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アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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矢内原忠雄 『日本精神と平和国家』

太平洋戦争を始めたときに、八紘を宇となすとか大東亜共栄圏とか東亜の諸民族の解放とか、さういふことが言はれたのでありません。あれは戦争遂行上政治工作が必要となった時に始めて言はれたことです。あとから附加へた理窟です。(p.49)


ここで指摘されている視点は、これらの言葉が当時どのような意図をもって、あるいはどのような効果を狙って言われたのか、という点を考えるときにポイントとなる要所である。



 も一つ、朝鮮とか臺灣とかに於ける日本の政策を見れば、共栄圏理念の不明瞭・不徹底がわかる。大東亜共栄圏の理念をなぜ朝鮮臺灣に適用しなかったか。朝鮮とか臺灣に於ては神社参拝を強要したり、創氏改姓と言ひまして姓名を日本流に改めさせる。又朝鮮語臺灣語の使用を禁ずるやうなことをした。最も著しくありましたのは、国民学校や中等学校の生徒を利用しまして、創氏改姓や神社参拝を家庭に強要したのであります。姓を変へて来ない子供は学校に入れてやらない。又は明日から学校に来なくてもよい。さういふことを言って、家庭の日本化を強要し、それが日本精神だと為したのです。ところがフィリッピンやビルマに対しては、それぞれの地方の民族を解放し、その生活の自主性を尊重することが日本精神だと言った。八紘為宇の国策と言っても、さういふ矛盾した政策が行はれたのであります。
 太平洋戦争は聖戦だといふことが高調せられたのでありますが、宣長が聖人の教を批評した論法を用ひますれば、私心から出た戦争であったから特に聖戦と言ったのだ。軍官民一致といふことが繰返して言はれたのは、軍官民離反の事実があったからだ。(p.50)


フィリピンやビルマを解放すると言っても、せいぜい当時の朝鮮や台湾が解放された程度にしか「解放」されないであろう、とも言える。実際には、そもそも「解放」と呼ぶべきかどうかということが問題になるだろう。朝鮮や台湾に対する日本の統治は全否定されるべきものではないが、現地の人々に対する差別があったという点は押さえておくべきである。

後段の考え方は、現在の社会の言説を見る際にも使える見方である。例えば、「働き方改革」とは「使用者側にとってより使いやすい働かせ方の実現」という目的を隠すための呼び名である。現代の論法は単純に逆のことを言うというより、別のところに意味や意図を隠蔽しながら発せられている分だけ質が悪いが。



平和国家といふものは利益問題であるか義務の問題であるか、といふことであるのです。(p.87)


この観点は重要と思われる。ともすると、利益問題の側に引き込まれやすいが故に特に重要である。平和国家は(少なくとも主として)義務の問題であり、利益の問題でも事実の問題でもない、という理解は重要と思われる。それはあるべき状態であり目指すべき状態である。


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國分功一郎 『100分で名著 スピノザ エチカ』

 「ベントー」はポルトガル語の名前です。スピノザの祖先はスペイン系のユダヤ人で、15世紀の終わり、スペインでユダヤ人への迫害が強くなった際に一家で隣国ポルトガルに逃れています。貿易商だった父はポルトガルの生まれです。しかしポルトガルでも迫害は厳しくなり、一家はフランスを経由してオランダのアムステルダムに移住することになります。スピノザは、1632年11月、この街のユダヤ人居住区に誕生しました。
 彼の肖像画を見ると、髪は黒く縮れ、瞳も黒く、肌の色も浅黒くて、イベリア半島の出身を窺わせます。(p.9)


なるほど。



 エチカの語源はギリシア語の「エートス ethos」なのですが、ここまで遡るとおもしろいことが分かります。エートスは、慣れ親しんだ場所とか、動物の巣や住処を意味します。そこから転じて、人間が住む場所の習俗や習慣を表すようになり、さらには私たちがその場所に住むに当たってルールとすべき価値の基準を意味するようになりました。つまり倫理という言葉の根源には、自分がいまいる場所でどのように住み、どのように生きていくかという問いがあるわけです。(p.24-25)


エチカはその語源からしても「上から押し付ける道徳」にはなじみにくいわけだ。

話は変わるが、「エートス」というと、ウェーバーの資本主義の「精神」が想起される。ウェーバーの場合、この語は、ある種の「心理的起動力」として規定されていたが、外側から強制されるのではなく、内側から湧き出てくるイメージは、語源とも共通するところはありそうである。



 おそらく優れた教育者や指導者というのは、生徒や選手のエイドスに基づいて内容を押しつけるのではなくて、生徒や選手自身に自分のコナトゥスのあり方を理解させるような教育や指導ができる人なのだと思います。そう考えると、古典芸能などでいう「型」というのは、その型を経ることで自分の力の性質を知ることができる、そのようなものなのかもしれません。(p.51)


型を経ることで自分の力の性質を知ることができる、というのは、なるほどと思わされた。

スピノザが力(コナトゥス)に着目するところでは、オートポイエーシスの「作動」と共通するものを捉えているときがあるように思い、興味深い。



 スピノザは確かに契約説の立場を取っていますが、一度きりの契約という考え方をしません。毎日、他人に害を及ぼすことがないよう、他人の権利を尊重しながら生活すること、それこそが契約だというのです。(p.64)


スピノザの契約説の考え方は、もう少し詳しく知りたくなった。通常の社会契約説よりも妥当な考え方であるように思われる。

ただ、毎回毎回契約し直す、更新・確認され続けるということになると、契約という言葉との相性はやや悪くなり、一般に受け入れられやすくはないのではないか、とは思う。同じことを何か別の原理によって説明する方がより適切に表現できるのではないかという気がする。



 自分を知ることは自分に何らかの変化をもたらします。つまり、何かを認識すること、真理を獲得することは、認識する主体そのものに変化をもたらすのです。私たちは物を認識することによって、単にその物についての知識を得るだけでなく、自分の力をも認識し、それによって変化していく。真理は単なる認識の対象ではありません。スピノザにおいて、真理の獲得は一つの体験として捉えられているわけです。(p.105)


この辺りもオートポイエーシスと通じるものがあるのではないか。スピノザの書き方は幾分、反省的ではあるが、そこで言い表そうとしていることは反省的に記述されたものではなく、作動の局面にあるものを捉え、それを言い表そうとしているのではないかと思えるときがしばしばある。ここで説明されていることも、こうしたものの一つであると思われる。


鈴木幸壽・山本鎮雄・茨木竹二 編 『歴史社会学とマックス・ヴェーバー――歴史社会学の歴史と現在――(上)』
島田信吾 「比較歴史社会学序説」より

ドイツでは言葉を通じての議論、並びに文章を通じての“歴史”が重く見られ、それが過去の分析の中心になっていると思われる。それが一つには歴史学でもあるし、他方では歴史合理性と呼ばれるものであるのかもしれない。日本の場合、確かに歴史学的な議論は存在するし、過去の事実のテーマ化には事欠かない。しかし、社会的な傾向として、こうした言語を通じた議論はどうしても日常生活からかけ離れ、二次的なものになっているという印象を受ける。過去の意味はどうしても“歴史の中”にディスクールを通じて探られるということにはならず、いかに生存者が死者に意味付けを行うかということにあるからである。
 この意味付けが政治的な象徴性を帯びていることは2001年8月13日における小泉首相の靖国神社参拝にも色濃くに現れている。また1963年以来、毎年8月15日には、全国戦没者追悼式が行われているが、そこでの歴代の首相の挨拶の言葉を追っていくと、大変はっきりとした意味付けが行われているのが見えてくる。吉田裕が指摘するように、戦没者が生存者のための犠牲になり、今日の繁栄の礎となったという見方である。こうした追悼儀礼はもちろん一つの宗教とは呼べないが、ここで強く出ているのは、先祖があって現在があるという、時間の連続性である。この国家儀礼が日本人の戦没者の追悼を目的としている以上、この時間の連続性が国家の連続性、並びに文化アイデンティティーと深く結びついていることは明確であろう。
 さらに各地に存在する護国神社の祭りを見ていった場合、この時間の連続性が宗教儀礼を通じて人々に伝えられていっていると見なせるであろう。祭られている“英霊”と現在の間には儀礼によって関係が保たれ、後裔のために自ら犠牲となった先祖という意味付けがはっきりと見てとれる。
 ここでの歴史観は先祖から受け継いだ連続性の時間の流れであり、“現在”はこうした意味で過去に規定され、歴史の流れの他の可能性は否定される。いってみれば、この先祖のおかげでの現在というコンセプトは過去の対象化をはばみ、戦没者を加害者として見る視点を否定するわけである。つまりこうした思考は過去の“現在性”を強調しその対象化を阻む。こうした過去は結局は歴史になり得ないわけである。(p.104-105)


ある事実が歴史叙述の対象になりにくいということがありうる。この点の指摘にはなるほどと思わされた。

日本で第二次大戦や日中戦争などのことについて歴史学での研究があっても、それが参照されることなく、ネトウヨ的な自慰史観に基づく歴史物語がやたらと流通していることの要因を、上記引用文は指摘し得ているように思われる。すなわち、戦没者は現在のわれわれのために犠牲となった先祖であると意味づけられ、その犠牲により現在に貢献してくれた人である、という意味付けがされているため、戦没者は被害者としての側面だけが言われることになる。彼らの加害性は否定され、隠蔽される

客観的かつ公平公正に歴史を叙述しようとすると、戦没者を含めた当時の人々の被害性と加害性の両面を見なければならないが、「現在に貢献してくれた恩人」として(事実を知る前に、あるいは、事実を知っていたとしても、それ以上に強く)意味づけされてしまっているため、「英霊」たちの加害性を認めることができない。このような不当な信念が先立っているため、公的な場で議論をしようとしても議論が成り立たず、不毛な議論しかできない。不毛な議論ばかりが続くと、議論をしようという気も起きなくなっていく。結果、ドイツのような状況とは全く異なる現在の日本の言論状況が現れることになる、といったところか。




カール・ヤスパース 『われわれの戦争責任について』

 道徳上の過誤は、政治上の罪と刑事犯罪との生じてくるような状態の土台をなすものである。数知れぬ小さな怠慢行為とか安易な順応とか、安価な理由をつけて不正を正当化したり、知らず識らずのうちに不正をうながしたり、社会全般に不明朗をかもし出してそれ自体が悪の温床となるような社会的雰囲気の発生に力を添えたりする行為は、社会の状態や出来事に対する政治上の罪を生ずる一つの条件ともなるべき結果をも生むのである。
 人間の共同生活における権力の意義をはっきりと見極めないということも、道徳上、問題となることである。このような根本的な事実要素を隠蔽することは、不正にも権力を絶対化させて事態の唯一の決定要因たらしめることと同じく、罪なのである。生きる上に頼りとしている権力関係のなかに巻き込まれてしまっているということが、人間誰しもの逃れられぬ致命的な災厄である。これはすべての人間の逃れられない罪、人間としてのあり方の罪である。正義ないし人権を実現するような権力のために献身的な努力をすることによって、この罪に対抗していくのである。正義に奉仕する権力関係を築き上げ、このような権力のために戦うということに協力を怠るのは、政治上の根本的な罪であるが、この罪は同時に道徳上の罪でもある。(p.57-58)


最初の段落で述べられている「道徳上の過誤」が政治上の罪や刑事犯罪をもたらしうる蓋然性は、ヤスパースの時代よりも現代の方が遥かに大きなものになっているように思われる。それというのもネットによってこうした道徳上誤った言動にふれる機会が増大しているからである。政治家や公的な立場にある人が(ネット上や私的または党派的または公共的な集会などで)問題発言(ヘイトスピーチや差別的発言など)をしたことがニュースになることがあるが、このような言動は通常「道徳上の過誤」であり、こうしたものを放置しておくと、そのうちそうした考え方が当たり前のものとして流布することを助長することになる。このようなものがコモンセンスとなってしまえば、権力者たちが政府に誤った行為をさせることを許すことに繋がる。

ヤスパースが後段で述べているように、そうしたものに対抗する権力関係を築き上げるように努力・協力しなければならず、このような努力や協力をしないということ自体が罪である。ヤスパースの基準は極めて理想的であり厳格なものではあるが、このような理念を掲げるか否かは、日常の言動にも差が生じるものであり、少なくとも心にとめておく価値がある。



類型的な見方が何ものかを正しく捉えているからといって、この一般的な性格づけが個人に当てはまると見られる場合に、それですべての個人を把握し得たつもりになったりしてはならない。これこそは諸民族、諸団体相互間の憎悪の手段として過去幾世紀を通じて見られた考え方なのである。最大多数の人間が遺憾ながら自明当然の考え方と感じているこの考え方こそ、ナチスが最も悪辣な用い方をしたところのものであり、かれらが宣伝によって国民の頭に叩き込んだところのものである。(p.69)


ヘイトスピーチやしばしば差別発言をする人々は、大抵この考え方に捉われている。



 けだし人間世界の問題については、現実がそのまま真理なのではない。むしろこの現実に対抗して別な現実を立てていかなければならない。別な現実が存在するか否かは、人間の意思にかかっている。(p.98)


今ある現実をそのまま認め、その流れに乗ることをよしとする人がいる。それ以外の現実を想像したり、意志したりすることができない人がいる。ヤスパースが言っているのは、あるべき未来を構想し、それを実現するよう努力することの重要性であろう。

これに対し、昨今の「フェイクニュース」といった言葉が言われるようになっていることや森友・加計問題に対する安倍政権の対応、裁量労働制に関して政府がどう考えても彼らにとって不都合なデータを意図的に隠蔽し、彼らにとって都合の良さそうに見えるデータを無理やりでっち上げようとしたとしか考えられないような対応――政府がやりたい方向に有利になるようなデータを作成し、比較することができないデータを比較して見せ、その比較の結果に対する注釈をせずに公衆の面前にさらし、かつ、より適切で比較可能なデータは可能な限り隠蔽する、というのが現時点での政府の対応であろう――に見られるように、「真理ではない現実」すら隠蔽し、より誤謬に満ちた「権力者の願望」を現実であると思わせようとする権力者たちの言動は極めて危険なものである。



 それはともあれ、祖国に対する義務はその時々の支配権に対する盲目の服従よりもはるかに根本的なものである。祖国の魂が破壊されれば、祖国はもはや祖国ではない。国家の権力はそれ自体が目標なのではない。それどころか、国家がドイツ的な本質性格を破壊する場合には、国家権力はむしろ有害である。それゆえ祖国に対する義務ということからは決して理論上当然にヒットラーに対する服従という結論が出てくるわけではなく、またヒットラー政権下の国としてもドイツはなおかつ是が非でも戦争に勝たなければならないという結論が当然に出て来るわけではない。ここに良心の錯誤がある。(p.112)


これは現代の日本の右派にも頻繁に見られる錯誤である。彼らは「国賊」とか「売国奴」といった類の言葉をしばしば口にするが、時の政権がこれから行おうとしていること、現に行っていること、過去に行なったことなどに対して「否」を言うことと、ヤスパースがここで言う「祖国」を否定することとは全く別のことである。

むしろ、大抵の場合、前者のような否定の言動をすること(つまり、現在の政府の方針に反対することなど)は、より根本的な「祖国」への忠誠から発することもあり得るし、ほとんどの場合、こうした関係になっているのではないか。ここで「祖国」と呼ばれているような「ある共同性に対して概ね共通して抱かれる想像」を前提しなければ、現在の政府の方針を変えさせて「この社会」を良くしようと思うことは難しい(より身近な人のことだけを考えて行動することもあり得るが、そのような活動では――誰にとっても常に身近な人に関係するというような場合を別とすれば――普遍性を持つことは難しい。)。



 罪の意識を基礎にした内面の清めがどこまで進んだかは、攻撃に対する態度を見て知ることができる
 罪の意識を持たなければ、あらゆる攻撃に対するわれわれの反応は、依然として反撃の形をとるのである。これに反して内面的な揺さぶりを経験したあとでは、外部的な攻撃は今はただわれわれの上面を掠めるだけである。悲しみや心の痛みは覚えるであろうが、攻撃が魂の奥底までしみるということはない。
 罪の意識が真におのれの意識となっていれば、間違った不公正な非難には平然として堪えられる。それは尊大な気持ちと横柄な気持ちとが消えてしまったからである。
 ……(中略)……。
 われわれの心を照破して変化させることを怠れば、防ぐすべもなく無力であるがゆえに、われわれの敏感さは高まる一方であろう。ものごとを心理的に劣弱意識に転換させることによって生ずる毒素がわれわれを内面的に破滅させるであろう。非難を甘受し、それを聞いたあとで検討してみる心構えでなければならない。われわれに加えられた攻撃はわれわれ自身の考え方を調整することにもなるのだから、これを避けるよりは進んで求めるようにしなければならない。われわれの内面的態度はこのようにして裏づけを得ることになろう。(p.208-209)


これを読んですぐさま念頭に浮かぶのは、安倍晋三やその周辺の人々が、従軍慰安婦問題や南京事件、その他日本政府の過去の戦争犯罪を含む歴史問題に対する際の態度である。彼らは批判されれば反論する(時には根拠がないデマやそれに近いような不適切なデータや複数あるデータのうちの都合の良い一部だけを切り取ったものを切り札として)。そこには尊大さと横柄さが見られる。罪の意識は微塵も感じられない。表面上の言葉より、こうした態度の方が彼らの思っていることを的確に見せてくれる。


社会思想史学会年報 『社会思想史研究 №22 1998 シンポジウム:社会システムの現状と問題点』(その2)
細見博志 「マックス・ウェーバーと価値判断論争」より。

 反講壇社会主義者は、自らはあらゆる価値判断を排除して、経済学を浄化すると主張しているが、ウェーバーによれば似非価値自由論者であり、一見中立的な装いのもとで密かに大資本の利益を代弁しており、それによって甘い汁を吸っているのだ、というのである。「懲罰教授」や「迎合教授」の存在をみれば、そのような疑いは色濃く残っている。しかしここでは彼らに対するウェーバーの非難の当否はひとまずおいて、事実として確認すべきは、反講壇社会主義者は、存在と当為を峻別し、その上で経済学からあらゆる当為を放逐せよ、と主張したということである。その放逐すべき当為とは、なかんづく講壇社会主義者の説く労働者保護政策である。しかし経済学が実践的学問である限り、やはり当為は不可欠である。その当為は、反講壇社会主義者の場合、「事実をして語らしめる」という彼らのお気に入りのスローガンの通り、まさに存在から導出されたのである。しかしながらそのようにして導出された彼らの当為には、反社会政策という一定の方向性が常について回っていた。「事実をして語らしめる」とは、事実の選択、その因果付けの方向、に聞くものをして意識せしめない誘導がなされている。とすれば、政治のレトリックとして、極めて有効で洗練された技法であるが、知的に誠実な学問の方法ではない、とウェーバーなら言うところである。(p.68-69)


価値判断論争に関する論争の背景についてこの論文で論じられているということを知り、この論文を読もうと思い、この雑誌を手に取ったのだが期待通り興味深い事実がわかった。ウェーバーとシュモラーらの社会政策学会内での論争の背景には、社会政策学会外に社会政策を否定しようとする反講壇社会主義者(その背後には産業資本)がおり、彼らは価値自由論を誤用することでその主張を正当化しようとしていた。ウェーバーの方法論を読むときには、単に相手方のシュモラーらだけでなく、反講壇社会主義者にも配慮しながら書かれたことも念頭に置く必要がある。

また、当時と同じ論法を使うかどうかは別として、経済政策について発言する学者やエコノミストなる者たちの中には、ウェーバーの時代の反講壇社会主義者と同様、大資本の利益を代弁し、甘い汁を吸っているような輩も多い(メディアへの露出のチャンスも多い)ということは念頭に置く必要があり、彼らの使う「知的に不誠実な政治的なレトリック」には常に注意が必要であろう。



渡辺孝次 「マルクス・エンゲルスとマイノリティの論理」より。

 近年、マイノリティ研究がさかんである。そのことは、近代をもっぱら自由と解放の時代と見る単純な「進歩史観」から脱し、近代こそある意味で抑圧が強化された時代であったとする、近代再考の動きと関係が深い。近代に解放されたのは、結局のところマジョリティにほかならず、それまで容認されていたマイノリティの権利は、かえって制限されていったとする認識において、両者はあい通ずる。(p.134)



私としてはあまり近代を「解放の時代」とは考えていなかったが、私より少し上の世代にはこのようなイメージで近代が捉えられていたのだということに久しぶりに思い至った。本書は1998年に出ているが、この頃にはまだ80年代や70年代以前の感覚を持った人がそれなりの数活動しており、その時代の考え方も参照しながら批判していくような作業がされたと思われるが、それから約20年も経過すると、ここで言う「近代再考」により修正されてきた「近代観」が常識になってきたのかな、という気がする。



藤野寛 「ユダヤ人問題との関連においてみられたホルクハイマー/アドルノの「非同一的なもの」概念」より。

一方の解釈では、ユダヤ人は、近代化過程に必死でしがみついている者たちから、あたかも啓蒙的近代の艱難辛苦から自由であるかのような存在として恨みを買う、とされるのに対し、他方では、その同じユダヤ人が近代化過程の成功者、成り上がり者とみなされ、そこから落ちこぼれた者たちに妬まれる、という話になるのである。ほとんど正反対の議論が二つながらまかり通っている、というしかなく、『啓蒙の弁証法』も、その両方に目配りすることを忘れていない。
 この事態は何を物語っているのか。要するに、反ユダヤ主義者にとっては、ユダヤ人が何者であるのかは、実は問題ではない、ということである。反ユダヤ主義の根は、ユダヤ人の側にあるのではなく、反ユダヤ主義者の側にこそ見出されるものなのだ。反ユダヤ主義は「ユダヤ人を必要としている。(215)」そして、このメカニズムに光をあてるのが「投影」についての分析に他ならない。(p.184)


これは反ユダヤ主義だけでなく、恐らくほとんどあらゆる人種差別及びそれに類する差別に当てはまると思われる。現代日本においてこれに類するものとしては、在日コリアンらへの排外主義的な差別や中国や韓国の人々に対するネトウヨ的な嫌悪などを挙げることができよう。そうだとすれば、差別や嫌悪の対象となっている人々が問題なのではなく、差別や嫌悪を表明している側に問題があるのである。



齋藤哲郎 「ネオ・マルクス主義と台湾」より。

 やがて、85年8月にレーガン大統領が台湾に民主化を勧告し、87年7月15日、戒厳令が正式に解除され、11月には中国大陸への親族訪問が許可され、さらに、蒋経国死去による李登輝総統時代の開幕(88年1月)以降、いわゆる政治的民主化・自由化が進み、表現の自由も大幅に許容され、学術・思想の分野も様変わりした。注目すべきことは、多くの台湾知識人や青年が、解禁されたマルクス主義出版物を貪るように渉猟し始めたことである。マルクス主義は、サルトルやウェーバーと同様に、台湾の知的ブームの一つになったのである。(p.201-202)


日本でも60年代頃はウェーバーや実存主義が流行した時期があったが、この思潮は台湾でも同様に流行していたということか。マルクス主義が90年代台湾で知的ブームになったことについては正直あまり驚きはないが、ウェーバーやサルトルが台湾でどの程度、また、どのように読まれたのかというのは興味が惹かれる。



安川寿之輔 「白井厚編著 『大学とアジア太平洋戦争――戦争史研究と体験の歴史化』」より(書評)。

「初めから国家目的に従属」していた戦前日本の大学が(だからこそ)専門教育・職業教育に偏向し、侵略戦争の進行に傍観者的で無力な知識人の形成しかできなかったという反省から、新制大学は、一般教育を大学教育の「根幹的意義を有する」中核に位置づけることを目ざし、その「成否こそ、新制大学の運命を決するカギ」と考えた。90年代の大学「改革」は、その一般教育を縮小・解体する歴史邸な誤りの道を歩んでいる。(p.228)


この見方は参考になる。この本も手に取ってみたい。


社会思想史学会年報 『社会思想史研究 №22 1998 シンポジウム:社会システムの現状と問題点』(その1)
佐藤康邦 「システム概念の可能性について」より

ルーマンの社会システム論が依拠する「環境の複雑性の縮減」の原則は、環境への適応、自然選択に関するネオ・ダーウィニズム的発想をサイバネティックス的に言い換えたものとみなせましょうが(ルーマンがシステムの歴史に「進化論」という概念を当てはめていることは、それを裏書きする)、それは、環境を、ただその複雑性を縮減させる対象に過ぎないものに切り下げてしまうことによって、著しく貧困化する結果をもたらしたと言うべきであります。(p.26)


確かにシステムが自己準拠的に境界を区切っていくことでシステムとして立ち上がっていくとき、環境は「非システム」としてしか捉えられない。環境をそれ自体として捉えていこうとする発想には繋がらない。というか、そうした発想を拒否する所から出発していると言ってもよいのかも知れない。



水島茂樹 「ふたたび社会に経済を埋め込む」より

平等な人間から構成される透明な世界であるという市場の特性は、長所である反面、資本主義からの圧力に容易に屈服させられてしまう弱点ともなる。理想的な市場概念に近い町の市にさえ、資本主義が、市場の透明性や公正なルール、競争をかいくぐって入り込み、情報の独占や巨大資本に基づく特権的地位を利用して高利潤を上げることが稀ではないとブローデルは注意している。この曖昧さもまた市場と資本主義の混同を容易にすることになる。この曖昧な関係が捉えられず、市場と資本主義が唯一同一の現実と見なされるため、経済的自由主義の説得力が高まると上で指摘したが、マルクス主義は逆の方向でこの関係を捉え損ない、資本主義の悪を市場に直接投影してしまった。悪=資本主義と戦うためには、その根っこにある市場を廃棄しなければならないという、悲惨な結果を引き起こしたボルシェビズムの認識はこの混同に由来するのである。(p.51)


ブローデルの市場と資本主義の概念は非常に役立つ見方である。リバタリアニズムや新自由主義のような発想は、「市場」の論理によって人々を説得するが、「資本主義」の動きを捉え損なわせるミスリーディングな(人々を誤導させる)ものである。マルクス主義とリバタリアニズムが同じ混同に基づいて議論しているという指摘は、こうした議論をする人に対して気づきを与えさせるには役立つかも知れない。



資本家は専門化しない。彼らは状況次第で、海運業者にも保険業者にも、銀行家にも産業資本家にもなる。大きな利潤が上がる分野が変化するにつれて、活動や投資の分野を容易に転換する。こうした「急旋回を切る」能力を持っていること、これが資本主義の強みなのである。(p.52)


この見方は重要。グローバルなヒト・モノ・カネの移動の自由化が進むことは、事実上、この「急旋回を切る」能力を規制することが最大級に難しくなることを意味する。この意味で、20世紀後半の人類は大きな過ちを犯したと考える。



 まず福祉国家の危機について。それは財政危機だけの問題ではない。平等化という福祉国家の目的がかなり達成されたために平等という目標が疑われるようになったこと、そして国家を媒介とした再分配を通じて間接的に社会的連帯を実現するという福祉国家の仕組み自体が自動化・自立化しすぎて個々の市民に連帯の事実が見えなくなったところに問題の根がある。したがって現在の危機を乗りこえるためには、連帯に伴う義務を国家から社会に取り戻さなければならない。こうして問題の核心に福祉国家の達成が効力の限界にぶつかっているという事実がある以上、経済的自由主義に対して福祉国家の原理を唱え続けるだけでは後ろ向きの批判にしかならないことは明らかだろう。(p.58)


90年代以後のリベラルが保守派から押されて(多少の振り子の揺り戻しを続けながら)後退を余儀なくさせられているのは、こうした福祉国家が限界にぶつかっているという現状が背景の一つである。より積極的な批判をしようとすると、反保守の立場においても違いが出てくることになり、一つにまとまることは容易ではない。この問題をどう解決していくか。


矢野久美子 『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』

 ヤスパースは戦後ハイデルベルク大学の再建に尽くし、戦後ドイツの良心として47年にはゲーテ賞を受賞していたが、翌年にはバーゼル大学哲学教授としてスイスに移住していた。ハイデルベルク大学や市議会はヤスパースを失うことに強い抵抗を示したが、アーレントはヤスパースの選択を全面的に支持した。ヤスパースは「国民的英雄」ではなく哲学教師であることを望んだのである。(p.121-122)


ハイデルベルク大学だけでなく市議会もヤスパースの移住・移籍に抵抗を示したというのは興味深い。戦後のヤスパースの名声は確かにそれなりに高いものがあったようである。



彼女は『六つのエッセイ』に収めた「実存哲学とは何か」という論稿で、1933年にナチに入党したフライブルク大学総長となったハイデガーの行動様式を、自分のことを天才と思い込み責任感をまったくもたない「最後のロマン主義者」のそれと見なしていた。彼の哲学から導き出される自己は、自己中心的で仲間から分離した自己、完全に孤立し原子化された自己たちであり、そこから「民族」や「大地」といった概念、つまり一つの「超-自己」への組織化が生まれる、と彼女は書いた。(p.122-123)


ハイデガーの行動様式及び思想に対する適切な評価と思われる。



短期間で総長を辞職したとはいえ、ナチに関係したハイデガーは、当時まだ戦後ドイツの大学での講義を禁じられていた。(p.124)


1950年のこと。こうした禁止が解かれたのはいつなのかが気になる。ドイツにおけるナチ関係者への公的な場面での扱いと評価はどのようなものだったのだろう。日本でも戦前に対する評価について(歴史を知らないにもかかわらず「正しい歴史」を知っていると自惚れる)「歴史修正主義者」たちが跋扈するようになってきている中、ドイツやイタリアなどでの戦前に対する評価のあり方を知っておくのは有益であるように思われる。



ハイデルベルクには当時学生も巻き込んだハイデガー派とヤスパース派のようなものが形成され、後者に属したシュテルンベルガ―は、ハイデガーのナチ協力について、その思想そのものに有罪判決を下して捨て去るような姿勢をとっているように見えたのである。(p.125)


ハイデガーの思想は政治的には右翼や保守・反動と相性が良いのに対し、ヤスパースの思想はそれと比べるともっとリベラルで平等主義的な志向が強い。そういった政治思想的な面でも両者に対する好みは分かれやすいのは理解できる。



 アーレントによれば、イデオロギーとテロルの支配下で現実や経験の意味は消え去り、人間が複数であるという事実が破壊される。現実の世界が余計なものとなるのである。複数の人間のあいだにあり、人びとが同じものを見ているという意味で共有している世界の解体は、他の人びとからも世界からも、そして自分自身からも「見捨てられている」(Verlassenheit, loneliness)という孤立化の事態、人間が根こそぎロンリーであるという事態をもたらした。(p.128)


今回、アーレントの思想に関して、このあたりの考え方に興味が惹かれた。恐らく90年代以降だと思うがアーレントの思想に対する再評価が起こったと思われるが、それはこうした部分に対する関心もあったのではないか。



人間を自動化し自然化することは、人間を予測可能な自動機械に変えることである。そのことを全体主義的支配者は理解していたし、現代社会でもその危険性は十分にある。(p.140)


このあたりからは、法を法とも思わずに恣意的な衆院解散を繰り返す安倍晋三の選挙戦略が想起される。政治的な問題に対して日頃から十分に関心を持ち理解している有権者はほとんどおらず、それを求めるのは「強い個人の仮定」をすることになってしまうような状況において、一方的に情報を発信することができる立場から、ほとんど法的に裁かれる心配がない(日本の裁判所は政治的な判断にはほとんど入り込んでこない)ことを利用して、都合の悪い事実・情報を隠蔽し、一方的に政権に都合の良いアジェンダを押し付ける。ほとんどの有権者は「語られていない(政権に都合の悪い)事実」を十分に考慮しないまま投票してしまう。これはまさに「人間を予測可能な自動機械に変えること」と重なるところが多いと思われる。



 大衆ヒステリーは主観的で「私的」なものであるとアーレントは言う。前章ですでに述べたように、アーレントによれば「私的」であるとは奪われているということを意味する。奪われているのは、世界の多様な見え方、すなわち世界のリアリティである。(p.156)


この箇所が本書を読んで最も啓発された箇所である。言われていることの大部分は2つ前の引用文と同じ考え方だが、大衆ヒステリーが主観的で「私的」なものだという指摘は、現代の世界におけるポピュリズムの台頭という現象を想起させ、ポピュリズム政党を支持する人々の状態を的確にとらえていると思われる。彼らはまさに「世界の多様な見え方」を奪われている。世界のリアリティが欠けている。(それでいながら彼ら自ら「現実的外交」などと言うのが滑稽だが。)彼らの言説には公共性が欠けているが、世界の多様な見え方が欠けているところに公共性などあるはずもない。そうしたことが非常に腑に落ちた。



思考に動きがなくなり、疑いをいれない一つの世界観にのっとって自動的に進む思考停止の精神状態を、アーレントはのちに「思考の欠如」と呼び、全体主義の特徴と見なしたのである。
「思考の動き」のためには、予期せざる事態や他の人びとの思考の存在が不可欠となる。そこで対話や論争を想定できるからこそ、あるいは一つの立脚点に固執しない柔軟性があって初めて、思考の自由な運動は可能になる。(p.174)


ポピュリズムなどによる「民主主義の暴走」にもこれは当てはまるように思われる。少数の投票で巨大な権力が獲得できる現在の日本の選挙制度は――比例代表と組み合わせていることや、二院制や参議院の選挙制度など、こうした危険を多少は緩和する要素も持っているにせよ――ポピュリズムがなくても政権与党がかなりの程度まで暴走できる制度になっており、こうした暴走により、一つまた一つと民主主義の抑制装置を解除されているのが現状で起こっていることであり、これらの抑制装置が解除されたことを利用する政権が現れた時、破局へと一気に進む危険がある。現在の政治に対する私の懸念はこの点にある。



 アーレントは「真理と政治」という論稿のなかで、政治的な領域をかたちづくり人びとが生きるリアリティを保証すべきものであるはずの歴史的出来事や「事実の真理」が、数学や科学や哲学の真理といった「理性の真理」よりもはるかに傷つきやすいものであると論じた。「事実の真理」は、それが集団や国家に歓迎されないとき、タブー視されたり、それを口にする者が攻撃されたり、あるいは事実が意見へとすりかえられたりという状況に陥る。「事実の真理」は「理性の真理」とは異なり、人びとに関連し、出来事や環境に関わり、それについて語られるかぎりでのみ存在する。それは共通の世界の持続性を保証するリアリティでもあり、それを変更できるのは「あからさまな嘘」だけであると言う。「歴史の書き換え」や「イメージづくり」による現代の政治的な事実操作や組織的な嘘は、否定したいものを破壊するという暴力的な要素をふくんでいる、とアーレントは指摘した。(p.207-208)


本書は2014年に出た本だが、最近1年前後の情勢を念頭に置いて書かれているかのような錯覚に陥る。アメリカのトランプが大統領となり、事実の報道に対して「フェイクニュース」というレッテルを貼ることで都合の悪い真実を消し去ろうとする姿勢や、安倍政権による森友学園、加計学園に関する問題で、政権にとって都合の悪い事実が隠蔽されている。政権側は質問されてもはぐらかし、質問の機会をつくることを求められても応えず(臨時国会は実質的に開かれていない)、都合の悪い事実を口にする者(前川氏)を攻撃し(読売新聞が加担した記事)、時間を稼いでいる間に証拠を隠滅していること(財務省のパソコンの情報などを想起)は明らかだろう。

歴史修正主義者たちの言説も「あからさまな嘘」であるが、それでもそれを否定するために立証しようとすると、込み入った専門的な議論や知識が必要になったりするため、一般に広く理解されることはなく、それらが公衆の面前であからさまに論破されないまま垂れ流されているうちに、次第に嘘が真実であるかのように受けとめられていくという方向に流れている面がある。

「事実の真理」の脆弱性をよく認識した上で、それをどのように守っていくのか、学問だけでなく政治的にも非常に重要な課題である。


村上陽一郎 『近代科学と聖俗革命 <新版>』

 つまり、デカルトの論理において、疑い得ないとされたものは、「自分の」思惟、「自分の」《cogitatio》ではあっても、それが、「我々の」、言い換えれば「人類一般の」思惟、理性、《cogitatio》にまで拡大されることについては、何らデカルトの論理は証明していない、という反論が充分成立し得るように思われる。
 ……(中略)……。
 デカルトが、人間にとって、他の機械や動物から区別されるべき絶対的な手掛りとして措定した《cogitatio》という概念は、デカルトの言い分をそのまま認める限りにおいて、人間を他から区別する手掛りではなく、「我」を他から区別する手掛りにすぎなかったのである。(p.192-193)


有名なcogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)に対し、村上はデカルトが確実なものとしたのは、自分の思惟でしかないという点を指摘する。これと人間は例えば自由意志を持つものだというデカルトの想定とは結びつけることができず、人類一般についてデカルトのこの論理からは何も導き出せない点を批判している。

この本の旧版を私は15年ほど前に読み、ちょうどその時に出た新版を(すぐに買ったのに)今頃読んだわけだが、本書の初版が出た頃と現在とでは言論の基礎にあるものがかなり変わってきていると感じる。現在は当時ほどデカルトを批判する必要性はなくなってきている。このことは科学に対する一般の考え方もこの40年ほどでかなり変わったのだということに由来する。古い本を読むのは現代の立ち位置を認識する役に立つ


河本英夫 『損傷したシステムはいかに創発・再生するか オートポイエーシスの第五領域』(その2)

 家を建てる場合を想定する。13人ずつの職人からなる二組の集団をつくる。一方の集団には、見取図、設計図、レイアウトその他必要なものはすべて揃え、棟梁を指定して、棟梁の指示どおりに作業を進める。あらかじめ思い描かれた家のイメージに向かって、微調整を繰り返しながら作業は進められる。もう一方の13人の集団には、見取図も設計図もレイアウトもなく、ただ職人相互が相互の配置だけでどう行動するかが決まっている。……(中略)……。

 ここには二つのプログラムが、比喩的に描かれている。認知的な探索プログラムは、前者の第一のプログラムに相当する。そのため対象を捉えるさいには、第一のプログラムにしたがう。それが認知や観察の特質であり、目的合理的行為を基本とする。ところがシステムそのものの形成運動は、後者の第二のプログラムにしたがっている。
 ……(中略)……。
 一般的に考え直すと、第一のプログラムは、人間にとってとても根深いもので、現に人間の行為がほとんどそのように営まれていることからみて、行為のなかに染み込んでしまっている。このプログラムにしたがって作動しているのは、大まかな区分によれば、知覚、言語、思考である。いずれも線型性を基本としている。知覚のなかに含まれる志向性は、ここから向こうへ向かう傾向をもち、その特質の形式性をフッサールは、ノエシス-ノエマのような線型の関係として取り出している。いずれも対象や現実をわかることを基本にしており、わかってから二次的に行為もしくは行動に接続される。また第二のプログラムにしたがって作動するのは、感覚、感情、身体、行為、その他のいっさいの形成運動である。身体の形成や行為の形成を本来第一のプログラムで教えることはできない。しかし教育の多くの現場では、誰にとっても同じ解答が得られ、同じような手順を踏んで、同じ結果が出せることが基本になってきた。これは能力の形成でいえば、知覚、思考の形成には適合的であっても、他の能力の発現を大幅に抑制している。(p.136-139)


線型と非線型で対比している点がなるほどと思わされた。時間の観点から対比すると、後戻りできるかできないかという違いで言い表しても良いかもしれない。



 オートポイエーシスの構想では、言葉で記述されたものに対して、それがどういう経験をすることなのかが問われている。オートポイエーシスにかかわる経験をもたないのであれば、意味理解、意味の配置、意味内実の構文論的表記のような言語にかかわる理解に行きついてしまう。言語的理解では、ある意味でわかった途端に終わってしまう。つまりそこから一歩も進めないのである。(p.350)


自分で実行することは簡単にできるのに、それを人に教えようとする場合、どうしてもうまく伝わらない。できるように伝えることができない。こういうことが私の場合よくある。上の引用文で言えば、第一のプログラムに変換した後の言葉を語ってしまっているのではないかと思う。教えることが成立するためには、第二のプログラムに沿った言葉で語り、かつ、相手がそれを言語的ではない理解をしなければならない、ということだろう。


河本英夫 『損傷したシステムはいかに創発・再生するか オートポイエーシスの第五領域』(その1)

片麻痺患者本人はそれぞれかつてのように、思うように歩くことはできないとわかっている。歩行の感触が異なることには気づいている。だが何がおかしいのか、どこがおかしいのかに気づくことはなく、また多くの場合おかしいという感じもない。……(中略)……。そうだとすると障害を克服しようとする脳神経系の治療では、到達目標は結果として後に感じ取れることであっても、あらかじめ目標にすべきことではないことになる。またそれを目標にしたところで、それがどうすることなのかがわからないのである。ところが治療目標を欠いたのでは、個々の治療手順さえ決めることができない。プロセスを含んだシステムの作動には、こうした固有の難題がつねにつきまとっている。ここにはいくつものパラドキシカルな事態が含まれている。
 ここに視点の移動を組み込んだ工夫が必要となる。たとえば損傷への治療目標は、外的に設定される。それは障害者当人にとっては、自分自身の目標でさえない。治療プロセスにあっては、この目標は括弧入れされ、個々の治療プロセスの継続が、結果として目標に到達するように設定することが必要となる。これは必要な条件を代えれば、すべての学習に当てはまることである。こうした視点の移動を組み込んだ行為の形成を構想するためには、自己組織化やオートポイエーシスの仕組みをたんに理論モデルとしてではなく、経験の仕方そのものに内在する機構として活用することが必要となる。(p.27)


目標は観察者の視点から設定しつつ、治療(学習)プロセスは行為者として継続していくといったところか。治療に関する工夫は学習にも当てはまるという指摘を受けて、自分でできることと人に教えることとの違いも、この二者の切り替えと関係しているのではないか、ということに気づいた。

自分ができるかどうかは、上記の視点の切り替えを自然に行うことができ、かつ、行為者として学習プロセスを継続できるかどうかが問題となる。これに対し、教えることができるかどうかは、この視点の切り替えの場面や方法などを気づかせたり実行させたりすることができるかどうかにかかってくる部分が大きいように思う。やはり両者(できることと教えられること)にはいろいろと大きな違いがあると考えるべきだろう。



 第三にじっと見る、しばらく見続けるような場面での焦点的注意がある。細部を細かく見るのではない。ただじっと見るのである。これは見えるもの、見えるはずのものが立ち現れてくるまでじっと佇むことに近い。「佇む」という動作は、今日ほとんど消えてしまっている。そのためあらためて獲得しなければならないほどである。意味的にものごとを理解してしまう場合には、作品に対して配置をあたえるような理解をして、それでわかったことにするというのがほとんどである。この作法は作品に対して、経験の速度が合っていない。あるいは作品を経験せず、理解と配置だけで通り過ぎてしまうのである。焦点化は、既存の見方、視点、とりわけ視覚的な理解を括弧に入れ、出現するものの前で経験を開くことである。(p.73)


意味的に理解することと佇んで経験すること。確かに前者に比べて後者のような姿勢は私自身の生活を省みた時、圧倒的に不足しているように思う。私も「佇む」ことを獲得しなければならない。



能力の形成の段階とは、獲得した技能が内化され、自動化するようなシステム的な平衡状態の獲得に他ならず、そこには能力そのものの組織化の一面がある。つまり観察者から見て停滞の時期は、獲得された技能や知識の再編的な組織化が起きており、システムそのものにとっては、欠くことのできないプロセスなのである。(p.120-121)


スポーツにおけるスランプの時期などもこうしたことが起きているのだろう。



 発達の段階区分には、区分の成立そのものに抑制機構が関与していると思われる。余分な動作や運動のさいの余分な緊張が消えて、いつ起動してもおかしくないが通常は抑えられている広範な行為起動可能領域が存在すると予想される。抑制機構は、生命の機構の基本的な部分であり、発達の段階が生じるのは、こうした抑制機構の形成が関与していると考えてよい。抑制は、化学的プロセスのフィードバック的な速度調整のような場面から始まっており、一挙に進んでしまうプロセスが抑制機構をつうじて遅らされていることが基本である。これは選択肢を開くという意味で生命一般の特質でもある。この遅れは、生命のプロセスのなかに選択性を開くための必要条件となっている。この場合、発達論の基本は、どのようにして次々と能力が形成されていくかだけではなく、あるいは能力が次々と付け足されるように再組織化されるだけではなく、抑制的な制御機構が何段階にも整備されてくるプロセスでもある。抑制的な制御機構は、観察者からは見落とされがちだが、システムそのものにとっては欠くことのできないプロセスである。(p.121-122)


何かができるようになるとき、実行しようと能動的に働く側の仕組みにばかり注意してしまいがちだが、この時、同時に抑制的な制御機構も働いている。スポーツの最高のプレーが出来ている時、そこには意識的な動作はあまり前面には出てこない。意識して調整するのではなく、意識のより潜在的な部分で調整されている。ここで注目されている抑制機構は、こうした場面においては「意識的な意識」が抑制されていることとも関係している。