アヴェスターにはこう書いている?
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矢内原忠雄 『続 余の尊敬する人物』

パウロの戦った戦ひは、その後いくども文明の危機において戦はれ、人類を形式主義、律法主義の沈滞と虚偽から救ったのです。アウグスチヌスが律法主義のペラギウスと戦った武器はパウロでした。ルッターが形式主義のカトリック教会と戦ったのもパウロによったのです。内村鑑三が一切の坊主的・祭司的キリスト教と戦ったのも、同じくパウロによりました。古来すべての宗教改革はつねにパウロに帰ることによって戦はれたのであります。(p.81)


「すべての宗教改革」がパウロに帰ることにより戦われたかどうか、といことには疑問はある。例えば、カルヴィニズムはかなり形式主義の側面を強く持っている。しかし、律法主義や形式主義とされるようなものに対して信仰(内面)が重要であると主張する際に、キリスト教においてはパウロ(が書いたもの)が原点というか帰るべき場所を与えたという評価は妥当であるように思われ、そこにパウロの価値を見いだしているところにも、矢内原自身の立場が表われている。



 法王による「赦罪」の制度は第九世紀に始まったものですが、それが有価証券の形を取って、代理人によって販売せされる「神聖な商品」となったのは1393年以来のことであります。(p.91)


贖宥状は、ルター以前に100年余りの歴史を持っていたことになる。なぜ14世紀末という時点で「神聖な商品」が開発されたのか?その社会経済的な背景に興味がある。13世紀のゴシックの教会堂が次々と建てられた頃にはこのような金集めの方法は使われておらず、それより後の時代になってから始められていることの意味。

ヨーロッパにおける経済の停滞やその一因でもあったと思われるペストの流行による人口減少や社会構造の変容も影響しているのだろうか?そうした社会経済の変容によって教会の権力、特に経済・財政的な基盤が弱体化が生じたということだろうか?



 教育勅語は実行すべきものであって、礼拝すべきものではない。その実行論において、その非礼拝論において、内村鑑三は彼の基督教の信仰によって立ったのであります。しかも彼はただ論じただけではありません。彼一人が立って勅語に礼拝しなかったその行為に、恐らくは彼が意識した以上の決定的意味がありました。彼はここに偶像崇拝の精神に対して一撃を与へたのであります。日本の教育界は彼の行為をもって不敬であるとなし、日本の民衆は彼の住む家に石を投げました。しかし今では勝負は明瞭であります。教育勅語の形式的な礼拝と捧読と暗誦とは日本の国民道徳を改善しませんでした。かへつて多くの偽善がそのなかからはぐくまれました。内村鑑三がこのとき戦端を切った戦ひは近年に至って極めて激しき形で再燃し、彼の弟子たちの幾人かが同じく不敬と呼ばれ、国賊と罵られたのでありますが、奇異なことには、内村鑑三の不敬事件はあれほど著名な社会問題であったに拘らず、警察その他官憲の手が一度も彼の身辺に臨まず、是非の論争が公然と発表せられたのであります。これに比べると近年における言論、思想、並びに信仰に対する官憲の弾圧迫害がいかに大であったかがわかります。自由の国としての近年の日本は、日清戦争前の日本に比して遥かに退歩してゐたのであります。国の敗れ、衰へたこともまた当然であります。形式的な尊王愛国論が栄えて、心霊の自由を重んずる「平民的思想」の乏しきところ、国は興隆するはずがないのであります。そのことを内村鑑三は身をもって叫んだのであります。(p.166-167)


教育勅語が実行されるべきものだったかどうかは別として、「律法主義・形式主義との戦い」の問題として信仰と教育とを同じ問題の構図において論じているのが面白い。

教育勅語(の形式的な礼拝と奉読と暗誦)は道徳を改善しなかったという指摘は現在においても共有されるべきものであろう。その内容の面に対する批判がないのは、本書が発表されたのが戦後まもない時期で教育勅語が刷りこまれている人々が多かった時代であることも反映しているのかもしれない。

内村の時代(日清戦争以前)よりも、日中戦争から第二次大戦の頃の方が言論や思想への弾圧が強く、自由がなかったというのは事実だろう。ただ、内村と比べて矢内原が彼が置かれた時代の世相に対する抵抗ができなかった理由を弁明するような意味合いもあるように思われる。



 不敬事件を惹起したのちの内村鑑三は大阪に移り、熊本に移り、京都に移り、名古屋に移り、転々として居を移しつつ、他人の階段の昇りにくく、他人のパンの塩からきをつぶさに経験しました。それはフィレンツェを追放せられたダンテに比すべき流竄の生活でありました。彼は大阪や熊本の学校に勤めましたが、どこでも衝突して長続きしませんでした。(p.167)


内村鑑三は偉人、少なくとも偉大なクリスチャンとして描かれることが多かったように思われるが、「この世的な基準」で見ると社会にあまり適応できない人であった節がある。



I for Japan;
Japan for the World;
The World for Christ;
And All for God.(p.175)


内村鑑三の墓石に刻されているという有名な言葉である。小学生か中学生の頃に学校で先生から聞いた覚えがあるが、恐らく今の子供達にまでは伝わっていないのではないかと思われる。今の子供達が教わる言葉はどのようなものなのだろうか?


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矢内原忠雄 『余の尊敬する人物』

エレミヤの預言は真に国を憂ひ、国を救ふ愛国の叫びでありました。(p.20)


本書ではエレミヤ、日蓮、リンカーン、新渡戸稲造の4人の尊敬する人物について書かれているが、エレミヤ編は特に矢内原本人と重ねて書かれているように思われる。この箇所もその一つ。矢内原も自分自身の言論活動を「真に国を憂い、国を救う愛国の叫び」であると思っているが、当局や右翼言論人などに理解されることはなく大学教授を辞することになってしまったというあたりのことが念頭にあるのだろう。



エレミヤこそ真に愛国の心に燃え、神の真理に立ち、正確なる事態の認識の下に国民を警告したのです。然るに彼らはエレミヤを攻めて、彼は災禍の日の到来を願った非愛国者である、国賊であると言ひます。(p.31)


エレミヤと矢内原自身を重ねている箇所のひとつ。



将来の復興の希望を見るが故に、現在の懲しめに対し従順に服従するを得るのです。それは復活を信ずる者が、死に面して恐れざると同じです。復興の希望を見るが故に、現在の苦難に対し従順であることが出来、現在の懲しめを従順に受けることによって、復興の希望を見ることが出来る。(p.50)


このあたりは、本書が描かれた時期である第二次大戦という苦難の先に、それが終わった後の時代に希望を見ようとするものであるように思われる。



 日蓮の依り頼みは経文でありました。日蓮より後るること350年にして、ドイツに現はれた宗教改革者ルッターが聖書を依り頼みとしたが如くであります。(p.105)


日蓮とルターを重ねるあたりはクリスチャンらしい発想。



併し日蓮は国を法によって愛したのであって、法を国によって愛したのではありません。国は法によって立つべきであって、法は国によって立つのではありません。立正が安国の因でありまして、安国によりて立正を得ようとするは、本末転倒であります。日蓮の目的としたものは国家主義の宗教ではありません。宗教的国家であります。国家の為めの真理でなく、真理的国家であります。(p.105-106)


国家主義者や右翼といった人びとの考え方は、この点が逆転しており、「国家」なるものを最上位に置く。それも現実に存在すると想定されている国家を最高の原理として肯定し、それに都合の悪いものを排除しようとする。あるべき社会の理想を掲げ、そこに近づくように社会を組織していこうと努めることが重要だというメッセージは現在でも有効なものであろう。



 故に、戦争に至らしめた直接の分裂点は、州の分離権を認めるや否やの憲法の解釈問題でありましたが、南北をして異なる解釈を取らせたのは、奴隷問題に対する意見の相違であります。而して奴隷問題に対する意見の相違は、南北両社会の経済的機構の相違に基づくものでありました。(p.151)


アメリカの南北戦争の原因についての分析。マルクス主義的な図式と近いと見ることもできるが、それはどうであれ、論理的に簡潔に整理された見方が提示されていることにより、この事件の要因へのすっきりした見通しを与えてくれている。



我らは神の審判の前に謙遜となり、神の意志に対して従順であり、「何人に対しても悪意を抱かず、すべての人に対して愛を有ちて」("With malice toward none, with charity for all.")、戦争によって生じた国民の傷を縫ふことに努むれば、正しく且つ永続的なる平和を打ち建てることが出来るであらう。――之がリンコーンの心境でありました。およそ戦争遂行の責任者として之れ以上の崇高なる精神をもつことは、何人にも期待し難いところであります。(p.169)


リンカーンの演説の一節は新渡戸稲造が遠友夜学校の額に書いたフレーズでもある。新渡戸はリンカーンの有名な演説から引いていたわけだが、かなりお気に入りだったということだろう。

矢内原がこの精神を、戦争遂行の責任者として最高の崇高なる精神と評価しているのは、本書が描かれていた第二次大戦においてもこうした精神を指導者たちが持ってほしいというメッセージでもあったのだろう。



若しもすべての戦争遂行の責任者が、リンコーンの考へたやうに戦争を考えたならば、戦後の平和は真に正義と永続性の基礎の上に再建せられ得るでせう。然るに多くの場合、戦争の始る前にも、戦争最中にも、又戦争の終った後に於いても、敵国のみに責任があって自国は罪をもたないといふ立場を固辞しますから、その傲慢と頑固とが禍して国民を、又国と国との間を、永久的戦禍に閉ぢこめるのです。戦争遂行者が謙遜を学ばない限り、平和の新秩序は建設せられません。(p.169-170)


敵国のみに責任があって自国は罪がないという立場を固辞するという傲慢と頑固が永久的戦禍をもたらすという認識からは、現在の日中関係などが想起される。

日本の右派は自国の非を認めない発言を繰り返し、中国では抗日戦争は軍国主義・ファシズムに対抗する正しい戦争であり自国に非はないという発想がある。だからどちらも自分たちが被害者だと主張し続けることになる。ここには相手を許す余地はない。様々なところに非が存在していたことを見てとることができれば、見え方は大きく変わり、自らも謙虚にならなければならないことがわかり、相手を許す余地も出てくる。

社会システムをコミュニケーションの連鎖として捉え、そのコミュニケーションには誤解の余地が常にあり、意図とは異なる帰結へと繋がる開放された回路が開かれているということについての認識は、このような見方の助けとなるだろう。



内村鑑三と新渡戸稲造とは私の二人の恩師で、内村先生よりは神を、新渡戸先生よりは人を学びました。両先生は明治初年札幌農学校で同級の親友でありましたから、その意味では私も札幌の子であります。而して両先生を教育した学風を札幌に残したるウィリアム・S・クラークは米国南北戦争の時、リンコーンの下に北軍に従軍した陸軍大佐でありました。(p.179)


内村からは神を、新渡戸からは人を学んだという要約は非常に的確な表現に思える。また、その両先生からクラーク、リンカーンへと系譜が連なるものとして認識しているところも興味深い。

「札幌の子」という表現に関連して、矢内原は後に(1952年)次のような発言をしていることが想起される。すなわち、日本の大学教育に2つの中心があり、一つは東京大学、、もう一つに札幌農学校があったとし、前者は国家主義、後者は民主主義の源流となったという。そして、札幌から出た人間を造るというリベラルな教育が主流となることが出来なかったことが突き詰めれば太平洋戦争へと突き進んでいくことへと繋がったといった趣旨の発言である。


謝雅梅 『新視点 台湾人と日本人 女子留学生が見た“合わせ鏡”の両国』(その2)

「だれが当選しても日本の政治は変わらないですよ」
……(中略)……。
 正直な気持ち、私はこのような日本人の無責任な政治観にがっかりしました。現在世界のどこかで、だれかが自由を獲得するために政府と闘って血を流しているという残酷な事実が依然として存在しているのに、日本人は簡単に自分の権利を捨てようとしています。(p.144)


確かに、「だれが当選しても日本の政治は変わらない」というのは誤りである。安倍晋三が首相となったことによって、明らかに違憲な法案(安保関連法案)が採決される方向に向かっていることを見てもそれは分かる。憲法を時の政府が勝手に解釈して、その解釈に適う法案であれば何でも成立させることができるのだとすることは、立憲主義の否定であり、権力の暴走を止める手段がない状態となることを意味する。今回のような解釈改憲が認められるならば、もし、まったく異なる立場の内閣が成立した場合には、「自衛隊は違憲であり即座に解散する」という解釈をする政府であっても受け入れる必要があるということを意味する。(憲法の文言を素直に読む限り、こちらの解釈の方が安倍政権の解釈よりはずっと適合性が高いのは明らかである。)

このような暴挙に対しては、著者が言うように、権利を捨てることなく政府と闘うことが必要である。



 しかし、台湾人の政治熱はけっして生まれつきのものではありません。もしかすると、かつての国民党の独裁政権、そして台湾海峡の向こうにある巨大な中国の存在がなければ、台湾人も日本人と同様、国会で何が起きても関心がない生活を送っていたかもしれません。(p.145-146)


確かに、かつての白色テロの記憶と中国の存在という2つの要因は台湾における政治的な関心を高める役割を持っているように思う。私の友人の台湾人と話していても、確かにこうした関心が多少なりとも影響しているように思う。

2014年に台湾の学生たちが立法院を占拠したときも、中国とのサービス貿易協定が持つ問題がその原因となっており、その中には情報統制や出版の自由の制限などに繋がりうる内容もあったことが想起される。これも白色テロのような独裁政治への懸念と中国による政治的および経済的な進出への懸念が人々に共有されたからこそ可能だったという見方もできるだろう。



 冷静に考えれば、それ以外に最も肝心なことは、今の台湾の国家として不安定な状況では、何か国を代表する象徴が欲しいということかもしれません。(p.154)


孫文が台湾で今でも国父として尊敬されている理由についての著者の説明。なるほど。ある意味では日本の右派(中国や韓国に日本が脅かされていると信じている人々が多い)が、天皇や皇室(あるいは天皇制)に愛着を持っているのも同じような心理によるのかもしれない。



 97年9月22日の「朝日新聞」にこんな記事がありました。同紙が行った中国人と日本人を対象としたアンケートの中で「自分の意見が政治に反映されているか」という質問に対し、中国側では「十分反映されている」は4%、「ある程度反映されている」は31%も占めています。一方、日本側では「十分反映されている」は0パーセント、「ある程度反映されている」は13パーセントにすぎません。両者を比べても現在の中国人は世界情勢を知らないか、あるいは知らされていないということがよく分かります。(p.174)


20年近く前のアンケートなので、現在は多少は改善されているだろうが、それでも中国の場合は、自分の政治的な意見が先にあって、それを政府が反映した政策を実行しているかどうかというより、政府(共産党)の意見が先にあって、それに逆らうことができないため人々は自分で望んでいることにしてしまう傾向はあるのではないか。



 最も台湾人が我慢できないのは、大陸の中国人に表れている「台湾は自分のものだ」という傲慢な態度です。(p.175)


このような感情は多くの台湾人に共有されているのではないか。私の台湾人の友人も同じことを語気を強めて話していたのが想起された。ちなみに、中国(大陸)の人々は自国の歴史を正しく理解する機会もないのだから、自国の領土がどこからどこまでなのかを語ることは本来できないはずである、というのが私見である。



先生の話によると東洋人、特に日本人、中国系人、韓国人は見た目だけでは判断しにくいのですが、長年の教鞭生活の経験によって簡単に判断する方法を見つけたそうです。どうするのかというと、生徒に質問すると一目瞭然だそうです。たとえば「Anything question?(何か質問がありますか)」と聞くと、台湾人や日本人ならすぐ下を向き、先生の視線から目をそらそうとします。しかし、韓国人や中国人ならむしろ、避けずに先生の視線を見つめています。
 このように、日本人の学生はおとなしくてあまり質問しないといわれていますが、その辺は、台湾人の学生にも共通するものがあります。その原因は今まで受けてきた一方的な教育方法にあると思います。(p.213)


アメリカやヨーロッパならばディベートなどの経験も積むような教育がなされているかもしれないが、日本にはそういうものは少なくとも高校までの教育では非常に少なく、知識を詰め込むタイプの教育となっているのは確かだと思うが、中国はもっと詰込み型だというイメージがある。その点からすると本書の主張は根拠が薄弱に感じられる。しかし、台湾と日本の共通性は、もしかすると日本統治時代に日本式の教育が普及されたことに歴史的な基礎を持つという仮説は成り立つかもしれない。



謝雅梅 『新視点 台湾人と日本人 女子留学生が見た“合わせ鏡”の両国』(その1)

しかし当時、りんごは戦後日本で売られていた台湾バナナと同様、特別な行事や病気で入院でもしないかぎり、めったに口にできない高価なものでした。だから、台湾人の間では今でも富士りんごの人気は非常に高いといえます。(p.12-13)


70年代頃のこと。現在はポピュラーになっていると著者は言うが、マンゴーや南国っぽいフルーツと比べると遭遇率はかなり低いように思う。



ただ、いつも不思議に思っていたことは先生が授業をしているのに、日本の学生たちが平気でおしゃべりしたり、笑ったり騒いだりしていたことです。(p.26)


80年代末から日本のある私大に留学した著者の経験談。私は大学時代にはこのような光景には出会ったことがない。少なくとも日常的にこのようなことはなかった。これは「日本の」学生の態度というよりは、「学力が低い」学生に見られがちな態度であるようにおもわれる。



 実をいうと、ほんの少し前まで、台湾の教科書には台湾の歴史が書かれていませんでした。もちろん、台湾の歴史の一部である日本の植民地時代の歴史も載っていませんでした。ちなみに、1996年の9月から教科書が大幅に改訂され、台湾の歴史が取り入れられるようになりました。
 中国の歴史を中心に書かれている教科書によって、好き嫌いに関係なく、私たちは中国の歴史イコール台湾の歴史だとずっと思い込んできました。中国の歴史といっても、あくまでも国民党が中国大陸から撤退する前の古い歴史です。つまり、政府は自分の都合で私たちが自分たちの歴史を知る権利を奪ったのです。
 ……(中略)……。
 たとえば、モンゴルは1921年に中国から独立、61年には国連にも加盟し、現在120カ国以上と外交関係を持っていますが、にもかかわらず、96年まで台湾の中華民国全図にはモンゴルがまだ含まれていました。(p.66)


本書の最初の版が出たのは99年なので96年は少し前だが、現在2015年から見ると約20年前のことになる。「台湾の歴史が取り入れられるようになった」というのは、「台湾の歴史が主に教えられるようになった」とは違うということは押さえた方が良いかもしれない。



 もっとも、旧日本軍が戦争中にアジアをはじめとする国々で行ったことに関して、半世紀以上たった現在でも責任を問われつづけるのと同様に、かつて国民党が台湾や台湾住民にやってきたことを私たちの記憶から消すことはできません。ただし、その責任を台湾で生まれ育った二世、三世、四世……に追及するのは、あまりにもかわいそうだと思います。(p.80)


コミュニティの繋がりや帰属意識が存在することなどから、同じ集団に属することによってかつての集団の行為に対する責任が未来の構成員にも課されることがあるとしても、個々の構成員にとっての責任は時間や関係の距離に応じて逓減していくべきだという考え方には妥当性があるように思う。むしろ、二世、三世という人びとが負うべき責任より、実際にやった世代の親の世代や祖父母の世代の責任の方が重いと言える。



 台湾では、ほらを吹くことを「吹牛」、約束を守らないことを「黄牛」といいます。そしていくら道理を説明してもらちがあかない人にあきれること、すなわち「馬の耳に念仏」を「対牛弾琴(牛に琴を弾いて聞かす)」といいますが、逆に相手から「牛脾気(頑固で強情)」といわれるかもしれません。そのほかにも、「牛頸(大きな苦労)」などがあります。(p.133-134)


台湾を象徴する動物は牛であり、牛をモチーフにした言葉が多いらしい。



 台湾の農業がまだ機械化される前の1960年代、70年代には、農作業はすべて水牛でやりくりされており、牛がいないと農作業ができないほど人々は牛に頼っていました。(p.134)


台湾の少し古い絵などにも水牛が描かれたものが結構ある。70年代でもまだ水牛が活躍していたとは驚いた。




キム・ナンド 『最高の自分をつくる人生の授業』

 人間の幸せは絶対値では決まらない。昨日よりもっと、期待よりもう少し、成長することで何かを手に入れたとき、人は幸せになるのだ。(p.96)


絶対値ではなく、成長しているという実感が幸せ(ないし生きがい)と関係が深いという認識は重要。引用文に付け加えておきたいことは、成長していても、そのことが感じられなければ幸福感(ないし生きがい)には繋がりにくい、ということくらいだろう。



 「1対29対300の法則」ともいわれるこのハインリッヒの法則は、リスク管理において、とても重要な理論だ。大きな事故は偶然起きるのではない。その裏には29回の小さな事故と300回の危険な状況があるということなのだ。
 この法則は、小さな兆候でも見逃してはいけないという教訓に使われる。(p.98-99)


この理論によれば、小さな事故が起こった場合でもその10倍の危険な状況があるということになる。事故が起こっていない場合でも、危険な状況は頻繁に起きている。それを放置しないことが重要だ。



何の準備もしていなかった成功はすべて危険だ。
 ……(中略)……。
 若くして成功したスターが落ちぶれていくニュースに接することは多い。この悲しいニュースは、準備できていなかった成功の裏面を見せてくれている。
 スポットライトがまぶしいほど、影も長く、濃くなる。華々しいステージに立たされたときに、ぼくらが直視すべきなのは、照明ではなく自分の影だ。
 華やかな照明だけを見ていると、目がくらんでしまう。それは、世の中をきちんと見られなくなるということだ。そして、いつか自分自身のこともきちんと見られなくなる。(p.114-115)


同意見である。



この「ランキング思考」を捨てられない大学生は、同じマインドで企業をランキングし、上位の企業に入社できないと再び絶望する。
 まったく非効率なエネルギーの消耗だ。なぜなら、人生でいちばん重要なのは、最初の職場じゃなく、最後の職場だからだ。(p.123)


確かに、最初の職場より最後の職場の方が重要だろう。だが、さらに重要なのは、どこの職場で働くかということではなく、その職場で何を学ぶことができたか、ということだろう。多くのことを学びうる職場が良い職場である。

大学のランキングを企業にも当てはめてしまうということがこの引用文の最初に述べられているのだが、大学の良し悪しというのも、同じことで、多くのことを学びうる大学が良い大学である。その可能性が高い大学とはどういう大学かというと、優秀な人材が集まる環境の方が友人や教師たちから学べるものが多いと見込める。だから、優秀な学生が集まり、優秀な教師がいる大学は良い大学なのである。偏差値は学生の優秀さの代理指標としてはある程度使えるだろう。



 幸福感というのは、たくさんのことを成し遂げれば大きくなるものではない。期待に対してどれくらいのことを成し遂げたのかで幸福は決まるのだ。
 数学の公式のように表現すればこうなる。
 
 幸せ=成果÷期待

 この公式によれば、幸せには二つの条件が必要となる。ひとつは「成果をできるだけ大きくすること」、もうひとつは「期待をできるだけ小さくすること」だ。(p.157)


成果を大きくし続けることは非常に難しい。「足るを知る」という言葉もあるように、期待を大きくし過ぎないことは、幸福感を持って生きるにあたって非常に重要な知恵だと思う。



 結婚情報会社の調査によると、お金、家庭環境、年齢、外見を第一条件に挙げる夫婦の離婚率は高いそうだ。条件から始まった結婚は危なっかしいのだ。(p.180)


こんなことは当たり前すぎるが、一言で言うと、「条件を付けている=初めから相手に要求している」ということが根本原因である。協力して関係を築いていこう、という姿勢がないのだから、まともな人間関係が続くわけがない



 結婚生活がスタートすると、どうしても相手を自分の親と比較することが多くなる。配偶者への失望も、親との比較からはじまるのだ。妻の側は「お父さんはそうじゃなかった……」、夫の側は「何で母さんみたいにしてくれないんだ?」という愚痴から不満が始まる。
 夫婦の役割というのは、両親を長年観察して学習するものだから、こういう結果になる。知らず知らずのうちに、両親が価値基準になっているのだ。だから、自分の両親と同じ人間的長所を持った人なら、落胆する可能性は低くなる。(p.181)


なるほど。理に適っている。



 自分が大切にしている人間的長所を持った相手を見つけ、お互いの価値観を共有し、同時に相手への配慮を忘れることがなければ、温かい人生を手に入れることができる。(p.182)


文にすると長くはないが、行うのは難しい。



 当時感じたのは、育児というのは、全身全霊を捧げる必要があるということだった。ひとつの生命を育てるというのは、真心を要求されることなのだ。
 まだ言葉を話せない赤ちゃんの頃は、寝息や心臓の音をチェックしなければならない。歩いて、カタコトを話し始めたら、いつも子供の目線に合わせ、子どもの興味に相づちを打つ必要がある。育児が大変なのは、日常の延長のように適当に済ませられないからだ。(p.222)


確かにそういうところがある。ただ、うまく息抜きというか、手抜きというわけではないが、複数の人間で協力し合うことで、常に緊張状態にはならないでやっていけるようにすることも重要と思われる。すなわち、子どもと相対するときは、真剣勝負だが、その真剣勝負を他の人に任せて一人で落ち着いていられる時間が持てることが重要。

本書でもワーキングマザー、特にひとり親の場合、この環境が作りにくい、というような議論がこの後に続いていく。



 夫は家事を“手伝う”のではなく、責任を持って“分担する”のだ。(p.225)


そりゃそうだ。担当していない家事をする場合だけが「手伝う」に該当する。



 子どもの頃は、誰かが買ってくれないと欲しいものを手に入れることができない。絶望的な状況だが、長所もある。大人が、その商品が本当に必要かどうかを判断し、制御してくれるからだ。
 でも、大人になって収入ができ、支出が自由になると、ローンを組んででも購入できる。これは諸刃の剣だ。大人になると消費を制御しくれる人がいなくなるのだ。消費は、大人になって直面する難しい課題のひとつなのだ。(p.246-247)


なるほど。ただ、子どもの頃であっても、大人が本当に十分な判断力を持っているとは限らない。大人になってからも消費という課題を克服できない人はかなりいるのだから。

小中学生にスマホを持たせて、ネット依存症になったり、SNS等で人間関係のトラブルや事件に巻き込まれたりといったことがテレビなどでもしばしば話題になっているが、スマホのような「自由なおもちゃ」を十全な判断力と責任能力がない年齢層の子どもに買い与えるということ自体、大人の側の判断力のなさを物語っていると思われる。



現代は“果てしなく消費を勧められる社会”となったのだ。(p.247)


この認識は重要。マイケル・サンデルも社会のあらゆるものが市場化し、売買できるし、売買しても良いという発想が浸透していることに警鐘を鳴らしているが、同じような問題点を突いている。



 大人に必要な教育をひとつ挙げろと言われたら、ぼくは「消費者教育」を挙げたい。正しく生きるためには、まず正しい消費者になるべき時代だからだ。
 消費は人が大人になったことを確認できる、いちばん確実な証拠だ。同時に、幸せな大人になるために越えなければならない障害物でもある。大人になったら、消費の欲望を制御するのは自分しかいないからだ。(p.248-249)


なるほど。何でも買わせようとする時代ということは、消費への欲望が常に刺激される社会に生きているということである。「幸せ=成果÷期待」という公式に照らすと、「期待」の部分が膨張しやすいということだから、幸福感はそれだけ少ない社会に生きていることになる。その消費欲を制御するための教育が重要だ、ということか。



 こんなにおもしろい番組をつくっている放送関係者の方には申し訳ないが、テレビは“怠け者の最後の趣味”だ。努力も体力もいらない。……(中略)……。
 テレビは危険な趣味だ。つけるのは簡単だが、消すのは簡単じゃない。典型的な“時間泥棒”の趣味なのだ。
 ……(中略)……。
 大切なのは、自分が余暇を通じて新しいおもしろさを感じ、その経験を通じてどれだけ成長できるかだ。(p.258-259)


同意見である。


キム・ナンド 『つらいから青春だ』(その4)

わが子の人生のまえでは、母親の肝っ玉はかぎりなく小さくなる。だから、母親たちは「食べていける」とにかく安定した職業を好む。成功の可能性を最大限にするよりは、失敗のリスクを最小限にする意思決定をくだすのだ。けっきょく、母親たちがしめすわが子の未来というのは、いつも似たりよったりだ。(p.213)


親が子に望む職業が、失敗のリスクを最小限にするものとなるというのは、確かにそういう傾向がある。これは親自身が子の将来に対して責任を負うことができないことから来ていると思う。



 少なくともぼくは既存の成功には安住しなかったし、ぼくができることではなく、社会がぼくに必要とすることを探して全力投球してきた。(p.224)


特に若い人が職業を探すときの姿勢として、この考え方が適切だと考える。「自分がしたいこと」や「自分ができること」という自己中心的な発想から探していても、いつまでも良い答えは見つからないように思う。それは自分という小さな存在に社会の側を合わせようとするという無理があるからである。

そうではなく、「社会が自分に対して貢献することを求めて来ること」を探すという社会の側から発想することによって、適切な場所を見つけることができるように思う。仕事というものは、何かを作ったり、売ったり、運んだりするが、その何かを必要とする人が社会の中にいるからできるのであって、誰からも必要とされないものは仕事にはならないからである。だから、自分がしたいかどうか、できるかどうか、ということは、二の次にした方が良い。自分が好きでないと思ったことであっても、やってみると違った、ということはよくある。同じように、自分にはできないと思っていたことも、やってみたら違うということもありうる。



 マーケティングの核心は自慢ではなく、消費者が「それ」を買う理由を、たったひとつでも納得いくようしめすことだ。その理由が製品にしっかりとけこんでいるとき、「それ」はまさに納得のいく「ブランド」になる。
 就職も同じだ。自分がどれだけ一生懸命生きてきたかを一句一句知らせても意味がない。会社がなぜきみを採用すべきなのか、たったひとつの理由でもきちんと伝えることが重要だ。(p.241)


一つ前の引用文に対するコメントと同じことが言える。自分を中心として発想(説明)するのではなく、社会や会社が自分を必要としているということを言えるかどうかが就職の時には重要、ということだ。

人に対して就職のアドバイスをする時にも、現在の私は「会社の側」から見て、採用したい人がどんな人だろうか、ということを考え、会社が求めているであろう人物像と求職者の言動がマッチするかどうかを考える。そこのマッチングを考えて就職のアドバイスをすると、本人だけで決めるときよりもはるかに高い確率で就職が決まる。本当に面白いように就職先が決まる。自分の就職活動の時に、この考え方や経験を既に身につけていたら、人生は違ったものになっていたに違いないと思う。



 スペックとは、ある人の貢献度を判断するのが難しいとき、これを予想する代理指標にすぎない。学歴、成績、TOEICの成績などは、学習能力、知能、誠実さの代理指標であって、資格やさまざまな経験などは、業務関連知識、組織適応力、その人の性質などについての代理指標だ。(p.243)


なるほど。だから、就職の面接などでは多少の効果があるが、実際に働いてからは、こうした「スペック」などよりも、実際の貢献度を直接見ることができるから、あまり意味がないわけだ。



キム・ナンド 『つらいから青春だ』(その3)

キープする何人もの人のなかから、学歴だ、外見だ、家がらだ、などという「属性」をすべて検討してから選択した結果が、ただだれかひとりとであってつきあう場合よりも、なぜうまくいかないのか?
 答えは思いのほかシンプルだ。人はショッピングする対象ではないからだ。人間関係はショッピングとはちがう。人間関係というのはいいパートナーを「選択」することではなく、いいパートナーに「なる」ことだ。友だち同士でもそうだし、恋人同士ではなおさらだ。それなのにいつもみんな「損をしない」選択をしようとする。けれども、関係というのは相互に与えあうものだ。相手も損しなくないと思ったなら、たがいに幸せになる選択はできなくなってしまう。(p.108-109)


同意見である。ただ、この程度の簡単なことも弁えていない人間が余りに多いことには閉口することがある。恋愛依存症的な言動をする人々は全て例外なく、この程度のことを見て取ることができないでいる。



だれかを「管理」できると信じるのは、いっけん、たいした自信のようだが、じつはとても卑怯な生きかただ。自分を投げだして愛する勇気がないということなのだから。
 ……(中略)……。愛する勇気と責任を知らない卑怯な相手とは、それ以上の未来はない。(p.110)


まったく同意見である。



 このように、決意を実行するのが難しいのは、決意の大部分が、自分の「習慣」をかえようとするものだからだ。習慣をかえることは難しい。日本の生物学者、石浦章一氏によると、習慣をかえるには脳の仕組みをかえなくてはならず、そのためには最低一カ月はくりかえす必要があるという。……(中略)……。
 わたしたちはなにかをするためにまず、決心、すなわち心を決める。……(中略)……。
 だが、生きかたは決意ではない。練習だ。ちょうど水泳をおぼえるのと似ている。本でうまく泳ぐ方法を完璧におぼえて、「明日からはうまく泳げるぞ!」と決意すれば、水泳選手のパク・テファンのようになれるだろうか?もちろんそんなことはありえない。泳ぎがうまくなるためには練習しなければならない。毎日毎日練習して、少しずつ自分自身をかえていかなければならない。(p.147-149)


単なる決意にはほとんど意味がない。毎日の練習の積み重ねによって習慣を作り変えていくことによってこそ、自分をつくりかえていく――すなわち成長する――ことができる。



 韓国では大学に進学すると人間関係の問題がようやく本格的に現れてくる。まず、大学には固定したクラスがない。幼稚園から高校まではクラス中心の毎日だった。三十~四十人ほどのかぎられた共同体のなかで、ケンカし、仲直りし、好きになって憎んで、そうしてもまれながら一年をすごす。ところが、大学ではそうしたクラスがない。
 クラスがないというのは、量的にも質的にも大きな変化だ。友だち関係、先生との関係がすべてだった小学校、中学、高校では、人間関係のパターンが比較的単純だ。けれども、大学に入り、成人してからは、異性の友人、同性の友人、先輩、後輩、教授、職場の上司、同僚、外部の協力者など、かなり親しい一次集団的な関係から、仕事で知りあうきわめて機能的な関係にいたるまで、人間関係が大幅に広がる。
 人間関係の幅がぐっと広がり、であう人の数も飛躍的に増えるいっぽうで、個々に接する時間と機会は大きく減っていく。だから、以前のような親密な関係を結ぶのが難しくなる。一度の失敗で関係がこじれると修復もたいへんだ。そのためか、中学高校、小学校時代の友だちくらい親しい関係はないともよくいわれる。(p.153-154)


なるほど。日本でも同じではなかろうか。大学の受験生や新入生には、こうしたことを知らせた上で、この状況に対する心構えなどを伝えたい気持ちになる。



むしろ、中学、高校で学べなかったさまざまな人間関係を経験すべきだ。
 ……(中略)……。オンラインには、それなりに強力な影響力やおもしろさがある。だが、オンラインにはオンラインなりの、オフラインには実生活ならではの、人間関係の可能性と必要性がそれぞれべつに存在するのだ。(p.157)


前段は一つ前の引用文と関わる。現在の私から見て、大学に進学する意味とは、「自分以上の人間と出会うことができる可能性が高い場に身を置き、そうした人間と対等の関係を築くチャンスを得る」ということであると思う。

義務教育は、社会の底辺に近い社会層からそれなりの生活ができる社会層まで比較的幅広い層の人間が交わるという意味がある。高校は学力によるランク分けがハッキリするので、社会的背景は似てくる。大学もその点は同様で、ある程度以下の生活水準しかない社会層の子弟は極端に少ない。逆に言えば、ある程度は自分の能力を伸ばすことが社会的に可能だった学生たちが集まるそういう中で切磋琢磨するチャンスが大学にはある。職業に就いてしまうと、より機能的な集団としての側面が強いので、人間関係も仕事に係わる場面での交流が大きな位置を占めやすい。大学では、そうした限定が少ないため、優れた人間と出会ったとき、より全面的に知りあうことができる機会を得やすい。発想の鋭さや独特さに驚かされることもあるかも知れないし、頭や気分の切り替えの力に驚くかもしれない。そういう中で自分も伍していこうとすることで成長が促される

後段のオンラインとオフラインの関係については、オンラインの関係は住居が離れていたりする人たちとのコンタクトがとりやすくなるため、お互いを意識し合って友人関係を続けやすくなるというのが最大のメリットだと思う。私の場合、旅先で知りあった日本人旅行者や現地人の友だちとの関係を維持し、深めていくために活用している。



いい友だちとは、そして、かわらない人間家計とは、どこかに探し求めるのではなく、努力して、いっしょにつくっていくものだ。(p.159)


その通り。これは友人関係に限ったことではない。



 意味のない習慣になっている趣味を「唯一の楽しみ」といういいわけでごまかすな。この世で最大の楽しみはなんだと思う?それは成長する楽しみだ。成長にどうしても必要な栄養である「時間」をうばう行動は、ほんとうの楽しみではない。たんなる時間つぶしが増えるほど、きみの存在の厚みはうすくなる。無意味にくりかえされる趣味、時間つぶしはいますぐやめろ。(p.181)


この著者とは価値観ないし考え方が非常に近いと感じる。



 挫折によって成長するんだ。うまくいっているときはだれも自分をふりかえらない。失敗を経験してそのときはじめて、なにが問題だったのかを反省する。そうしてこそ自分の成長のステップにできるんだ。だから、人生全体をみれば、ものすごい大失敗より、あいまいな成功のほうが、ずっと危険だ。(p.202)


私の人生訓の中で比較的大きな意味をもっている言葉の一つに、哲学者カール・ヤスパースの言葉「人間が挫折をどのように経験するかということは、その人間を決定する要点であります」というのがある(草薙訳『哲学入門』p.28)。このように、私が実存哲学から受けた影響の部分と、この著者の考え方が非常に強く共鳴している。




キム・ナンド 『つらいから青春だ』(その2)

親がものすごい金持ちでない限り(そういう人ははやくから財テクをはじめる必要もないだろう)、二十代でつくれる資金などじつは微々たる額だ。だから、わずかばかりのお金を倹約して、財テクをはじめるくらいなら、いっそのこと使いはたしてしまったほうがいい。
 もちろん、その出費は自分を成長させるためのものでなくてはならない。本を買い、旅にでて、なにかを学ぶことに使うのだ。
ほんとうにまとまったお金をつくりたいならば、はした金で数年はやく財テクをはじめるよりは、「よりよい自分」のためにお金を使おう。究極的には、自分の価値を高めて、高い年俸を得ることが「最高の財テク」であることを忘れずに。(p.69)


韓国で多くの若者が財テクをしていることに対する批判。確かに、20代で倹約しすぎて成長の機会を狭めてしまうよりは、成長の機会をいかにして得るかを考えながら金を使った方がいい。単なる消費のためではなく、自己教育のための投資のために金を使うべきだということ。これは若い人に限った話ではないとも思う。



 ぼくが財テクをやめたのは損するのがこわいからではなく、むしろ利益がこわくなったからだ。
 ……(中略)……。「金のような投資先がもっとないか?」と、関心がつねにそこに向いている自分に気づいたのだ。投資で稼ぐことが、仕事の楽しさをうばっていくと考えるようになったためだ。(p.70-71)


なるほど。利益が恐くなるという表現は面白い。関心が仕事そのものではなく、単なる金銭獲得、それも本業とは違うものに向ってしまうことによって、本業である仕事の楽しさが阻害される。そんなことをするくらいなら、本業での実力をつけるよう成長する方がいい、というわけだ。



ぼくは、ほんとうの成果を得るには、明確な目標と適切な方法、誠実な実践の三つがあわさってはじめて可能だと考えている。ところが多くの人が、さきほど木を伐る人のように「目標」と「方法」はさておいて、それ以上は考えず、「実践」の誠実性ばかりを問題にするのだ。
 これはひとつの惰性だ。ふりかえることをさぼった、勤勉なる怠惰だ。ふりかえらなければ、誤った目標に盲目的に突進したり、まちがったやりかたでムダな努力を続けることになる。

 では、どうやって自分をふりかえればいいのだろう?
 ……(中略)……。だが、ただ考えたり悩んだりするだけでは省察にはならない。もっと重要なのは経験だ。直接経験し、たくさんの本を読み、会話し、旅にでることだ。

 経験ほど人間を成長させてくれるものはない。ことさら、感受性が豊かな青春の時代に積んだ経験は、なにより貴重だ。自分をふりかえるのにこれ以上の方法はない。だから、できるかぎりさまざまな経験をしてほしい。それが非難されるような行動だったり、必要以上にきみの時間や労力を消耗することでないならば。「若いときの苦労は買ってでもしろ」ということわざは、意味もなく生まれたのではないのだ。

 ……(中略)……。

 会話は読書と同じくらい有意義な経験のチャンネルだ。とくに自分より経験が豊富だったり、洞察力がある人との会話は大きな気づきを与えてくれる。学校で学生たちをじっと観察していると、予想外に会話が少ない。かれらは自分では多いと思っているだろうが、それは気楽な友人や親しい先輩と「おしゃべり」しているだけだ。もちろんそこでは、ともに経験する困難を分かちあうという満足などを得られるだろうが、同じ迷路をさまよっていることも多く、自己省察できる慧眼を得るにはほど遠いだろう。
 それよりも、よきメンターを探そう。(p.75-77)


明確な目標、適切な方法、誠実な実践という3つの要素のうち、明確な目標と適切な方法は省察を必要とし、省察の最もよい方法は経験を積むことであるという。そして、経験のチャンネルとして著者が挙げているのが、直接経験、読書、会話、旅の4つである。

確かに、実践と反省(省察)とがかみ合うと非常に大きな力となる。本書の議論で独特なのは省察の方法を「経験」と呼んでいることだろう。経験を積んで成長することによって、成長する以前との比較や過去の捉え返しが適切にできるというのは、言われてみればその通りという気がする。成長がなければ反省するにも、過去の自分と現在の自分の到達レベルが同じ程度であれば客観視することは難しい。現在の自分と過去の自分の間に乖離があるからこそ客観視できる(しやすい)。

経験のチャンネルとしても、直接経験は言うまでもないが、読書、会話、旅のいずれも共感できる。これらの共通点は自分の視野を広げてくれるもの(ないし、自分の常識を覆すことがあるもの)だということではなかろうか。これによって直接経験をすることの意味もより深いものすることができる。読書や会話のない単なる直接経験だけでは、そこから学び取ることも限られてしまいがちに思う。



旅は、自分の不在が知人や共同体にとってどんな意味があるのか、思いめぐらせるいいきっかけになる。
 ……(中略)……。
 もうひとつ旅のいいところは、自分がしごくとうぜんだと感じていたことが、じつはまったくそうではなかったと感じさせてくれることだ。外国に行くとますますそう思う。……(中略)……。
 だから、カメラとケータイはひきだしにしまって、ちょくちょく旅にでよう。ガイドブックにでてくる名勝地だけを訪ねて写真を撮り歩く旅行ではなく、きみ自身にであいに行く、そんな旅に。(p.78-79)


ここで述べられている2つとも、同じような思いを抱いたことがある。やはり旅はよい。

カメラと携帯を持たずに旅に出ようとするのも、なるほどと思わされる。旅先で出会う人やひとりの時間を通して自分自身を省察することになるから、これらのものはその邪魔になることの方が多い。携帯については、特にfacebookなどを通して、リアルタイムに旅先のことを身近な人に知らせるツールとして使ってしまうが、これは旅の非日常性を日常の中に組み込んでしまうところがあり、旅の良さをかなり減じてしまうように思う。

カメラは人よりも場所や物に対して関心を寄せてしまう傾向を生むので、省察とは少し違う方向に関心を向けがちではある。ただ、壮大な景色や歴史的な場所へ足を運ぶことは、そのこと自体が精神を啓発することがある。カメラを通して自分の見方や関心が見えることもある。特に他の人の写真と自分の撮ったものを比較することでそれが見える。カメラは携帯よりは害が小さい(さらに言えば、別の効用を持ちうる)と思う。



 目標、方法、実践。
 世間的な意味での成功であれ、自分だけの夢であれ、人生でなにかを叶えるためには、この三つがひとつにあわさらなければならない。目標がなければ意味がなく、方法が正しくなければ非効率で、実践しなければ成しとげることはできない。ひとつでも欠けると、人生は、足が一本短い三脚台のように、力なく倒れる。
 つねにこの三つのバランスをとるためには、たえず自分をふりかえらなければいけない。この三角形の中心点に、自己省察があるのだ。


簡潔なまとめ。


キム・ナンド 『つらいから青春だ』(その1)

自分の情熱ではなく、人がいいという理由で選んだ職業や、安定した高収入が保証されそうだからと選んだ職業はむなしい、ということを指摘したいのだ。(p.34)


ここを読んだとき、「いやしくも人間としての自覚のあるものにとって、情熱なしになしうるすべては、無価値だからである」(尾高訳p23)という『職業としての学問』におけるウェーバーの言葉を想起した。

ただ、情熱が重要だとしても、「自分のやりたいこと」をすべきだ、とか、「自分のやりたいこと」を探す、という発想での職探しは基本的に誤ったものであると私は考えている。(本書もその点では同じようなことを述べている箇所があり、共感するところの一つである。)自分が職業選択をしていた時期にはそこまで思い至らなかったことなので、その点について本書についてのコメントで書ければと思う。



 大学に進学して最初に感じる困難は「目標が広がってしまうこと」だ。十二年間の小中高校教育をそっくり背負って「大学進学」という大目標が達成されたあと、「なにをすればいいのか」ばくぜんとしてしまうことによって感じる苦しさだ。(p.53)


今になってふり返ると非常によくわかる。私の場合は、大学に進学した時点では目の前に目標があったので、普通の学生としての学生生活は切り捨てて目の前の目標ばかりを見ていた。だから、進学直後にはこの苦しみは感じていなかった。しかし、その目標を失った後に、この痛みがやってきた。こうやって今、読書メモのブログを書いているのも、そうした苦しい日々を越える過程でいくつかの本や思想家、さらには共に考える仲間たちと出会ったことなどが遠い原因となっている。



失敗から学び、そこから一歩ずつ自分を成長させること。それが偶然への正しい頼りかただ。(p.55)


大学に進学して、上記のように目標が広がってしまうことによる苦しみの中に置かれたら、偶然に頼って自身を成長させるといい、というアドバイス。そして、失敗をして、そこから学べという。非常に理に適ったアドバイスだと思う。

自分が生きる社会がオートポイエティックなシステムであるかそれに近い動き方をするものである場合、偶然によって生成する事態と遭遇せざるを得ない。それに対しては事前に定まった対処法はない。当然、ここでは事前に定まった対処法がある場合よりも失敗する可能性は高い。こうした事態自体を自身の成長の糧とする発想に立てば、偶然の事態の捉え方も変わるし、そこから実際に成長することによって自分とその周りの社会にも(基本的により善い方向へと)変化が生じていくことになる。



 だが、資格試験や考試の受験を選んだのは、逆説的にも、安易で手を抜いた決断ともいえる。なぜか?自分では決意に満ちて試験準備を選択したと思うかもしれないが、じつのところは、自分の可能性について深く考えることを投げだした瞬間、自分の状況にみあった試験準備を安易にはじめたのではないのか。
 きみはこれまでの生涯、「試験勉強」だけやってきた。勉強はもううんざりだというが、内心は勉強(じつは試験をうけること)がいちばん楽になってしまっている。人との関係をつくっていくことも、ねばりづよく就職の扉をたたくことも、勉強とは次元のちがう「仕事のやりかた」に慣れることも、ものすごく難しい。「勉強がいちばん楽だった」のだ。しかも、若さのあらゆる問題を受験にすりかえてしまえば、その問題もしばらく猶予される。親や友だちに、そして自分に、ただ遊んでいるのではなく「なにかを一生懸命やっている」というメッセージもしめせる。
 だから、試験準備ははためにはすごくがんばっているようにみえても、人生の全体的なフレームからみれば、モラトリアムな怠惰のプロセスでもある。(p.60)


筆者が教えるソウル大学のような一流(有名)大学の学生に対するアドバイスとしては確かに的確と思う。例えば、日本でも、司法試験や公務員試験を受ける有名国立大学の学生のある程度の部分に対しては同じアドバイスが成り立つだろう。こういう場合でも、試験の結果がうまくいけばまだ良いが――実際、合格した後に出会う「偶然」によって、自信を成長させていけるようになる可能性はある――、試験に逃げているだけの状態で不合格が続くと精神的にもきつくなる。そういう人には、今受けようとしている試験は逃げ道ではないかと示唆してやることも必要な場合があるかも知れない。



 どんな職業でもいいから安定して高収入であればいい、という発想は、非常に消費中心的な考えかただ。……(中略)……。
 わたしたちの人生は仕事と余暇で成り立っている。仕事は職業と、余暇は消費と深い関係がある。そのため、ほんとうに幸せになるためには、良質の消費を楽しむのは半分にすぎず、楽しく働ける職業で残りの半分を満たさなければならない、ということに気づく必要がある。
 ……(中略)……。人生でもっとも本質的なよろこびを与えてくれるのは、消費ではなく仕事だ。好きな仕事をしているときの達成感は、よいものを買ったときのうれしさよりもずっと価値がある。(p.62-63)


安定した高収入の職業を希望する発想が消費中心的なものだという指摘は、今まで気づかなかった所だったので興味深かった。良質の消費をするための条件としての職業選択をしているということだと捉えられるから、これが消費中心的発想だということだろう。

確かに、著者が言うように、仕事の達成感と良いものを買ったうれしさでは違いがある。この対比(仕事と消費)は理念型的に用いることができそうに思う。つまり、例えば、中間的な領域を検出するときにも使えそうな気がする。

たとえば、仕事と消費の中間に、「家庭での生活」というものがあると思う。食事や余暇の主な場であるという意味では家庭は消費的な場であるが、例えば「子育て」は消費ではなく「仕事」のカテゴリーに入る。家庭において最も喜びを与えてくれるものは何か、何を家庭生活で価値があるものと見なせばよいか、ということを考えると、その中で「仕事」に相当するものだ、ということになるだろう。

また、余暇や消費でもいわゆる「体験型」と呼ばれるような消費がある。「旅行」や「●●作り体験」のようなものなど。単なるモノを買う消費よりも、こうした体験型の消費の方がより本質的な喜びを感じられるということも、この図式から導く(説明する)ことができる。

投資や流動性そのものへの選好の位置づけという問題はあるが、投資はその結果として単に金銭を増やそうという意味での投資なのか、何らかの活動の場や機会へと繋がることという意味での投資なのか、といった内容を分析することで、「仕事と消費」のどちらに近いかが決まるだろう。たとえば、「不動産ころがし」のような「投資」と、恵まれない子どもたちへの教育機会を与えるために教育施設などを創るといった意味での「投資」では同じ言葉を使っていても、意味合いは全く異なる。また、上述の「不動産ころがし」のタイプの投資ともつながるが、流動性そのものへの選好については、基本的に「金を買う」という消費の中に入ると考えてよい。だから、本質的な喜びは得られないし、モノを買うよりも喜びは小さい。だから、より多くの数字を求めざるを得なくなるのではないか、と思う。