アヴェスターにはこう書いている?
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ポール・タフ 『成功する子 失敗する子 何が「その後の人生」を決めるのか』(その3)

まず、深刻な心的外傷と慢性的なストレスから可能なかぎり子供を守ること。次に、これがさらに重要だが、少なくともひとりの親と――理想的にはふたりの親と――安定した、愛情深い関係を築くこと。これが成功の秘訣のすべてではないが、大きな、とても大きな一部である。(p.269)


このことを脳科学や様々な研究を踏まえて語っているのが本書の内容だと言っても過言ではない。



実際、多くの時間を使って、高LGの母ラットは人間でいったらどういうものだろうと考えこんだ。ヘリコプターペアレンツとはちがう。心配そうにそばをうろうろしたりはしない。絶えずなめたり毛づくろいをするわけではない。母ラットがそうするのはある特別な状況――子ラットがストレスを受けたときだ。まるで大事なスキルを教えこもうとしているかのようだった。刺激を受けたストレス対応システムをうまく管理して休止状態に戻す方法だ。人間の幼児でこのスキルにあたるのは、癇癪を起したあとやひどく怯えたあとに落ちつきを取り戻すことだとわたしは思い、それをエリントンに覚えさせようと集中した。……(中略)……。しかしもし人間で高LGに相当する行為があるとすれば、慰めたり、ハグをしたり、話しかけたりして安心させることのはずだ。……(中略)……。
 しかしエリントンが大きくなるにつれ、大多数の親たち同様わたしも気づいたのだが、愛情やハグ以上のものが必要になった。規律、規則、限度などだ。はっきりノーという人間が要る。そして何よりも必要だったのが子供に見あった大きさの逆境、転んでもひとりで――助けなしで――起きあがる機会だった。ポーラとわたしにとってはこちらのほうがむずかしかった。(p.269-270)


このあたりの考え方は、ダニエル・J・シーゲルとティナ・ペイン・ブライソンの『子どもの脳を伸ばす「しつけ」』の考え方と同じと言ってよいだろう。



 ではなぜ、貧困がかかわる学業不振の根本的な原因を探すときに、まちがった犯人に焦点を合わせ、科学が教えてくれる最大のダメージを無視してしまうのか?理由は三つあるように思われる。……(中略)……。
 第三に、新しい逆境の科学は複雑に絡みあったもので、そのなかには根深い政治信念に反する難題が――左右どちらの派閥にとっても――含まれるからだ。リベラルにとっては、保守派がある大事な一点において正しいことが科学的に示されてしまった。性格が重要である、という点だ。貧困に対抗する手段として、不利な状況にある若者にわたしたちがさしだせる最も価値あるツールは「性格の強み」をおいてほかにない。キーサ・ジョーンズやケウォーナ・ラーマがやジェームズ・ブラックが見事なほど多く持っていたもの、つまり誠実さ、やり抜く力、レジリエンス、粘り強さ、オプティミズムである。
 貧困にかんする保守派の議論が一歩及ばないのは、「性格が重要である……以上」で止まってしまうところだ。貧しい人々が成長して気質をよい方向に伸ばすために社会にできることはあまりない。彼ら自身の力でそうなってもらうしかない。いって聞かせることはできるし、罰則を設けることもできるが、我々の責任はそこまでだ、というわけである。
 しかし実際のところ、科学によって示されるのはまったく異なった現実だ。若い人々の成功にとってきわめて重要な役割を果たす性格の強みは、生まれながらのものではない。幸運や良質な遺伝子の結果として魔法のように現われるものではないのだ。また、単純な選択の結果でもない。脳内の化学反応に根差し、子供が育つ環境によってかたちづくられるため、ある程度は計測、予測が可能である。つまり、社会全体としてのわたしたちにも多大な影響力がある。……(中略)……。しかし、我々にできることは何もないとは、もういえない。(p.286-288)


本書で述べられたような処方箋は、政治的信念の左右の両派にとって都合が悪い点があるという指摘は興味深い。

確かに、多くのリベラルにとっては性格が重要だという結論は扱いにくい。ただ、この点を除けば、本書で示された考え方はリベラルの考え方の枠組みとほとんど合致するのではないか。むしろ、保守では性格が重要だという一点においては本書が示す科学的な考え方と共通するとしても、それ以外の点(特にそのような発言をする動機や目的)は相容れないため、むしろ、保守派にとっての方が受け容れにくいのではないか。(例えば、社会が何らかの方策を講じて支援をしていくべきという方向性の点でリベラルの考え方とは完全に合致するが、現代の自称「保守」派はこれに否定的であろう。また、「性格の強み」が大事だと言ったとしても、この「性格の強み」自体が社会の側からの働きかけによって形成される面があるならば、社会からの働きかけによって社会をよりよくしていくというリベラルの枠組みの範囲内で完全に処理可能であると思われる。)


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ポール・タフ 『成功する子 失敗する子 何が「その後の人生」を決めるのか』(その2)

 ハーバード大学の経済学者であるクローディア・ゴールディンとローレンス・カッツが2008年に出版した大著『教育とテクノロジーの競争関係』(未邦訳/The Race Between Education and Technology)で詳述されるところによれば、20世紀アメリカの高等教育の歴史は事実上、民主化の歴史と重なるという。1900年生まれのアメリカ人男性のうち大学を卒業した者はたったの5パーセントで、その5パーセントはすべてにおいてエリートだった。裕福な白人で、連帯感が強かった。しかし1925年から1945年のあいだに大卒のアメリカ人男性の割合は5パーセントから10パーセント、つまり倍になり、1945年から1965年のあいだにはそれがさらに倍になった。これは戦争帰りのアメリカ兵が大学に行くのを助けた新法、復員兵援護法によるところが大きい。ちなみに女性については、大卒者の割合の増加は1960年代のはじめまではささやかなものだったが、その後は男性の増加率をはるかに超えた。結果として、アメリカのキャンパスはエリートだけの場所ではなくなり、多様性が増した。工場労働者の子供が工場所有者の子供と同じ空間で学ぶこともありえた。そうした時代には「教育にかんする上向きの流れがそのまま社会全体の特徴となっていた」と、ゴールディンとカッツは書いた。「各世代がそれぞれに、まえの世代の教育レベルを大きく超えた」。しかしいまやその前進は止まってしまった――少なくとも立ち往生している。そして高等教育システムは社会の流れをつくる道具であることをやめ、平等の機会を増やすことをやめてしまった。20世紀の大半はその役割を果たしてきたというのに。(p.226-227)


高等教育をより多くの人が受けるようになったことと民主化の歴史とが重なるというのは興味深い。



しかしここ何年かで、大学の入学にはそう大きな問題はないことがわかってきた。限定や不平等の問題があるのは卒業のほうだった。経済協力開発機構(OECD)の加盟34カ国のなかで、大学への入学率ではアメリカはまだ八位というりっぱな順位を保っている。だが卒業率――新入生が卒業まで到達する割合――となると下から二番め、うしろにいるのはイタリアだけである。そう遠くない昔、アメリカは大学の卒業生を生みだすことにかけては世界をリードしていた。それがいまでは大学の中退者を生みだすことで世界をリードしている。
 よくわからないのは、この現象が大学教育の価値の急上昇と同時に起こっている点である。学士号を持ったアメリカ人は、高校の卒業証書しか持たないアメリカ人と比べて83パーセント増しの収入を期待できる。これは――経済学者にいわせると「学歴間経済格差」という用語になるが――先進国のあいだでは最も高い数値で、40パーセントしか差のなかった1980年以来急激に増えた。(p.227)


入学できたとしても「やり抜く力」がない学生ほど中退しやすいことはたしかダックワースの本(『やり抜く力』)でも述べられていたように思う。日本のように入学すればたいていの人は卒業できてしまうシステムではなく、ある程度の基準をクリアしなければ卒業できない欧米の大学ではなおさら影響は大きいだろう。社会的・経済的に不利な条件で育ってきた人であるほど、卒業できる可能性は低い(そのために必要なスキルが養われていない可能性が高い)。不平等を放置することによって不平等はさらに拡大していく。

なお、後段で大学教育の(経済的)価値の急上昇について述べられているが、これは大学の教育時代の価値というより、有利な立場にある者ほど大きな報酬が得られる社会になったことの反映である。このような報酬の配分は、改められるべきものである。



2006年の論文で、ロデリックは大学での成功に決定的な意味を持つ要素は「非認知的スキル」であり、そこには「学習能力、学習習慣、時間管理、助力を求める行動、社交及び学業における問題解決能力」が含まれるとした。「非認知的」とい用語をジェームズ・ヘックマンの研究から借りながらロデリックが書いたところによれば、昨今アメリカでますます広がる高校と大学のあいだの溝を埋めるのがこうしたスキルだという。現在の高校のシステムができたときの第一の目的は、大学に行かせるためでなく仕事に就かせるために生徒を訓練することだった。当時そこでは「批判的思考や問題解決能力はあまり高く評価されなかった」(これはボウルズやギンタスのような、性悪説を採るマルクス主義経済学者が書いたのとおなじ時代の話である)。だから従来のアメリカの高校は、生徒がものを深く考える方法を学んだり、内なるモチベーションを高めたり、困難に直面したときに粘ることを教えたりするようにはできていない――だが、まさにこれが大学に残るために必要なスキルなのだ。(p.242)


「高校と大学の溝」というのは、私が興味を持っている点の一つである。それを埋めるのが非認知的スキルだというのは納得できる。

現代の日本の高校や大学の問題を考える場合、この溝はどのようになってきているのだろうか?大学が高校化してきていはしないだろうか?このような疑問を持っている。なかなか明確に測定しにくい問題でもあり、この問いに明確に応えてくれる書物や論文に出会うことはできていないが、進学率が50%を超えるほどになったことを考えれば、この全体に真に大学レベルと言いうるだけの高等教育(自分で研究をすることができるレベルまで育てる)を施すことは事実上困難ではないかと思われ、これらが出来ない大学では自ずと高校的な授業をする誘因が働くのではないか。



ポール・タフ 『成功する子 失敗する子 何が「その後の人生」を決めるのか』(その1)

データを目のまえにすべて並べ、それぞれの子供についてサイモンのスコア、過去の貧困度合、アロスタティック負荷の三つを見てみると、三つの数値には相関があった。困窮した暮らしが長いほどアロスタティック負荷は大きく、サイモンのスコアは低い。しかしここで驚くべき発見があった。ふたりが統計学の手法を使ってアロスタティック負荷の影響を除外すると、貧困の影響も完全に消えてしまった。実行機能の能力を阻害しているのは貧困そのものではなく、貧困にともなうストレスだったのである。(p.54)


サイモンのスコアとは、サイモンというゲームのスコアであり、ワーキングメモリがどの程度あるかということ。アロスタティック負荷とはストレス対応システムが酷使されたことによる身体への影響であり、これによりどのくらい激しくストレスの下で生活していたかが分かると考えられているようだ。

貧困はストレスを生じさせる要因となり、強いストレスにさらされ続けることが実行機能の能力を低下させるという因果関係となっている。



母親の反応の感度が高ければ、環境上の要因が子供に与える衝撃はほぼ消えてなくなるようだった。いいかえれば、質の高い育児は逆境による子供のストレス対応システムへのダメージをやわらげる、強力な緩衝材として働くのである。母ラットの毛づくろいが子ラットを守ったのとおなじように。(p.69)


親が子どもの感情に関心を持ち、共感などの反応を示すような、感情や愛情の交流のある子育てをすることは、ストレスの衝撃から子どもを守る方法。

これは職場などにおけるメンタルヘルスなどにも当てはまるのではないか。理解してくれる人がいる環境とそうでない環境とでは同じストレスがかかっていても受け手にとってのダメージのレベルは大きく異なる。



子供のころの自制心が弱いほど、32歳の時点で喫煙率が高く、健康に問題を抱えている割合が高く、信用度が低く、法律上の問題を抱えている確率が高かった。影響が甚大なケースもいくつかあった。子供のころの自制心のスコアが最も低かった人々は、最も高かった人々に比べて三倍の確立で犯罪にかかわっていた。アルコールやドラッグの依存症である確率も三倍。ひとりで子供を育てている確率は二倍だった。(p.124)


私自身の周囲(職場)を見ると、条件が緩い時期(団塊世代の一斉退職の際に一挙に多くの人を採用したり、バブル期で見境なく採用をしていた時期など)に就職した人と就職氷河期に就職した人とで、違いがあるように感じている。例えば、条件が緩い時期に採用となった人の方が喫煙者の割合が多いように見受けられるし、健康状態も悪いようだ。



ケスラーによれば、ルールをつくると前頭前皮質を味方につけることができる。つまり、本能に突き動かされて反射的に働く脳の部位に対抗できる。ルールは意志力と同じものではない、とケスラーは指摘する。ルールはメタ認知を利用した意志力の代用品である。(p.151)


なるほど。



ダニエル・J・シーゲル、ティナ・ペイン・ブライソン 『子どもの脳を伸ばす「しつけ」 怒る前に何をするか――「考える子」が育つ親の行動パターン』(その2)

 親として、一貫性は持ちたいが、頑固にはなりたくない。
 ……(中略)……。
 けれども頑固さは、心強さや信頼性とは関係ない融通がきかないということだ。そのせいで親は必要なときに歩み寄ったり、ふるまいの裏側にある背景や意図を見たり、例外にしてもいいときを見分けたりできなくなる。
 親が子どもに対して頑固になってしまう大きな理由の1つは、恐れにもとづく子育てをしているからだ。1度の食事で炭酸飲料を飲むのを許してしまえば、坂を転げ落ちるように、子どもが一生、朝食にも昼食にも夕食にもマウンテンデューを飲むようになるだろうと心配する。だから一歩も譲らず、炭酸飲料を禁止する。(p.227-228)


この一貫性を持つべきだが頑固になってはいけないという考え方は非常に参考になった。確かに、例外を認めることを拒む融通の利かない育て方をしているとき、その背景には坂を転げ落ちるように落ちて行くことへの恐れがあるように思う。実際に、子供の側も例外を認めることによって、「あのときは例外を認めてくれたのに」という要求が強まるということもあり得るし、その場合、親の側もその都度適切に説明できるかどうか試される。

興味深いのは、子育てだけでなく、行政などが何かの制度を杓子定規に硬直的に運用している場合など、あるルールを頑なに例外を認めようとしない姿勢をとる場合、ルールを運用する側の人が同じような恐れを抱いていると考えられる点である。



 同じように、子どもが親の期待に沿わないふるまいをしたとき、いちばんいい方法は、期待に沿うふるまいを練習させることだ。
 子どもに対応をくふうさせるのも、スキルを養ういい方法になる。「ごめんなさい」と言わせるだけでは、カッとして投げつけて折れた妖精の杖は直らない。お詫びの手紙を書かせて、お小遣いで新しい杖を買わせるほうが、子どもはしっかり学んで、賢い判断や共感を養えるかもしれない。(p.232)


なるほど。このやり方をするには、常に、「どのようにすれば練習させられるのか」を考えることが必要だ。



 「感情を受け入れる」とは、切り替えのあいだ、親は子どもに、自分の気持ちがよくも悪くもなければ、適切でも不適切でもないとわからせる必要があるという意味だ。感情は、単純にそこにある。怒っても、悲しんでも、何かを壊したくなるほどイライラしてもかまわない。けれど、何かを壊したい気持ちになるのはよくても、実際にやっていいということにはならない。問題は、自分のふるまいがいいか悪いかを決める感情の声を聞いて、何をするかだ。(p.261)


感情自体は、それが悪い行為につながりやすいものや良い行為につながりやすいものなどがあるにしても、それ自体で良いものでも悪いものでもなく、単純にそこにあるものだと理解すべきだという考え方は、感情に対して適切に対処しようとする人にとって参考になるように思う。自分自身と距離をとること、距離をとることへの習熟(能力)は、客観的になるために必要なスキルだが、このような見方で自身の感情の状態を捉えるように訓練することは、「距離の感覚」を養う上でも役立つのではないか。



 けれどそれと同時に、子どもには、自分のなかで何が起こっているのか、その経験にどんな影響を受けているのかを観察できるようになってほしい。脳の研究によると、人は実際に、2つの別々の回路を持っている――経験の回路と、観察の回路だ。それぞれが重要な役割を持っていて、2つを統合すれば両方を育て、結びつけていける。子どもには、気持ちを感じて感覚を受け取るだけでなく、体がどう感じているかに気づき、自分の感情を目撃できるようになってもらいたい。自分の感情に注意を払えるようになってもらいたい。自分を調べて、心の内側に気づいてから問題を解決してほしい。
 この男の子はそうした。
 経験を心で感じながら、それを観察した。そうやって、起こっていることを自分のものにした。経験しながら観察できる目を持った。(p.296)


経験の回路、観察の回路、それらの統合というこの論点は、私には河本英夫のオートポイエーシスの議論を想起させた。


ダニエル・J・シーゲル、ティナ・ペイン・ブライソン 『子どもの脳を伸ばす「しつけ」 怒る前に何をするか――「考える子」が育つ親の行動パターン』(その1)

親子のきずなが固ければ、子どもは安心してその関係を試せる。つまり、子どもの悪さはたいてい、あなたに対する信頼と安心のしるしなのだ。多くの親は、子どもが“猫をかぶって”家のなかより学校にいるときやほかの大人と過ごすときのほうがずっと行儀がいいことに気づいている。理由はわかるだろう。かんしゃくはたいてい、ただの反抗ではなく、安心と信頼のしるしといえる。(p.51)


なるほど。



 お尻たたきのさらにもう1つの問題は、親が体に痛みを加える以外に、効果的な方法を持たないことを、子どもに教えてしまうことだ。(p.68)


確かに。



 たいてい、子どもは自分がしたことをかくすのがうまくなるだけだろう。危険なのは、子どもが体罰(と社会的拒絶)の痛みを避けるためなら、なんでもすることだ。つまり多くの場合、うそやかくしごとが増える――進んでできごとを伝えたり、学びを受け入れたりはせずに。(p.68)


体罰を加えることの帰結。低所得世帯や親の教育水準が低い家庭で育った子などに嘘や隠し事をすることが多いというのが私の経験から得た実感なのだが、これらは相関しているのではないか。



 子育てをするとき、特にしつけをするときには、子どもの視点と、発達段階と、本当にできることを理解する努力をしなければならない。それが、子どものふるまいの裏側にあるものを見る方法だ。
 外面の行動にとっさに反応するのではなく、その陰に隠れた心に波長を合わせる。また、子どもができることはいつも同じではないと覚えておく必要がある。疲れていたり空腹や憂うつを感じていたりするとできなくなることもあるのだ。この脳の第1の事実、つまり脳が変わっていき、まだ発達途中であることがわかれば、もっと理解と思いやりを持って子どもの話を聞き、なぜ子どもが混乱して自分を抑えられなくなっているのかをしっかりつかめるようになる。(p.93-94)


安定している時にはできることでも疲労、空腹、憂うつといったストレスがかかっている状態では制御できないこともある。これは、子どもの脳は発達途中であり、理性的な2階の脳の機能が弱いため、1階の脳が暴走しやすいときには止める力が足りない、といったイメージで理解できるだろう。このことを理解しておくだけでも少しは寛容になりやすいと思われる。



それどころか、子どもの発達中の脳は、はっきりした境界線を引いて、よいふるまいを理解させる必要があるもう1つの理由になる。内からふるまいを抑えて一貫して働く2階の脳を持っていないということは、外から抑えられる必要がある。
 では、その外からの抑制はどこからやってくるべきか、考えてみてほしい。親や保護者、その人たちが伝えるガイドラインと期待だ。子どもの2階の脳の発達を――それとともにさまざまなスキルの育成も――助けなければならない。そしてそのあいだずっと、親は外からの2階の脳として行動し、子どもと協力しながら、自分ではまだできない判断を助けてやる必要があるだろう。(p.94-95)


なるほど。親は子どもの2階の脳を補うため、境界線を引くことも必要。本書の主な内容(以上の記事では触れられていないが)は、そうした境界線を引く前の段階に特徴があるように思われる。


アンジェラ・ダックワース 『GRIT やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』

 最後に、強い興味を持ち続けるには、親、教師、コーチ、仲間など、周囲の励ましや応援が必要だ。(p.146)


モチベーションは本人一人だけで持ち続けられるものではなく、周囲の人々によっても支えられているという点は非常に重要と思われる。自分自身が続けてきたことを辞めてしまった時などを思い返しても、こうした周囲の励ましがなかった時だったという経験からもそう思える。



 同様に、ドウェックと共同研究者らによる研究においても、子どもがミスをしたときに、親が「ミスをするのは悪いことで、問題だ」というような態度を示した場合、子どもは「固定思考」になる確率が高いことがわかってきている。(p.245)


ミスに限らず、結果に重点を置くと同様の傾向になるのではないかと思う。



 Parenting(子育て、親業)という言葉はラテン語に由来し、「引き出す」という意味をもっている。(p.260)


educationという言葉に対しても同じようなことがよく言われる。



 子育て研究による大きな発見のひとつは、親が子どもにどんなメッセージを伝えようとしているかよりも、子どもがそのメッセージをどう受け取っているかのほうが重要だという点だ。(p.284)


研究しなくてもそりゃそうだろうと思う内容ではあるが、どう受け取るかまで考えた上でメッセージを発することが大事ということになる。これは、相当意識してやらなければ、なかなか難しい。



 温かくも厳しく子どもの自主性を尊重する親に育てられると、子どもは親を手本とするだけでなく、尊敬するようになる。そうすると、ただ親の言いつけを守るだけでなく、親の意図に納得して従うのだ。(p.287)


なるほど。大人を指導するような場合であっても当てはまるだろう。



学校の勉強は大変で、多くの子どもにとっては、本質的に面白いものではない。友だちにメールを打つのは楽しいが、やりがいはない。では、バレエはどうだろう?バレエは大変だけれど楽しいのだ。(p.302)


課外活動の重要性を本書は指摘しているが、このあたりのことは大変参考になった。



その結果、敵愾心の強い青年たちの多くは社会的地位の低い職業に就いており、生活費を稼ぐのにも苦労していた。そうした状況のせいで、さらに敵愾心が強くなり、ますます就職が難しくなっていた。(p.315)


社会的地位の低い職業に就くことは、それだけ社会から尊敬を受けにくい状況にあり、また、家計の経済力も一般に低いことを意味する。経済力がないということは、それだけ社会から物質的な恩恵を受けることが少ないことを意味する。精神的にも物質的にも、世界はこうした人びとを受け入れる度合いが少ない。そうした環境が彼らをさらに周囲の世界に対して不信と敵対の関係へと誘っていく、といったところか。


小川洋 『消えゆく限界大学 私立大学定員割れの構造』

 これだけ大規模な入試を行なって、各大学とも最終的に定員の数パーセント程度の誤差に収めている。なぜそのようなことが可能なのか。その最大の理由は入試方法の多様化である。ほとんどの私大がこの20年ほど、辞退率という不安定要素をもつ一般入試の比率を大きく下げてきた。さらに一般入試においては、予想外に多くの入学手続き者が出て大幅な定員超過とならないよう、正規の合格者数を絞ったうえで必要に応じて追加合格を出して入学者数を微調整している大学も多い。
 大学の学生募集方法は、ひと昔前に比べるとすっかり様相が変わっている。推薦入試、AO(アドミッション・オフィス)入試、付属・系列校からの内部進学など、一般入試以外の学生募集の比率が大幅に増えてきた。推薦入学については、短大では古くから実施され、国公立大学でも70年代後半に取り入れられるが、私大では早期の学生確保手段として広がっていった。12年度入試では、全入学者のうち、国立で12.4パーセント、公立で24.0パーセント、私立では40.3パーセントが推薦入試によるものとなっている。(p.21-22)


かつては当たり前のように行われてきた水増し入学が、文科省による補助金減額や個別的指導によって是正されるようになったことへの大学側、特に私立大学の対応が入試の多様化を推進する要因の一つとなったことが本書から理解できた。

また、個人的には私大の4割が推薦入学という割合の大きさ(さらに内部進学やAO入試などもある)には驚いた。一昔前であれば進学するための学校ではないと思われていたような高校でも、昨今では卒業者の進路を見るとしばしば私立大学の名前が載っていて違和感を感じたことがあるが、そういった事態についても理解できるようになった。

さらに、団塊ジュニア世代が入学した25年くらい前の大学入試の偏差値と少子化が著しく進行した現在の偏差値が多くの大学でそれほど変わっていないことにも違和感を感じていたが、一般入試の定員を減らすことで偏差値が高く保たれるという構図もあることが分かった。最近の入試事情に関する多くの謎が本書のおかげで解けた。



一般入試の定員を絞れば絞るほど入試倍率は上がり、受験情報企業の出す「偏差値」が上昇し、大学の評価を高める結果になる。それが大学のねらいのひとつであるとさえ言われている。(p.27-28)


すぐ上でコメントした内容だが、慶應なども学部によっては半分以上が一般入試の前に埋まっているということが指摘されている。このような事情からは、その大学の「偏差値」がかつてと変わっていなくても、実際に入学している学生の学力レベルを平均するとやはり以前よりは下がっていることが予想される。



大学進学率を予想以上に長期にわたって大きく押し上げた大きな原因は、進学志向の全般的な高まりと高卒就職環境の壊滅的な悪化であった。(p.64)


90年代後半から00年代前半頃まで、文部省が予想していた以上に進学率が上がった要因。



アルバイト賃金も上昇したバブル経済のさなか、リクルート社が肯定的な意味をもたせるつもりで作ったという「フリーター」の用語は一転、不安定、非正規雇用を象徴的するものになったのである。(p.65)


使用者側が安上がりの労働力を使いやすくなるように意図されており、労働者側のことにはほとんど配慮していなかったのだから、「フリーター」の語が否定的な意味で用いられるようになるのは当然の成り行きであったと言うべきだろう。



 大学にとっては18歳人口の急減による進学者の減少を覚悟していたところに、皮肉にも受験競争の鎮静化とバブル崩壊とが、高校生たちを大学進学へとプッシュすることになり、受験生の波は予想以上に長期化した。(p.66)


バブル崩壊とここで言われている要因は2つ前の引用文で述べられているが、受験競争が鎮静化して大学が入りやすくなったためにかつてであれば進学をあきらめていた層も進学への希望を持つことができた。このことと就職難は相乗効果があっただろう。



生徒数は20年間に1.8倍あまりに増えた。……(中略)……。その際、専門高校(職業高校)は開設されても例外にとどまり、大部分は普通科高校が増設された。その結果、首都圏では、職業系の専門高校の定員が微減する一方で、普通科の生徒数は、70年の約17万2000人から90年の37万8000人へと、2.2倍にも増えたのである。他の大都市圏でもほぼ同様の傾向が生じている。
 この時期に新設された高校の多くはその後、ピラミッド型秩序の中下位に定着し、一部は、義務教育内容の習熟度がもっとも低い生徒たちを受け入れる、底辺校とか教育困難校と呼ばれる高校になっている。朝比奈なを『見捨てられた高校生たち』はこれらの高校の実情を余すことなく描いているが、多くの弱小私大はこれらの高校にも推薦枠を提供していることを認識するべきである。
 大学進学にはほとんど無縁の底辺校とトップの進学校、準進学校との間にある、進学希望者と就職希望者が混在する、性格の曖昧な普通高校は、教育関係者の間では「多様化校」と呼ばれる。この多様化校こそが、大学進学率の変動が発生する現場なのである。(p.164-165)


第二次ベビーブーム世代が高校進学する頃、生徒数が急増したのに対応して高校も定員が増やされたが職業高校ではなく普通科が増やされたため、それらの高校は「多様化校」や「底辺校」となった。この多様化校が就職難と進学の容易化によって(文部省の)想定以上に進学していった生徒たちを擁する現場だったことが指摘されている。


ジェームズ・J・ヘックマン 『幼児教育の経済学』

子供の不利益を決定する主要な要因は、たんなる経済状況や両親の有無よりも成育環境の質であることを示す証拠はたくさんある。たとえば、ベティ・ハートとトッド・リスレーは1995年に42の家族を対象にした研究で、専門職の家庭で育つ子供は平均して一時間に2153語の言葉を耳にするが、労働者の家庭では1251語、生活保護受給世帯では616語だとした。これに対応して、三歳児の語彙は専門職の家庭では1100語、労働者の家庭では750語、生活保護受給世帯では500語だった。(p.27-28)


耳にする言葉の数と語彙の数は確かに因果関係がありそうである。さらには「耳にする言葉の質」(コミュニケーションの質)も子どもの知的および情緒的な成長とって重要だろうと思われる。



幼少期に認知力や社会性や情動の各方面の能力を幅広く身につけることは、その後の学習をより効率的にし、それによって学習することがより簡単になり、継続しやすくなる。(p.34)


本書におけるヘックマンが幼少期の教育が重要だと主張する際のポイントの一つが、このような累積的な効果にある。



チャールズ・マレー 「幼少期の教育的介入に否定的な報告もある」より

やる気に満ちた人々による、小規模の実験的努力は成果を示す。だが、それを綿密な設計によって大規模に再現しようとすると、有望に思えた効果が弱くなり、そのうちにすっかり消滅してしまうことが多い。(p.62)


ヘックマンの採用している証拠が少ないサンプルによるものであるが、大規模なプロジェクトでの効果はそれほどではない。小規模な集団で行った手法も、全国的な教育行政などの施策として実施される場合には変質しうる。



以下、大竹文雄による解説より

逆に言えば、非認知能力が大きく発達する就学前の時期に、その発達を促す教育をすることが重要で、その発達がその後の教育の効率性を高め、社会的な成功につながるのである。(p.119)


p.34からの引用文等でのヘックマンの主張に対応する解説。ここでは、教育は通常、「社会的な成功」とは何かという、その社会が価値あると認めるものへと方向づけようとして行われるものである、という点は押さえておきたい。



現実には自治体によっては、高齢化が進行する中で、教育予算を削減して福祉関連に割り当てるところも出てきている。実際、Ohtake and Sano(2010)によれば、地方分権と税源移譲の進んだ1990年代後半以降、自治体の高齢化率と教育予算の減少が連動するようになってきた。(p.122-123)


日本は教育関連予算が少なすぎることが大きな問題である。このため家計からの教育支出が多額に必要となってしまい、貧困家庭とそれ以外の家庭で教育機会の格差が拡がり、それが社会的な格差を再生産する方向に働いている。いわゆる新自由主義的な政策が進められることで削られた予算の一つが、もともと少ない教育予算であったことは銘記すべきだろう。

とは言え、安倍政権のような復古主義的反動主義に発する国粋主義的な方向で教育を進めようとすることは社会全体にとって正常な判断が出来なくなる傾向を助長するという政治的にはより恐ろしい帰結をもたらしうるものであり、本書で述べられているのとは別次元の危険な方向に向かっていることも大きな問題である。


文部科学省 『幼稚園教育要領解説』

これにより、幼稚園は法令上、
○幼稚園の教育活動その他の幼稚園の運営の状況について自己評価を行い、その結果を公表すること
○保護者などの幼稚園の関係者による評価(「学校関係者評価」)を行うとともにその結果を公表するよう努めること
○自己評価の結果・学校関係者評価の結果を設置者に報告すること
が必要である。(p.60)


あまり実効性のなさそうな評価制度である。ただ、こうした制度があるということ自体、本書を読むまで知らなかった。



 物を大切にするという気持ちの根底には、それが大切だと思える経験が重要である。したがって、最初から皆の物ということだけを強調するのではなく、初めは遊具や用具を使って十分に遊び、楽しかったという経験を積み重ねることによって、その物へのこだわりや愛情を育てることが必要である。(p.106)


この要領解説も基本的には「お役所の文書」なのだが、その中にあっても、それなりに教育の専門家や教育を仕事としている人からの視点で、なるほどねと思わせるようなことがたまに書いてある。



 幼児期においては、幼稚園や地域の行事などに参加したりする中で、日本の国旗に接し、自然に親しみをもつようにし、将来の国民としての情操や意識の芽生えを培うことが大切である。幼稚園においては、国旗が掲揚されている運動会に参加したり、自分で国旗を作ったりして、日常生活の中で国旗に接するいろいろな機会をもたせることにより、自然に日本の国旗に親しみを感じるようにさせることが大切である。(p.132)


この部分だけが、他より突出して国粋主義的な臭いを醸し出しており読んでいて気持ち悪い。本当にこんなことをしている幼稚園には少なくとも自分の子どもは行かせたくないと思うのが大多数の親の感覚ではないか。この箇所は教育基本法が国粋主義的復古主義者たち(第一次安倍政権)によって改悪されてしまったことに対応する内容だろうが、このように突出させた項目として記述していることは、そうした制約の中にあっての文部科学省の良心的な配慮なのかも知れないとも思える。

善き市民・国民なるものが育つとすれば、それはこのようなイデオロギッシュな洗脳によるのではなく、他人への思いやりなどの感覚を身に付けた上で、自らの権利をよく知り、それを守ることの大切さを知り、その上で他の人にも同等の権利があることを知り、それらの権利をいかにして調整していくのかという難問を自らの問題として捉えるような権利に対する意識の形成があってこそ育つのではなかろうか。

少なくとも、こうした感覚がないようであれば、善き市民・国民とは言えないと私は考える。例えば、自分の権利を放棄し、他人の権利も蔑ろにする人間は、人間的にであれ政治的にであれ、立派な人間だと言えるのだろうか?また、自国の国旗が蔑ろにされるときには怒りを覚えるにも関わらず、具体的な人間(国籍を問わない)が蔑ろにされていることに対しては怒りを覚えないようでは人間として失格はないか?明らかに引用した文の考え方は的を外している



さらに、学校教育法施行規則第24条第2項において、幼稚園の園長は、幼児の指導要録の抄本又は写しを作成し、これを小学校の校長に送付しなければならないこととなっている。(p.231)


小学校から中学校、中学校から高校へはこれに類するものが送られるのだろうとは子どもの頃から思っていたが、幼稚園から小学校にも法令で規定されているとは知らなかった。まぁ、学校を運営する側の立場に立てば、こうした引き継ぎが行われることは必要であり、当然と言えば当然だが。



新谷恭明、折田悦郎 編 『大学とはなにか 九州大学に学ぶ人々へ』(その2)

 帝国大学を頂点とする日本の高等教育システムには、近代国家の建設・発展にとって有用な指導的人材を育成すること以外には、これといった有力な理念が存在しなかった。キリスト教的な「人間救済」の理念や、19世紀的な「自由な精神による真理の探究」の理念などは、当時の日本人には疎遠なものであった。また欧米とは異なり、「国家があってこその大学」という観念が支配的であった。
 そうした背景のもとで、近代国家の建設・発展にとって有用な学問として、科学技術系の学問が重視され、高い威信をもった。理学・工学・医学などである。それらはもっぱら実用学として理解されていた。東京・京都以降に作られた後発の帝国大学がみな、科学技術系の高等教育機関として設立されたのも、そうした学問が国家的に重視されたことが背景にある。(p.33)


「国家があってこその大学」という観念は、もともと大学というものが教師や学生の自発的な組合であったこととは全く異なるものとして輸入されたことを意味する。政府が大学を設置することになると、当然に政府にとって重要な学問を教える場とされていくことになり、戦前の日本の場合は科学技術系の高等教育機関が設立されていくことになったわけだ。ただ、東京帝大の場合は法学も重視されていたように思われる。

いずれにせよ、「自治から遠い大学」ということは言えそうである。



 さて、高度経済成長期になると、若者が大学に殺到するようになり、日本の大学教育はエリート段階からマス段階へと移行した。しかし激増する学生を収容する上で中心的役割を担ったのは私立大学であった。旧制大学時代においては国公立大学が私立大学よりも学生数において優位にあった。新制大学時代になると学生のなかで私立大学在籍者が多数派を占めるようになるが、それでも高度成長期が始まったばかりの1955年には、国公立と私立の学生数の比率は約2対3であった。それが高度成長期が終わる1970年には約1対3となり、私立大学の圧倒的な量的優位が確立した。そしてその後もこの約1対3という比率は変わっていない。
 そうした私立大学優位の構造がもたらされた基本的原因は、大学進学希望者の急増に見合うような大学定員拡大政策を政府が実行せず、無策のまま状況を放置したことである。(p.34-35)


日本の教育予算は少なすぎる。そのことが家計が大きな教育支出をしなければならないことの要因となっており、経済格差が教育格差に直結し、それが世代を超えた経済格差の固定化へと繋がっていくという構造の一因となっている。



 第三に、大学の教育内容が空洞化しているにもかかわらず、それを卒業することは比較的簡単である。学生が必死に勉強しなくても容易に単位を取得でいるような仕組みになっているからである。日本の学生は多くの場合、授業に何度も欠席しても、通り一遍の期末試験を受けるだけで単位を取得できる。それに対してアメリカでは大量の宿題が課せられ、単位認定も厳しい。週45時間労働の原則を大学生にも当てはめるというのがアメリカの基本的考え方である。その結果、アメリカの四年制大学では、四年間で卒業できる者の比率は約60%である。それに対して日本の学生の「サバイバル・レート」は約90%に達する。このように成績評価制度がいい加減であるため、日本の大学の卒業証書は、その知的能力の品質保証書としては社会的に通用しない。「優」「良」「可」の成績評価もあまり当てにならない。そこで企業は、入学試験で発揮した能力を信用して、有名大学卒業者を優遇する傾向がある。(p.37)


大学の成績評価制度がいい加減すぎるというのは、私自身が大学に入学したその日(大学の授業科目について評価の甘辛をまとめた表が先輩たちにより流布していた)から実感したことであり、大学に入った後もあまり大学の公式カリキュラムでの勉強には意味や価値を見いだせないことに繋がっていたように思う。(頑張って身に着けたものがあっても正当に評価されるという見通しがないのであれば、最低限の労力で単位を取得するというゲームをする方が合理的だという判断に流れることになる。)

大学の卒業証書が知的能力の品質保証書として通用しないため、企業は有名大学卒業者を優遇することになるというのは、なるほどと思わされた。



このうち講座制は、講座担当者に対して職務給(本俸の4~5割)の上乗せを保障する一方で、教授の専攻責任(専門分野)を明確にしようとするものであった。同時に明文化された教授会とこの講座制は帝国大学の自治の根幹をなす制度となり、後年惹起する大学自治問題(例えば、東京帝国大学での戸水事件、京都帝国大学での沢柳事件、滝川事件等。なお、これらの自治問題については第七章の荻野喜弘「日本における大学の自治」を参照)でも、大きな役割を果たすことになる。(p.52)


講座制は講座担当者の給与にまで関係していたとは驚いた。現在はどうなのか?



 なお帝国大学の特権的地位は、法科以外の分科大学にも見られ、例えば文科大学、理科大学出身者は、中等学校(旧制中学・高等女学校)や高等学校・専門学校(旧制)教員の供給源として大きな力を持った。(p.53)


帝国大学(東京)の国家主義的な傾向を考慮すると、こうした教員の供給源となったことは、戦前の教育に国家主義的な傾向を与える要因の一つとなっていた可能性がなかったのかという疑いを私は持ってしまう。



 なお、帝国大学は内地・植民地に広大な演習林を所有していた。これらも帝国大学特別会計法の基礎になったといわれている。(p.63)


北大の歴史を見ていると演習林はあまり登場せず、農場が重視されることが多いが、確かに演習林も重要かも知れない。



アジア進出を睨んだ国家目的は農学部設置以前の1912、1913年に大学直属の演習林が樺太・朝鮮・台湾に設置されていたことによく示されている。こうした国家目的と地域社会との要請とが結び付いた農科大学は1917年に福岡県のおよそ135万円の設立寄付金によって実現することになった。(p.159)


九州帝国大学の農科大学の設立の経緯だが、いくつか興味深い点がある。例えば、アジア進出という政府の意向が関係していること(札幌農学校の設置もロシアの南下に対抗するための北海道の防備の必要性が政府にあったことと重なる)、国立の大学であるのに国費ではなく福岡県の寄付金によって設立されているという財政面での中央政府の渋さ(東北帝大や九州帝大が設立されるときも古河財閥などの寄付が必要だったことが想起される)など、国策で設置する割には政府が金を出し渋るのは一体どういうことなのか?



 九州帝国大学は医科大学設置の時に九州・東北二大学設置が政治問題化したように、帝国大学であると同時に生まれながらにして地方大学であった。そして九州大学はこうした地域の期待によく応えてきた。戦前だけでなく戦後においても地域社会のために九州大学の果たした役割は大きい。
 学生の出身地を見ると、設立当初(1911年)の入学者こそ九州地方は31%であるが、昭和戦前期は九州地方が50%強(うち福岡県がおよそ半数)を占めるようになった。戦後新制大学になるとこの割合は著しく増加する。1951年では福岡県だけで58%を占め、その他九州が34%を占める。この傾向はその後若干低下するが、1998年でも福岡県39%、その他九州が37%を占めている。この割合は九州帝国大学と新制九州大学が地域社会の教育に果たしている役割を示している。(p.160)


九大の九州出身者の割合の多さに驚く。北大の場合、北海道出身者は半分弱程であり、関東や近畿出身の学生が25%くらいはいる。東北大では東北出身者は4割程度で、関東(3割)と中部(15%)の学生が多いようだ。学生の出身地は卒業後の学生の居住地(勤務地)にも影響がありそうなので、そのあたりとも絡めて調べてみると面白いかもしれない。



 ちなみに、外国と比較してみると、実は、大学入学者の選抜方法が日本ほど多様化したところはない。ヨーロッパ諸国は基本的に中等学校(高校)の卒業資格試験の成績で入学の可否が決まるし、多様化しているといわれるアメリカでも、基本的にはハイスクールの成績か、それに共通テストの成績を加えた学力評価だけで入学者を決定している。
 では、多様化にはメリットがあったか?天野氏は、答えはNOだという。第一に、それが過熱化した受験競争を冷却する上で大きく寄与し始めたという兆候はほとんど見られない。逆に、多様化でチャンスに恵まれた大都市部の、経済的にも恵まれた階層の人々の競争の過熱化に拍車をかけた面すらある。第二に、多様化は、入学者の学力偏差値による大学間の威信の序列を突きくずすことにも成功していない。それは、推薦入学がほとんどの大学で一般入試の補完的役割しか与えられていないことに象徴的に現れている。
 他方、多様化は深刻なマイナス効果も生んでいる。……(中略)……。最後に、⑤入試方法の多様化の結果、初等・中等教育の質が低下し、ひいては大学生の学力が低下する危険性が、もっとも懸念されるマイナス効果である。……(中略)……。その事情が一変し、早くから受験に関係ない科目を「棄てる」という履修態度が一般化しつつあるといわれる。多様化の名の下に、全教科を満遍なく学習することを求めないで本当にいいのだろうかというわけである。(p.195-196)


受験の多様化は百害あって一利なしというのは自論と一致している。



なお、入試制度の歴史に関心のある読者にはぜひ「竹内洋『立志・苦学・出世――受験生の社会史――』」を読んでみてほしい。本書には単なる制度の歴史の叙述を超えて、「受験」という制度が日本の近代において持った社会的意義や受験生という一種の社会階層の精神・気質の時代ごとの変化が見事に描かれており、大学入試制度の歴史を考える上でとても有益である。(p.197)


読んでみることにしたい。