アヴェスターにはこう書いている?
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伊原弘 『蘇州 水生都市の過去と現在』(その2)

好むと好まざるとにかかわらず、われわれはエリートに社会の指導を委ねざるをえない。政治の技術をたたき込まれたテクノクラートは、社会にとっては必要欠くべからざるものである。今日の複雑な社会の運営がすぐれたエリートに委ねられていることは、疑いのない事実である。それだけに、良質のエリートの創出が重要な問題であることも事実である。われわれはいたずらにエリートに疑いをかけ、かれらの手を縛り続けるのではなく、よりよいエリートの創出と管理、さらにはほどよい交替に心掛けなくてはならない。(p.182)


表現としてはややきわどいが、私もほぼ同じような意見を持っている。最初の一文などはウェーバーの「寡頭制の原理」を表明したものに過ぎない。こうした傾向が存在することを否定することはほぼ不可能だろう。それゆえにエリートの適切な管理の方法が重要なのである。

昨今の国内での議論を見ていると、適切な方法というよりも、単にそのエリート達が自分より恵まれているかどうかという視点で断罪するだけであり、まさに筆者が言う「いたずらにエリートに疑いをかけ、かれらの手を縛り続ける」状態になっているように思えてならない。

そして、適切な管理のために必要な第一歩こそ、「断罪なき情報開示」である。断罪つきの情報開示では情報を隠して当たり前である。情報を開示しても断罪はしない、完全な犯罪行為は除外していもいいかもしれないが、基本原則として断罪なしで公開を求めることこそ必要である。官僚の行為について言えば、それが政争の具にもなっているために、冷静な議論を阻まれている。その点で民主党など野党にも健全な議論を妨げている大きな責任があると言うのが私の見方である。

客観的な情報の開示とその情報に対する分析があってはじめて客観的に建設的な方策を考案することができる。実際にできるかどうかは別としてもそのように考えるべきではなかろうか。



一般に、貿易港といえば海に面していると考えがちである。だが、それは、必ずしも正しくない。古来、世界の貿易港の中には内陸に栄えたものが少なくない。フィレンツェ然り、ロンドン然りである。今日のような確固とした輸送手段が確立されていない時代にあっては、ある程度の内陸部まで船で運び込んでおく必要があったのだ。(p.244)


歴史的に都市を見、考えていく上で、参考になる見方である。


テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

伊原弘 『蘇州 水生都市の過去と現在』(その1)

 この大運河がいち早く機能しだしたことは、隋末の混乱が象徴する。山西省の太原から起きて天下を狙った唐が洛陽の確保に執心するのは、そこに江南からの穀物が貯蔵されてあったからである。含嘉倉城とよばれるこの穀物倉庫は、現在も洛陽駅構内にある。近年、発掘されたその倉庫は大規模で、しかもすぐれた貯蔵システムをもっていた。穀物と一緒に埋蔵されていた塼(せん)には、発送から到着の次第が記されている。これは唐代のものであるが、唐の建国にあたって洛陽が争奪の場となったこと、雄大な貯蔵庫があることこそが、大運河のすみやかな活動を示すのだ。(p.31-32)


政治的な勢力と経済の動向とを組み合わせた分析。こうした見方は重要なものである。



 ところで、このすぐれた物流システムである大運河ゆえに存在意義の高まった江南ではあるが、それゆえの欠点も指摘しておきたい。それは、大運河が中国の東側に偏っていることである。中国は奥が深い。にもかかわらず、このインフラ的な投資は海岸線に近い東の部分に偏っていた。これは、江南の開発と突出に有利であったが、一方で過大な負担をかけることにもなっていた。江南は大運河によっていっそう栄えたが、大運河によって頚木をかけられたともいいうるのである。(p.33)


興味深い見方である。中国の歴史的な展開を見ていく上で極めて重要な着眼点であると思われる。



 ここで、宗教と芸能の関係について一言しておきたい。宗教は現世に深い関係と意味をもつ。強大な権力と権威の成立には強烈なイデオロギーが必要である。古来、宗教がその役割をしばしば果たしてきた。ここに、宗教の重要性がある。しかも、権力や権威は、自らを飾ることを好む。・・・(中略)・・。技術者の存在なくして権力と権威の確立はありえない。(p.37-38)


宗教には集団を形成し、共通の儀礼(それを正当化するのが教義=イデオロギーである)によってそれを維持させる機能がある。それゆえに政治性があるというのが私の捉え方である――デモクラシーの制度が普及してからもこれはほとんど変わっていない(公明党やアメリカのキリスト教原理主義の影響力、イスラーム世界の情勢などを見てもそれは分かるであろう)――が、ここで述べられている筆者の見解とも共通するものはある。

なお、美術や建築などと権力の関係についてはほとんど同意見である。



つねづね指摘してきたように、都市の問題とは街路の問題である。都市にとって、街路とは人間の神経や血管にもあたるものである。都市とは街路の集まる場所なのだ。それは、今日でも同様である。だからこそ、行政当局は街路の保持と整備に心を砕く。
 道路にゴミを捨てる日はいつ、道路に車を置いてはならない、また長時間止めてもいけない、道路に物を勝手に置いてはならない、屋根や看板を張り出してもいけない。行政当局は道路の保持に並々ならぬ配慮を示す。それは、街路が都市の機能を守る重要な要素だからである。そして、これは、前近代においても同様だった。(p.74)


筆者の独特な見方は参考になる。都市とは街路の集まる場所であり、その保持と整備は都市の機能を守ることである。

街路と非街路を区別するものとしての建築が街を形成するというのが普通の感覚だが、それを裏返しているところが興味深い。そして、その裏返った認識によって、流通や治安(秩序維持)という側面が浮き出てくるところが大変面白いところである。

昨今の日本では「ハコモノ=建築」や「道路」が「無駄」の象徴の様に扱われているが、そうした意見が世論に無批判的に定着してしまっている現状は、かなり危険なものであると見なければならないであろう。



 なお、ここで一言しておきたいのは、最近の東西交通路をなんでもシルク・ロードとよぶ風潮である。当初のシルク・ロードは西域と中国を結ぶ陸路をいった。だが、近年、この語をさまざまなルートに使用するようになっている。しかし、これでいいのであろうか。たとえば、南海ルートでは陶磁器が珍重されてきた。絹が積荷にないわけではないが、むしろ陶磁器や香料、宝石などの重要性の方が高い。その意味では、従来の陶磁の道という言葉の方が本質に近い。したがって、このような安易な語の使用は、歴史的意味を忘れさせることにはならないだろうか。絹と陶磁器の違いは、西方各国におけるアジアの産品への憧れと要求の差異とも関連していることを念頭においておかねばならない。なぜなら、それは、社会構造の差異や変化とも関連するからである。(p.139)


同感である。シルクロードという言葉に限らず、ある対象をどのように呼ぶかを選ぶ際には、その言葉にどのような理論が負荷されているかということに注意しなければならない。



 これほどひとびとが憧れた絹は、それゆえに重要な戦略物資でもあった。現在の米国が穀物や石油を重要な戦略物資としているように、かつての東ローマ帝国は絹を重要な戦略物資としていた。蛮族の酋長たちは、東ローマ帝国皇帝より下賜されたあこがれの絹をまということによって自らの権威を誇示したのである。また、東ローマ皇帝は絹を巧みに下賜することにより、これまた権力と権威を誇示したのである。(p.139-140)


いわゆる「近代国家」が成立する以前の「国家」というものは、現在の基準から見るとかなりの程度、有力者達の「家産」(一族の財産)であったと言える。それゆえに、こうした権力者個人ないし家族間の贈与関係が「国際関係」として重要な意味を持った。東アジアの朝貢関係もそうしたものであろう。


テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

時田慎也 文、岩間幸司 写真、旅名人編集室 編 『旅名人ブックス 中国・江南地方 上海周辺、水郷地帯の美しき町々』
蘇州の留園について。

 庭はすぐには現れない。邸宅に入ると、まず小部屋がある。そこを通って奥へと進む。格子窓の向うに庭園が見えた。横にある窓からも、違う風景が見える。池があった。だが、庭の全貌は分からない。建物の外へ出て、初めて庭園を見渡すことができた。窓から庭を少しずつ見せるのは粋な演出だった。格子があり、窓の形や大きさが異なるので、そのたびに庭の印象も変わってくる。窓枠は額縁の役割を果たしていた。(p.26)


こうした演出を楽しむことができるためには、ある程度の素養が必要であるように思われる。



 甪直は米の集配地であった。中心から少し南の運河沿いにある万盛米行は、かつての集配所である。ここには、叶圣陶(イェシェントウ)という人物の文章が掲げられていた。農民たちは地主から土地を借りて、米を作っていた。収穫した米は、苦労の末にここへ運ばれた。だが、地主たちは様々な手段で取引をごまかした。その卑劣さと、農民の悲劇が書かれているという。1910年代のことである。その文章は、現在、教科書に掲載されているため、甪直は中国全土で知られるようになった。(p.49)


私がここで注目したポイントは2つ。一つは江南は穀倉地帯であり、米が主要な産物の一つであったことがここに反映していること。もう一つは、地主の卑劣さと農民の悲劇が現在の教科書に載っていることは、この点が中国で共産党の正当性を確保するための重要な根拠の一つとされていることによっている。改革開放以後の中国では、この点についてジレンマがあることはしばしば指摘されるところである。

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ニュースなるほど塾 編 『いま誰もが気になる中国の大疑問 政治経済から外交軍事、市民生活まで』

 というように、中国はすさまじく広大な国土をもつ国だ。ただ、“人間が住める”土地となると、かなり限られている。・・・(中略)・・・。
 じっさい、中国約13億1500万人の人口の大半は、黄河や長江などの大河流地域と、海岸地域に集中している。中国の実質的な「人口密度」は、日本とそう変わらないのだ。
 そんな実情のところに、近年中国の西部や北部では、深刻な乾燥化がすすんでいる。人の住めない大地がどんどん広がっているのだ。にもかかわらず、人口は増える一方なので、中国はますます「狭い国」になりつつある。(p.20-22)


これはあまりクローズアップされることがない事実であるように思われる。

中国は面積が広大で人口も多いので、核兵器での戦争となった場合、他の国よりも有利な立場になると私は考えているのだが、この認識を付け加えると、その優位性はやや下方修正されることになる。ただ、100万都市が全土に分散しているという事実に変わりはなく、その意味では核攻撃に強いという大枠は変わらない。



 そもそも、中国のマスコミは、「報道」のためのものではなく、共産党=政府の方針を知らせるための「広報」機関だったわけで、現在もその性格を残している。(p.63)


この性格が今後、どのように変容していくのか、興味深いところである。



 日本の100円ショップやスーパーの衣料品の生産地表示を見ると、いまや大半が中国製である。野菜などの生鮮食料品や冷凍食品、加工食品にも中国産は多い。そこから、中国の産業というと、農業や軽工業が中心というイメージを抱いている人もいるだろう。
 ところが、近年、中国で大きく伸びているのは、自動車や鉄鋼といった重工業と家電メーカーであり、さらに近年では、IT産業を代表とする知識集約産業も成長著しい。(p.140)


確かに、日本にいると中国製というと軽工業などの産品ばかりが目に付くので、そういうイメージはある。ただ、最近、日本でもしばしば報道されているように、軽工業などは中国よりもさらに人件費が安い地域に移動しているという話と整合的である。

重工業などがすでに大きく伸びているというのは、かつての日本の状態と似通っている。60年代の日本に近い状態というイメージだろうか?



 近年では、農業用地の工業用地への転換をめぐって、それを強行する市や省政府と、農民の間の衝突事件が各地で起きている。農民にしてみれば、土地を強引に転用されるのは、職業を奪われることに等しい。農地を工業用地として収用するさいには、補償金が出るのだが、その金額をめぐってもめることが多く、暴動も起きている。(p.160-161)


現代中国を理解する上で農民について理解することの重要性がしばしば説かれる。私としてはまだあまり手をつけていない部分なので、今後調べていきたい。ただ、中国の農民が「格差社会」の中で悲惨な境遇にあり、そこから、中国は酷いところだ、とか、中国の経済や政治が今後は順調には行かない、というような短絡的な議論には懐疑的である。

それらは農民をクローズアップすることで見えてくることだろうが、農民だけを見ても中国の現状は理解出来ないからだ。世界システムの中に中国の社会を位置づけ、そのなかで農民がどのような地位を占めているのか、都市住民についてはどうなのか?といったところをトータルに分析することが必要であろう。



 中国が優遇政策をとっているのは、現在の中国が、華僑から大きな恩恵を受けているからである。
 そもそも、中国革命の指導者・孫文も、若いころはハワイに住み、アメリカの教育を受けた一種の華僑である。また、彼は、清朝を倒すため、華僑のネットワークを利用した。世界中を歩き、華僑を集めて講演を行っては、寄附を募り、債券の購入を依頼したのだ。それが、革命の大きな資金源となったので、孫文は華僑のことを「革命の母」と呼んだ。
 それから時間が流れ、中国が改革開放路線をとり始めたとき、その政策に最初に応じたのも華僑たちだった。(p.178-179)


これもまた世界システムレベルで捉えなければ中国の社会を理解するには足りないということの一つの事例だろう。中国に限ったことではないが、国(国境や「国民」)を単位にして考えると見えなくなってしまうことはあまりに多い。社会を認識するには、ナショナリズムや強く価値負荷されたレッテルは基本的に邪魔になると考えるべきであろう。



 中国の現行の戸籍制度は、1958〜63年にかけてつくられた。毛沢東のすすめた大躍進政策の失敗によって、大量の餓死者を出し、その深刻な情勢のもとで考案された制度だ。
 ・・・(中略)・・・。
 国民の大半を占める農民は、そのまま農業にしばりつけて、食糧確保に励ませる。そして、農民が豊かさを求めて都市へ流れ込むような事態は、法律で厳格に防ごうとしたのである。(p.188-189)


中国の戸籍が都市と農村で異なっており、農村住民にとって不利であることはしばしば指摘されるが、こうした経緯によって形成されてきたものだとは知らなかった。それは弊害も出てくるというものだ。


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吉村澄代 『素顔の中国 街と人と暮らし55話』

 第三に、日本人留学生の中国の大学での留学生活の実態にも課題は多い。中国では、改革開放政策の下、市場経済の導入で、大学の経営も国家予算は極力減らされ、自助努力が課せられた。経営財源確保の手っ取り早い道が、留学生招致による外貨獲得である。そのため、留学生受け入れ政策が立てられ、漢語進修生として続々と留学生を呼びこむことになった。大学の本科とは別課程で行われる留学生課程は、とにかく外貨を落としてくれるお客さんを受け入れる特別コースである。私はその初期の短期留学課程を何度か経験しているのでよく理解できる。当初は、まだ、真面目な学生が多かったのだが、三回目の94年のときは、もうかなりひどかった。日本人学生の多くは、ただ遊びに来ているだけ。長期の人ほど生活も乱れていた。その延長線上にあるとしたら、日本人留学生の留学生活は想像に難くない。(p.94-95)


中国における留学事情についてだが、これは昨今の日本の政策を先取りしたような現象だとも言えるだろう。多少異なった状況下で似たような現象が起こっていくものと思われる。



このたび新しく改装された中国人民抗日戦争記念館に行ってみた。・・・(中略)・・・。
 ところが、今回は、中国共産党の解放闘争の歴史のそのもので、共産党の率いる新四軍、八路軍などが抗日戦争を勝利に導いた業績を主要モチーフとして強調されている。また、国民党との協力、いわゆる国共合作にも相当の力点が置かれ、統一戦線の中での国民党の存在に光を当てている。さらに、台湾、香港、マカオにおける抗日戦争を讃えているほか、インドネシア、フィリッピン、マレーシアなどの華人の抗日支援の姿まである。最後の展示室は、「歴史を鑑とし、未来に向かう」現代中国の国際連帯や外交の姿勢を、明るく未来志向でまとめている。そこには、日本の小泉首相と胡錦濤国家主席が握手する大型写真パネルもしっかりと掲げられていた。(p.154-155)


博物館や記念館などの展示内容に政府の方針が反映されやすい中国では、そうした背景があることを念頭に置いて展示を見るというのは、一つの見方であろう。

ここで示されているような国民党や東南アジアの華人との協力関係の描写は、『中国動漫新人類』で述べられていた、95年頃の愛国主義教育の転換に台湾問題が絡んでおり、欧米的デモクラシーの導入を拒否するという95年以前の文脈から、台湾の平和的統一という文脈を主軸とする形に転換したことを反映していると言えるだろう。

もちろん、「中華民族」の一体性を強調することで国内の統合を保とうとする発想とも繋がっていると思われる。



 このように、いつでもどこでも手に入る環境がこの混沌とした北京で多くの新聞ファンを守っているのかもしれない。地下鉄などで新聞を広げている姿がまだまだ健在である中国を見ながら、日本ではこういう姿がめっきり減ったのではないか、と気がついた。(p.168)


新聞が各家庭に配達されるような日本のやり方の方が世界の中では珍しいので、中国で「いつでもどこでも手に入る環境」が特殊だとは私は思わない。しかし、地下鉄などで新聞を広げる姿が日本では減ったというイメージはある。90年代あたりから、新聞の代わりに漫画雑誌をサラリーマンが読む姿が増えたことが想起された。00年代からは携帯をいじる姿になった部分もあるのだろうが…。

情報や知識をどのようなメディアからどのように得るのかという方法も次第に変わってきているということだろう。それが良い方向に転んでいるのかそうでないのかは、複数の判断基準を設定した上で、それらに基づいた研究の成果をまたなければ、何ともいえないが。



 一般に、中国で「博物館」や「記念館」とされているものには、これまである一つの傾向が見られるようだ。それは新中国成立以後の偉大な文化事業であることが強調され、旧中国で一部の特権階級に占有されていた文化遺産を民衆が取り戻したことを誇りとすることが全面に押し出されている。肝心の陳列や展示は学術的系統性や考証などもいまひとつで雑然としており、とにかく説明するだけという感じだ。それに文化財としての保存状態はかなりひどい場合が多い。(p.181-182)


いろいろな国で博物館などを見ていると、確かに中国の博物館はこうした傾向が強いかもしれない。だから、展示品の水準の割に見ていて面白いと感じることが少ない。「博物館」という文化装置自体、「国民国家」の形成と同時に成立してきた面があるため、どこの博物館でも「『自分たちの国』にはこんなに偉大な文化遺産があります!」というアピールが見られるものだが、それであっても、イギリスの博物館などは保存や補修の状態が極めて優れており、そのために相当の力が注がれていることが分かり、本当に感心・感動することが多いのだが、中国の博物館については、引用文で述べられているような学術的な考証の水準や管理の杜撰さなどがやや目に付く。

ただ、中国でも比較的良質の展示をする博物館も徐々に増えてきているのではないか、ということを先日、広州博物館の展示を見たときに私は思った。展示の内容や方法がイデオロギー的な要素が強い状態から徐々に抜け出しつつあるというのが中国の博物館の現状ではなかろうか。(その背景要因として、中国における観光の振興があると思われる。)


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サーチナ・中国情報局 『いまどきの中国人 13億人の素顔に迫る』

 そして、89年の天安門事件からの約3年間、日本企業は中国の成長に関して疑問を抱き続けた。実はこの時代、欧米企業の多くは中国市場に対して猛烈な攻勢をかけている。・・・(中略)・・・。
 その後、日本ではバブルが崩壊した。後遺症に苦しむ日本企業は、中国市場に対して肝心かなめの時期に“攻め”の経営をしにくくなってしまったようだ。いわゆる、日本経済の「失われた十年」は、中国市場における携帯電話のシェアにも、いまだに影を落としている。(p.26)


中国の市場を考える上で歴史的に重要なポイントの一つかもしれない。

ただ、日本の企業は製品のシェアは低いが、部品のシェアは確かかなりの部分を握っていたはずであり、表面的な製品のシェアだけを見て判断するのもまた誤りを招く可能性がある。



 チャイナドレスの起源は、北方に興り中国最後の王朝を築いた満族の民族服だった。満族貴族を「旗人」と呼ぶので、チャイナドレスは中国語では「旗袍(チーパオ)」と呼ばれている。スタンドぴたりと前で閉じて服の中の暖気を逃さない襟元の特徴からも、北方起源だということがよく分かる。
 ・・・(中略)・・・。
 チャイナドレスだけではない。中国音楽の代表的な楽器である二胡(中国胡弓)は、もともと絹糸を弦に使っていたが、現在はスチール弦を使うのが普通。これも洋楽器の影響だ。そもそも二胡自体が、長い中国の歴史では“新参者”の部類に属する。初めて記録に現れたのが宋(960〜1279)年代。だから、唐代(618〜907)の宮廷娯楽音楽を日本に移入した雅楽には、二胡は使われていない。
 しかも、二胡はどちらかというと下層階級の好む楽器として冷遇され続け、民族を代表する楽器としての地位を獲得したのは、中華民国の時代になってからだ。
 とにかく、現在の感覚で「これはいかにも中国らしい」と感じても、意外に新しいものは多い。(p.40-41)


いわゆる「創られた伝統」というやつである。日本やイギリスや他の国々でも大体似たような状況である。「国民国家」の成立の際に「伝統」が創られたわけだ。



中国では結婚しても女性の姓は不変。日本にある「夫婦別姓は家族の団結を弱める」との意見に、中国人は「そんなことはない」と不思議がる。(p.191)


なるほど。


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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その3)
大澤信亮 「左翼のどこが間違っているのか?」 より。

頭のいい人と頭のいい人に憧れる人の違いはもう、これは本当にもう悲しいくらい致命的にあって、ぼくたちの世代の本当の病は、自分が後者であるにもかかわらず、前者だと錯覚するところにあるはずだ、とぼくは思っている。(p.82、本文傍点部に引用文では下線を付した)


なかなか面白い区別である。確かに後者にとって自分を前者だと思いたいとする欲求は強いだろうから、認識の錯誤が生じやすいと言える。ただ、これは世代の問題ではないと思うが。



そう、きみの言葉の一貫した特徴は、人の希望を潰そうとすることなんだ。誰かから金が貰える、仕事が貰える、保障が受けられる、社会は良くなる、自由、平和、愛――そういう希望をわざわざこんな掃き溜めに進み入って、虱潰しに破壊するような面倒なこと、ふつうはやらないもの。(p.94)


いわゆる「ネトウヨ」や荒らしにしばしば見られる特徴であり、それに対する批判だと言える。


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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その2)
萱野稔人 「なぜ私はサヨクなのか」 より。

つまり、たんに生活が不安定になるだけでなく、外国人の労働者と競合しなくてはならないような周辺的(マージナル)な立場に突き落とされてしまうことへの反発や恐怖が、「右」的な主体をつくりあげているのだ。
 だから、いまの右翼的なものは、とりわけナショナル・アイデンティティの主張としてあらわれることになる。たとえば、周辺国の労働者と競合しなくてはならなくなった人たちが、外国人とおなじ周辺的な立場に自分もおかれていることをなんとか否認しようとして、いかに日本人である自分たちが外国人労働者とは異なった存在であり、いかに外国人は自分たちより劣った存在であるのか、ということを証明しようとする、といったように。
 あるいはまた、とるに足りない仕事ばかりさせられ、誰にでも取り替えがきくような存在として(つまり社会的に居てもいなくてもいいような存在として)あつかわれるようになってしまった人たちが、社会のなかで自分たちの存在を認めてもらうために、「日本人である」というアイデンティティにしがみついて自己主張をはじめる、といったことも起こってくる。
 「日本人はかつてこんなにヒドイことをした」というメッセージをどうしても伴ってしまう戦争責任問題に多くの人がヒステリックに反発してしまうのは、彼らがそれだけ日本人というアイデンティティにしがみつかなければならないような状況があるからだ。彼らにとって、日本人というアイデンティティはみずからの存在を社会のなかで認めてもらい自己主張するためのよすがなのであり、戦争責任の追及はそのよすがを汚すものだと感じられてしまうのである。(p.55-56)


日本や欧米諸国における右翼的な人々の心理状態を描き出す理念型としてはかなり納得できる。

(ただ、中国などでもナショナリズムは高まっているが、それは微妙に位置づけが異なると思われる。国際的な経済において比較的劣位な立場におかれた国におけるナショナリズムは、強力な外国からの収奪を恐れる心理に基づいて発動される面が強調されるべきであろう。日本においても「反米」の感情を持つナショナリズムが右派のみならずリベラルにも見られるが、それはむしろこうしたタイプのナショナリズムだと言える。)




タイトルにある問いに対する筆者の回答は概ね次のような感じであった。

 社会をトータル(総体的)に、かつリアルに認識しようとする態度こそ、左翼の本分だと私は思う。これはいいかえるなら、左翼は人間の意識とか精神といったものから問題をたてない、ということだ。社会というのは人間の意識を中心として組み立てられているのではない。逆に、人間の意識のあり方もそれによって左右されてしまうような外的な要因によって社会は条件づけられている。
 ・・・(中略)・・・。
 ただしこうした立場は、ある禁欲的な態度を左翼に要請せずにはおかない。つまり、あくまでも左翼は人びとの社会的生活を条件づけるものに介入するだけで、それぞれの人の生き方や実存の問題にはけっして介入しない、という態度である。
 ・・・(中略)・・・。
 生き方や実存の問題は左翼のあずかりしらぬことであり、左翼は社会を条件づけるものに介入するという立場を保持し、けっして越権行為はしないこと。この禁欲的な態度こそが、逆に、左翼をふところの深い存在にする。
 左翼であることは、だから、そんなに大げさなことじゃない。「いまの社会が悪くなっているのは人びとのモラルが低下したからだ」と説教をたれるヤツほどうっとうしい存在はない。社会の変革をめざしながらも、人にモラルや道徳をおしつけたり、実存の問題をとやかくいったりしないところが左翼のよさなのだ。(p.61-63)


私が以前書いた「右翼的言説」についての論考において「「右翼的言説」には、論理的推論、分析、事実(認識)、客観性、批判といった一連のものが欠如している」と述べ、「左翼的言説」はそれをひっくり返したものだと述べたが、それと通じるものがある。

だから、本稿で述べられている見解には共感する部分は結構ある。特に精神論を否定している点には共感する。

ただ、上記の認識態度は「左翼」と呼ぶようなものだろうか?というのが一つの問題である。むしろ、上記のような態度は「科学」において要請されるものではないか。確かに、現在の日本において科学的に社会について考察すれば『左翼』の政治的な立場(弱者への配慮を伴う社会システムの変革の主張や平和主義的な国際関係の構築という主張など)になることはほぼ間違いないと私は思う。

しかし、それをもって科学的な態度を左翼的な態度として同一化することには違和感がある。科学的な態度が『左翼』的なスタンスと共存する状況は普遍的だとは言えないからである。

もう一つは、右翼とか左翼という概念を「人」に当てはめているフシがあるというか、問い自体そのように設定されている点である。上記のような「科学的」態度を常に崩すことがない人がいるとすれば、その人は「左翼」だと言えるかもしれないが、「左翼」だとされている人でも常に上記のような態度でいるわけではないことを考えれば、私は「個々の言動ごと」にそれを区分する方が妥当ではないかと考えている。人に対して当てはめる場合、それは「国民性」などと同じような「不変のレッテル」になりやすいが、個々の言動に当てはめる場合、「個別的な吟味を要する理念型」として機能する傾向があると思われるからである。だから、上でリンクした論考も「右翼について」ではなく「右翼的言説について」述べているのである。

さらに、萱野氏は上記のような科学的な態度を保持する「左翼」であることは「大げさなことじゃない」という。しかし、それはある意味ではある種の「知的エリート社会」の中の常識でしかないのではないか。確かに一度身に着けてしまえば何ということはない態度ではあるが、こうした科学的な態度で社会を分析するということは自然に放っておけばできるようなものではない。むしろ、萱野氏の言う「左翼」の姿勢は、学問disciplineによる訓練disciplineを必要とする――上記の「禁欲的」な態度にも見られるが――規律あるdisciplinary態度である。

だから、教育水準が低い者や、いわゆる「理系」の教育を受けた人の方が社会について発言する際には「右寄り」の発言をしやすいのである。彼らは社会という対象について「科学的」に分析するためのdisciplineを受けて鍛えられていないからである。

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「超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号」(その1)
浅尾大輔と赤木智弘の対談「ぼくらの希望は「戦争」か「連帯」か」 より

ある意味でプロに百人のアマチュアがガーッと文句が言えるようになってしまっている状況においてすごくいろんなものが相対化されていった。ただ、唯一お金だけは相対化されないもので、その結果、お金の価値がどんどんあがっていってしまっているような気がしますね。だから、お金を持っている人の方が偉い、と。その他の価値は全部相対化されてしまってお金だけが何か突出してみえているような状況だと思いますね。(p.17)


これは赤木智弘の発言。

お金の価値が他のものに比べて上がっているという見方はそれほど間違っていない。ただ、他のものが相対化されたから金の力が強くなっているわけではないだろう。逆である。ブレトン・ウッズ体制の下では金の力が抑制されていたものが、70年代、80年代、90年代と時間と共に順を追って抑制が解除されてきた――金の抑制が一つ外れるたびに金を持つものの力は高まり、次の抑制を解除させる権力を得ることができたのである!――ために、流動性が高いものほど優位な状況になっているのである。それによって流動性そのものである貨幣が最高の権力を持つようになったわけである。

戯画的なまでに単純化して描き出してみる。

通貨間の交換が自由でないときは、その通貨が流通している範囲内(つまり国内)で金は巡ろうとする。国境を越えるものは極端に言えば商品(生産物)だけである。そのときにだけ金は国境を越えて移動する。

フロート制が導入された。各通貨の交換は自由になっていった。通貨が強い国としては、通貨が弱い国の労働力を使うことができれば生産が安上がりになる。工場を労働力が安い国に作るか、安い労働力を呼び寄せて物を作らせればよい。こうして多国籍企業が増えたり、移民が増えた(マグレブからフランスへ、トルコからドイツへ、ロシアからイスラエルへ等々)。

多国籍企業やその投資家にとっては、各国の法律・規制が邪魔になる。規制の自由化、その実態は多国籍企業や投資家のホームとなる国に起源を有する企業・投資家にとって有利な「規制の変更」という要求が多国籍企業・投資家の側から出てくる。90年代に日本で盛んに叫ばれた「グローバル・スタンダード」への適応とは、こうした欧米諸国に有利な制度への「規制の変更」であった。こうして多国籍企業はグローバル企業となり、投資家はグローバルな投資家となっていった。いわゆるグローバリゼーションと名付けられている現象は70年代から胎動してきた動きの一部に過ぎない。

この前後で東西の冷戦が終結し、安い労働力とあらたな市場が爆発的に増えたことが、この動きを爆発的に加速させた。政治的なタガが外れたために、企業の側の行動の自由度が一挙に拡大したからである。繰り返しになるが、グローバリゼーションと呼ばれた現象もこうした加速があったからこそ新しく名付けられたのだったが、その本質は70年代にはすでに始まっていたのである。

ここまで規制が崩れてくると、投資家>経営者>労働者という力関係はより力の差が開いていくことになった。その流れの中に非正規雇用の増大などによるワーキングプアというものも位置づくのである。(こうした経過の中で見れば、非正規雇用の労働者がバラバラに分断されてきたのも当然の流れだと容易に理解できるだろう。)その上、こうしたグローバル資本の力の増大は各国政府の財政にも大きな負担を課している。累進課税がしにくくなるからである。それによって福祉の削減が各国で行われてきたのだった。日本の財政赤字の増大や福祉の削減はその中でもかなり顕著なもののひとつだと言える。

赤木が指摘するような社会のさまざまな現象(男女関係、職業、言論など)の相対化という現象には、それぞれに独自の要因があるだろうが、金を持っているかということが金を手に入れることができるチャンスに結びついているために、社会の階層分化が進み、それが固定化していく流れの中で、社会の階層内でそれに適した生活様式が生じてきたものと捉えれば、上記の説明と整合的であろうし、そうした面は一つの規定要因として存在すると見てよいのではないだろうか。

ブレトン・ウッズ体制に戻ることは不可能である。あの規制は永続可能なものではないからだ。しかし、資本移動の自由化に対して何らかの抑制的なルールが必要となるところまで来ているように思われるのである。

赤木にはこうした見えないものを見ながら現象を意味づけるパースペクティブがない。自分が置かれた状況から、その状況の中で培われてきた彼のルサンチマンに基づいて発言しているだけであるように思われる。そうした言説が、社会の中で抑圧されたり、希望の持てない人々から共感を受けているだけであり、そうした人々のガス抜きにはなっても未来へのビジョンを示し得るようなものを彼はもっていないように思われる。

その意味で、彼が次のような考えを述べているのは傲慢だとしか私には思えない。

だから全体の認識を変えるためにはどこかで変えなくちゃいけなくって、まあ自分の役目はそっちなのかなと。(p.18)


彼自身がパースペクティブを欠いているのに何を言っているのかという感じである。単に世の中に渦巻いているネガティブな感情の共感を得たために時代の寵児のように扱われているだけであり、彼の言説は「大衆迎合的」とも言えるのであって、人々の認識を「変える」ようなものではない。

もっとも、こうした「認識の転換」という発想自体が私からすると90年代的であり、すでに古いと感じられる。必要なのは「認識の転換」ではなく「システムの作動の転換」だからである。そして、「作動の転換」は「認識の転換」に先行されなければならないわけではなく、むしろ逆であることも多いのである。



次は浅尾の発言。

小選挙区制度でゼロかイチかという枠組みが作られたせいで、政治が変わるリアルさがなくなった。それが「失われた10年」の序章だった気がします。あのときから、左翼はメディアと国民から、途方もない「力」を求められてきた。(p.19)


やや後付の認識ではあるものの、的を射ている部分もある。特に、小選挙区制度の下では左翼は途方もない「力」を求められるという点には納得する。

ただ、小選挙区制度で政治が変わるリアルさがなくなったということが実感されるようになったのは、むしろ最近のことであろう。選挙の結果、小政党がどんどん小さくなる、自民党があれほど腐っていても小政党より遥かに有利な状況にあることが、数々の選挙の結果から明らかになってきてからそれが誰の目にも明白になってきている、というのが現状ではないだろうか。



次の赤木の発言は、発言を向ける対象はずれているが論理は正しいと思う。

 正社員や労働組合が、貧困層ひとりに月10万ぐらいださないかなという気がするんですけれどもね。・・・(中略)・・・。
 いわゆる富裕層でなくても、お金をもっている人って、いっぱいいると思うんですよ。だから、富裕層もそうした責任を負うんだけれども、普通の生活をしている正社員の人も責任を負っていると自覚してくれないと、やっぱり単純に富裕層と正規労働層の言い合い、責任押し付け合いだけになっちゃうと感じるんですよね。(p.20-21)



これは増税論者である私の意見と同じである。しかし、こうした再配分をするには「正社員」の自発的な善意や努力に期待しても無駄である。このことを行うためにこそ税は存在するとも言えるのだ。だから、こうした税制改正の要望は、政界やこうした改正を阻んでいるところの財界に向けて発信されなければならないというのが私見である。

赤木は、ルサンチマンに囚われて目の前の「正社員」に怒りの矛先を向けている点で誤っているし、彼の言説が容易に取り上げられるのは、政治家や財界・富裕層にとっては利用しやすいからであるとも私は考えている。こうした人々にとって赤木の言説はかなり都合が良いものだからである。自分達には攻撃の矛先が向かわないために、貧困層のガス抜きにはなるものの問題解決ができる論理ではないからである。

左翼には、赤木のような質の低い言説からはそろそろ卒業してもらいたいものだ。



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遠藤誉 『中国動漫新人類』(その4)

中国では公けのマスコミに発表が許されるのは、政府が公認した見解である。しかし日本はまったく自由だ。その違いがわからない彼らは、日本のマスコミに公開された内容なので、政府が許可し公認した内容だと勘違いするのである。これは異文化体制というよりも、言論体系、言論の自由度に関する差異の問題である。
 2000年1月に「南京虐殺」に関する東史郎裁判の判決を受けて、日本の任意団体が「二十世紀最大の嘘『南京虐殺』の徹底検証」と題する集会を開くと、それに対し中国では「日本の右翼が南京虐殺を否定した」として全国民を巻き込んだ激烈な抗議運動が展開されたが、これを「日本国」が、あるいは「日本国民全体」が「南京虐殺」を否定したと解釈する傾向を持つ。だから中国全土で激しい反日感情が燃え広がった。・・・(中略)・・・。
 日本の一部の右翼が行動を起こしても、それが大手新聞やテレビ等で報道されると、まるで「日本国」によってその行動が許されたので政府が報道を許可したと解釈して、中国の国民は、すべて、「日本という国が、そのように意思表示したのだ」と勘違いするのである。(p.360-361)


この指摘は中国の言論状況を知り、誤解を解いていくために有用であると思われる。

(もっとも、「日本はまったく自由だ」というのは言いすぎである。日本にも報道に関する政治がらみバイアスは存在する。まさにNHKの番組に安倍晋三や中川昭一が圧力をかけたことはそれである。)



 日本がかつて、中国はじめ近隣アジア諸国を侵略し、無辜の民を虐殺したのは歴然たる事実である。その史実に冷静に客観的に教科書に記述し、日本の若者を教育していかなければならない義務を、日本は「全人類」に対して負っている。一方、日本の戦後処理のあり方は、たとえばドイツの戦後処理と比較され、「いつまでも反省していない」と、非難の対象となりやすい。とりわけ中国を筆頭とするアジア諸国から。
 なぜだろうか。理由は明確である。日本人の多くは、あくまで「アメリカに負けた」と思っているからだ。逆にいえば、中国やアジア諸国に負けた、とは思っていないのである。(p.365)


概ね同意見である。本書はこの、日本の多くの人がアメリカに負けたとは思っているがアジア諸国に負けたとは思っていないことの理由について掘り下げているのが興味深いところである。



 日本がこの「中国」と戦争状態を終結させたのは、72年9月27日の日中国交回復のときに発布された「日中共同声明」においてである。このとき日華平和条約を破棄し、「中華人民共和国」を「中国」唯一の合法的な政府として承認した。
 ここで初めて「敗戦国日本」と新たな「戦勝国中国」の戦争は終わった。だが、すでに経済繁栄を謳歌していた日本に、「敗戦国」として「戦勝国」中国を仰ぎ見るような意識はすでに薄かった。いや、もっと正確にいえば、「なかった」のではないだろうか。それどころか、日本人の中には、文化大革命等で破壊しつくされ荒廃を極めた中国に対し、それを蔑む視点さえあったのではないかと思われる。(p.368-369)


敗戦後、日本が特に中国に対して敗戦国であるという認識が薄かったのは、第二次大戦後、すぐに中国で国共内戦が始まり、どちらが正統な政府であるかがやや曖昧な状況になったことがあり、さらに、朝鮮戦争によりアメリカによる中国封じ込めと日本の西側への取り込みが同時に行われたことが構造的な要因として効いてくることになる。もちろん、日本はアメリカに空襲され原爆投下されて降伏を宣言したのであり、さらに敗戦後の占領もアメリカが行ったことも要因ではあるが。

本書はこうした見方をしているのだが、説得力がある。私も基本となる構造は冷戦により中国と日本が別の陣営に引き裂かれ、中華人民共和国がソ連から距離を置くまで交流できなかったことがかなり大きいと見る。



 終戦協定が連合国側と結ばれる前の1950年6月、旧ソ連のスターリンと北朝鮮の金日成の策略により朝鮮戦争が勃発し、10月に中国は参戦に追い込まれた。・・・(中略)・・・。
 このとき特に中国を敵視していなかったアメリカは、北朝鮮が戦いの火蓋を切り、中国が参戦を余儀なくされたのを見て、急遽、1951年4月、中国封じ込めのための「太平洋防衛構想」を発布し、日本はその構想内に取り込まれてしまう。
 毛沢東としては、朝鮮戦争など起こしてほしくなかったし、朝鮮戦争に参戦するなど、最も避けたい事態だったはずだ。・・・(中略)・・・。
 日本はといえば、アメリカの特需を受けて、朝鮮戦争の武器弾薬の倉庫となり、それにより戦後の経済復興の第一歩を歩み始め、共産中国との敵対関係を構築していくことになる。終戦後、5年も経っていない日本が、またもや武器弾薬を製造して、その弾で朝鮮戦争の最前線で戦っている中国人民志願軍の命を奪っていく。あの侵略戦争で中国人民の命を奪ったことを反省するどころか、またもやわが民族の命を奪うのか。あのときは日米安全保障条約締結も手伝って、「反対武装日本」という歌が全中国を多い尽くし、そのスローガンの真っ只中で私は自殺さえ試みたことがある。日本が軍事大国の道を歩もうとしているのではないかという警戒心は、あの時点で形成されてしまったのだ。
 こうして「中国」と終戦協定を結ぶ前に、日本は冷戦構造の真っ只中に組み込まれてしまい、「中華人民共和国」に「侵略戦争に対する謝罪」と終戦処理を行うチャンスを逸したまま、1972年に至ったのであった。
 このとき、日本も中国も、アメリカとソ連という、大国の犠牲になった側面がある。この点を日中両国が理解しあえば、今日のような対立感情は減少しているだろう。
日中両政府と国民は、この事実を冷静に見つめるべきだと、私は強く思っている。(p.369-371)


冷戦構造とそれを主導的に構成していった米ソ両国に日中が引きずられていくことによって、日本政府は共産中国に謝罪をするチャンスを逸した。これは事実の一面を的確に捉えているように思われる。この側面を強調することによって心情面において「責任」を軽減することができるのは確かであろう。「謝罪」という道徳的行為を政府が行う場合、それには相手の政府も必要になってくるし、その政府をもつ人々に対する謝罪をするにも、国交がなければ事実上不可能であって、その意味では日本は72年に至るまでそのチャンスが閉ざされていたわけである。

どちらかというと、中国の人々が日本政府(「日本」)を許す際の考え方として、この見方は有効であるように思われる。ただ、中国の人々には本質主義的な物の見方が強いので――私見では、教育水準が低いと半ば必然的にこの見方が支配的になるし、そうした人々が多い社会にいると教育水準が高くてもこの見方が強くなる――ここに示されているような関係論的な見方を大衆ができるようになるにはまだ時間がかかるように思われる。



 また、教科書に侵略の事実を薄めて書くことに、どのようなメリットがあるのだろうか。なぜか文部科学省は自国の過去の加害の事実をきちんと青少年に教え込むのをいやがる。教育現場でも、その部分は簡単に飛ばしてしまう傾向にある。それは今後の若者たちが世界に羽ばたくときの正しい判断力の養成を怠っているということになる。(p.373)


同感である。

「日本」という観念と「自己」を同一視してくれるような若者を育成しないと文部科学省には都合が悪いのだろうか?などと言ってみたくなる。教科書にしばしば見られる「わが国」という表記もやめてほしいし、また、新聞やテレビなどのメディアも含めて「中央政府」のことを「国」と表記することも相当の誤解の原因となっている。

「日本人」なる者が加害の事実を行ったことを強調するのではなく、日本国籍保有者が「加害の事実を行った」ことを強調し、その背景要因としての社会関係を明らかにすることによって、将来、同じような地政学的な配置が生じた際に過ちを犯さないように警告してやるべきなのであり、それこそが教育というものだろう。

(状況が同じようになれば、同じようなことが起こる可能性があるのだから。例えば、中国の歴史では、北方の遊牧民が南方に攻め入って領土を占領することが多く、南方から北方への反転攻勢はほとんど成功しないが、それは「民族性」の問題ではなく、社会的背景の問題である。「日本政府」がかつての過ちを犯さないためには、その過ちを犯した必要条件となった状況をよく認識することが予防の重要な方法だと言えようし、そうした予防をすることこそが「反省」を行為として具現することに他ならないのである。)


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