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青井博幸 『ビールの教科書』

 村橋は、1875(明治8)年、ドイツから帰国した中川に出会い、翌年、日本人主導のビール醸造所を札幌に作る。ビールの醸造については中川が主導したため、当然のごとく、英国のエールではなく、ドイツの最新式のラガー醸造用の設備が導入された。(p.194-196)


興味深い。



 かくして明治初期に日本に紹介されたビールはあっという間に全国に広がり、明治30年頃には銘柄は100を超えていた。ところが、1901(明治34)年に施行された新しい酒税法により、ビールに超高額の酒税が課せられ、おびただしい統廃合の後、わずか三社という大量生産型産業に集約されていったのである。その後、この大手三社によって価格協定、生産・販売協定などが結ばれ、ビールは安定した税収源となった。大手三社は心強い国税徴収機関として君臨するに至ったのである。(p.196)


この政策が日本のビールの画一性の原因(大量生産・大量消費に適合的な種類のものばかりが作られることになった。)であり、ヨーロッパのものと比べて味のないものになった原因であるという。このような画一性のため、売り上げが広告に比例するものとなり、広告によるイメージ作りが様々に行われることとなったが、肝心の商品はかなりの程度画一的であるため日本ではビールについての理解が深まらなかった(誤った理解も広まった)といったことが指摘されている。こうした一連の指摘は本書の内容のうち、最も興味深かったところである。


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樋口直人、永吉希久子、松谷満、倉橋耕平、ファビアン・シェーファー、山口智美 『ネット右翼とは何か』(その2)
「第5章 ネット右翼と政治」より

 自民党のネット戦略は、野党だった2009年に始まっている。自民党のネットキャンペーン戦略はNTT広報部出身で経済産業相である世耕弘成の設計によるもので、二つの柱があった。「Facebook」や「ニコニコ動画」のログインページに広告を出す一方で、09年にはボランティアとして立ち上げたグループを、12年にネットサポータークラブとして正式に発足させている(1万5千人の会員は、ネット右翼の親安倍派と重なっていると思われる)。興味深いことに、このネットサポータークラブを公式に立ち上げたのと、安倍が「Facebook」を使い始めた時期は重なっている。安倍は「Facebook」をネット上の後援会として活用し、あいさつやメディア批判のメッセージをよく投稿している。(p.140)


安倍がFBをネット上の後援会として活用していることや、それが自民党のネット戦略とも連動しているという点はなるほどという感じである。



 ネット右翼からすると、2000年代初頭に「言説の機会構造」が開かれたことで、ナショナリスト的議題を押し出せるようになった。……(中略)……。
 日本の場合、言説の機会がネット右翼に開かれることで、「慰安婦」などの未解決の東アジアの歴史問題や中国や韓国との領土問題などに関わる要求が政治のなかで正統性をもつようになった。ネット右翼の潜在的な言説と公的な政治的言説では言葉遣いが異なる。だが、ネット右翼は非合理的な嫌韓・憎中のアジェンダと安倍の外交政策上の願望をつなげることで、「排外主義運動の言説と日本政府やメディアが語ってきたこととの親和性」を作り出した。ネット右翼は制度政治との接点を確立できなかったが、歴史問題や東アジアをめぐる言説の変化と自らの人種差別的な言説を関連づけることに成功した。(p.151-152)


これはその通りだと思うが、この状況をどのように変えていくべきかということが問題であると思われる。


樋口直人、永吉希久子、松谷満、倉橋耕平、ファビアン・シェーファー、山口智美 『ネット右翼とは何か』(その1)
「第1章 ネット右翼とは誰か」より

 第二に、従来の説とは違いネット右翼やオンライン排外主義者は社会経済的地位が低かったり、社会的に孤立していたりしているとはいえない。通説が当てはまる可能性があるのは、性別と、主観的な地位を示す階層帰属意識の効果だけである。つまり、客観的にみて学歴や世帯収入、雇用形態の面で不利な立場にいるわけではなくとも、本人が主観的に自分は不利な地位にいると認識している場合には、ネット右翼やオンライン排外主義者になりやすくなる。この場合、不満が原因という通説も一定の妥当性をもつ。(p.36)


ネット右翼的な言説には明らかに屈折した感情や承認欲求が満たされていない感じがついて回る。こうした書き込み内容などから従来、ネット右翼らは社会経済的地位やそれらと結びつきの強いと思われる学歴が低いと思われてきたし、社会的にも孤立していると想像されてきた。主観的に自分は不利な地位にいると認識していると、ネット右翼のようになりやすい、というのは、彼らの書き込み(言説)の内容と適合的であることには何ら驚きはないが、社会経済的に低い地位ではない人が、あのような言説をまき散らしているという点は社会にとっては、従来抱かれてきた通念よりもネット右翼は危険な存在であり得ることを示していると言えるように思われる。



 第四に、政治・社会問題の情報源としてインターネットや本・雑誌、所属団体からの情報を利用する人ほどネット右翼になりやすく、テレビを利用する人ほどなりにくい傾向がみられた。書籍やインターネットは選択的接触が起こりやすいメディアである。また、インターネット上ではニュースや掲示板、SNSなど異なる媒体の間で相互参照がおこなわれ、それによって互いに情報に信憑性を付与することができる。保守系雑誌・書籍やインターネット上の情報を通じて「マスコミが報じない真実」を学習することで、人々はネット右翼へと近づいていくのではないだろうか。(p.37)


ヘイトスピーチ的な言説を垂れ流したり、歴史修正主義の言説を公言するような保守系雑誌・書籍に対する規制が必要であると思われる。表現の自由については、それを盾に自称「保守」(実際は反動)的な言説を守ろうとする自称「保守」(実際は反動)主義者が散見されるが、その辺りについて一定の決着をつけていく必要があるように感じる。(誤った「表現の自由」理解を正す。)



オンライン排外主義者はニュースサイトの運営者が編集した情報や、発信力をもつブログの著者の声ではなく、ネットワークのなかに流れる無数の「個人の声」を重視するといえるのではないだろうか。仮にそうだとすれば、反中・反韓が社会の「標準的」態度となっていくことが、より多くのオンライン排外主義者を生み出していく可能性もある。(p.38)


中国や韓国については、政府の動きだけでなく、人びとが日本に対してどのような見方をしているのかを知り、相互の関係を良くしようとしている動きがどの程度あるのかといったことなどにも目を向けていく必要があるように思われる。



 本章での検討を通して明らかになったのは、排外意識をもち、インターネット上で意見発信をしている人々のなかには、政治への意識や情報の取得方法が異なる二つの集団が混在している可能性があるということである。ネット上での排外的言説を発信・拡散している人々を一枚岩の集団と見なしてしまうと、彼らの動機の多様性を見落とす危険性がある。(p.38)


確かに。



「第2章 ネット右翼活動家の「リアル」な支持基盤」より

 しかし、これらの人々を「極右」支持層と位置付けた場合、階層的な偏りや特徴がないという点は、ヨーロッパ極右と異なる日本の特徴といえる。ヨーロッパの場合、高学歴層、専門職層などには明らかに極右を忌避する傾向がみられる。日本の場合、階層的地位が相対的に高い人々に極右的なものへの警戒心や反発が少ないということを意味するのかもしれない。(p.65-66)


このことは、社会科学的な教育が日本ではほとんど行われていないという教育内容の貧困さが要因になっているのではないかと私は考えている。本書では自営業、経営者、IT関係の専門職などにネット右翼的な傾向があることが示されていたが、前二者は学校教育を受けても、それを尊重する態度があまりない人々と思われ、後者のIT関係は理系であるため、社会科学をまともに学ぶ機会がほぼない人々であると私は見る。もしそうであるとすれば、社会科学的なパラダイムを習得しない傾向が強い人々という点でこれらの人々には共通点が認められるのではないか。このことが日本の特性へとつながると思われる。なお、大学が入学すれば誰でも卒業できるようなシステムであることも、このことに繋がっているのではないかと考えている。



「第3章 ネット右翼の生活世界」より

すなわち、地域政治が保守優位の状況にあるため、地域が基盤の生業と右派政治勢力は親和的な関係にあるといえる。そのため、自らの商売――地域活動――政治活動――ネトウヨ活動が、断絶することなく社会生活のなかに収まっている(こうして点で、自民党員にはかなり多くのネット右翼がいると予想できる)。(p.98)


なるほど。この説明は腑に落ちた。



「第4章 ネット右翼と参加型文化」より

 以上のように振り返ると、ウェブが登場してから約30年がたとうとしているいま、インターネットをめぐる状況は初期の思想とはまるで逆の方向に向かっていることがわかる。「フリー」「オープン」「シェア」ではなく、管理され、クローズドで、商業化されているのが現在のインターネット文化なのである。(p.110)


確かに。



 このとき立ち上がった現象の構造的側面は、「参加型文化」と「集合知」と呼べるものである。すなわち、1990年代の右派論壇は、歴史学の通説に対して「みんなで考えよう」「みんなで考えたことを共有しよう」という姿勢を示したのである。さらに重要なのは、これが学術出版ではなく商業出版で展開されたことだった。右派の政治言説は、インターネットやCS放送といったオルタナティヴなメディアにしか言論空間がなかった。こうした背景のもとで、言論空間は「ビジネス」として展開されるようになり、政治言説では売れる言説こそが正しいという「文化消費者の評価」が重要視されていく時代へと変化していったのである。(p.11-112)


ネトウヨ的な言説がビジネスとして展開されてきた点は非常に重要な指摘だと思われる。このルートを断つことが必要と思われる。



これまでの研究では、ネット右翼が一般に認知されるきっかけは02年のサッカー日韓ワールドカップでの日韓翻訳掲示板での日韓双方のユーザーの「論争」にあるとされている。日本の「2ちゃんねる」利用者は歴史認識問題をめぐる論戦で「勝利」した。そして、インターネットでの「論破」というコミュニケーション・モードに快感を得て、自ら知識を探求するわけではなくその手法だけを模倣する「フリーライダー」を増殖させた。
 こうした「論破」に熱中する傾向は、1990年代の歴史修正主義者の「歴史ディベート」にもみられた特徴である。歴史のテーマをめぐって2チームに分かれ、それぞれの主張のどちらに説得力があるかで勝者を決めるゲームを歴史認識の真理判断に導入しようとする活動がおこなわれていた。しかし、これはその場で相手を沈黙させることができればいいだけであり、単に自分の主張に都合のいい知識と論理を強化するばかりで、歴史の真実を明らかにしようとする営為とはとうていいえない。(p.112-113)


ネトウヨ言説のもつ特徴の一面を良く捉えている。「敵」を「論破」して「勝つ」ことが目的となっている。満たされない人(現状に不満がある人)であることとこれは関係がある。



 ここでは明らかに完全な「反転」が起こっている。「全体主義」「ファシズム」「プロパガンダ」「マルクス主義」、そして「メディア・リテラシー」といった用語はすべて左派が体制批判のために用いてきた分析概念だった。これらの用語が、本来の意味やそれまでに使われていた文脈を無視することで「右旋回」させられているのである。
 このことこそ、インターネット時代の一つの特徴ではないか。自分たちを攻撃するものとして敵視する「サヨク」の言葉をまさしく自己の武器にしているのである。(p.119-120)


この点については、私もかねがね思ってきたところではある。概念だけではなく、安倍晋三がしばしば口にする「印象操作」などの言葉もこれである。

なお、安倍政権では左派の政策を奪いながら「右旋回」させている点にも一言触れておきたい。例えば「アベノミクス」と呼ばれているもののうち、大規模な金融緩和とそれによる財政のファイナンス、財政出動という形式は欧州左派の政策であり、それの使い道が人々の生活ではなく経済界の意向に沿うものである点が異なっている。


山崎雅弘 『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』

 端的に言えば、権威主義的性格の日本人にとって、「大日本帝国」は今なお、自分の求める要素をすべて高い次元で備えている権威のパッケージであり続けています。(p.136)


本書によると「歴史戦」を主張する人々は、「日本」という概念の多義性を利用して(「日本国」と「大日本帝国」という大きく異なる理念や制度を是とする国をその都度都合よく「日本」という言葉に含ませて)誤ったトリッキーな議論を展開する。彼らは「大日本帝国」の価値観・理念に自己同一化しており、その自身の立場から発言していると考えると整合的に理解できる。この点は本書を読むとよく整理される。「大日本帝国」に自己同一化してしまう一つの要因としての権威主義的性格などについての指摘も、本書では十分に実証的に示されたわけではないが、論理的な筋道は明確に見せてくれる。



 クシュナーによれば、当時の日本政府は日本に有利な記事を書かせるために、ウィリアム以外にも複数のアメリカ人ジャーナリストを雇用し、資金の提供を行っていました。
 この歴史的事実を見て、現代の「歴史戦」でも似たような事例、つまり「日本人が書いた文書であるかのように日本の残虐行為を否定している」外国人が何人かいることを連想した人がいるかもしれません。日本政府から直接的に雇用される関係にはなくても、結果として「歴史戦」で「大日本帝国」を擁護する側に立って言論活動を行い、南京虐殺などの残虐行為を「日本軍は行っていない」と主張する外国人が存在しています。
 ところが、不思議なことに、そのような外国人は見たところ、母国語でそのような情報を発信する作業をしておらず、日本国内での言論活動に留まっているようです。(p.230-231)


こうした言説を垂れ流している外国人としては、本書にもしばしば登場するケント・ギルバートなどが想起されるが、彼らは日本語以外で発信していないという指摘は興味深い。


マルクス・ガブリエル 『なぜ世界は存在しないのか』

意味の場の存在論的概念で説明できるのは、数多くの意味の場が存在するほかないということと、それらの意味の場が互いに区別されるということだけです。しかしそれだけでは、どんな意味の場が存在するのか、それがどんな状態にあるのかを具体的に言うことはできません。それを言うには、存在論だけでなく、ほかのさまざまな学問、経験、わたしたち自身の感覚、言語、思考――ひとことで言えば、人間による認識の営みの現実全体が必要です。存在論からわかるのは、さまざまな意味の場がいずれも完璧に同じだとすれば、現実は、そのような結局のところ区別できない意味の場から成り立っているわけではない、ということです。そのつどどんな意味の場が存在するのか、そうした具体的な意味の場を列挙するのは、存在論ではなく経験科学の役目です。(p.127-128)


本書を読んで、意味の場の存在論で語られる「意味の場」は、形式的であり、実質を欠く印象を持っていたが、著者もそうした点についての認識は持っているようだといういことがわかる。ただ、意味の場の存在論では、いろいろな意味の場の間の関係性を十分に捉えられないように思われる。河本英夫のオートポイエーシスでは、感覚によって感じられることと、反省によって認識されることとの間には違いがあり、後者の方が派生的なものであることが示されており、そのメカニズムが説明されているのに対し、意味の場の存在論では、それらの関係性について説明されていないように思う。意味の場同士の関係性を認識したり秩序付けるのは、経験科学ではなく哲学の役目ではないかと思うが、もし、そうだとすれば、この辺りのガブリエルの議論は物足りなく思う。



わたしたち自身が日々している経験をあっさり跳び越えて、途方もなく巨大な世界が存在するかのように考えてはいけません。そのような世界には、わたしたち自身の経験を容れる余地がないからです。(p.141)


この辺りの発言は、ガブリエルが「世界は存在しない」と主張する意図ともかかわっているように思われる。



フェティシズムとは、自らの作った対象に超自然的な力を投影することです。そのような投影によって、ひとは合理的な全体に自らの同一性を統合しようとするわけです。何らかの仕方で理解することのできる全体の一部分として自信を捉えることができれば、自分は孤立せずに守られていると感じられて安心できるからです。(p.205)


最後の一文は、昨今目にするいわゆる「愛国主義」的な言説に完全に当てはまる。いわゆる「愛国主義」はフェティシズムである。つまり、「国家フェチ」といったところか。



 人間は、自身が何なのかを知りません。だから探求を始めるのです。人間であるとは、人間とは何なのかを探求しているということにほかなりません。ハイデガーは、これを特に鋭く定式化していました。「自己であることは、探求することのなかにすでにある発見物である」と。自らを探求することができるためには、わたしたちは、まず自らを失っていなければなりません。わたしたちの存在そのもののなかに、わたしたち自身にたいする距たりが組み込まれていなければなりません。いや、わたしたち自身の存在とは、つまるところこの距たりにほかなりませんこの距たりの最初の経験、この最大限の距たりの経験が、「神」ないし「神的なもの」として体験されるのです。したがって人間の精神は、神的なものという形態のなかに、じつは自分自身を探っているわけです。そのさい人間の精神は、自らの外部に探求している神的なものが、じつは当の人間の精神にほかならないということを知らずにいるのです。(p.224)


自分自身との距たりという考え方は参考になる。



 芸術の意味とは何かという問いに、また別の視点からアプローチしてみましょう。わたしたちが美術館に行くのは、美術館では、あらゆるものにたいして違った見方をするという経験ができるからです。わたしたちが芸術に触れるなかで学んでいくのは、「確固とした世界秩序のなかで、わたしたちはたんに受動的な鑑賞者にすぎない」という想定から自らを解放することにほかなりません。じっさい美術館では、受動的な観察者のままでは何も理解できません。訳のわからない、無意味にすら見える芸術作品を解釈することに努めなければなりません。何の解釈もしなければ、塗りたくられた絵の具が見えるにすぎません。それはポロックだけでなく、ミケランジェロでも同じことです。芸術の意味の場がわたしたちに示してくれるのは、さまざまな意味のなかには、わたしたちが能動的に取り組まなければ存在しないものもある、ということなのです。(p.244-245)


美術館鑑賞の意味は、現代のかなり多くの人にとって、確かにこうした点にあるかも知れない。



意味に直面する経験は、もちろん芸術や哲学でしか得られないわけではありません。そのような経験の宝庫として、旅行があります。といっても、商業主義的な意味での旅行のことではありません。商業主義的な旅行で問題になるのは、そもそも旅行ではなく、たんに気候条件のよいところに場所を変えて過ごすとか、絵葉書向けの写真を撮るといったことにすぎません。これにたいして本当の旅行では、なじみのない物ごとに触れる驚きを体験するものです。わたしたちとは異なる環境に暮らす人たちがしている多くのことは、わたしたちに疎遠・珍奇に映る。ほとんど意味がわからないことさえある。わたしたちは、その人たちの振る舞いを理解するように努めるほかありません。つまり、わたしたちは突然にして異なった意味の場に置かれ、その意味の場の意味を探求している状態にあるということです。これにたいして慣れ親しんだ環境では、わたしたちは何よりもまず対象に向かっています。(p.255)


哲学、芸術鑑賞、旅行、いずれも私が関心を持ったり好んで行ってきたことだが、それはガブリエルが指摘しているような共通の構造(日常とは異なる意味に直面する経験をし、その意味の場を探求するという)があるからであるように思われる。


上山安敏 『世紀末ドイツの若者』

イスラムでは性的禁欲や宗教的理由による独身というものはないことからも、キリスト教の性への敵視性をもった傾向は、ヨーロッパの伝統の中に肉体的成熟を余り顧慮しないという特徴を浮かび上がらすだろう。
 しかもこの思考は、キリスト教がヨーロッパの教育体制を制度的に独占に近い形で掌握してきたことと関連してその意味の重大さが分かる。ヨーロッパの大学はいわば教会施設の分身として誕生し、育成されてきたからだ。宗教改革でドイツの大学は、たとえ領邦国家による帰趨によって左右されたとはいえ、カソリック系とプロテスタント系とに分裂した。世紀末段階でも、大学の宗教色はたんなる装飾でなく、信仰の核の部分では生きていたのである。これはウェーバーの大学論にもでて来るように、20世紀も10年代に、当時カソリック系の大学で一定数の非宗教的教授職にも事前の大司教の同意が得られなければならなかった。しかも、一元論同盟に加担した学者はローマ教会の反一元論勅令に従って大学から追放されるという夢のような話が現実にある。大学のみではない。青春期の若者の教育機関であったギムナジウムも、キリスト教の宗教的雰囲気に覆われていた若者の反体制志向が反国家より反キリスト教に向けられるという現象は、後のワンダーフォーゲルや青年運動の核心部にかかわっている。(p.132-133)


ヨーロッパの大学と教会の関係については、具体的にもっと知りたいところ。本書では、ヨーロッパの大学が教会施設の分身として誕生したということは何度か繰り返し語られるが、これが具体的にどのようなものだったのか、ということに興味がある。例えば、いわゆる近代の哲学などがキリスト教を問題にしなければならなかった理由はまさにこの問題とも深く関わっているのだろう。



プロイセンは修学期間を、医学部を除いて、6ゼメスター、3年間と決めた。それに対して南ドイツのハイデルベルクは法学部も含めて8学期制であった。日本も旧制大学は4年制であったが、京都大学が明治36年に改革して3年制にした時期があった。これはプロイセンのベルリン大学帰りの新進気鋭の少壮学者がベルリン大学にならって改革したのである。(p.146-147)


京都帝大の改革の背景には、留学先の違いなども影響があったということか。



転学の自由はドイツの学生の自由の特権である。これも中世の遍歴学生の名残りである。そのためにボン大学の大学生はハイデルベルクの学生より決闘技術で劣っていたので軽蔑的にそう呼ばれたのである。学生というのは、彼らの間で決闘技術の高低を基準にして大学間の格差と特色をつけていたのである。(p.147)


転学の自由があることがドイツの大学の大きな特徴だが、これも中世の遍歴学生の名残りというのは興味深い。もっとその経緯や過去にどのような状況だったのかなどを知りたい。



もともと大学はイタリアのボローニャ大学に見るように郷土の学生が一緒になった同郷団体から成り立っていた。だから各郷土がナティオンnationといった。ここから今日の「国家(ネーション)」概念を生んでいる。そういうわけだから伝統として郷土による組合が残っている。(p.148)


中世の大学と近代の大学との連続性と非連続性がどのようなものなのかということが、私が大学に関する歴史で知っておきたいと思っていることの一つだが、こうした断片的な叙述に触れる度に、もっと詳しく知りたくなってくる。



 学生は転学の自由があるから、学期によって転学する。以前は新しい大学に移るときは自由な選択が許されていたが、次第に学校間で、学生団体の内に「カルテル」ができて一定のカルテルのある学生団体の中では他の系列団体に移ることは許されなくなっていった。(p.150)


転学の「自由」とは言っても、完全な自由というわけではなく、人的ネットワークがここでも強く作用することになったことが分かる。リバタリアン的な自由というものは現実にはほぼ存在しないということがよくわかる。



 決闘の数は、19世紀の初頭のラントマンシャフトの全盛時代は多かった。たとえばイエナ大学では1815年の夏に400人の大学生の間に、1年間で147件の決闘があった。ところが死に至るのは僅かである。1820年になってメンズールという新しい形式になると、刀剣の決闘の危険度が少なくなり、あまり真剣な闘いとは考えられなくなると、それに従って騎士のスポーツと考えられるようになる。決闘のスポーツ化は、決闘が自然発生的に名誉を侮辱されたところから行なわれるというより、むしろ決闘によって名誉がかき立てられるという逆の現象になっている。(p.163)


興味深い推移。



もともと大学が教会の分身として出発しており、半聖職者の雰囲気が大学を覆っている。(p.173-174)


中世に教会の分身として出発したことが、世紀末になってまで半聖職者の雰囲気があるというのは、もしそうだとすれば、何らかの制度的な担保というかアンカーのようなものが必要であるように思われるが、それは何なのだろう?



ドイツでは大学ではなく、学生団体が学閥の社会的機能を果たすようになっていた。どうしてそうなったのか、それには前述したようにドイツの大学は学寮(カレッジ)制が発展せず、下宿制をとったために特有の大学街の居酒屋(クナイベン)を生んだ。これが学生組合の人間関係の母胎になっている。居酒屋は狭い、貧弱な居酒屋を意味していたが、学生の生活の主要舞台になっていた。不快な、刺激のない下宿に住む学生にとって、気持のよい便利な施設をもっている居酒屋に入りびたりになる。しかし居酒屋生活はどうしても飲酒強制になるし、悪習を生むことになる。そこで19世紀も20年代になると、学生団体のためにハイム(集会所)がつくられるようになる。世紀末には次々と学生団体はハイムを建てた。1904年には128の学生団体ハウスがつくられた。
 こうした学生の住居のあり方は、もともと大学の遍歴学生に遡るわけで、それは学生が一つの大学に定着せず、次々と他の大学へ遍歴することから来ている。これが、「大学の自由」が確立するとき、「転学の自由」=「勉学の自由(レルンフライハイト)」となって表現された。学寮制の発展したイギリスでは貴族の教育と結びついて大学が設立されている。オックスフォードにしろ、ケンブリッジにしろ、そこで得られる専門的知識が問題ではなく、大学への所属が重要な意味をもつ。さらに大学への所属性にとどまらず、学問、スポーツ、社交術を通じて人格形成を行なう学寮(カレッジ)の中で、チューター式によって結ばれた人間交友関係が生まれる。これがジェントルマン社会での学閥を形成する。これに対してドイツでは転学の伝統が、こうした学閥に代わる学生組合閥発生の基礎をつくったといえるだろう。(p.180-181)


興味深い。


マイケル・サンデル&ポール・ダンブロージョ 編著 『サンデル教授、中国哲学に出会う』(その2)
第五章 儒教から見たサンデルの『民主政の不満』 陳来

 欧米の政治思想の中心原理が、個人の権利と個人の自由を優先することに根ざしているのだとすれば、そしてわれわれが、共通善という概念に関する要求が基本的な個人の自由を侵害していると思っているのだとすれば、儒教は、権利をそのように優先させることをけっして認めない。……(中略)……。市民の権利、政治的権利、経済的権利、社会的権利は、論理レベルでは、儒教と欧米文化では順番が異なるし、その実現(歴史的な状況と密接に関連している)の順序、そしてとりわけ責任と権利の根本的な関係という点で異なる。儒教の立場としては、権利にも個人にも優先権を与えない。
 ……(中略)……。大昔から、とくに儒教の伝統では、中国は国家に対する個人の権利と要求を最重要事項としてこなかった。儒教では、国民の幸福を守るのは為政者と政府の義務だが、その焦点となるのは、経済的権利と社会的権利だった。(p.113)


ここで述べられていることは、中国政府(それ以上の権力機構である中国共産党)が人権を尊重していないことについて外国や国際機関から指摘を受ける際に持ち出す屁理屈と同じ内容ではないか。まず、ここで述べられていることは儒教は為政者にとって都合の良いイデオロギーであって、支配を受ける側の人のことなど顧みていない(為政者側が反乱を起こされない程度の正当性を調達できる程度にしか顧慮しない)と言っているのに等しい、ということを指摘しておく。

つまり、市民権、政治的権利、経済的権利、社会的権利などの優先順位が異なっており、中国では経済的権利と社会的権利を重視していたと本章では主張しているが、果たして中国に経済的権利や社会的権利を尊重した政治があったかどうか甚だ疑問である。労働に関する権利が歴代の王朝(現代を含む)で尊重されてきたとは思えないし、社会保障や適切な生活水準を保証される権利も尊重されてきたとは思えないし、教育を受ける権利が尊重されてきたとも思えない。むしろ、市民権や政治的権利を人々には与えず、経済的及び社会的な為政者側の権限を尊重してきたというのが実態ではないだろうか(専制政治が行われる社会や封建社会などの状況は中国に限らず概ねこのようなものだろう)。



第九章 道徳的主体なき道徳性についてどう考えるべきか  ヘンリー・ローズモント・ジュニア

 マイケル・サンデルは、彼のいう自我が、負担を取り除かれた同胞たちとどの程度同じく尊厳と敬意を認められ得るかは述べていない。おそらく、サンデルはこれを説明できるだろうし、あるいは、他の哲学者の誰かができるだろう。だが、誰かがそれをはっきり説明するまでは、ロジャーと私が両方の選択肢を退けることも許してもらいたい。(p.235)


この論法は利用価値があるが、ここでの著者の意図とは異なり、一般的に有利な状況にいる側にとってより有利になるやり方だということには留意しておきたい。


マイケル・サンデル&ポール・ダンブロージョ 編著 『サンデル教授、中国哲学に出会う』(その1)
第四章 市民道徳に関するサンデルの考え方 朱慧玲

彼の政治哲学はコミュニタリアニズムというより、ある種の共和主義と考えるのが妥当であることを、私はこれまでの数本の論文で示してきた。
 まず、共通善についての彼の理解は、コミュニタリアニズムに見られるものとは異なる。サンデルの主張によれば、ある集団内で共有される価値観は、その集団の共通善を完全には実現あるいは支持しないかもしれない。そのうえ、コミュニティの善の構想を決めるのは、特定のコミュニティでたまたま幅を利かせている恣意的な価値観だけではない。より重要なのは人々の熟議である。そして、共通善をめぐる熟議は必ずしもそのコミュニティの内部や共有される伝統の中で実現されるとは限らない。したがって、サンデルの意見では、共通善の構想とコミュニティの伝統の間には緊張関係が存在することもあり得る。共通善は、たまたま人気のある価値観をただ受け入れるということではない。逆に、その価値観とコミュニティの共通善に批判的な見方を示し、それによって、コミュニタリアニズム的姿勢がはらむ多数決主義の危険を回避することもあり得る。サンデルの共通善についての理解の仕方と、熟議の強調は、コミュニタリアニズムよりも共和主義の理論に沿ったものだ。(p.90-91)


中国ではサンデルの哲学をコミュニタリアニズムとして理解する人が多いということに対して、本章の著者はむしろ共和主義と考えるのが妥当だと指摘する。これは妥当な理解である。ただ、中国で共和主義として見なされないのには、理由があるように思える。ここで指摘されるような熟議が中国の政治体制には(少なくとも公共的なものとしては)存在しないからである。存在しないどころか、こうしたものを排除しようとさえしていると考えることができる。一党支配下でメディアを統制するということも、公共的な熟議を妨げるためのものとも言える。



とりわけ、サンデルは強力な市民的共和主義の提唱者であり、現代の政治哲学においてリベラリズムを市民的共和主義に置き換えることを究極の目標としていると理解するのが妥当だろう。(p.91)


確かにこのように捉えるのはほぼ的確な表現であるように思われる。

サンデルとは直接関係がないが、前の2つのエントリーでメモした井手英策の財政思想(このブログにはほとんど書いていないがベーシック・サービスというアイディア)は、リベラリズムよりも市民的共和主義と適合しているのではないかと思われる。例えば、ベーシック・サービスにおいては、社会の共通のニーズを探し出し、それを満たすサービスを普遍主義的に実施することになるが、この「社会の共通のニーズを探し出す」ということと、市民的共和主義における熟議やコミュニティの重視から帰結できるが、リベラリズムの人間観・社会観からは引きだしにくいからである。


井手英策 『幸福の増税論――財政はだれのために』(その2)

 リベラルは弱者の救済をまさに「正義」として語ってきた。だが、人間は正義のために助けあってきたのではない。命やくらしという必要のために助けあってきた。だからこそ、連帯と共助の象徴である財政を起点として、痛みと喜びを分かちあい、利害関係を共有できる空間を作りあげ、「僕たちがともにある」という共在感を再生していくのだ。(p.88)


確かに。正義として語ることが現在の日本では共感を呼ばず、広がりを欠くことの大きな要因であるように思われる。必要のために助けあうという観点からの語りが多くの論者から発せられることが必要であると思われる。



だれがムダづかいをし、だれが不正をはたらいているかをあげつらう、犯人さがしの政治、袋だたきの政治は、特定のだれかを受益者とした勤労国家の落とし子だった。
 ……(中略)……。
 富裕層や大企業に重税を課せば彼らは国外に流出する、金融資産に課税すれば株価が暴落する、そう指摘された瞬間、ほとんどの有権者は左派やリベラルの政策に関心をうしなった。勤労国家とは、所得の減少が生活不安に直結する社会だ。もっともな反応である。
 むしろ、富裕層や大企業が豊かになれば、まずしい人たちもその恩恵にあずかれるという主張の方が断然説得力をもった。……(中略)……。
 ようするに、勤労国家という枠組み、土台が維持されている以上は、人びとにとっての関心は、経済成長の実現可能性、あるいはそういう期待を抱かせてくれるか否かに集中する。(p.100-101)


最後の一文は確かに現状を的確に捉えているように思われる。安倍政権は、まさにこのことを利用して政権を維持している。しかし、これを続けることは社会にとっての利益にはならない。



 税は人びとの命やくらしをまもるために使われる。であれば、税の負担が減れば、その分、生活のたくわえ、将来へのそなえを自己責任、すなわち貯蓄でおこなわなければならなくなる。
 たしかに、低い貯蓄率と小さな政府のギャップを借金で埋めるアメリカのような例もあるが、統計的に見ると、税や社会保険料の国民負担率と家計貯蓄率とのあいだには、有意の負の相関がある。つまり、国民負担率があがれば、家計貯蓄率はさがり、反対に国民負担率がさがれば、家計貯蓄率はあがる傾向にあるわけだ(古川尚志ほか「国民負担率と経済成長」)。
 ……(中略)……。
 僕たちは税を「取られるもの」と考え、貯蓄を「資産」と考える。しかし、税と貯蓄のあいだにあるのは、前者が悪、後者が善というような関係ではない。
 ……(中略)……。貯蓄をすれば、資産が増えることは事実である。ただし、それが将来へのそなえであり、いま使うことのできない資産である以上、税を取られるのと同じように消費は抑えられている。このことをわかりやすく示したのが図4-4である。
 注意してほしいのは、人間は自分が何歳で死ぬのかを知らないということだ。したがって、90歳、100歳まで生きてもいいように過剰な貯蓄をする。マクロで見ればこの分の消費抑制がおきるうえ、相続人も高齢化がすすむため、相続した貯蓄をそのままためこんでしまう。
 頼りあえる社会では、人びとが将来へのそなえとして銀行にあずけている資金を税というかたちで引きだし、これを医療、介護、教育といったサービスで消費する。たしかに僕たちは取られる。だが、自分が必要なときにはだれかがはらってくれる。(p.118-120)


増税すると消費が冷え込むということはよく言われるが、実際にはそれよりも増税すると貯蓄が減る。税をきちんと払う社会になっていないと過剰な貯蓄が生じてしまい、その分消費に回らないため、税が軽い自己責任社会の方が消費が構造的に冷え込む。



政府が信じられないから増税に反対するのはよい。だが、その拒絶によって、この社会がいったいどのようによくなるのだろうか
 ……(中略)……。
 政府への不信感が税への抵抗を生みだしていることは事実だ。しかしだからといって、事態を放ったらかしにするのではなく、「信頼できない政府がどうすれば自分たちの期待どおりに行動するようになるか」を考える方がはるかに大事なのではないだろうか。
 オランダの経済政策科学局(Central Planbureau、以下CPB)という組織を紹介しよう(OECD Journal on Budgeting, Vol.2015/2, 内閣府『世界経済の潮流2010Ⅱ』)。
 CPBは1945年に創設された政府機関であるが、政府から独立して経済分析をおこなうことが法的に義務づけられている。四半期ごとに短期の経済見通しを発表し、中長期の経済・財政の見通し、労働や貿易等、幅ひろい経済分野にかかわる政策の評価をおこなっている。
 興味ぶかいのは、選挙の際に、政党や市民団体の要望にしたがい、各党の公約を実施した場合に予想される経済や財政への影響を分析し、これをひろく公表していることである。
 この分析によって、あの政党の政策を実施すれば財政赤字が何%拡大するとか、この政党の政策が実現すれば、失業率や家計所得がこれくらい変化するといった感じで、有権者は政策効果を目に見えるかたちで知ることができる。
 各党はこうした分析の洗礼をうけるわけだから、非現実的な選挙公約をかかげることができなくなる。また、各党は、CPBに対して、教育、環境、住宅などの個別政策でどれくらいの費用がかかるのかを試算してもらうことができ、質の高い公約を作ることもできる。(p.166-167)


前段の指摘は私自身も日本のリベラルがリバタリアニズム的であるということを痛感して以来、ずっと同様の思いを抱いていたことである。

オランダのCPBについて、著者はそのまま真似をすることは推奨していないが、是非とも日本にもほぼ同じ機能を持つ機関が欲しいと思う。安倍政権のように権力を維持するための情報操作・印象操作のみに腐心するような政権が成立し、人事などをすべて政権に押さえられてしまっているため、経済の指標の発表時期が都合の悪いものは選挙後へと先送りされたり、統計自体を官庁が不正に操作してしまったり、といった事態が生じてしまっている現状を変える必要がある。



 いつのまにか、社会主義は、人びとを恫喝するためのことばとなってしまった。ソビエト連邦の崩壊、冷戦体制の終焉とともに、社会主義は非効率で、硬直的で、停滞する社会の代名詞のように使われるようになってしまった。(p.185)


適切な指摘。もっと言えば、経済的な権力を持っている側に加担しない主張を貶めるための決まり文句になってしまったと言ってもよい。これも定義を欠く印象操作が続けられたことによって、そのような機能を果たすようにされてしまったことは指摘しておきたい。


井手英策 『幸福の増税論――財政はだれのために』(その1)

国は愛せるけれど、仲間を愛せないなんて、どこかおかしくないだろうか。
 問題を解決するためにはお金がいる。であればなぜ、国を大切に思うみなさんは、国家の経済活動である「財政」のあるべき姿を語ろうとしないのだろう。(p.ⅱ)


これは愛国主義的な右派向けのメッセージとして書かれた部分だが、自称愛国者である右派の多くは「国」など愛してはいない。政府に取り入る(すり寄る)言説を吐くことで(一種の心理的な貸しを作ったかのように感じ)、何か自分が政府から守ってもらえると思える(一種の心理的な貸しを返してもらう)。そういう謎の(偽りの)安心感を得たいという動機だったり、結局は自己愛でしかない。少なくともその言説に触れる限りではそのように見ざるを得ない。ただ、このように彼らの建前をうまく利用して語りかけることは有用であるように思われる。



 先進国の常識では、いいにくい増税をうったえてでも、人びとの命とくらしの保障を要求するのがリベラルだ。でも日本では、政府ぎらいのリベラルがこぞって増税に反対する。自由の条件整備を棚あげにしながら、自由を語る僕たちとはいったいなんなのだろう。(p.ⅲ)


これも日本に特有の現象を的確に捉えている。日本でリベラルと考えている人の多くはリバタリアニズムとリベラリズムを適切に腑分けできておらず、リバタリアンへの抵抗力が弱い。



 ここで確認しておきたいのは、勤労国家とは、いわば毎年所得が9.3%増えていくことを前提にして成りたってきた自己責任モデルだということである。(p.35)


このモデルに慣れ親しんできた世代が現役で投票している間は、この呪縛から逃れるのは困難かも知れない。それでもこうした成長依存型のモデルが成り立ちえないという主張を広げていく必要がある。



 いや、それ以前に、円安による実質GDPの増大は、ドル建てでのGDPをむしろ減少させた。第二次安倍政権で名目GDPは、2012年の494.5兆円から17年の548.6兆円へと増大した。だが、同時に、各年の平均ドル円レートで計算したドル建てGDPを見てみると、6.2兆ドルから4.9兆ドルに減少している。(p.40)


今の政府は政権維持に都合の良いことしか言わないようにし、それ以外の情報をもみ消そうとし続けているが、実際の情勢を判断するには様々な指標とその意味を十分に吟味する必要がある。有権者の側にその情報が十分に提供されていないことに現在の日本の大きな問題がある。



 また、飲食や介護といったサービス産業は、ライバルが主婦による「無償労働」だという問題もある。現実問題として価格設定がどうしても低くならざるをえないのだ。技術革新がおきにくく、価格設定が低ければ、人件費を削る、つまり、雇用の非正規化を加速させるしかない。だから賃金もさがる(長松奈美江「サービス産業化がもたらす働き方の変化」)。(p.44)


なるほど。



 中長期的に見て、かつてのような経済成長が前提としづらい状況であるにもかかわらず、政府はアベノミクスの成果を誇らしげにかたり、野党はその効果の乏しさを真っ向から批判する。しかも、オリンピックや万博といったイベントに経済をゆだね、外国人から見て割安になった経済の衰退から目をそむけながら、インバウンドが成長戦略だと公然と語られる。
 完全にズレている。いずれの政権が経済成長を実現できるかという発想そのもの、あえていえば、できないことをできるといい張る人たちの不毛な議論が本当に必要な議論のさまたげとなっている。(p.46)


全く同感である。



 OECDの「図表で見る社会2011("Society at a Glance 2011")」を見てみると、統計的には、所得格差の大きい社会は他社への信頼度が低いことが明らかにされている。
 ……(中略)……。
 人間不信、政府不信だけではない。「世界価値観調査」によれば、僕たちは、国際的にみて、平等、自由、愛国心、人権といった「普遍的な価値」すら分かちあえない国民になりつつある。(p.50-51)


このようなデータも私の実感と一致する。



だが、食べたいもの、着たいものを我慢し、ときには結婚や出産すらあきらめながら、爪に火をともすような生活をしている人たち、現実には低所得層なみの生活水準でありながら、自分は「中の下」で踏んばっていると信じたい大勢の人たちがいる。
 この人たちに格差是正、弱者への支援をうったえたとき、はたして彼らはそのさけびに共感してくれるだろうか。むしろ弱者に怒りの牙をむきはじめるのではないだろうか。(p.54)


重要な指摘。特に、こうした「中の下」だと思いたい人々がおり、その数がかなり多いという事実は、日本の現状を考える上で極めて重要であると思われる。「弱者を救済する」というロジックがこの日本という社会で通用しない理由はここにある。



 だが、弱者への配慮が成りたたない社会にあって、「弱者の自由」「弱者への優しさ」をさけび続けるリベラルに未来はあるだろうか。これが本書に課せられた大きな問い、課題である。
 ……(中略)……。
 繰り返そう。不安におびえているのは一部の弱者ではない大勢の人たちなのだ(p.65-66)


この問題は現代日本のリベラルや左派にとって真剣に取り組まれるべき課題である。