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アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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松下貢 『統計分布を知れば世界が分かる 身長・体重から格差問題まで』

 本章では、複雑系に共通する特質として、系の要素が例外なくそれぞれの歴史を背負って現在の姿をとっていることに注目する。その結果として、対数正規分布が現れることを議論してみることにしよう。(p.78)


複雑系に共通する第一の特徴は歴史性であると本書は指摘する。確かに、複雑系が複雑である所以は、まさに異なる時点では系が全く違う形をとり、そこに単純な規則性が見出せないことだと言えよう。ここから対数正規分布が導き出される論理は、私としては、複雑ネットワーク研究とオートポイエーシスを繋ぐイメージを提供してもらったと感じており、極めて大きな収穫だった。つまり、どちらも時間の経過とともに分岐するシステムが作動することで形成されてくるものを扱っているという点で共通していることがはっきりした、ということ。この共通性に着目することで、より物事の本質的な部分をつかみやすくなったように思う。



 もし統計性を生み出す原因が乗算過程であれば、生じる結果はいろいろな要因の掛け算で表されるが、対数をとった後で見ると統計性を生み出すばらつきの原因は足し算となり、加算過程とみなされる。したがって、対数をとった後に正規分布が得られることになり、対数正規分布になるというわけである。
 こうして、複雑系の共通した特徴が歴史性にあり、歴史性が乗算過程的であるとすれば、複雑系ではその統計性を特徴づける最も自然な分布関数は対数正規分布だということができよう。このようなわけで、対数正規分布こそが複雑な系全体の統計性を見わたす際の基準としてふさわしいと考えられる。(p.83-84)


乗算過程とは、本書によると「前の段階が前提となってその段階があり、それがまた次の段階に影響しているという特徴がある」というような掛け算的な過程であるという(p.81)。

例えば、ある人の所得が決まるための過程は以下のように説明されている。

出生地→家庭環境→出身幼稚園・小中学校・高校・大学・学部・大学院→就職→所属部署→成果→役職→ある人の所得

これらのそれぞれの実現確率が掛け合わされて積み重なっていくことである人の所得が決定されていく。つまり、現在の状態が出現する確率を求めるとそれぞれの段階の出現確率の積となる。掛け算で積み重なっていくものは対数正規分布になる、というわけだ。

個人的には久しぶりに「目から鱗」という感じがした部分である。



図6-4の1965年や2015年に見られるような極端な二極分化は、先進国の中では日本だけの特徴である。(p.132)


都道府県別の人口が日本では対数正規分布にならず、2つの対数正規分布が組み合わさった形になっている。これは都道府県人口の二極分化が日本で起きていることを示すという。上の個所は、この特徴が先進国では日本だけに見られるとの指摘である。

「国土の均衡ある発展」というフレーズがかつてあったが、その時代からすでに「均衡なき発展」が続いているのが日本の特徴だったわけだ。この要因がどこにあるのか詳しく知りたい。

松下はこれに続く箇所で「安易に道州制に賛成すべきでない理由の一つがここにある」(p.134)と述べるが、妥当である。データなり現実なり事実といったものをある程度きちんと見れば、こうした結論に至らざるを得ない。20年近く前に議論され実行されてしまった「平成の市町村合併」も同じ過ちを繰り返したものと言えよう。



 このように、図6-7の右裾に見られる対数正規分布からの外れは明らかに“The rich get richer.”による結果であり、平等な競争によるものではない。したがって、このような所得により重く課税するのは当然のことである。ここに累進課税の正当性の根拠があるということができる。
 アメリカの有名な経済学者J.K.ガルブレイスの著書『ゆたかな社会 決定版』(鈴木哲太郎訳、岩波現代文庫)の361ページに、学校や病院などの公共施設への支出に関連して、「金持は富みすぎているかどうかという昔ながらの解決不能の問題」という件がある。しかし、本節の視点に立つと、対数正規分布からべき乗分布に移行する点が普通の人々と金持との境目とみなすことができ、「金持は富みすぎているかどうか」は解決可能な問題である。消費税は貧しい者により重くのしかかる、逆累進的な課税である。したがって、べき乗分布を示す高額所得者への累進課税を実行するのが先であって、消費税はずっと後回しにすべきである。
(p.135-136)


日本の個人所得の格差についての叙述。課税に関する見解については同意見である。

また、対数正規分布からべき乗分布に移行する点が普通の人々と金持との境目というのは、このエントリーの2つめの引用文で言われている「対数正規分布こそが複雑な系全体の統計性を見わたす際の基準としてふさわしい」ということが意味することであろう。確かに、ここに特異点があるのだから、ここが境目になるというのはかなりの説得力を持つ。別の観点を持ち出して反論することは可能かもしれないが、それでもデータが折れ曲がることの原因を別の根拠を示して批判しない限りは、本書の主張は基本的に維持されることになるだろう。

ちなみに、本書の図6-8でアメリカの個人所得のランキングプロットを見ると10の5乗すなわち、10万ドルあたりが境目のようである。



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天野郁夫 『帝国大学――近代日本のエリート育成装置』

 しかし、この二帝大・三分科大学の新設についても、大蔵省は予算を認めようとしなかった。その再び頓挫しかかった計画を救済し、実現させたのが古河家からの寄附であり、仲立ちしたのが内務大臣の原敬であったことは、よく知られた話である。
 原は古河合名会社の副社長を務めたことがあり、大臣就任後も古河家の相談役を務めていた。当時、その古河財閥は足尾銅山の鉱毒事件で社会の厳しい批判を浴びていた。原は世論を和らげる一策として、古河家に「公共的献費」を求め、それを二帝大の創設に結びつけたのである。(p.38)


東北帝大と九州帝大の新設の際の古河財閥の寄附に関する記事。日本の政府は一貫して教育に対する財政支出に積極的とは言えない傾向があり、帝国大学でさえ中央政府の費用だけでは設置していないという点については一言ここでも触れておきたい。

それとは別に、原敬と古河家の関係についてはもう少し詳しく知りたい。



「基礎的な学問としての理科は、土地の条件を考える必要」がない。「仙台理科大学はいわば上からの帝国大学の構想によって創られたもの」だと、同校史は述べている。(p.39)


東北帝大について、札幌農学校に加えてもう一つの学部(分科大学)を設置するにあたり、仙台に「理科大学」が設置された理由。北海道開拓のために設置された札幌農学校の農科大学への昇格、八幡製鉄所など工業地帯が形成されつつあった九州の工科大学設置といった、土地の条件に合わせた分科大学の設置に対し、仙台に創設される学校は、東京、京都、東北、九州に設置される分科大学のバランスを見ながら(土地の条件によらず)、理学部(理科大学)とされたということが述べられている。



 帝国大学の助教授職や、官立の専門学校・高等学校の教授職に就いている学士たちの中から学位の有無を問うことなく選んだ者を、帰国後の教授ポストを約束して数年間、海外の大学に送り出す。そして帰国後に首尾よく任用された教授に学位がなければ、総長推薦ないし博士会推薦で博士号を授与する――それが、明治期を通じて、文部省・帝国大学が取り続けた、教授の養成方法であった。(p.160)


明治期の博士には、いわゆる「推薦博士」が非常に多い。どのような経緯で博士になったのかに注目して批判的に見る必要がある。


上山安敏、三吉敏博、西村稔 編訳 『ウェーバーの大学論』

 ウェーバーがハイデルベルク大学に招聘されるときには、実際にゼミナールが問題になっている。ゼミナールは、自然科学にみられる研究所とともに大学の官僚制化の進行にとって推進力になっている。ゼミナールは一般の講義形式ではなく、個々人にディアローグ形式でなされ、学生が口頭で討論するユーブンクであるが、もともとこれは授業革命の性質をもっていた。18世紀後半に全ドイツに普及したこの制度は、教師養成が神学部に独占されていたのを、神学部から独立させた風潮の中で生れている。アウグスト・ウォルフが神学部とは独立して実践教育学的な方法を編み出したのである。(p.175-176)


大学の官僚制化とゼミナールとの関係というのは、一見すると見えにくいのだが、ドイツの大学では、自然科学がインスティテュートを設立しているのに対し、哲学部では教授が一人でインスティテュートを設立し、各学科がゼミナールを設置するという形をとった。こうした制度を利用して政府から予算を取ってくる。こうした一連の布置状況が官僚制化の進展を促進するものだった、といったところか。



学部は中世以来のヨーロッパ大学の組織であったし、研究所は産業革命以来の自然科学を中心とした科学の大経営化の申し子である。それがアメリカにみられる、私的基金の大学への流入によってその異質化が促進された。この「学部」と「研究所」が学界のリクルート形態として「私講師制」と「助手制」に対応していたことは、前述のことから読者も気づかれておろう。いわばこの異質の組織集団の同化する方法が模索されたのである。学部正教授の研究所所長兼任がその解決のひとつだった。(p.180)


ここで指摘されている学部と研究所の対比は興味深い。教師や学生の組合であったところから立ち上がってきた中世の大学は、「自治的な組織」であり、私講師(俸給なし、官吏ではない)はこうした伝統から出てきている。これに対し、研究所は政府からの公的資金などを受けて設立された「統治機構に組み込まれた組織」であり、国家官吏として助手から幾つかの階梯を登って主任教授へと昇進する助手制(俸給あり)は、まさにこうした成立事情と一致している。


野﨑敏郎 『ヴェーバー『職業としての学問』の研究(完全版)』(その2)

 価値判断論争においては、①価値判断排除によって社会政策そのものが骨抜きにされることを懸念する社会政策学会の旧世代(シュモラーら)と、②社会政策から一切の価値判断を排除しようとする画策する「似非価値自由」論者たちと、③価値の自覚的明示と冷徹・明晰な科学研究との両立をめざすヴェーバーやゾンバルトとの三極構造がみられる。この論争の錯綜とした展開過程については、細見博志の諸論考が丹念な《交通整理》をおこなっていて有益である。(p.196)


「交通整理」は読んでおきたい。



教育の場において、教員も学生も、自分にとって都合の悪い事実(段落㉛)にこそ目を向け、どのような価値を奉ずる者でも否応なしに認めざるをえない事実認定や因果関係の認識を共有し、それを手がかりとして自分自身を相対化し、みずからの利害状況の外に立って自分の奉ずる価値を見直し、さらにそこにとどまることなく、各々がその価値に則った主張をぶつけあい、熾烈な討論を共体験することこそが、価値自由な教育・研究の内容物なのである。(p.221)


価値自由という主張から学ぶべき点のエッセンスを的確にまとめてくれている。



 「価値査定」と「価値選択」は、『価値自由論』において頻用されているが、こちらの四つの邦訳も、この二つの概念のいずれにたいしても「評価」という訳語を充てているため、大きな混迷に陥っている。(p.230)


「価値査定」はBewertung、「価値選択」はWertungの訳。前者は「事物の価値にかんする判定行為一般」であるのに対し、後者は「たんなる査定にとどまらず、実践的な性格をもつ決断」、「査定した価値をわがものとし、みずからの生の現場でその価値に則って行動すること」を指すという(p.224)。



 大学教師の知識は、どのような価値選択・立場決定をなした者にたいしても有益なものでなくてはならないという教育要求は、ヴェーバーの説く教壇禁欲の根幹をなしている。(p.230-231)


確かに。このことは意外と(?)強調されることがないように思われる。(特に古い議論に対しては、価値自由や講壇禁欲にたいして、明らかに誤った理解によると思われるものが多いと私も感じていた。)



ヴェーバーは、彼の眼前にある現実において、実際に神々の闘争が現出しているとみているのではなく、まったく逆に、「『神々』が現実には争わないことを問題としたのであり、むしろ『神々』はいかに闘争すべきか」が彼の問題関心にあった。「現実の行為者は、たとえ自己の立場が排他しあう『神々』=究極的立場の混同の上に成立していても、それを直視しようとはしない」というのが彼の批判的論点であり、1913年から1917年のあいだにみられた彼の思考の成熟によって、この闘おうとしない神々をきちんと闘わせる「価値討議」へと向かう筋道が立てられていく(矢野善郎 2002:14~17頁)。(p.239-240)


この指摘は刺激的だった。今まで読んできたものでは明らかに本書で誤っているとされる理解がまかり通っており、私もそうしたものだと思っていたからである。価値討議へと繋がっていくあたりの筋道などを本書では指摘してくれており、そうした筋道が見えることにより、(ドイツ語が読めないため検証することができない私にとっても)今まで見てきたものよりも本書のこの指摘の方が説得力があるものとなっている。



段落㉖要説(二)にしめしたヘーゲルの議論を敷衍するならば、「脱イデオロギー」をみずからの立場としようとする者は、いかなるイデオロギーをも前提としてはならないが、それはあらゆるイデオロギーから距離を置くことを意味しており、あらゆるイデオロギーから距離を置くためには、あらゆるイデオロギーに通暁していなくてはならず、つまりあらゆるイデオロギーを前提としなくてはならない。その結果、「脱イデオロギー」は、あらゆる「反イデオロギー」によって自己自身をがんじがらめに縛りつけざるをえない。「脱イデオロギー」は、こうして、イデオロギーによって拘束された自縄自縛の立場であることが暴露される。(p.259)


興味深い議論。



正嘱託教授としての活動から(1903年秋~1917年春)
 この時期の彼の境遇と立場と活動については、意外なほど知られていない。とくに、彼が、1903年秋にハイデルベルク大学を退職し、以後この大学との関係が切れたかのように誤認されてきた。(p.329)


確かに、私も退職したものと思わされていたので、本書でこの時期のウェーバーの立場についての説明を読み目から鱗という感じであった。正教授からは自発的に退いたが、正嘱託教授として講義の義務からは免れるが演習や大学運営などには関わり続けた。こうした立場などを理解していた方が、彼をとりまく状況がより具体的に理解できる。(例えば、優れた人材を大学の職に就けようと努力したりすることも、大学と関わり続けていたからこそ自然と行えるものであるように思われる。)



またオイゲン・ディーデリヒスは、1917年にラウエンシュタイン城文化集会を開催したさい、マリアンネ・ヴェーバーに招待状を送っているが、そのさい夫は度外視していた。病気のマックスは参加できないだろうと判断したためである。しかしマリアンネは、夫も参加できると返信を送り、ディーデリヒスは、あらためてマックスにも招待状を送っている(後述)。ここからわかるように、1917年は、ヴェーバーにとって、――限定つきとはいえ――公の場で活動ができるようになった重要な年である。(p.332)


ラウエンシュタイン会議への参加経緯のエピソードは興味深い。また、1917年の位置づけは妥当。



 講演会場として選ばれたのは、ミュンヒェンのアーダルベルト通15番に位置するシュタイニッケ書店内に付設されていた小ホール(Steinickesaal)である。当時、シュヴァービング地区とその周辺地域は、その独特の文化的雰囲気によって若者たちを魅了していた。(p.337)


「職業としての学問」とその再講演、さらに「職業としての政治」の講演の会場。機会があれば跡地に行ってみたい。



既述のように、禁欲的プロテスタンティズムにたいする仮借なき批判の書である『倫理と精神』が、あたかも禁欲的プロテスタンティズムを称揚する著作であるかのように偽装され、専門内への自己閉塞状況からの脱却をめざした『職業としての学問』が、あたかも自己閉塞を自他に強要する著作であるかのように偽装されてきたのである。後者の場合、尾高や出口の訳にみられる激しい改竄は、日本の社会学者・社会科学者たちの心性や自己弁明に直結していると考えられる。つまり、それは歴史的誤訳と評されるべきものである。(p.377)


「倫理」については、禁欲的プロテスタンティズムに対して批判的なものだという理解はしていたが、「学問」の誤訳には誤導された。後段で語られているのは、当時の日本の社会科学者は、自己閉塞しており、それを正当化したいという欲求があったということか。



野﨑敏郎 『ヴェーバー『職業としての学問』の研究(完全版)』(その1)

トルストイにとって、現代科学は、細分化されたなかで、現実から超然としてみずからの職分に専念しているかのようにみせかけながら、じつはひたすら権力に奉仕する洗練された御用学問であり、これに従事する科学者は、自分がそうした現状追認の役割を担わせされていることに気づかない愚か者であるか、あるいはそれに気づかないふりをしながら仕事に没頭する自己欺瞞の主なのである。(p.84)


既存の邦訳の中では、あたかもウェーバーが専門の中に閉じこもることを推奨するかのような訳になっているのに対し、ウェーバーはこうしたトルストイの問題意識を継承しているという。



 ヴィンデルバント門下の倫理学者ヘンゼルは、1898年以降、ヴェーバーのいるハイデルベルク大学哲学部に員外准教授として勤務した後、1902年にエルランゲン大学に正教授として転出した。この講演集は、ハイデルベルク時代末期の講演に加筆したもので、その論旨は、「心性倫理(Gesinnungsethik)」と題された章をはじめとして、ヴェーバーの立論と関係が深い。ヴェーバーとこの同僚との関係は、まだくわしく研究されていないようである。(p.102)


興味深い指摘。ウェーバーと彼を取り巻く同時代の人々との関係についてはいくつかの研究があるが、むしろ広く知られているほどの人ではないような同僚たちとの関係は、しばしば指摘されるニーチェやマルクスなどに劣らず彼の思想の形成に当たって重要な役割を果たした可能性は否定できない。



 呪力剥奪は、長い歴史過程において経済外的強制が崩壊し、お仕着せの価値体系が瓦解していったこと、また人間がさまざまな束縛から解放され、自由を獲得していったことを意味する。しかしこの語は、プラスの含意を指ししめすものではなく、むしろ、そうした遺制の崩壊や束縛からの解放によって、近代社会が――また近代人が――大きな矛盾と不条理性を抱えこむにいたったことをしめすための概念だということに注意する必要がある。ヴェーバーは、近現代における呪力剥奪の深化にたいして明確に批判的な立場をとり、呪力剥奪状況からの脱却をめざすのである。(p.147)


呪力剥奪とは、しばしば「呪術からの解放」などと訳されるEntzauberungのことだが、確かに野﨑が言うようにウェーバーがこの状況にたいして批判的なのであれば、しばしば使われる解放という訳はプラスの含意を強く持ちすぎていて不適当ということになりそうである。


西内啓 『統計学が最強の学問である』

 だが一通りの業務がIT化されてしまうと、ITがらみのビジネスは行き詰ってしまう。いくらハードウェアやソフトウェアの処理性能が向上しても、これ以上IT化すべき業務プロセスはないし、顧客が特に性能に不満を持たなければ、商品を売り込むことはできない。だから、ハードウェアメーカーも、ソフトウェアメーカーも、それらを使ってITのサービスを提供しようとする者も、ITに関わる企業はすべて、すでに満足している顧客に、十分すぎる性能を持った新しい技術を売り込む「理由」が必要なのである。
 ポジティブな建前としては、この十分すぎる性能を使って「いかに価値を産み出すか」という考え方が必要になる。またネガティブな本音としては「価値を生み出そうがなんだろうが、大量の処理が必要になる使い道」を提案しなければならないし、それを売り込むためには「一見ビジネスの役に立ちそうなお題目」が必要にもなる。(p.30)


近頃、「ビッグデータ」ということが盛んに言われる理由の一つとして、こうした理由があるという指摘。なるほどと思わされた。

本書によれば、ランダムサンプリングができればすべてのデータを分析する必要はないというが、確かに説得力がある。



 ランダム化してしまえば、比較したい両グループの諸条件が平均的にはほぼ揃う。そして揃っていない最後の条件は実験で制御しようとした肥料だけであり、その状態で両グループの収穫量に「誤差とは考え難い差」が生じたのであれば、それはすなわち「肥料が原因で収穫量に差が出る結果になった」という因果関係がほぼ実証できたと言えるだろう。(p.116)


このようなランダム化によって因果関係を実証する方法は、考え方が簡単であるためいろいろな場面で使えそうである。本書が売れたのもよく分かる。



 ランダム化するなら、こうした「手心」を抜きにして、テキトーどころか厳密にランダムさを追求しなければならない。だが、幸いなことに今ならエクセルを立ちあげて「=rand()」とタイプするだけで、簡単にランダムな数値を得ることもできるのだ。(p.125)


エクセルのこの関数は今まで使ったことがなかったが、使いこなし方について少し調べてみたい。



 政策を実施する前にランダム化を行なうよう求める州法はすでに数千という数にも及び、公立学校の進学から裁判官の管轄まで多くの行政プロセスにランダムさが行きわたり、常にさまざまな実証評価が行なわれている。(p.125)


日本もこの考え方は学ぶべきであろう。


武谷雄二 『月経のはなし』

 太古の時代から月経中の女性の活動は陰に陽に禁止されてきた。20世紀に入り、ようやく働く女性たちの月経時のケアについて公に語ることができるようになった。第一次世界大戦に従軍中の看護師たちは、傷病兵の手当てに用いる包帯を月経時に使用するようになった。このことが、吸湿性に富む生理用品が開発される端緒となった。その後、いろいろな生理用品が開発され、月経中の活動の範囲を広げることにつながったのである。(p.119)


戦争は日常生活で用いられる様々な道具が最初に使われる場となっているが、生理用品もその一つだった。ただ、これは(たとえば女性の選挙権の拡大などに見られるような)女性の権利拡大の運動などがある社会背景の下で進んだ現象であったことに本書は注意を複数回促しており、女性の社会進出を技術によって支えることができるようになったという側面と、そうした需要があったから開発されたという面とその両面があったように思われる。



社会における男女の対等な参画と、社会(男女)が月経をどのように見るかということは切り離せない関係にあるのだ。(p.123)


本書の主要な主張の一つ。



よく誤解されていることに、閉経と生殖機能の喪失とは異なることが挙げられよう。生殖能力は40歳代前半で失うが、少なくともその後の5~10年間は月経はそれ以前とほぼ同じように持続するのだ。(p.131)


本書が取り扱っている問題は意外と知られていないことが多い。



 甚大な自然災害、戦争などのストレスを経験した社会では出生率の減少も当然ながら、不思議なことに男児/女児の比率が低下することが知られている。スロベニアの戦争直後に妊娠が成立し、出生した新生児の性比を見ると、戦争前と比較し明らかに男児の出生率が減少していたとのことである。出生児の性を決定するのは精子であり、ある地域、国を襲った突発的で不幸な出来事による精子の異常が男児の減少に関係している可能性がある。(p.182)


強いストレスがかかっている社会状況では新生児の男女比を見ると男性が少ないということ。男性がストレスを受けた際に生じる反応ということらしい。



 20世紀にいたるまではヨーロッパの一部では生理用品を用いないで血液を服につけたり、垂れ流していた女性もいたようだ。女性が男性とともに仕事をするようになってから、さすがに月経血による汚れや臭いを男性に悟られないよう注意するようになった。
 商品として販売されるようになったのは、アメリカにおいては1920年代から1930年代にかけてと推定されている。特に、女性が社会に進出する機会が多い国ではタンポンの需要が高かったのだろう。1936年にはアメリカにおいてタンポンの宣伝が雑誌に掲載されている。有史以来、月経に関する話題はタブーであったことを考えると、まさに月経に対する見方を変える歴史的な出来事であった。ただし、タンポンの吸水性を証明するために青色の液体を用い、血液を直接イメージするのを避けていた。
 1945年にはアメリカの医学雑誌で、月経時の処置法のひとつとしてタンポンの使用が紹介されている。すなわち、アメリカを代表する医師ならびに医学生で構成される最大の団体が、月経時にタンポンの使用を是認したことになる。この当時、アメリカにおいてタンポンを使用する女性が急増し、約4人に1人が利用していた。また、この時期はちょうど古代から引き継がれてきた月経にまつわる因習や呪縛から解放され、オープンに話すことができるようになった時期でもある。長い月経の歴史においてまさに革命的な出来事ともいえる。(p.195)


女性の社会進出・参画および社会の性に対する考え方と生理用品の間に関連があることについては最初の引用文に対してもコメントしたとおりである。

政治哲学の領域においてリベラリズムが優勢になっていく時期とも重なっており、性に関する過去の因習からの解放的な考え方の浸透とリベラリズムの浸透との間にも並行関係がありそうである。


テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

シーナ・アイエンガー 『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』(その4)

 ロングテールは、人が数百万もの選択肢に対処できることの証拠として、引き合いに出されることが多い。だがこの現象が見られるのは、書籍や音楽CDのように、ほかとはっきり区別がつく商品の場合だけだ。それに消費者が一生かけて収集するものは、せいぜい数千種類であることは言うまでもない。選択肢の見分けが容易につかないとき、あるいは最高のものをたった一つだけ選ばなくてはならないとき(デンタルフロスを各種取りそろえようなどという人はいない)、選択肢の多さは、もはや便利でも、魅力的でもなくなり、単にノイズを生み出し、わたしたちの集中を妨げるだけになってしまう。(p.233)


ひところもてはやされたロングテールにもこうした様々な限界がある。

また、選択肢の多さについても一般には良いことと考えられがちだが、デメリットもあることの指摘も重要である。



幅広い選択肢を残しておくためには、時間であれ、心の平安であれ、利益であれ、何かをあきらめなくてはならない。この消える扉ゲームでは、代償といっても、数セントずつちょこちょこ失うだけだったが、選択肢を残しておくにはとかく代償が伴うことことを、肝に銘じる必要がある。
 わたしたちが賢明な選択ができるかどうかは、自分の心の状態をどれだけよく知っているかに、少なからずかかっているようだ。もっと選択肢が欲しいというのは、こう言うのと同じことだ。「自分が何を欲しいかはわかっている。だから選択肢がどんなにたくさんあっても、自分の欲しいものを選ぶことができる」。どんなに多くの選択肢を与えられても、自分が足を踏み入れたい扉がどれなのか、いつか必ずわかるはずだと思っているのだ。しかし皮肉なことに、より多くの選択肢を要求するのは、言い換えれば「ときどき自分が欲しいものがわからないことがある」、または「すぐに気が変わってしまうから、選択する瞬間にならないと、自分の欲しいものがわからない」という告白でもあるのだ。そしていつしか、選択に費やす時間と労力が、選択によって得られた利益を打ち消してしまう。(p.249-250)


選択には代償があるという主張は本書の重要なポイントのの一つである。



このような理由から、選択肢の数が増えることは、たとえ一つひとつの選択が困難になっても、好きなものに飽きたときのための予備を持っておけるという点で、全体として見れば都合がよい。しかしアリエリーの研究が示すように、選択肢の「質」よりも、選択肢が存在するという「状況」を重んじるあまり、好ましくない決定をしてしまうことがある。(p.251)


選択肢は数が多いことが重要であるとは限らず、選択肢があるということ自体が全体として重要であること、また、選択肢は「質」が重要であること、これらのことが手短に整理され、かつ、非常に鋭い指摘がなされている。



 自分に何かの行動をとる自由があると信じている者は、その自由が失われるか、失われそうになるとき、心理的反発を感じる。(p.294)


心理学者ジャック・ブレームの言葉を引用している箇所。この「心理的反発」に関する議論も本書から得た収穫であった。

例えば、子供に勉強をさせる際、「勉強しなさい」と言うと、言われた側の子どもは「心理的反発」を感じるようになるため、それが常習化することにより勉強自体にも反発を感じるようになってしまい、勉強も嫌いになる、といったことがありそうだということが理解できた。



選択は、最良の状態では、主導権を取り上げようとする人々や体制に抵抗する手段となる。だが選択の自由がだれにでも平等に開かれているという建前がふりかざされるとき、選択そのものが抑圧になる。(p.323)


新自由主義やリバタリアンが彼らの表面上ないし理論上の主張と矛盾してしまうポイントはこの点に存する。もっとも政治的に見れば、それらの主張をする人々はこのことを暗黙裡には感じながら、自分およびその擁護する立場の人々を有利にするためにあの種の言説を垂れ流しているのだと思われるが。



選択は、自由、自己決定権、平等、民主主義などと深く結びついた概念であり、普遍的な権利として、あたりまえのように肯定されてきた。でも実際、選択とはいったい何なのだろう、選択は何に左右されるのか、選択の自由はどうあるべきなのだろう――本書の刊行をきっかけに、選択に関するさまざまな議論が巻き起こっている。(p.377)


訳者あとがきより。私自身も「選択」や「自由」に関して本書から同様の刺激を受けた。本書は多くの人に読んでほしい良書である。



 選択に制約が課されることで、逆に本当に大切なことだけに目を向け、選択しやすくなる。(p.379)


選択肢の豊富さが価値があるかのように錯覚してしまうことが多いが、確かにそのとおりである。これは本書の主張を要約したフレーズと言えそうである。



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シーナ・アイエンガー 『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』(その3)

 もし個人的な趣味を説明するのが難しいのなら、恋愛感情を説明するのはほとんど不可能ということになる。「考える葦」でおなじみのブレーズ・パスカルが言うように、「心には理性でわからない理由がある」のだから。ウィルソンと同僚たちは、恋愛関係にあるカップルに、相手への満足度に関するアンケートに回答してもらった。このとき一部の協力者には、二人の現在の関係を作ったと思われる要因をじっくり考えて、できるだけたくさん書き出してもらった。残りの協力者には、心に浮かんだ要因をそのまま記入してもらった。七ヶ月から九ヶ月後、カップルがまだつき合っているかどうかを追跡調査したところ、直感的な評価が二人の関係が長続きするかどうかを正確に予測していたのに対し、理性的な分析に基づく評価はほとんど無関係だった。つまり、二人の関係を徹底的に分析して、非常にうまく行っていると結論づけた人たちは、重大な問題があると判断した人たちと同じくらいの確率で、破局していたのだ。(p.168-169)


直感的な判断と理性的な判断には相違がある。ある意味では認識できている事柄の情報量や質は直感の方が勝っている。しかし、これを制御できない、制御することが難しいところに難点がある。

本書では引用文の実験結果は人を直観に従おうとする気にさせることを指摘しつつ、これに続けて直感に頼ることの難点を示す実験結果をも紹介し、両方に限界があることを示している。



 また感情は実際より長く持続すると考えられがちだ。今日昇進して有頂天になっている人は、二ヶ月後も有頂天な気持ちでいられると思うかもしれない。だが実際には十中八九、新しい職務にすぐ慣れてしまうだろう。たとえ宝くじに当たったとしても、長期的な幸福度が高まることはない。だがその反面心強いのは、衝撃的なできごとが呼び起こす後ろ向きの感情も、思ったほど長く続かないということだ。家族のだれかが亡くなったり、自分がガンと診断されたり、体が不自由になるといったできごとが起っても、最初は深い悲しみや嘆きを感じるが、時間がたてば立ち直るものだ。(p.172)


感情は思われているほど長くは続かない。ちょうど本書を読んでいる時、これに深く関連する状況が身の回りで起こっていたため、この部分は特に印象に残った。

なお、感情が持続しにくいということは河本英夫の『オートポイエーシスの第四領域』の定式化からも理解可能であると思われる。すなわち、感情が複数の要素が複合的に連動するシステムであること。



第3講で見たように、わたしたちは使用価値だけのために商品を選ぶのではなく、その商品を選ぶことで、自分の人となりを表そうとする。(p.192)


この故に、ブランドや商品のイメージが商品選択の際に強く作用することになり、売る側からするとイメージを売っていく戦略が重要な意味を持つことになる。



 ほとんどの商業分野で、製造業者による合併、買収、ブランド売却が進んでいる。こうした一握りの巨大企業は、商品が店頭に並ぶはるか以前に、傘下のブランドで何種類の商品を提供するかを、はっきり定めている。しかも、何種類もの商品を取り揃える目的は、本当の意味で製品の幅を広げるためではない。むしろイメージ的な違いを前面に押し出し、多様性に富んでいるという幻想を生み出すことによって、できる限り少ないコストで、できる限り多様な顧客の気を惹こうとするのだ。
 ……(中略)……。
 こうした戦略が積み重なった結果、わたしたちは多様な製品に囲まれているようでいて、実は質的に異なる選択肢の数は思ったよりずっと少ない。そのため選択が、非常に難しいプロセスになっているのだ。(p.195-197)


グローバル化の過程で巨大企業が多数誕生している現状における消費社会を選択肢という観点から見事に切り取って示している。質的に異なる選択肢の数は思っているより少ないというのは、特に参考になる。



そのほかの研究でも、公選職員は人口全体の平均に比べて身長は約10センチ高く、禿げでない確率も高いことが示されている。これは政治の世界に限ったことではない。さまざまな研究が、身長と年収が比例の関係にあることを明らかにしている。特に男性の場合、身長が2.5センチ高くなるごとに、年収も2.5%増え、また性別にかかわらず、非常に魅力的な人は、それほど魅力的でない同僚に比べて、年収が12%も多いという。実際外見は、就職面接では職務資格よりも採用の決め手になることが多いのだ。それに刑事訴訟では、魅力的な被告人はそうでない人に比べて刑が軽く、刑務所に行かなくてすむ確率は二倍も高いのである。
 ……(中略)……。わたしたちの頭の中では、外見的な魅力と専門的能力は、自然に結びついている。なぜなら、どちらも望ましい特質だからだ。その結果、わたしたちはどちらか一方に触れることが呼び水になって、もう一方を連想するのだ。このような連想は、文化を通じてさらに強化される。シンデレラに始まり、古今東西のテレビや映画のヒーローがその例だ。物語にこの「容姿端麗=有能」の連想が組み入れられるのは、人々の願望を充足するためでもあり、長々しい生い立ちを省略して簡単、便利に登場人物を描くためでもある。だが悪影響として、このような連想が現実世界の判断にまで、条件反射的に適用されることがある。(p.210)


大変興味深い指摘である。



 わたしたちは自分の決定権が脅かされそうな気配を感じると、反射的に拒否反応を示すことが多い。わずかでも決定権を放棄すれば、やがてロボット同然になってしまうのではないかという恐れがあるからだ。この不安はあながちいわれのないものではないが、過剰な不安は何も生まない。問題は、わたしたちが選択を理想化しがちなことにあるのかもしれない。選択をあまりにも偶像化し、すべてを自分の意思で決めることができてあたりまえと考えているのだ。もしかしたら、自分の価値観を脅かすような影響と、基本的に無害な影響とに分けて考えた方がいいのかもしれない。(p.215)


選択が理想化されがちであるという指摘は特に重要であると思われる。自由を標榜する思想において、選択はそのまま善なるものと考えられる傾向があり、しばしば絶対化されるからである。自由や選択に対する批判的な考察は現代においては必要なものであるように思われる。



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シーナ・アイエンガー 『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』(その1)

 アメリカをはじめ、個人主義志向の強い社会に育った人は、選択を行う際、何よりも「自分」に焦点を置くよう教えられる。……(中略)……。人はまず何よりも、自分の好みに基づいて選択を行う。このことは、わたしたちが人生の中で行う選択の回数や、選択の重要性を考えれば、それ自体意義深いことだ。
 だがそれだけではない。わたしたちは自分のことを、自分の興味、性格特性、行動という面からとらえるようになるのだ。たとえば「わたしは映画マニアだ」とか、「わたしは環境問題への意識が高い」というふうに。このように世界をとらえるとき、人間らしい人間になるためには、自ら人生の道を切り拓くことが、決定的に重要となる。それを妨げるすべてのものが、あきらかに不当と見なされる。(p.55-56)


最後の部分で指摘されている人生観にはなじみがある。私自身が個人主義的な世界観を強く持って生きてきたからである。最近は複数の著者からの思想的な影響や環境の変化なども手伝って、若干こうした見方から卒業しつつあるが、個人主義的な世界観の感覚は非常に私には馴染み深いものであるがゆえに、この鋭い指摘は興味深いものと感じられる。



個人主義的イデオロギーの中核にあるのが、選択を「機会」という観点からとらえる考え方だ。つまり、自分の望み通りの存在になり、望み通りのことをする機会である。(p.56-57)


個人主義的なイデオロギーと「選択」のある種の捉え方には非常に強い親和性がある。いずれも「自由」という概念と結びついているからであろう。



だが実は個人主義という概念は比較的新しく、この概念を考え方の指針としているのは、世界でもほんの一握りの人たちだけだ。(p.57)


これも鋭い指摘。さらに言えば、教育水準や経済的な余裕などもこの概念を指針とすることと相関関係があるように思われる。



「今この時より、幸いなるときも不幸なときも、富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死が二人を分かつまで、愛し慈しむことを誓いますか」。キリスト教の結婚式や人前結婚式で、あるいは映画やテレビで聞いたことがあるだろう。この出典は、1549年に英国国教会が初版を刊行した、祈祷書だ。これが書かれたのは、シェイクスピアが名作『ロミオとジュリエット』で、「死が二人を分かつまで」という考えがもたらす悲劇的結末を描いた、半世紀も前のことだった。今に至るまで、逆境をものともせずに愛を貫き通す薄幸な恋人たちの物語ほど、心を動かし、涙を誘うものはない。
 恋愛結婚という概念は、西洋社会での個人主義の高まりと切り離して考えることはできない。祈祷書それ自体が、イギリス宗教改革の申し子だった。(p.67)


恋愛結婚の考え方の背景には個人主義的な考え方がある。「家」という単位ではなく「個人」が単位となって婚姻の相手を探し、選択し、合意するからである。

もっとも、個人主義を貫徹することは現実には難しく、結婚することは相手の家族をもある程度引き受けることにつながるものである。ただ、そうした家族との関連の程度は取り決め婚などの方がより深いだろうが。



だが人が幸せをどのように定義し、どのような基準で結婚の成功を判断するかは、親や文化から受け継いだスクリプトによって決まる。取り決め婚の場合、結婚の成功が主に義務の達成度で測られるのに対し、恋愛結婚では、二人の感情的な結びつきの強さと持続期間が、主な基準になる。(p.71)


文化的スクリプトによって世界の見方や感じ方が大きく影響を受ける。取り決め婚は現代の日本社会ではほとんど見られなくなっているが、ここで述べられているような基準から考えれば、意外と幸福感を強く感じられるシステムなのかもしれない。



 アジア系アメリカ人の子どもたちは、母親が選択したとき、自分自身で選択したときにも増して、がぜんやる気を出した。それはなぜかと言えば、母親との関係が、かれらのアイデンティティの大きな部分を占めていたからだ。(p.76-77)


なるほど。アイデンティティにおいて他者との関係が占める位置が、動機づけに大きく影響することがあるわけだ。これは実用的な知識であると思われる。

例えば、母親がアイデンティティに占める割合が大きな子供を勉強させるには、その母親が子供の勉強に関心を持って接する方が、そうでないよりも有効だといったように活用できないだろうか。



分析の結果、アメリカの新聞が、悪徳トレーダーの個人的行動に、不祥事の原因を求めることが多かったのに対し、日本の新聞は制度的要因、たとえば経営者による監督不行き届きなどに言及することが多かった。賞賛に値する結果であれ、非難に値する結果であれ、個人主義社会に属する人々が、その原因を一個人に求めたのに対し、集団主義者は、結果を体制や文脈と表裏一体と見なしていたのだ。
 個人が自分を取り巻く状況をどれだけコントロールできるかという問題に関わる、このような考え方の違いは、日常的な選択に対する考え方の違いを生む。(p.85)


興味深い指摘。



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