無視されており、このことが持つ意味や効果は軽視できない。いわんや大衆をや、というところである。


ヴォルフガング・J・モムゼン 『マックス・ヴェーバーとドイツ政治1890~1920Ⅱ』

 マックス・ヴェーバーは、大戦時におけるドイツ的政策の本質的な課題が東部にあるとみなした。彼は、東部の場合でも、言語の異なる領域の併合に強く反対した。……(中略)……。
 その代わりに、ヴェーバーは、世界大戦におけるドイツの政策目標として、東部中欧において民族主義原理に基づく完全に新しい秩序を求めた。それによれば、ドイツは、大ロシアの専制から弱小民族を解放する役割を果たすべきであると考えられた。ヴェーバーは、ポーランド、リトアニア、ラトヴィア、ウクライナ、それぞれにおいて、広範囲にわたる自治権を有する国民国家が建設され、それらがドイツ帝国に依存することを望んだ。……(中略)……。
 ……(中略)……。そして彼は、ドイツがごまかしのない公平な協調の方法をとるならば、これら諸国民が反ロシア同盟の誠実な構成員になり得るであろうと信じていたのである。
 こうした東部中欧の[併合]計画は、基本的な傾向において、例えば、ハンス・デルブリュックやパウル・ロールバハのような、多くの自由帝国主義者の理念に合致していた。彼らは皆、海外へのドイツの勢力圏拡張が考えられなくなった大戦中に、ドイツの権力を東部中欧地域で拡大させる政策の可能性に関心を向けた。それによれば、ドイツは、東部において、ロシア帝政の専制から弱小民族を解放する役を演ずるものとなるべきであるとされた。(p.381-384)


ウェーバーの大戦時における政策論を見る場合、ドイツが対抗すべき勢力としてロシアを見ていた点は重要と思われる。

また、ドイツとロシアの間にある「弱小民族」を「解放する」役割をドイツが演じるべきだとする――ウェーバーのみではなく、当時のドイツの自由帝国主義者たちに共通した――考え方は、第二次大戦の頃の日本における「大東亜共栄圏」の発想を想起させる。

自国の安全のための緩衝地帯として最大の敵国(と見做す国)との間に、民族の自治と称して自国の影響圏を構成するべきだという発想の問題点は、自国が「弱小民族」を隠然と支配しながら反発も受けず、共に「敵国」と対峙する勢力として固定しておくことが出来るという自国にのみ都合の良い見方に立っている点のほか、自らの願望から見ているために、「弱小民族」(とされる人々)から見た視点やその主体性に対する配慮が欠けているところにある。また、敵国から見た場合にも同じ見方によって影響力を行使できるという視点も弱い。こうした独りよがりの発想では、相手がある闘争においては、そもそも自国が想定する敵国よりも圧倒的に力関係が強い場合でなければそう簡単にうまくいくとは思えない。



国家間の権力抗争におけるこのような威信要素の働きについて、ヴェーバーがその意義をいかに高く評価したか、この点は注目すべきである。彼はその意義を少なからず過大評価していたと言っても差し支えないだろう。内政においては、ヴェーバーは国内戦線を強化するものとして民主化を求めた。だが、一度、帝国議会多数派が講和声明を出す決意を固めて結集した時、彼は、それを、外国には[ドイツの]弱さのしるしに映ると評した。その限りにおいて、結局、ヴェーバーはここで自己矛盾に陥っていたのである。
 その上、ヴェーバーが講和決議に激しく反対したもう一つの理由は、民主化と[国民の]講和に対する期待感との結び付きにあった。ヴェーバーはこの結び付きを極めて憂慮すべきものと考えた。なぜなら、講和が議会主義的な統治体制に対する国民の考え方に及ぼす影響を考慮していたからである。彼は妻への手紙にこう書いている。「……将来、国内では、『外国がわが国に民主主義を押し付けたのだ』、と言うことだろう。これは不幸な出来事だよ。……」ヴェーバーの見解では、次の点が本質的に重要であった。つまり、名誉の講和が最終的に実現しない場合には、それによって民主主義思想それ自体を危険にさらすような解釈が必ず出現する。そうした解釈が最初から生じて来ないようにすることが必要である、という点である。同じ時期の手紙では次のように書かれている。「お前達は、外国が自分――外国――に都合の良い憲法をわが国民に押しつけたのを手助けしたのだ、とわれわれは将来、数十年にわたって反動家の連中がこのように非難するのを、何としても防ぐように努力しなければなりません。……(中略)……。」
 この批判は、ワイマール共和国が陥ることになる状況――ワイマール共和国は戦勝国の意志の産物でしかない、とその反対勢力から非難された状況――を予見するものであった。(p.450-451)


前段ではウェーバーが「威信要素」を過大評価していた点が批判されているが、これは妥当な批判であると思われる。ウェーバーの政治論は、社会学的な業績よりも遥かに劣る価値しか持たないと私は考えるが、その理由はまさにこの威信要素の過大評価によって判断が歪められている(影響を受け過ぎている)点にある。(もっとも、ウェーバーの学問的な業績のほうも、同じように「主観的に思われている要素」を重視している点では同じ傾向にあるとも言えるが、彼独特の距離を保とうとする感覚によって多少なりとも相対化されているのに対し、政治論では露骨に価値判断が方向性の判断を規定してしまっている点に問題がある。)

後段でウェーバーが憂慮している議論は、何やらここ20-30年ほど日本で見かける議論と似ているようである。つまり、第二次大戦後の日本の憲法に対して、民主化や人権擁護が行き過ぎていると考える保守的な勢力が、日本国憲法を攻撃する際に使用する物言いを想起させる。民主的なワイマール憲法が批判されて登場してきたのがナチであった。上記の物言いで日本国憲法を批判する勢力も同じようなものであることはよく理解しておく必要がある。



ヴェーバーによるロシア革命の解釈は幾分か誤っていた。彼は、1917年のロシア革命を理解する十分な概念的な枠組みを全く持っていなかった。ヴェーバーは、自発的な大衆運動を信じていなかった。専ら彼が信じていたのは、よく組織された行政幹部を統率する偉大な人物によって目標と方向が与えられる政治的形成体のみであった。この他に、すでに見てきたように、彼の確信によれば、長期間の革命的変革は、それが展開される場所と形式を問わず、ブルジョワジーの協力なしには考えられないものであった。(p.475)


ウェーバーの政治論の問題点の一つを的確に指摘している。まずウェーバーの理論には運動論が欠けている。このことにより、社会の変革の選択肢は狭められてしまった。また、ブルジョワジーなしの変革は考えられないという部分は、彼が属するブルジョワジーが役割を果たして欲しいという願望が先に立ってしまっていたように思える。



 こうした状況の中で、マックス・ヴェーバーがドイツのブルジョアジーに情熱を込めて訴えたのは、次の点であった。すなわち、ブルジョアジーは自己の固有の文化的・政治的理想を思い起こして、軽蔑されるような亜流的存在に成り下るのではなく、再び彼ら自身の階級意識に目覚めるべきである、と。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に関するヴェーバーの有名な研究は、こうしたブルジョア的・ピューリタン的な階級意識を蘇生させようとした試みでもあった。(p.698)


なるほど。この指摘によれば、ウェーバーの政治論に見られるブルジョアへの期待と「倫理」論文で提示された理念とは繋がっているという見方ができるわけだ。どの程度の妥当性があるかはすぐには判断できないが、なかなか興味深い指摘。



 マックス・ヴェーバーは、民主制と自由主義的法治国家を自然法によって正統化することが困難になって来たと考えていた。なぜなら、現代国家学にとって、自然法は正統化の理論としてはもはや十二分に耐え得るようなものではなくなった、と考えられたからである。つまり、「人権[思想]」は宗教的なゼクテ制度の産物であり、その本質において「極端な合理主義に基づく狂信」である、と彼は考えていたからである。……(中略)……。
 人民主権に関する古典的な民主主義論の場合にも、事情は異なるものではなかった。それは、ヴェーバーの見解によると、支配権が個別的にどのような形態を取ろうと、支配権というものは指導者達の寡頭制によって行使されるという根本的事実を無視しているのである。……(中略)……。極端な知的合理主義に拠って、ヴェーバーは人民の自由な自己組織という民主主義思想から原理的に離れて行った。……(中略)……このミヘルス宛の手紙で、マックス・ヴェーバーは、幻想をまじえない冷静な言葉で次のように述べている。「……(中略)……。『人民の意志』とか人民の真の意志というような、そうした概念は、私にとっては、すでに久しい前からもはや存在してはいません。それはフィクションです。……(中略)……。」、と。ヴェーバーは、現代大衆民主制において古典的民主制論の理念的核心だけでも救出して活性化させることを諦めてしまったのである。ルソー以来民主制思想にその固有の高い価値(ディグニテート)を与えて来た、人民の自由な自治という要請に代わるものとして、彼は形式的に自由な指導者選出の原理を提示したのである。(p.701-704)


ウェーバーの政治思想の最大の問題点の一つを集中的に論じている箇所と思われる。

ウェーバーは自然法や民意といったものが存在しないと喝破することによって、これらの理念を採用できなくなったわけだが、この点にウェーバーの政治思想の根本問題があると思われる。民主制や議会制を手段としか見ることが出来ないところにウェーバーの政治思想の問題が集約的に現れてくるが、理論的には、その原因は、こうした「自然法」や「民意」のような理念の喪失がある。

もちろん、ウェーバーという人物の個性なり気質として、貴族主義的で権威主義的なところがあり、本質的に民主主義的なものへの共感が低いということもあるにしても。なお、この意味では、ウェーバーは理念的核心を活性化させることを「諦めた」のではなく、そもそも民主主義的な志向が弱く、あまり積極的に活性化させようとしなかったのだろうと私は考えている。(この「諦めた」という部分はモムゼンが是とするものとウェーバーのそれとの落差から出ているものと思われる。)

「自然法」や「民意」のような「実質的なもの」をウェーバーのようなやり方で一蹴してしまうのではなく、適切に取り入れた政治論が必要である。というのは、モムゼンが考えているであろうように、「民主制論の理念的核心を活性化」させることは現代の日本や世界においても非常に重要な課題になっていると私は認識しているからである。そして、この点で、サンデルのような目的論が参考になると考えている。すなわち、例えば、「人権」を基礎づけるために歴史的には「神が造った」ということに繋がっていく自然法思想から導くのではなく、多くの人々が善く生きるために必要だと認めるような権利であり、また、その権利を認めることにより実際に期待された方向へと社会を進め得るから増進されるべきだというように立論するようなやり方である。

ウェーバーの理論は「実質的なもの」を捨てすぎたために「形式的なもの」に頼りすぎる傾向がある。そのためいつも「実質対形式」のジレンマに立たされる。(それが魅力の一つになっている面もあるのだが。)



ロイド=ジョージ型の人民投票的指導者やカール・リープクネヒトにも、ベニト・ムッソリーニやアードルフ・ヒトラーにも適用可能なヴェーバー的意味におけるカリスマの無内容さは、[政治的色合いを異にする、さまざまなカリスマの変種を区別する]識別という困難な問題を実際に提起するのである。(p.750-751)


これは正に私が直前で指摘した「実質対形式」のジレンマの一つかも知れない。形式的なカリスマ概念はどのような型のカリスマにも適用可能だが、その実質的な働き、すなわち、そのカリスマが導く方向についての感度を鈍らせることになりやすい。現実の政治では、そのカリスマ的指導者が、どのような方向に社会を導いていくのか、「彼の目的」と「彼の行為が引き起こすであろう結果に対する予測」をよく見ることが必要であるが、ウェーバーの理論は形式的過ぎてこの点を看過しがちなのである。



しかしながら、憲法技術上の意味だけではなくて、とりわけ原理的にもヴェーバーによって過度なほど強調された指導者の役割論は、民主政治の過程をほぼ指導者選出の問題に局限する結果となりはしないかどうかという問題が提起されよう。(p.751)


これはまさに晩期ウェーバーの人民投票的指導者民主制の問題点だろう。