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社会思想史学会年報 『社会思想史研究 №22 1998 シンポジウム:社会システムの現状と問題点』(その2)
細見博志 「マックス・ウェーバーと価値判断論争」より。

 反講壇社会主義者は、自らはあらゆる価値判断を排除して、経済学を浄化すると主張しているが、ウェーバーによれば似非価値自由論者であり、一見中立的な装いのもとで密かに大資本の利益を代弁しており、それによって甘い汁を吸っているのだ、というのである。「懲罰教授」や「迎合教授」の存在をみれば、そのような疑いは色濃く残っている。しかしここでは彼らに対するウェーバーの非難の当否はひとまずおいて、事実として確認すべきは、反講壇社会主義者は、存在と当為を峻別し、その上で経済学からあらゆる当為を放逐せよ、と主張したということである。その放逐すべき当為とは、なかんづく講壇社会主義者の説く労働者保護政策である。しかし経済学が実践的学問である限り、やはり当為は不可欠である。その当為は、反講壇社会主義者の場合、「事実をして語らしめる」という彼らのお気に入りのスローガンの通り、まさに存在から導出されたのである。しかしながらそのようにして導出された彼らの当為には、反社会政策という一定の方向性が常について回っていた。「事実をして語らしめる」とは、事実の選択、その因果付けの方向、に聞くものをして意識せしめない誘導がなされている。とすれば、政治のレトリックとして、極めて有効で洗練された技法であるが、知的に誠実な学問の方法ではない、とウェーバーなら言うところである。(p.68-69)


価値判断論争に関する論争の背景についてこの論文で論じられているということを知り、この論文を読もうと思い、この雑誌を手に取ったのだが期待通り興味深い事実がわかった。ウェーバーとシュモラーらの社会政策学会内での論争の背景には、社会政策学会外に社会政策を否定しようとする反講壇社会主義者(その背後には産業資本)がおり、彼らは価値自由論を誤用することでその主張を正当化しようとしていた。ウェーバーの方法論を読むときには、単に相手方のシュモラーらだけでなく、反講壇社会主義者にも配慮しながら書かれたことも念頭に置く必要がある。

また、当時と同じ論法を使うかどうかは別として、経済政策について発言する学者やエコノミストなる者たちの中には、ウェーバーの時代の反講壇社会主義者と同様、大資本の利益を代弁し、甘い汁を吸っているような輩も多い(メディアへの露出のチャンスも多い)ということは念頭に置く必要があり、彼らの使う「知的に不誠実な政治的なレトリック」には常に注意が必要であろう。



渡辺孝次 「マルクス・エンゲルスとマイノリティの論理」より。

 近年、マイノリティ研究がさかんである。そのことは、近代をもっぱら自由と解放の時代と見る単純な「進歩史観」から脱し、近代こそある意味で抑圧が強化された時代であったとする、近代再考の動きと関係が深い。近代に解放されたのは、結局のところマジョリティにほかならず、それまで容認されていたマイノリティの権利は、かえって制限されていったとする認識において、両者はあい通ずる。(p.134)



私としてはあまり近代を「解放の時代」とは考えていなかったが、私より少し上の世代にはこのようなイメージで近代が捉えられていたのだということに久しぶりに思い至った。本書は1998年に出ているが、この頃にはまだ80年代や70年代以前の感覚を持った人がそれなりの数活動しており、その時代の考え方も参照しながら批判していくような作業がされたと思われるが、それから約20年も経過すると、ここで言う「近代再考」により修正されてきた「近代観」が常識になってきたのかな、という気がする。



藤野寛 「ユダヤ人問題との関連においてみられたホルクハイマー/アドルノの「非同一的なもの」概念」より。

一方の解釈では、ユダヤ人は、近代化過程に必死でしがみついている者たちから、あたかも啓蒙的近代の艱難辛苦から自由であるかのような存在として恨みを買う、とされるのに対し、他方では、その同じユダヤ人が近代化過程の成功者、成り上がり者とみなされ、そこから落ちこぼれた者たちに妬まれる、という話になるのである。ほとんど正反対の議論が二つながらまかり通っている、というしかなく、『啓蒙の弁証法』も、その両方に目配りすることを忘れていない。
 この事態は何を物語っているのか。要するに、反ユダヤ主義者にとっては、ユダヤ人が何者であるのかは、実は問題ではない、ということである。反ユダヤ主義の根は、ユダヤ人の側にあるのではなく、反ユダヤ主義者の側にこそ見出されるものなのだ。反ユダヤ主義は「ユダヤ人を必要としている。(215)」そして、このメカニズムに光をあてるのが「投影」についての分析に他ならない。(p.184)


これは反ユダヤ主義だけでなく、恐らくほとんどあらゆる人種差別及びそれに類する差別に当てはまると思われる。現代日本においてこれに類するものとしては、在日コリアンらへの排外主義的な差別や中国や韓国の人々に対するネトウヨ的な嫌悪などを挙げることができよう。そうだとすれば、差別や嫌悪の対象となっている人々が問題なのではなく、差別や嫌悪を表明している側に問題があるのである。



齋藤哲郎 「ネオ・マルクス主義と台湾」より。

 やがて、85年8月にレーガン大統領が台湾に民主化を勧告し、87年7月15日、戒厳令が正式に解除され、11月には中国大陸への親族訪問が許可され、さらに、蒋経国死去による李登輝総統時代の開幕(88年1月)以降、いわゆる政治的民主化・自由化が進み、表現の自由も大幅に許容され、学術・思想の分野も様変わりした。注目すべきことは、多くの台湾知識人や青年が、解禁されたマルクス主義出版物を貪るように渉猟し始めたことである。マルクス主義は、サルトルやウェーバーと同様に、台湾の知的ブームの一つになったのである。(p.201-202)


日本でも60年代頃はウェーバーや実存主義が流行した時期があったが、この思潮は台湾でも同様に流行していたということか。マルクス主義が90年代台湾で知的ブームになったことについては正直あまり驚きはないが、ウェーバーやサルトルが台湾でどの程度、また、どのように読まれたのかというのは興味が惹かれる。



安川寿之輔 「白井厚編著 『大学とアジア太平洋戦争――戦争史研究と体験の歴史化』」より(書評)。

「初めから国家目的に従属」していた戦前日本の大学が(だからこそ)専門教育・職業教育に偏向し、侵略戦争の進行に傍観者的で無力な知識人の形成しかできなかったという反省から、新制大学は、一般教育を大学教育の「根幹的意義を有する」中核に位置づけることを目ざし、その「成否こそ、新制大学の運命を決するカギ」と考えた。90年代の大学「改革」は、その一般教育を縮小・解体する歴史邸な誤りの道を歩んでいる。(p.228)


この見方は参考になる。この本も手に取ってみたい。


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社会思想史学会年報 『社会思想史研究 №22 1998 シンポジウム:社会システムの現状と問題点』(その1)
佐藤康邦 「システム概念の可能性について」より

ルーマンの社会システム論が依拠する「環境の複雑性の縮減」の原則は、環境への適応、自然選択に関するネオ・ダーウィニズム的発想をサイバネティックス的に言い換えたものとみなせましょうが(ルーマンがシステムの歴史に「進化論」という概念を当てはめていることは、それを裏書きする)、それは、環境を、ただその複雑性を縮減させる対象に過ぎないものに切り下げてしまうことによって、著しく貧困化する結果をもたらしたと言うべきであります。(p.26)


確かにシステムが自己準拠的に境界を区切っていくことでシステムとして立ち上がっていくとき、環境は「非システム」としてしか捉えられない。環境をそれ自体として捉えていこうとする発想には繋がらない。というか、そうした発想を拒否する所から出発していると言ってもよいのかも知れない。



水島茂樹 「ふたたび社会に経済を埋め込む」より

平等な人間から構成される透明な世界であるという市場の特性は、長所である反面、資本主義からの圧力に容易に屈服させられてしまう弱点ともなる。理想的な市場概念に近い町の市にさえ、資本主義が、市場の透明性や公正なルール、競争をかいくぐって入り込み、情報の独占や巨大資本に基づく特権的地位を利用して高利潤を上げることが稀ではないとブローデルは注意している。この曖昧さもまた市場と資本主義の混同を容易にすることになる。この曖昧な関係が捉えられず、市場と資本主義が唯一同一の現実と見なされるため、経済的自由主義の説得力が高まると上で指摘したが、マルクス主義は逆の方向でこの関係を捉え損ない、資本主義の悪を市場に直接投影してしまった。悪=資本主義と戦うためには、その根っこにある市場を廃棄しなければならないという、悲惨な結果を引き起こしたボルシェビズムの認識はこの混同に由来するのである。(p.51)


ブローデルの市場と資本主義の概念は非常に役立つ見方である。リバタリアニズムや新自由主義のような発想は、「市場」の論理によって人々を説得するが、「資本主義」の動きを捉え損なわせるミスリーディングな(人々を誤導させる)ものである。マルクス主義とリバタリアニズムが同じ混同に基づいて議論しているという指摘は、こうした議論をする人に対して気づきを与えさせるには役立つかも知れない。



資本家は専門化しない。彼らは状況次第で、海運業者にも保険業者にも、銀行家にも産業資本家にもなる。大きな利潤が上がる分野が変化するにつれて、活動や投資の分野を容易に転換する。こうした「急旋回を切る」能力を持っていること、これが資本主義の強みなのである。(p.52)


この見方は重要。グローバルなヒト・モノ・カネの移動の自由化が進むことは、事実上、この「急旋回を切る」能力を規制することが最大級に難しくなることを意味する。この意味で、20世紀後半の人類は大きな過ちを犯したと考える。



 まず福祉国家の危機について。それは財政危機だけの問題ではない。平等化という福祉国家の目的がかなり達成されたために平等という目標が疑われるようになったこと、そして国家を媒介とした再分配を通じて間接的に社会的連帯を実現するという福祉国家の仕組み自体が自動化・自立化しすぎて個々の市民に連帯の事実が見えなくなったところに問題の根がある。したがって現在の危機を乗りこえるためには、連帯に伴う義務を国家から社会に取り戻さなければならない。こうして問題の核心に福祉国家の達成が効力の限界にぶつかっているという事実がある以上、経済的自由主義に対して福祉国家の原理を唱え続けるだけでは後ろ向きの批判にしかならないことは明らかだろう。(p.58)


90年代以後のリベラルが保守派から押されて(多少の振り子の揺り戻しを続けながら)後退を余儀なくさせられているのは、こうした福祉国家が限界にぶつかっているという現状が背景の一つである。より積極的な批判をしようとすると、反保守の立場においても違いが出てくることになり、一つにまとまることは容易ではない。この問題をどう解決していくか。


矢野久美子 『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』

 ヤスパースは戦後ハイデルベルク大学の再建に尽くし、戦後ドイツの良心として47年にはゲーテ賞を受賞していたが、翌年にはバーゼル大学哲学教授としてスイスに移住していた。ハイデルベルク大学や市議会はヤスパースを失うことに強い抵抗を示したが、アーレントはヤスパースの選択を全面的に支持した。ヤスパースは「国民的英雄」ではなく哲学教師であることを望んだのである。(p.121-122)


ハイデルベルク大学だけでなく市議会もヤスパースの移住・移籍に抵抗を示したというのは興味深い。戦後のヤスパースの名声は確かにそれなりに高いものがあったようである。



彼女は『六つのエッセイ』に収めた「実存哲学とは何か」という論稿で、1933年にナチに入党したフライブルク大学総長となったハイデガーの行動様式を、自分のことを天才と思い込み責任感をまったくもたない「最後のロマン主義者」のそれと見なしていた。彼の哲学から導き出される自己は、自己中心的で仲間から分離した自己、完全に孤立し原子化された自己たちであり、そこから「民族」や「大地」といった概念、つまり一つの「超-自己」への組織化が生まれる、と彼女は書いた。(p.122-123)


ハイデガーの行動様式及び思想に対する適切な評価と思われる。



短期間で総長を辞職したとはいえ、ナチに関係したハイデガーは、当時まだ戦後ドイツの大学での講義を禁じられていた。(p.124)


1950年のこと。こうした禁止が解かれたのはいつなのかが気になる。ドイツにおけるナチ関係者への公的な場面での扱いと評価はどのようなものだったのだろう。日本でも戦前に対する評価について(歴史を知らないにもかかわらず「正しい歴史」を知っていると自惚れる)「歴史修正主義者」たちが跋扈するようになってきている中、ドイツやイタリアなどでの戦前に対する評価のあり方を知っておくのは有益であるように思われる。



ハイデルベルクには当時学生も巻き込んだハイデガー派とヤスパース派のようなものが形成され、後者に属したシュテルンベルガ―は、ハイデガーのナチ協力について、その思想そのものに有罪判決を下して捨て去るような姿勢をとっているように見えたのである。(p.125)


ハイデガーの思想は政治的には右翼や保守・反動と相性が良いのに対し、ヤスパースの思想はそれと比べるともっとリベラルで平等主義的な志向が強い。そういった政治思想的な面でも両者に対する好みは分かれやすいのは理解できる。



 アーレントによれば、イデオロギーとテロルの支配下で現実や経験の意味は消え去り、人間が複数であるという事実が破壊される。現実の世界が余計なものとなるのである。複数の人間のあいだにあり、人びとが同じものを見ているという意味で共有している世界の解体は、他の人びとからも世界からも、そして自分自身からも「見捨てられている」(Verlassenheit, loneliness)という孤立化の事態、人間が根こそぎロンリーであるという事態をもたらした。(p.128)


今回、アーレントの思想に関して、このあたりの考え方に興味が惹かれた。恐らく90年代以降だと思うがアーレントの思想に対する再評価が起こったと思われるが、それはこうした部分に対する関心もあったのではないか。



人間を自動化し自然化することは、人間を予測可能な自動機械に変えることである。そのことを全体主義的支配者は理解していたし、現代社会でもその危険性は十分にある。(p.140)


このあたりからは、法を法とも思わずに恣意的な衆院解散を繰り返す安倍晋三の選挙戦略が想起される。政治的な問題に対して日頃から十分に関心を持ち理解している有権者はほとんどおらず、それを求めるのは「強い個人の仮定」をすることになってしまうような状況において、一方的に情報を発信することができる立場から、ほとんど法的に裁かれる心配がない(日本の裁判所は政治的な判断にはほとんど入り込んでこない)ことを利用して、都合の悪い事実・情報を隠蔽し、一方的に政権に都合の良いアジェンダを押し付ける。ほとんどの有権者は「語られていない(政権に都合の悪い)事実」を十分に考慮しないまま投票してしまう。これはまさに「人間を予測可能な自動機械に変えること」と重なるところが多いと思われる。



 大衆ヒステリーは主観的で「私的」なものであるとアーレントは言う。前章ですでに述べたように、アーレントによれば「私的」であるとは奪われているということを意味する。奪われているのは、世界の多様な見え方、すなわち世界のリアリティである。(p.156)


この箇所が本書を読んで最も啓発された箇所である。言われていることの大部分は2つ前の引用文と同じ考え方だが、大衆ヒステリーが主観的で「私的」なものだという指摘は、現代の世界におけるポピュリズムの台頭という現象を想起させ、ポピュリズム政党を支持する人々の状態を的確にとらえていると思われる。彼らはまさに「世界の多様な見え方」を奪われている。世界のリアリティが欠けている。(それでいながら彼ら自ら「現実的外交」などと言うのが滑稽だが。)彼らの言説には公共性が欠けているが、世界の多様な見え方が欠けているところに公共性などあるはずもない。そうしたことが非常に腑に落ちた。



思考に動きがなくなり、疑いをいれない一つの世界観にのっとって自動的に進む思考停止の精神状態を、アーレントはのちに「思考の欠如」と呼び、全体主義の特徴と見なしたのである。
「思考の動き」のためには、予期せざる事態や他の人びとの思考の存在が不可欠となる。そこで対話や論争を想定できるからこそ、あるいは一つの立脚点に固執しない柔軟性があって初めて、思考の自由な運動は可能になる。(p.174)


ポピュリズムなどによる「民主主義の暴走」にもこれは当てはまるように思われる。少数の投票で巨大な権力が獲得できる現在の日本の選挙制度は――比例代表と組み合わせていることや、二院制や参議院の選挙制度など、こうした危険を多少は緩和する要素も持っているにせよ――ポピュリズムがなくても政権与党がかなりの程度まで暴走できる制度になっており、こうした暴走により、一つまた一つと民主主義の抑制装置を解除されているのが現状で起こっていることであり、これらの抑制装置が解除されたことを利用する政権が現れた時、破局へと一気に進む危険がある。現在の政治に対する私の懸念はこの点にある。



 アーレントは「真理と政治」という論稿のなかで、政治的な領域をかたちづくり人びとが生きるリアリティを保証すべきものであるはずの歴史的出来事や「事実の真理」が、数学や科学や哲学の真理といった「理性の真理」よりもはるかに傷つきやすいものであると論じた。「事実の真理」は、それが集団や国家に歓迎されないとき、タブー視されたり、それを口にする者が攻撃されたり、あるいは事実が意見へとすりかえられたりという状況に陥る。「事実の真理」は「理性の真理」とは異なり、人びとに関連し、出来事や環境に関わり、それについて語られるかぎりでのみ存在する。それは共通の世界の持続性を保証するリアリティでもあり、それを変更できるのは「あからさまな嘘」だけであると言う。「歴史の書き換え」や「イメージづくり」による現代の政治的な事実操作や組織的な嘘は、否定したいものを破壊するという暴力的な要素をふくんでいる、とアーレントは指摘した。(p.207-208)


本書は2014年に出た本だが、最近1年前後の情勢を念頭に置いて書かれているかのような錯覚に陥る。アメリカのトランプが大統領となり、事実の報道に対して「フェイクニュース」というレッテルを貼ることで都合の悪い真実を消し去ろうとする姿勢や、安倍政権による森友学園、加計学園に関する問題で、政権にとって都合の悪い事実が隠蔽されている。政権側は質問されてもはぐらかし、質問の機会をつくることを求められても応えず(臨時国会は実質的に開かれていない)、都合の悪い事実を口にする者(前川氏)を攻撃し(読売新聞が加担した記事)、時間を稼いでいる間に証拠を隠滅していること(財務省のパソコンの情報などを想起)は明らかだろう。

歴史修正主義者たちの言説も「あからさまな嘘」であるが、それでもそれを否定するために立証しようとすると、込み入った専門的な議論や知識が必要になったりするため、一般に広く理解されることはなく、それらが公衆の面前であからさまに論破されないまま垂れ流されているうちに、次第に嘘が真実であるかのように受けとめられていくという方向に流れている面がある。

「事実の真理」の脆弱性をよく認識した上で、それをどのように守っていくのか、学問だけでなく政治的にも非常に重要な課題である。


村上陽一郎 『近代科学と聖俗革命 <新版>』

 つまり、デカルトの論理において、疑い得ないとされたものは、「自分の」思惟、「自分の」《cogitatio》ではあっても、それが、「我々の」、言い換えれば「人類一般の」思惟、理性、《cogitatio》にまで拡大されることについては、何らデカルトの論理は証明していない、という反論が充分成立し得るように思われる。
 ……(中略)……。
 デカルトが、人間にとって、他の機械や動物から区別されるべき絶対的な手掛りとして措定した《cogitatio》という概念は、デカルトの言い分をそのまま認める限りにおいて、人間を他から区別する手掛りではなく、「我」を他から区別する手掛りにすぎなかったのである。(p.192-193)


有名なcogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)に対し、村上はデカルトが確実なものとしたのは、自分の思惟でしかないという点を指摘する。これと人間は例えば自由意志を持つものだというデカルトの想定とは結びつけることができず、人類一般についてデカルトのこの論理からは何も導き出せない点を批判している。

この本の旧版を私は15年ほど前に読み、ちょうどその時に出た新版を(すぐに買ったのに)今頃読んだわけだが、本書の初版が出た頃と現在とでは言論の基礎にあるものがかなり変わってきていると感じる。現在は当時ほどデカルトを批判する必要性はなくなってきている。このことは科学に対する一般の考え方もこの40年ほどでかなり変わったのだということに由来する。古い本を読むのは現代の立ち位置を認識する役に立つ


河本英夫 『損傷したシステムはいかに創発・再生するか オートポイエーシスの第五領域』(その2)

 家を建てる場合を想定する。13人ずつの職人からなる二組の集団をつくる。一方の集団には、見取図、設計図、レイアウトその他必要なものはすべて揃え、棟梁を指定して、棟梁の指示どおりに作業を進める。あらかじめ思い描かれた家のイメージに向かって、微調整を繰り返しながら作業は進められる。もう一方の13人の集団には、見取図も設計図もレイアウトもなく、ただ職人相互が相互の配置だけでどう行動するかが決まっている。……(中略)……。

 ここには二つのプログラムが、比喩的に描かれている。認知的な探索プログラムは、前者の第一のプログラムに相当する。そのため対象を捉えるさいには、第一のプログラムにしたがう。それが認知や観察の特質であり、目的合理的行為を基本とする。ところがシステムそのものの形成運動は、後者の第二のプログラムにしたがっている。
 ……(中略)……。
 一般的に考え直すと、第一のプログラムは、人間にとってとても根深いもので、現に人間の行為がほとんどそのように営まれていることからみて、行為のなかに染み込んでしまっている。このプログラムにしたがって作動しているのは、大まかな区分によれば、知覚、言語、思考である。いずれも線型性を基本としている。知覚のなかに含まれる志向性は、ここから向こうへ向かう傾向をもち、その特質の形式性をフッサールは、ノエシス-ノエマのような線型の関係として取り出している。いずれも対象や現実をわかることを基本にしており、わかってから二次的に行為もしくは行動に接続される。また第二のプログラムにしたがって作動するのは、感覚、感情、身体、行為、その他のいっさいの形成運動である。身体の形成や行為の形成を本来第一のプログラムで教えることはできない。しかし教育の多くの現場では、誰にとっても同じ解答が得られ、同じような手順を踏んで、同じ結果が出せることが基本になってきた。これは能力の形成でいえば、知覚、思考の形成には適合的であっても、他の能力の発現を大幅に抑制している。(p.136-139)


線型と非線型で対比している点がなるほどと思わされた。時間の観点から対比すると、後戻りできるかできないかという違いで言い表しても良いかもしれない。



 オートポイエーシスの構想では、言葉で記述されたものに対して、それがどういう経験をすることなのかが問われている。オートポイエーシスにかかわる経験をもたないのであれば、意味理解、意味の配置、意味内実の構文論的表記のような言語にかかわる理解に行きついてしまう。言語的理解では、ある意味でわかった途端に終わってしまう。つまりそこから一歩も進めないのである。(p.350)


自分で実行することは簡単にできるのに、それを人に教えようとする場合、どうしてもうまく伝わらない。できるように伝えることができない。こういうことが私の場合よくある。上の引用文で言えば、第一のプログラムに変換した後の言葉を語ってしまっているのではないかと思う。教えることが成立するためには、第二のプログラムに沿った言葉で語り、かつ、相手がそれを言語的ではない理解をしなければならない、ということだろう。


河本英夫 『損傷したシステムはいかに創発・再生するか オートポイエーシスの第五領域』(その1)

片麻痺患者本人はそれぞれかつてのように、思うように歩くことはできないとわかっている。歩行の感触が異なることには気づいている。だが何がおかしいのか、どこがおかしいのかに気づくことはなく、また多くの場合おかしいという感じもない。……(中略)……。そうだとすると障害を克服しようとする脳神経系の治療では、到達目標は結果として後に感じ取れることであっても、あらかじめ目標にすべきことではないことになる。またそれを目標にしたところで、それがどうすることなのかがわからないのである。ところが治療目標を欠いたのでは、個々の治療手順さえ決めることができない。プロセスを含んだシステムの作動には、こうした固有の難題がつねにつきまとっている。ここにはいくつものパラドキシカルな事態が含まれている。
 ここに視点の移動を組み込んだ工夫が必要となる。たとえば損傷への治療目標は、外的に設定される。それは障害者当人にとっては、自分自身の目標でさえない。治療プロセスにあっては、この目標は括弧入れされ、個々の治療プロセスの継続が、結果として目標に到達するように設定することが必要となる。これは必要な条件を代えれば、すべての学習に当てはまることである。こうした視点の移動を組み込んだ行為の形成を構想するためには、自己組織化やオートポイエーシスの仕組みをたんに理論モデルとしてではなく、経験の仕方そのものに内在する機構として活用することが必要となる。(p.27)


目標は観察者の視点から設定しつつ、治療(学習)プロセスは行為者として継続していくといったところか。治療に関する工夫は学習にも当てはまるという指摘を受けて、自分でできることと人に教えることとの違いも、この二者の切り替えと関係しているのではないか、ということに気づいた。

自分ができるかどうかは、上記の視点の切り替えを自然に行うことができ、かつ、行為者として学習プロセスを継続できるかどうかが問題となる。これに対し、教えることができるかどうかは、この視点の切り替えの場面や方法などを気づかせたり実行させたりすることができるかどうかにかかってくる部分が大きいように思う。やはり両者(できることと教えられること)にはいろいろと大きな違いがあると考えるべきだろう。



 第三にじっと見る、しばらく見続けるような場面での焦点的注意がある。細部を細かく見るのではない。ただじっと見るのである。これは見えるもの、見えるはずのものが立ち現れてくるまでじっと佇むことに近い。「佇む」という動作は、今日ほとんど消えてしまっている。そのためあらためて獲得しなければならないほどである。意味的にものごとを理解してしまう場合には、作品に対して配置をあたえるような理解をして、それでわかったことにするというのがほとんどである。この作法は作品に対して、経験の速度が合っていない。あるいは作品を経験せず、理解と配置だけで通り過ぎてしまうのである。焦点化は、既存の見方、視点、とりわけ視覚的な理解を括弧に入れ、出現するものの前で経験を開くことである。(p.73)


意味的に理解することと佇んで経験すること。確かに前者に比べて後者のような姿勢は私自身の生活を省みた時、圧倒的に不足しているように思う。私も「佇む」ことを獲得しなければならない。



能力の形成の段階とは、獲得した技能が内化され、自動化するようなシステム的な平衡状態の獲得に他ならず、そこには能力そのものの組織化の一面がある。つまり観察者から見て停滞の時期は、獲得された技能や知識の再編的な組織化が起きており、システムそのものにとっては、欠くことのできないプロセスなのである。(p.120-121)


スポーツにおけるスランプの時期などもこうしたことが起きているのだろう。



 発達の段階区分には、区分の成立そのものに抑制機構が関与していると思われる。余分な動作や運動のさいの余分な緊張が消えて、いつ起動してもおかしくないが通常は抑えられている広範な行為起動可能領域が存在すると予想される。抑制機構は、生命の機構の基本的な部分であり、発達の段階が生じるのは、こうした抑制機構の形成が関与していると考えてよい。抑制は、化学的プロセスのフィードバック的な速度調整のような場面から始まっており、一挙に進んでしまうプロセスが抑制機構をつうじて遅らされていることが基本である。これは選択肢を開くという意味で生命一般の特質でもある。この遅れは、生命のプロセスのなかに選択性を開くための必要条件となっている。この場合、発達論の基本は、どのようにして次々と能力が形成されていくかだけではなく、あるいは能力が次々と付け足されるように再組織化されるだけではなく、抑制的な制御機構が何段階にも整備されてくるプロセスでもある。抑制的な制御機構は、観察者からは見落とされがちだが、システムそのものにとっては欠くことのできないプロセスである。(p.121-122)


何かができるようになるとき、実行しようと能動的に働く側の仕組みにばかり注意してしまいがちだが、この時、同時に抑制的な制御機構も働いている。スポーツの最高のプレーが出来ている時、そこには意識的な動作はあまり前面には出てこない。意識して調整するのではなく、意識のより潜在的な部分で調整されている。ここで注目されている抑制機構は、こうした場面においては「意識的な意識」が抑制されていることとも関係している。


ダンカン・ワッツ 『偶然の科学』

 このように、常識の矛盾とは、世界に意味づけをするのに役立つにもかかわらず、世界を理解する力を弱めてしまうことだ。(p.13)


世界のメカニズムを理解することとそのメカニズムの意味を見出したり解釈することは別のことであるが、常識は前者が得意ではなく、後者を得意としているという。だから常識で世界を理解しようとすると誤りやすい。

思うに、情報に分かりやすさを求めてしまう傾向が広くみられることも(例えば、マスメディアで政治を取り上げるとき、ワイドショーで取り上げられると「盛り上がりやすい」など)、人間のこうした性質と関係があるように思われる。



 これらの心理学の実験が明証していることを一言でまとめるとこうなる――われわれの行動にきわめて現実的、具体的な影響を与えるにもかかわらず、もっぱらわれわれの意識しないところで働く関係要因は実に数多くある。(p.54)


本書の前半は方法論的個人主義が批判されるが、ここでの指摘の内容はウェーバーの理解社会学の方法(これは本書で言う「常識」に基づく方法に属する)が、いかに社会における因果関係などを把握するのに適切ではないかを示すものである。



ダ・ヴィンチは賞賛されてこそいたものの、1850年代まではティツィアーノやラファエロのような絵画の真の巨匠には及ばないと見なされており、このふたりの作品の一部は<モナ・リザ>の10倍近い価値があった。
 実のところ、<モナ・リザ>が急激に人気を博して世界に名を知られるようになったのは20世紀になってからである。……(中略)……。すべてのきっかけは、一件の盗難事件だった。(p.72)


このあたりの経緯(ここでは詳細に引用しないが)も非常に面白い。



われわれは芸術作品をその特質に基づいて評価しているように思えるが、実は反対のことをしている。つまり、まずどの絵が最高かを決めたうえで、その特質から評価基準を導き出している。こうすれば、すでに知っている結果を一見すると合理的かつ客観的な形で正当化するのに、この評価基準を引き合いに出せる。しかし、これがもたらすのは循環論法である。われわれは<モナ・リザ>が世界で最も有名であるのはXとかYとかZとかの特質を備えているからだと言い張る。だがほんとうのところは、<モナ・リザ>が有名なのはそれがほかの何よりも<モナ・リザ>的だからだと言っているにすぎない
 ……(中略)……。だが、いま述べたような循環論法、つまりXが成功したのはXがXという特質を持っていたからだとする論法は、何かが成功したり失敗したりする理由を常識に基づいて説明するときに広く見受けられる。(p.75-77)


ここでの指摘はウェーバーの理解社会学で行われている手続きに対しても全く同様に当てはまるものであり、方法論的個人主義の問題点を的確に抉り出していると思われる。



 方法論的個人主義の主張者は、この根本中の根本の説明ができると考えていたが、あいにくそれを打ち立てようとする試みは、ことごとくミクロ-マクロ問題に正面から阻まれてきた。そのため実際のところ社会科学者は、代表的個人と呼ばれるものを引き合いに出し、この架空の個人の決断に集団の行動を代弁させている。(p.84)


実際、私自身もミクロ・マクロ問題が解決できる方法としてウェーバーの理念型を用いた理解社会学の方法をかつて非常に高く評価していた。



 言い換えれば、われわれは結果の原因をひとりの特別な人間に求める誘惑に駆られるが、この誘惑はわれわれがそのような世界の仕組みを好むからであって、実際にそのような仕組みになっているわけではないことに留意しなければならない。……(中略)……。
 このようにして常識に基づく説明は、なぜ物事が起こったかを教えているように思えても、実は何が起こったかしか述べていないのである。(p.155-156)


ここで指摘されていることは、政治について話題にする場合に、政策論よりも政治家のスキャンダルや問題発言などの方が話題になりやすいこととも関連があると思われる。



したがって、進行中の歴史は語りえないのであって、その理由は当事者たちがあまりに忙しかったりあまりに混乱していたりして歴史を解き明かせないからだけでなく、起こっていることは結果が明らかになるまで意味づけができないからでもある。(p.161)


なるほど。



 要するに、うまく機能したチームがすぐれた結果を出したのではなく、見かけ上のすぐれた結果がチームはうまく機能したという錯覚をもたらしたことになる。そして注意していただきたいのだが、この評価は内部情報を持っていない外部の観察者がくだしたのではない。チームのメンバーたち自身がくだしたのである。つまり、ハロー効果は成績や実績にかかわる世間一般の通念をくつがえす。結果の評価はそれに至った過程の質で決まるのではなく、観察された結果の性質が過程の評価を決めるのである。(p.279)


能力給や成果主義、短期的な人事評価制度などといったものがうまくいかないのも、ここで述べられている点と関連が深いと思われる。見かけ上のすぐれた結果を得たチームにいれば評価され、実際にうまく機能したかどうかは問われない。評価は偶然によって生まれた結果によって決まってしまう。これでは意欲が削がれるのも当然であろう。



 この累積的優位の効果と生まれながらの才能や努力の差とを区別するのはむずかしいが、似た能力の人々をどれだけ慎重に選ぼうとも、マートンの理論が示すとおり、その成功の度合いは時間とともに大きく異なってくることが、数々の研究によって明らかにされている。たとえば、不況時に大学を卒業した人は、好況時に卒業した人より、稼ぎが平均して少ないことが知られている。(p.289-290)


偶然のもたらす結果の違いは大きい。


ライプニッツ 『単子論』
この『単子論』は岩波文庫版であり、訳者は河野与一である。

『説』le systèmeは17世紀及び18世紀前半に於ては今日の「体系」の意味に用ゐられたことは寧ろ少く、普通には「意見」「見解」「説」「仮説」の意味に用ゐられてゐた。(p.61)


訳注より。用語の意味の変遷は面白い。次に知りたいことは、何が契機や背景となって意味の変化が起こったのか?である。



 ここにライプニツの最善観 l'optimismeが現れてゐる。現実の世界は可能的世界の最善なるものである。最も豊富な合成体で、場所が最もうまく利用されて、できるだけ多数の要素を含み、而もその要素は展開して最も完全な調和を実現するやうになつている。勿論さう云つたところで世界が毫も悪を含まないといふのではなく又悪の量が少いといふのでもない。創造に先立つて可能的なものの中に豫め必然的に存した不完全性は神と創造物との区別をつける点であつて創造の後にも消滅せずにゐる。さうしないと想像につて神と同じものが出来ることになるから不合理である。然し神の選んだ世界は悪の量ができるだけ少くなつてゐる。(p.268)


訳注より。最善観とされているものの意味内容が理解できたように思う。ただ、不完全性は神と被造物の区別のために必要だとする理由づけは、誰もが承認しうるような議論とは言えず、キリスト教の特定の考え方に抵触しない世界観を表現しなければならないという前提のもとで、その前提から発してひねり出された理由としか思えず、説得力には乏しい議論と言わざるを得ない。また、ライプニッツの哲学全体に言えることだが、これこれのものとして観察し、確認された事実を述べているところは形而上学的な著作においてはほぼないと言ってよいほどであり、これに代わって上記のような前提からひねり出された発想に基づく想定をあたかも事実として扱い、それによって前提に抵触せずに説明できたことにライプニッツは満足しているように見える。(こうしたことはライプニッツに限らず、同時代の哲学にはよくみられるが。)



私はこの作用力があらゆる実体に内在し如何なる作用も常にそこから生ずると説く。従つて、物体的実体でも(精神的実体と同様に)作用を止めることは決してない。物体的実体の本質が専ら拡がりにのみ存する、乃至不可入性にのみ存すると考へ、物体はどう見ても静止してゐるものだと考へる人々は、十分この点に気附いてゐないやうである。(p.470)


これは「単子論」ではなく「第一哲学の改善と実体概念」という論文からの引用だが、例えば、デカルトは物体を「延長」として規定したが、「延長」や「拡がり」や「侵入できないこと」といった性質によって物質を規定する場合、極めて静態的なイメージにより理解されることになるが、ライプニッツはこれに対して、「実体」をより動的なものであると捉えているところに特徴がある。観察者の視点で書かれているが、システムの作動の局面を感得しているものと推察される。


W.G.ランシマン 『マックス・ウェーバーの社会科学論』

徹頭徹尾実証主義者である人々の主張の、また徹頭徹尾観念論者である人々の主張の、最も容易な吟味は、その困難ゆえにあえて選ばれた範例に即して、それを吟味してみることである。(p.22-23)


ある主張にとって都合の良い範例に即してその主張を吟味してみても、その主張を検証したことにはならない。むしろ、その主張にとって説明が難しい範例に即してどのような説明が可能かということを吟味することが、その主張の妥当性や妥当する範囲などを確認することに繋がる。



ユルゲン・コッカ 『〔新版〕ヴェーバー論争』

まず、フーフナーゲルが浩瀚な文献的知識に依って明らかにしているように、ヴェーバーは彼の「理念型」概念を決して十全かつ体系的に説明したことはなく、それ以来理念型には、高度の――ある人には厄介な、他の人には「可能性豊かな」――「両義性(アンビヴァレンツ)」がつきまとっている。次に、モムゼンが明確に示した如く、マックス・ヴェーバーの理念型理解はいくつかの段階を経てきた。後期ヴェーバーの理念型は、「プロテスタンティズム」論文や「客観性」論文の理念型と較べると、現代の社会科学者・行動科学者のつかう一般命題により近似していると言えるのではなかろうか。(p.33)


理念型理解がいくつかの段階を経たというのは、「十全かつ体系的に説明したこと」がないのであれば、単に揺れ動きがあるだけ、という可能性もあるように思われる。今後、モムゼンの本も何冊か代表的なものは押さえておきたいと考えている。



一方でヴェーバーの徹底した

「価値の不可知論」

、つまり価値と行為目標に関する理性的な討論の断念、そしてこの問題をもっぱら闘争と決断の領域に放っておこうとすることは、民主主義概念のこうした危険な形式化へ、議会制の道具化へ、そうして(行政がますます目的合理性を増してゆくなかで)政治的な〔意思〕決定過程の形骸化、いやまさにその非合理化へと導いた。(p.40)


このあたりの指摘は、サンデルがリベラリズムの中立性の要請を批判しているのと同じ論点と思われる。



もしも――グスタフ・シュミットが明らかにしたように――人民投票的指導者民主主義の諸要素へのヴェーバーと同様な共感が――他の面では、価値の問題性に関するヴェーバーの見解も、「官僚制的凍死」に対する彼の懊悩もほとんど分かち持ってはいなかった――マイネッケやトレルチにおいても見出せるならば、かのヴェーバーの提案を、モムゼンが行っているようにひたすらヴェーバーの思想全体の傾向から説明しようとするのは正しいかどうかが問われることとなる。(p.42)


なるほど。



近代的官僚制と経営の革新能力は、ヴェーバーにとって(他には例えばシュンペーターによっても)著しく過小評価されていたようである。これは社会的変動に関する彼のモデルの弱点を示している。彼のモデルでは――イデオロギー的な倍音を少しく含んで――変化の運動法があまりにも偉大な人間個性――経済の領域でいうと、企業者個人の資質――につなぎ留められている。(p.55)


伝統的支配や合法的支配のもつ硬直的というか変化に抵抗する局面をカリスマ的支配によって打破するというモデルになりやすい。ウェーバーの理論では、社会変動について説明する道具立てが不足している



 この半世紀の発展は、いったいヴェーバーの社会硬直化という予測を確証しているであろうか?政治、経済及び文化における偉大な独一の個性をもった人間の役割が疑いなく減少したにもかかわらず、変動はますます急速かつ全般的となっている、と少なからず確実に論じられるのではないか?このことは再度、こうした諸々の変貌とスピードアップとを説明することも予測することもなかった彼の社会変動モデルの弱点を示している。(p.55)


ウェーバーの社会変動モデルに対する鋭い批判。



 最後に、ヴェーバーのとった態度や彼のなした定式化の多くを、彼が論争し、抗議を行なっていた当時の状況から理解すべきではないか、という問題が吟味されるべきであろう。彼は、不断の闘争と評価の分析に対する独立性というテーゼを、彼の基本的な傾向に適切であった以上のものにまでしてしまったのではなかったか?というのも、固有の政治的立場の隠蔽のために専門知識を濫用することに対して、彼は徹底した反対の意を表していたからである。彼はまた恐らくは、認識を導く観点の、研究対象の構造からの、実際にはただ相対的でしかない独立性を――彼の確信に照らしてみると正当であったものの度を越えて――強調しすぎたのではないか?というのも彼は、客観主義者たちに対して、認識論の領域における素朴さや独断主義に対して、論争的に議論していたからであり、また彼の学問論は、論争的な個別論文の一集成だからである。彼はおそらく、その立憲政治の諸提案の中で、多くのリベラルで民主主義的な、反権威主義的な、また反情念的な保証――そんなものへの言及など当時の具体的な状況裡にあっては何ら論争的な機能を持たなかったであろう――については、この保証が、多分彼の基本的な立場の帰結にあったのであろうが、いや彼にはこんな保証などおそらくは明々白々と思われていたにせよ、彼は黙殺したのではないか?このような考察は、ヴェーバーの著作における亀裂を取り除くことはないが、それでも次のことの助けとはなりうるであろう。まずその亀裂を理解すること、そうして、〔論者による〕多くの定式化が有する論争上の一面性について、強調されることが余りに少なかったそれの対重局面を見逃すようなことからヴェーバー解釈を救うこと、である。この対重局面は、ヴェーバーの立場を〔従来の解釈と〕全く同等に刻印づけているのである。(p.56-57)


ウェーバーの議論の論争的な性格が、様々な定式化を一面的なものとしており、ウェーバー本人の考え方を正しく表現していないところがあるとコッカは見ている。論争的に書くことで一面性が高まるというのは確かにありがちなことであり、ウェーバーに限らず一般にテクストを読む際には、発言の相手や文脈を踏まえて読み解くことは、テクストのより深い理解のためには重要