アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

水島治郎 『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』

 このように既成政党・団体が弱体化し、社会に対する「把握力」が大きく低下したことは、政党エリートや団体指導者がもはや人々の「代表者」として意識されず、むしろほかの特定利益を代弁する既得権の擁護者として認識される、という結果をもたらした。政治経済エリートは「私たちの代表」ではなく、「彼らの利益の代弁者」として位置づけられてしまったのである。
 エリートに対する人々の違和感の広がり、すなわちエリートと大衆の「断絶」こそが、ポピュリズム政党の出現とその躍進を可能とする。(p.65)


団体の弱体化は、日本では、日本会議や創価学会などの宗教的な勢力の相対的なプレゼンスや影響力を高めるという意味もあった(菅野完『日本会議の研究』)が、本書が指摘するように、エリートと大衆の接点が失われることで、認識のレベルにも影響を与えているとすれば、これは想像以上に大きな変動だと言わざるを得ない。もう少しこの問題は掘り下げる価値がありそうだ。



 スイスに限らず、移民排除に賛同し、積極的に右派のポピュリズム政党を支持するのは、せいぜい有権者の二~三割である。その意味では、白い羊たちのうち、黒い羊を蹴り出そうと自分で足を突き出す羊は、やはり三匹のうち一匹にすぎないのだろう。
 しかしより重要なことは、ほかの二匹の羊が、無関心を装うことによって、黒い羊の追い出し劇を事実上支持し、そして自分が手を(足を?)出さずに済んでいることに内心ほっとしていることではないだろうか。(p.158-159)


無関心やポピュリストたちの過激な発言を訂正せずに放置していることは一般に想像される以上にポピュリズムの台頭による「多数者の専制」に手を貸すことになる。

この引用文の構図に既視感があった。何かと似ているのだろうと思っていたら、「いじめ」の問題と同じであることに気付いた。いじめに積極的に加担するのはごく一部の加害者だとしても、いじめられる被害者を見て見ぬふりをしたり、面白がって見ている多数の傍観者たちがいることで、加害者が加害者としての活動ができる面がある。ポピュリストが発する刺激的な言葉を単に面白がって消費していてはいけないということを肝に銘じたい。



 しかし今回の投票後に表出した離脱賛成者への批判的視点は、実はかつてジョーンズが『チャブたち』で赤裸々に示したような、中産階級の労働者層に対する侮りのまなざしと共通するものがあった。……(中略)……。
 ……(中略)……。
 『チャブたち』を著したジョーンズは、国民投票後、ただちに『ガーディアン』に論稿を寄せた。「嘆くなら嘆くがよい――しかし目の前の大きなチャレンジに備えよう』と題する文章のなかでジョーンズは、今回の投票結果はまさに「労働者階級の反逆」だったと位置づける。そして、既存の政治が彼らの抱える不安や困窮に応えられなかったことに最大の原因を見たうえで、離脱票を投じた彼らを非難することは、「ますます事態を悪化させるだけだ」と主張する。なぜなら、「離脱票を投じた人々の多くは、すでに(傍点水島)除け者にされ、無視され、忌み嫌われてきたと感じてきた」からである。
 その彼らへの軽蔑こそが、今回の投票結果を生んだのであって、その軽蔑の念を一層強め、言語化したところで、問題は解決するどころか深刻化の一途をたどるだろう。(p.186-187)


2016年のイギリスのEU離脱の国民投票について。ここで指摘されている点は非常に参考になった。こうした置き去りにされた人々に対して、たとえ少しであっても意見や不満が聞いてもらえたと実感できるような政治が出来れば、ポピュリズムの台頭を抑制する方向に作用するだろう。


スポンサーサイト
『中央公論 2017年3月号 特集 ふるさと納税の本末転倒』
特集 ふるさと納税の本末転倒 「鼎談 そして、都市の逆襲が始まる……」より

片山 それから、どこかの自治体で、「寄付していただけたら実家などの雪かきをします」というのがありましたよね。これも物欲とはちょっと違う。そういう社会貢献とか地域貢献とかに限定した制度にリニューアルするという行き方は、一つあるだろうと思います。(p.37)


ふるさと納税と呼ばれている寄付金控除制度を何らかの形で存続させるのであれば、基本的にこうした方向に改正していくべきだろう。現行の制度のように、「2,000円の支払いで商品を買う」ような制度では、公共的なものというより私的な買い物(それも富裕層ほど有利な!)になっている。



石破 「物欲競争になっている」という批判はよく分かります。ただ、これも全否定すべきものではなくて、この制度を始めたからこそ「自分の地域の魅力を再発見しよう」「うちの町の素敵なもの全国にアピールしていこう」という一大ムーブメントが起こったのも、事実なのです。(p.38)


本書でこの鼎談の後に掲載されている幾つかの自治体の取り組みの状況などを見ると、確かに石破茂のこの指摘には一面の真理が含まれている。

しかし、それに対しても批判するとすれば、次のように言うことはできる。こうして探そうとする「自分の地域の魅力」のうち、活用されるものは大部分が商品や産業に偏るようなバイアスが、この制度にはあるということである。また、自分の地域の魅力を再発見しようという動きは、この制度がなくても各地域がすでに取り組まざるを得ない状況に置かれる中で取り組んでいるというのが実情ではないか。

この制度によって基本的には大都市から地方の市町村へと税源が移る傾向はあるようだが、税収が減る自治体は、交付税による穴埋めで大部分は埋まるが、歳入が増える自治体も、財政を見ると、お礼の品のために使っている金を考えると、財政的にはそれほど足しになっていない(むしろトータルで見ると悪化する圧力となっていると思われる)。もっとも、財政としては支出することになるお礼の品に充てる金も、地元の産業に回るということを考えると経済効果は多少なりとも認められるようであり、評価は難しい。



特集 ふるさと納税の本末転倒 別所俊一郎 「地方財政の格差はいかに是正されるべきか」より

 制度の趣旨からは、「選ばれた」地方政府の収支が改善し、逆に選ばれなかった地方政府の収支が悪化すれば足りるように思われる。しかし、現状では選ばれなかった地方政府の収支はそれほどは悪化せず(地方交付税交付金を受け取らない不交付団体では大きく悪化する)、国の収支の悪化をもたらす。(p.81)


中央政府の財政収支が悪化するという指摘は、この論稿を読むまで気づかなかった点であり、参考になった。ある意味、「選ばれた」地域の地場産業などに対して補助金を配ったり、公共事業を実施するような側面もあるということだろう。



 正常な価格のついた市場取引を通じた販路の拡大が地方創生には不可欠であり、政策に依存した生産者が増えることは健全な地域振興とは呼べないだろう。(p.83)


産業の振興という結果が出ているかのように見える場合であっても、それは公共事業としてその産業に金が払われているようなものであって、それは健全な地域振興とは言えない。全くその通りである。それに、この金もいつ来なくなるかわからないような安定性のないものである点にも留意したい。



 しかし、ふるさと納税にはこれまでに述べてきたようなさまざまな問題点があり、徴税権を持つ地方政府が他地域からの寄付に頼りかねず、自地域の住民と向き合わなくてもよい制度となっている。(p.83)

確かに、自地域の住民より他地域からの寄付をどう集めるかという方向に関心が向かってしまう制度と言えるかもしれない。

ただ、自分の住む町の魅力や強みのようなものを見つけ出そうと努力するとき、間接的ではあるが自地域の住民の活動などに対しても配慮することになりうる、という反批判は可能かもしれない。例えば、このエントリーの最初の引用文で片山善博が語っているように、商品による競争ではなく、地域貢献的な社会活動という形で寄附に対して応えて行くならば、現行制度よりは自地域の住民と向き合ったものになりうるのではないか。



特集 新書大賞2017 「大賞 言ってはいけない」より

 建前よりも本音が優先される時代。本書は、時代の風を掴んだ一冊とも言えるだろう。(p.121)


「建前」はエスタブリッシュメントの世界に属しており、「建前」の世界にとってのタブーを語る「本音」は反エスタブリッシュメントの色彩を帯びている。ある意味、反エスタブリッシュメント的なものが説得力を持ってきている時代を反映しているということだろう。

私は未だこの本を読んでいないが、一読はしておいてもよいかもしれない。



特集 新書大賞2017 「対談 厳しい時代に“骨のある”レーベルが生き残った」より

渡邊 そうですね。新書は教養の入門書として書かれたものもありますが、ニュースを迅速に書籍化する媒体でもある。(p.151)


確かに。大学の学部生あたりには、できれば良質の新書をある程度の数読み、新書の程度の内容は容易に理解できるようになってほしいと思う。



永江 読書といえば、黙読を創造しますが、1000年以上前は、一つの書物を大勢で音読するものだった。また、書物は貴重で高価なので、読書は貴族しかできないことでした。だからここ100年が、多分、日本人にとって読書の黄金時代だった、ともいえるでしょう。(p.154)


確かに。



永江 新書市場があふれかえっている、と言われますが、2016年を振り返って思うのは、読むべきレーベルは絞られてきたな、ということです。新書は1938年の岩波新書の創刊以来、今が四度目のブームだそうですが、幾度かのブームを経た結果、読むべきレーベルと読まなくていいレーベルがはっきりしたように感じます。新書“御三家”の岩波、中公、講談社。ちょっと岩波新書のパワーダウンが気になりますが、あとは“新御三家”の、ちくま、新潮、光文社、それに集英社、幻冬舎。平凡社も渋い本を出しますね。ここらへんでしょうか。やっぱり出版社も人材や知識や、いろいろな要素の蓄積が必要なんですよ。(p.155-156)


この指摘は私が新書に対して漠然と感じてきたことをかなり明確にしてくれた。私の場合、新書を買う際に参考にする情報の一つは、どこの会社の新書か、という点を参考にしている。同じ著者が書いた本でも、どのレーベルかによって内容の掘り下げの度合いや、政治的な立ち位置のニュアンスや論理の運び方まで違いがあるように思う。

個人的には中公新書が掘り下げて論じる度合いが高いと感じており、一般向けであっても一番学術的なレベルに近いものが多いように感じる。(その分、読者の理解力や知識が要求される。)この対談によれば中公は歴史に強いと指摘されているが、その点も納得した。

岩波新書は確かにパワーダウンと言われているとおり、掘り下げが足りない本も結構散見される。ただ、現在の社会に起きている問題、それも新聞やニュースだけではなかなか見抜けないようなところまで気づかせるような内容のものが多いように思う。その意味で、入門としては最低限使えるので、このレーベルには失敗がないという安心感がある。

ここで触れられていないものとしては、朝日新書なども濫立した新興レーベルの中では、私としては知りたいと思えるテーマを扱っていることが多い。しかし、何となく買って読むほどの深みを感じないようなテーマだったりするので、それほど多くは読んでいないが…。


A・ツィンゲルレ 『マックス・ウェーバー 影響と受容』

ウェーバーのカリスマ構図の場合、この構図の理論的ないっそうの展開、もしくは経験的に新しく増加しつつある事態へのその適用を目安とする限り、何よりもまず20年間にわたる影響および受容の空白が確認されるべきである。おそらく1920年と1940年の間の20年間の政治の世界に、このカリスマ構図に対応する現実的な現象が大量に存在したことが、まさしくウェーバー流の距離を置いた分析への眼差しをさえぎったのかもしれないし、――おそらく、ドイツの社会学者で英雄崇拝的風潮のなかでウェーバーの直接あとに成長した世代も、ウェーバーの人格の印象がまだあまりにも強すぎたために、かれの学説に沿った分析上の含みを十分に理解できなかったのかも知れない。(p.149-150)


ウェーバーの理論の中でももっとも有名なものの一つは支配の正当性に関する3つの理念型であり、カリスマ的支配であろう。それが彼の死後20年間はほとんど影響を与えなかったというのは意外であった。特にこの時期にムッソリーニやヒトラーのようなカリスマ的支配者が台頭しているのだからなおさらである。

ただ、ツィンゲルレがここで述べている理由は論拠としては弱いような気がする。むしろ、いわゆる支配の社会学に関連する叙述の大部分は基本的に生前は発表されていなかったのではなかったか?政治的主張を新聞等に寄稿することはあっても、まとまった理論として著作を出していなかったのではなかろうか。そのことがすぐに影響が生じなかった大きな要因ではなかろうか?


待鳥聡史 『代議制民主主義 「民意」と「政治家」を問い直す』(その2)

たとえば、有権者の視野が狭く、民意が移ろいやすいとしても、議員に十分な裁量範囲が与えられているのなら、裁量範囲を活かした議員の自律的な政策決定によって、選挙公約とは異なるが、結局は有権者に最大の利益をもたらすことが起りうる。
 逆に、権力分立をしていたとしても、異なった種類の政治家がすべて選挙時の有権者からの委任に厳格に拘束されるとすれば、妥協の余地がない政策決定はすぐに行き詰まり、有権者にはマイナスになってしまうであろう。つまり、委任と責任の関係における説明責任を果たすことは、民意に忠実であることと同じではない。(p.137)


民意に完全に忠実ではなくても、有権者にそれなりに納得できるような説明ができるような政策を実施することが委任を受けた者には求められる。



 議員や官僚の仕事を無償のヴォランティアにしたり、人員をできるだけ削減して一人当たりの業務量を増大させ「何でも屋」にしてしまうことは、委任内容を曖昧にし、制裁が難しくなることにつながってしまう。そもそも誰が担うべき仕事だったのかが分からなければ、適当にやっつけ仕事として済ます、あるいはやらずに済ませるという誘因を与えているのと同じことになる。委任内容が曖昧な仕事について、不始末の責任は問えないからである。議員や官僚の業務内容は、代議制民主主義が円滑に作動しているときには意識されにくく、ともすれば無用にすら思える。もっとたくさんの仕事を、もっと少ない人数で、もっと安くできるような気がするのも分からないではない。
 しかし、意識しないからといって存在していないこととは異なる。……(中略)……。
 ……(中略)……。委任と責任の連鎖関係を曖昧にし、政治家や官僚の業務を「何でも屋」にすることは、一見したところ代議制民主主義に要する費用を削減するように思える。だが、実際には委任内容が果たされなくなり「タダより高いものはない」という状態を招く恐れが大きい。ヴォランティアとして、あるいは極めて低水準の報償であっても、みんなのためになることなのだから献身的に奉仕すべきだ、というのは、誘因構造を無視した精神論か一時的なカタルシスに過ぎない。
 必要な改革は、むしろ逆の方向にある。委任と責任の連鎖関係を円滑に機能させることで代議制民主主義をより良いものにしていくには、適切な誘因構造に基づいた明確な契約関係の構築が不可欠である。すなわち、誰に何を委任するのか、委任内容が果たされた場合にいかなる報償を与えるのか、あるいは果たされなかったときにいかなる責任を問い、制裁を加えるのかについて、できるだけ明示するとともに、褒賞や制裁の水準を適正化することが必要となる。
 それはとりもなおさず、委任と責任の連鎖関係を規定している執政制度と選挙制度の改革を意味する。委任先である政治家や官僚が担う業務や裁量の範囲、複数の委任先の間に存在する役割分担、そして説明責任を確保する手段、これらを規定するルールを変えることで、政治家や官僚を「より上手に使う」ようにすることが、世界的に見て代議制民主主義を改革する上での焦点なのである。(p.202-204)


議会の定数削減などの議論が適切ではなく、執政制度と選挙制度を変えることで政治家や官僚をうまく使いこなせるようにすべき。まっとうな意見であり、議員や官僚が何をしているかが一般に知られていないことが誤った意見がまかり通る背景にあることも指摘されているが、現実問題として政治家は別としても個々の官僚の動きを直接有権者が知ることは極めて難しいし、必ずしも適当でもない。その意味では、政治のこうした仕組みを教育の段階から深く理解させられるような教育が必要であるように思われる。



アメリカで生まれた大統領制は、議会の暴走すなわち「多数者の専制」を拒否権などによって大統領が止めるという構想から出発したが、20世紀に入ると政策課題の複雑化や困難化に対応して、大統領と官僚の役割が拡大した。今日の大統領制は、執政長官の暴走を議会が止めるのが基本的な構図になっている。これが先にふれた大統領制の現代化である。(p.216-217)


興味深い変化。三権分立のうち行政が強くなったことがこうした変化をもたらしている。これを前提すると必要なのはいかに行政に対する歯止めを設けるか、ということになる。特に官僚よりもそのトップに対する歯止めが重要である。



有権者から説明責任を果たすよう求められることと引き換えに、一定の裁量と自律性を政治家に認めることによって、現在の有権者には不人気な政策決定を可能とするとともに、民意の一時の動きが致命的な悪影響を及ぼさないようにするところに、代議制民主主義が自由主義的要素を持つ積極的な意義がある。(p.252)


現在の日本の政治で問題なのは、説明責任を果たさなくても政府が裁量で何でも決めることができてしまうことにある。集団的自衛権の閣議決定やそれに続く安保法制などがその典型だろう。説明責任が果たされていないことを判定する基準を設け、これを満たさない決定を強行した場合には、政府(行政)に対して内閣不信任などのペナルティを課すような仕組みが作れないだろうか、などと考えさせられる。


待鳥聡史 『代議制民主主義 「民意」と「政治家」を問い直す』(その1)

 代議制民主主義に対するこれらの挑戦は、共産主義とファシズムとしてそれぞれに括られる。その主たる唱道者のイデオロギー的位置の違いから、最左派と最右派という二つの極端な立場からの挑戦だと理解されることが多いが、両者には共通点もある。それは、代議制民主主義の持つ自由主義的要素をとりわけ否定したことである。……(中略)……。
 ……(中略)……。このように、社会全体の利益を強調し、それが政治的競争ではなく実質的な独裁によって追求できるという考え方を全体主義という。(p.57)


本書では共産主義を左派全体主義、ファシズムを右派全体主義としてどちらも全体主義の一部だという見方が示されるが妥当である。

本書の見方では、代議制民主主義は民主主義要素と自由主義要素から成ると理解されるが、自由主義要素を否定した純粋な民主主義的な考え方では、社会全員が全員を直接統治することができない以上、全員の意見を代表しているとする少数者が統治することにならざるを得ない。しかし、自由主義的要素を否定してしまっているが故に、少数者の行為が社会全体の意見と異なる場合でも歯止めをかけることができないという問題が生じる。また、私がこの問題に関していつも思うのは、支配する少数者が社会全体の意見を代表するということを担保する制度や仕組みといったものが存在したことがないし、どのようにして担保させるかについて誰も知らないということである。



 戦勝国であるか敗戦国であるかを問わず、平和の到来とともに復員する男性兵士が多数出現して、各国にベビーブームが起こった。たとえば日本の場合、1949年の年間出生数は269万6638人で、自然人口増は175万1194人に達した(厚生労働省『人口動態統計』)。……(中略)……。
 ……(中略)……。彼らは1960年代後半になると大学に進学し、成人するようになるが、大人になったベビーブーム世代が見出したのは、各国の戦後社会の「いかがわしさ」であった。とりもなおさず、それは代議制民主主義の「いかがわしさ」でもあった。
 かくして、アメリカ、フランス、日本など先進諸国の各地で、1960年代後半にはベビーブーム世代を中心にした大規模な社会への異議申し立てが発生した。それは、具体的な異議申立ての対象と担い手によって、学生運動、住民運動、女性運動、反公害運動、反戦運動、差別反対運動などさまざまな形をとった。各国の運動が国際的に連帯する例や、過激で暴力的な反体制、反社会的運動に転化する例も見られた。しかし共通して認識されていたのは、選挙をはじめとする従来の政治参加ルートの機能不全であった。……(中略)……。代議制民主主義への懐疑、あるいは代議制民主主義における民主主義的要素の強化こそが、これらの異議申し立ての隠れたテーマだったともいえよう。(p.67-69)


60年代末の様々な異議申し立てをベビーブーム世代の生育環境と、彼らの代議制民主主義の体制に対する疑念によってある程度の共通の背景を説明できており、その隠れたテーマについて指摘しているが、このあたりは目から鱗という感じで、非常に参考になった。



マクロに見れば、先進諸国の経済成長は60年代後半には鈍化しはじめ、70年代の石油危機がとどめを刺す形で、成長に依拠していた戦後和解体制の維持は困難になっていた。それまで主流であった社会保障の拡充を中心とするケインズ政策や福祉国家化は財政悪化や社会規律に悪影響を及ぼすものとして批判の対象となり、代わって市場経済の潜在能力を重視した政策が追求されて、アメリカ、イギリス、西ドイツ、日本などで保守長期政権が登場した。
 この現象は、代議制民主主義の持つ自由主義的要素と民主主義的要素の裂け目という観点からは、1960年代から70年代前半までの民主主義的要素の重視から、自由主義的要素の再台頭として位置づけられる。(p.71)


この現象を、一つ前の引用文のような世代論を敷衍して説明すると、次のようになるのではないか。民主主義的要素を強化しようとする60年代から70年代の運動が、様々な個別の成果は挙げつつも、代議制民主主義の体制自体は変革しきれなかった挫折ののち、働き盛りで納税により社会を主として支える役回りを演じる時期に入ったベビーブーム世代は、その政府・政治への不信から、納税額が少なく済むことを望んだという一面もあるのかもしれない。もっとも、このような世代論による説明は部分的なものでしかないが。



 無党派層とは、政治や政党に対して関心を持たない人々のみを指すわけではなく、むしろ政治的関心や政党への期待水準が高く、そうであるがゆえに既成政党に満足できない人々を含んでいる。このような人々は、自らの利害関心をより適切に政策決定に表出してくれる政党が登場したと感じた場合に、雪崩を打ってその政党を支持する場合がある。(p.92-93)


なるほど。無党派層というと、何となく特定の党派を支持する人よりも政治的関心が低そうなイメージで捉えがちだが、逆に政治への関心が高いが故に既成政党に満足できない人々もここに分類されている。無党派層には本当に無関心な人と感心や要求水準が高い人の2つの異なったカテゴリーに属する人が含まれていると考えると、これらには別の名前を与えて分類する方が適切かもしれない。



 代議制民主主義は、アドルフ・ヒトラーを筆頭に繰り返し扇動政治家の登場を許し、そのたびごとに反省が語られてもきた。だが、民主主義は有権者の意向が政策決定に反映されることに意義を見出し、意向が形成される際の判断基準が理性的であることまでは求めていない以上、扇動政治家の出現は避けきれない面もある。代議制民主主義にとって大きな課題である。(p.113)


このエントリーの最初の引用文に対するコメントで私が述べたことと関連する問題である。

説明責任を果たす圧力を高めること、説明責任が果たされなかった場合に、いかに速やかに委任を受けた者を退場させたりペナルティを与えることができるかということが、この問題を解くためのポイントの一つなのかも知れない。(説明を受ける有権者側の判断が妥当かどうかという問題は残るが。)

例えば、現在行われている国会でも、森友学園に関する追及への首相や政府の答弁や名前を変えた共謀罪法案に対する法務大臣の体をなさない答弁など、説明責任を果たしていない重大な事例が次々と出ているが、これを追及しきれないような制度設計には極めて大きな問題があると言わざるを得ない。



2010年に始った「アラブの春」は、反体制運動に加わった人々がインターネットのSNSを使いこなして相互に連帯し、かつ先進諸国をはじめとする海外からの支持を集めた点に注目が集まった。確かに運動の手法ないし技術という点で新奇さはあったが、それまで約20年にわたって続いてきた世界的な民主主義体制の拡大が、中東地域にまで及んだという側面も持っていた。(p.114)


世界的に民主的要素を求める動きが強まっていることがアラブの春の背景の一つになっていたわけだ。なるほど。


竹崎孜 『スウェーデンの税金は本当に高いのか』(その2)

 しかも国内ではとかく、日本社会の高齢者増加が世界のどの国も経験したことのなかった非常事態として、不可抗力だったかのごとく強調されてきた。ところが、スウェーデンでは、1890年に世界に先駆けて高齢化社会となり、1975年には遂に高齢社会へ突入したが、国民の生活安定を図る政治をいち早く展開していたので、高齢社会をものともしなかった。
 日本は、視線が経済成長へ向いても、国民生活からは目をそむけ、あげくには長寿化に付随する数々の社会変化を無視したため、社会問題を山積させてしまったのである。(p.52)


最後の一文の指摘は、日本の政治と社会の関係を的確に指摘していると思う。



 国民へ還元される予算のうち、なかでも生活にもっとも密着するものが社会保障関係である。旧総理府がかつて公表した古い資料によれば、税・社会保険料に対する社会保障還元率の比較表では、第1位がスウェーデンの75.6%、引き続いて英国やドイツがおよそ59%、そして米国が53.2%となっているのに比べて、日本は41.6%の最下位にとどまっていた。(p.53)


予算を生活を直接支えるために使わないのが日本の特徴であり、このため各家計では本書の言う「固定家計費」が多額に必要となり、これが階層が固定化され、貧困層の厚みが減らないことにつながるなど、様々な社会問題へと繋がっていく。

税収がもっと必要であるとしても、税収の配分(産業から生活へ)も見直しが必要である。なお、税収を得る方法は、もちろん累進課税を強化するような方向性以外には適切なものはないということは付け加えておく。



高校や大学への進学のためには学校の勉強だけで充分とされ、成績表すら小学6年までは競争心をあおるとして廃止となった。(p.66)


成績表の廃止というアイディアはいろいろと考えさせるものだ。確かに、数字や三重丸などの他人と比較できるような評価を科目ごとにつけることは、このくらいの年齢の子どもには必要ないかもしれない。ただ、日ごろの取り組みの様子や達成の度合いに対して、一律で比較できる記号によってではなく、教師側からの言葉によるフィードバックという形をとることなどは考えられるように思う。そうしたやり方は教師側の負担増となり、そちらの面も含めて総合的に考えていく必要がある。



ただし、働きながら将来の進路を探り、やがて大学などでの勉学を再開するのが通例となっており、高校から大学への直行ではなくても不利でないばかりか、むしろ、熟考ののちに将来像を描くほうがかえって有利とされる。(p.66)


この仕組みは良いと思う。現在の日本の学校制度では、学校を卒業して就職するにしても、高校や大学を出た後の職業について具体的なイメージを持つことが難しい。生徒や学生はそうした中で就職先の選択を迫られる状況である。スウェーデンのように高校を出たらいったん就職した上で、自身の適性や仕事の具体的な内容などを理解した上で大学で学び直すというシステムには合理性がある。ただし、大学がそうした知識を授けたり、そのために必要な議論をする場として機能すれば、という条件が加わるので、日本の大学にこうしたことが期待できるのかは、やや心もとない気はするが。



「税金は、あらゆる社会で国民的目的の共同費用として集められるが、国民が税金をいくら払うのかは、社会が引き受けた健康、介護、教育、住宅などに関する責任範囲で決まる」(p.95)


これはスウェーデンの繁華街にある広報センターで配布されている資料の序文であるという。

こうした説明は日本ではなかなか受けることができない。学校でもメディアでもこうした基本的な考え方は明確に説明されることがない。まずはこうした知識環境から変わる必要があるように思う。



 課税が経営へおよぼす悪影響はなるほど一部企業にはあてはまるであろうが、税金を支払えない企業であれば、おそらく生産性は低い、賃金は安い、労働時間は長い、あげくに雇用は不安定など、労働者の職と生活の安定をおびやかしており、それだけでも社会の利益に反するという。よって、自由競争に耐えられない企業は、将来の発展性も期待できないから淘汰が望ましい、と容赦しない。
 ……(中略)……。
 社会保障税が制度化された根拠のひとつは、企業の人材育成や教育にかかる費用のすべては公費、すなわち税金が投じられており、したがって、社会が育成した人材のコストを支払う責任が企業にはあるとされる。さらには、企業活動が可能であるのも、社会のインフラストラクチャーが利用できるからであって、この視点からも社会コストは企業経費に含められるべき、つまり費用の分担をすべきと解釈される。(p.123-124)


スウェーデンで社会保障税が全額企業負担の税とされる理由。非常に筋の通った考え方になっていると同時に、日本の考え方がいかに企業に甘いのかということも感じさせられる。

税金が払えない企業は被用者の労働環境も悪いだろうというのは使える論理だと思う。さらに言えば、税金を払いたくない企業であれば、同じように被用者からも搾り取ろうとするだろうから労働環境も悪いだろう、とも言うべきであり、こうして内部留保や経営側の超高額報酬も可能となっていると捉えるべきだろう。

倒産した後に次の企業が現れるかどうか、失業者のうち教育やスキルが十分高くない者が再就職できるかどうか、といった問題が日本での議論からは出て来るだろう。スウェーデンでこうしたことが日本ほど問題とされないように見えるのは、それ以前の教育制度や再就職までの社会保障・職業訓練などが充実しているからであるように思われる。本書を通して見えてくる日本社会の問題点からは、生活を保障する体制がないことがどのような制度改革にもつきまとう障害となっていることがわかる。


竹崎孜 『スウェーデンの税金は本当に高いのか』(その1)

 国民全体の税金負担は、国の税収全体に占める税金と社会保険料の合計によって計算できるとされるが、他方、個人負担のほうは、家計との比較や関係から割り出すほかはないであろう。……(中略)……。
 ……(中略)……。税負担とはこのように、家計や所得との三者関係から成り立つ
 ……(中略)……。
 今日では、家計構造についての信頼できる資料がなかなか見当たらないなか、それでもなお家計概要の推測はできよう。その際に重要なことは、税金と社会保険の負担率を明らかにすることのほかに、これまで見落とされがちであった学校や予備校・学習塾にかかる費用、多数ある民間保険の料金、貯蓄など、月々の家計出費の中でこうした絶対的に避けられない支出を見据えることである。それらをここでは「固定家計費」と命名しておこう。
 ……(中略)……。さらには、民間保険費用が家計に食い込むのは、税金と社会保険料などを払いながらも、公的保障だけでは不安で、さらに補強するのが目的であるだけに、こうした出費を省いてしまえば、生活不安が増幅してしまうからである。
 ……(中略)……。
 世界には、貯蓄に励む理由が見つからないという国民もいる。……(中略)……。
 それが日本人ならば「生活が不安だから貯蓄しておく」、あるいは「生活に困らないために貯蓄する」と、不安に追い立てられる様子を物語る。最後の言葉が象徴するように、日本での貯蓄とは、失業や傷病時の生活費、医療費、教育費、それに老後生活費を準備するものとなっている
 いずれにしても、税金による国民生活の支援や社会的セーフティネットの不備を露呈しているのと同時に、社会保障や社会保険制度の水準の低さを裏づけており、税金を支払いながらも、固定家計費の追加がどうしても不可欠で、こうした出費である貯蓄は、税金と社会保険料と並ぶ費用として合算されるべき家計支出であることを忘れてはならない。
 それも日本の家計を分析すると、税金や社会保険料に加えた固定家計費用の大きさが特別に目立つ。日本では、税金が安いと言い伝えられてきたのにもかかわらず、社会的・公的保障水準の低さがそのまま生活不安の拡大へつながっており、それぞれの家計は自力を頼みとする防衛策のためになんとか捻出しようとするのが固定家計費であって、それが生活をさらに圧迫している。(p.24-27)


本書のタイトルになっている問いに対して答えるにあたってのキー概念である「固定家計費」の考え方を説明した箇所より一部抜粋した。ここで示された考え方は日本における公的負担と公的支出のあり方を考える際に非常に参考になるものである。

固定家計費の代表的なものは教育関係費、民間保険料、貯蓄であるが、こうした固定家計費の日本の家計では支出が大きい。税や社会保険料が安くても、これらが高いので家計は苦しい。これらが必要となるのは税負担が少ないことと、負担した税が個々の家計を支えるための支出をあまりしていないためである。こうした循環が成り立っているのが日本の税と家計の姿である。

つまり、税等の負担が少なく、個々の家計に還元されない→固定家計費が必要→税負担が少ないが家計の痛税感は高い→増税を忌避し、納税を嫌い、自分以外の家計への還元を非難するような世論が形成、といった悪循環が日本では成立している。

税負担が少ないことは私には自明のことであり、この点には何の目新しさもなかったが、税の配分先として家計に戻ってくるものが少ないという点を改善しなければならないということが本書から得た収穫であった。もっとも、累進性を高めることによる増税が必要である、という私の年来の主張自体は変わらないが、増税をしても家計に戻ってこないのであれば(産業などに支出しても比較的高めの所得者を潤すだけであれば)この構図は変わらないので、まずは家計の生活を支える歳出の割合を増やす必要がある。

また、しばしば消費税の増税の議論などと絡めてマスメディアなどでは、日本は税負担が外国より少ないので、まだ増税の余地があると言われているが、固定家計費の高さを考慮に入れると、そのような言説で言われるほど増税の余地は大きくないということは理解しておかなければならないだろう。



 今回の日本型不況は、ヨーロッパ各地を1970~80年代に襲った不況に酷似しており、当時の各国が抱えこんだ悩みや苦しみを真摯に受け止め、先見の明をもって研究と分析を行っていたならば、諸国での教訓が生きて日本は不況をこれほど長く体験することはなかったと想像できる。(p.43)


私は著者が言うほど、1990年代以降の日本の「不況」と70年代頃のヨーロッパの不況とが似ているとは思わない。日本ではデフレだが、当時のヨーロッパはスタグフレーションでありインフレの状態であったことなどを見てもそう言える。ただ、経済成長が鈍い中でどのような社会を構築することで対処するかという問題を考える場合、当時のヨーロッパ諸国がとった対応をよく知っておくことは有益ではないかという気がしており、そうした志向という点では著者に共感できるところがある。

また、日本の「不況」と言われるものの構造的な要因の一つは90年代後半から始まった生産年齢人口の減少であり、今後は総人口も減少していくことである。この点も当時のヨーロッパとは状況としては異なっているが、人口の増加率が下がらないようにする対策と言う意味では学ぶべきものがあると思う。本書の上記の指摘は、事実認識としては疑問だが、それが志向するものとしては大きく間違っていないという点が逆に興味深い。


浅野和生 『親台論――日本と台湾をむすぶ心の絆――』

 ところで、鄭成功は、2万5000もの軍勢をもって台湾へ移ってきましたから、食糧増産をしなければ軍を養っていけません。それで、台南を中心としながら、北は嘉南平野へ、南は高雄平野へと軍隊を分けて屯田開墾を進めさせることとしました。この地域にみられる、左営、新営、柳営、林鳳営などの「営」のつく地名や、前鎮、後勁などは、いずれも、もとは鄭氏の軍隊が開いた開墾地なのです。(p.72-73)


台湾の地名は(その歴史に示される通り)、外来の支配者が台湾に入ってきたときに原住民と外来の者たちがどこで生活したかということと関係が深いものが多いように思われる。



当初、芝山巌に設置されたのは、国語伝習所、つまり日本語教育の学校でした。その三年後、1898年には、名称が公学校に変更され、各地に広く設置されていきます。
 そこでは、修身、作文、読書、習字、算術、唱歌と体操の授業が行われました。一方、先住民に対しては、蕃人公学校が作られ、国語、算術、修身のほか、農業、手工芸、唱歌の授業が行われました。蕃人公学校には、職業訓練所の意味合いが持たされていたわけです。また、日本の内地から台湾へ行った人びと、当時は内地人と呼ばれていた日本人の子弟が通うのは日本と同じ小学校でした。これは、もともと日本語が使える人たちですから、日本の内地と同じ教育が可能だったわけです。(p.92-93)


日本統治時代の台湾の教育について分かりやすい説明となっている。内地人、漢人系の本島人、原住民とでそれぞれ学校が区別されており、教えられる内容にも相違があったことが分かる。本書の論調としては(他の箇所でも同様の傾向があるのだが)、植民地支配には負の側面はあったにせよ、言語(母語)が異なるため学校も区別することには合理性があったとして正当化しようとしているように思われる。

確かに、母語が異なる集団に対しては、別のクラスに分けて教育するというのも一つのやり方であるのは認めることができる。ただ、教育内容については、次の点を指摘しておきたい。日本語を国語とする場合、日本語を母語とする人々に比べ、それ以外の言語を母語としている人々には日本語を教えることにより多く時間を割かなければならないかもしれないし、教科を教えるにしても母語以外の言語で授業をするならばより多くの時間をかけなければ同じ内容に到達できないことが多いとは言えるため、カリキュラムにも工夫が必要なのは確かだろう。しかし、本書の記述にもあるように原住民の学校は職業訓練所の意味合いがあったとするような点は、それらのグループ出身者に対しては卒業後の進路の自由度を下げるような制度になっており、差別として機能する制度であったことを指摘しなければならない。(なお、日本語を国語としてそれによって教えるということ自体が特定のグループに有利に働くものであり、これを前提とする植民地支配という枠組み自体も問われなければならないのは言うまでもない。)



 台湾が大日本帝国憲法の例外地域でなくなるのは、大正11年、1922年のことです。日本国内でも大正デモクラシーで民主化が進んだこの時期、大正12年の1月1日をもって、大正11年の法律第3号、つまり法3号の体制に移行したのです。これによって、原則として日本の内地の法律を台湾にも適用する、内地延長主義に転換しました。
 このときの総督は、軍人ではない文官総督の田健次郎でした。それでも、台湾の特殊事情で、本国の法がそのまま適用できない場合には、律令が制定できる権限は残されました。(p.97)


北海道において区ではなく市が置けるようになったのも同じ年のことだったが、繋がりがあるのだろうか?



 日本統治以前には、キリスト教の宣教を兼ねた西欧からの医師の移住、病院の開設がなかったわけではありませんが、全般的には、民間伝承療法が中心で、漢方医がいるだけでした。つまり、日本の国内法規を適用すると、医師免許を認められる医者はほとんど皆無だったわけです。
 当然、西洋医学を身に着けた医師を、早急に増やさなければならないのですが、それだけでは当面の必要を満たせませんから、伝統的な医療を行ってきた医生に研修を受けさせ、登録させて、医生が治療行為を継続できることとしました。こうしたことは、台湾が大日本帝国憲法を柱とする日本の法制度の外に置かれていたからできた措置です。(p.105)


ここにも先ほど指摘した本書の傾向が出ている。内地と外地を区別して統治したことには、それなりの合理性があったと言いたいのだろう。ただ、この場合も仮に同じ憲法の枠内にあったとしても、「台湾では医師免許の扱いについて内地と違う扱いを認める」という内容の法律を作ればほぼ同じ効果が得られる。(もちろん、現場で決定できるのと一地方として決定に参画できるだけであることとの相違は残るが。)

憲法の枠外にあり、強い権力を持つ総督がいることで、次々と現地で必要な決定が行えるようになったというのはその通りではあるが、やや歴史を正当化し過ぎだろう。これだけ強権的な権力の支配下に置かれた人々の境遇や法的地位が異なることによる差別なども指摘が必要であると思われる。



 台湾の最南端、屏東県に、八田與一の烏山頭ダムとほぼ同じころに工事を行っていたのが、鳥居の地下ダムでした。これは、地上の川ではなく、地下水脈を地下でせき止めてその水を地上に導き、地域一帯の灌漑用水と飲料水として用いるという、まことに画期的な土木、建設事業でした。
 しかも、八田の事業が、総統府(ママ)の資金による、いわば国家的プロジェクトであったのに対して、鳥居の仕事は、台湾製糖という民間会社の事業だったのですが、その工事の質は高く、85年余を経た今日も、その大部分は当初の機能をそのまま果たしているのです。(p.116-117)


台湾に貢献した日本人として後藤新平、新渡戸稲造、八田與一などは多くの本で言及されるが、鳥居信平もしばしば挙げられる。前三者は総督府の一員として台湾にいろいろなものを残したのだが、個人の力によるというよりは、官僚として与えられた職務を立派に果たしたという種類のものであると理解しておくことは重要である。しばしば、このあたりの話は現実からやや離れた美談として語られる傾向も見られるからである。



 さて、用水路建設を予定する一帯は、先住民族のパイワン族が住むところなのですが、それは漢人が住まないところ、つまり農業その他の産業に適さない地域であったことを意味します。
 清朝統治の220年の間に、漢人が手を付けなかったからこそ、それほどの高地、山間部でないにもかかわらず先住民族の地として残されていたわけです。(p.118)


鳥居信平の地下ダムの話の続きだが、台湾における諸エスニック集団の歴史的に形成された配置についての的確な指摘がなされている。



 1942年からは、台湾で志願兵制度が実施され、1944年までに、陸軍特別志願兵、海軍特別志願兵、そして高砂義勇隊として日本軍人となった台湾の人々は1万7000人余りにのぼりました。
 しかしながら、日本の戦況が悪化するにつれて兵員の損耗が急増すると、台湾でも1945年には徴兵制が施行されるようになります。こうして、1945年までに軍人となった台湾の人々は、合計8万433人、このほかに軍夫や軍属として従軍した人が2万6750人で、総計10万7183人の人々が軍務に従事しました。

 そして、日本のために戦死した人は、合計3万304人に及びました。これらの人々も、靖国神社に祀られています。(p.132-133)


従軍した人の3割弱が戦死したことになる。靖国神社には日本の体制の側に立って戦争に参加して死亡した者が祀られるという仕組みであるため、本人や遺族が靖国神社には祀らないで欲しいと主張していても一方的に祀られてしまう。「国家」を中心とする考え方に基づいて選別していること、関係者の意思も無視していることなど、いずれも個人よりも「国家」を上位に置いた考え方となっているが、これは為政者(権力者)にとって好都合だが、被治者にとっては有害な考え方である。



そして長年居座っていた万年議員による間接選挙であった総統、つまり大統領が、1996年からは、台湾に住むすべての成人男女の直接の投票で選ばれるようになります。

 こうして、1996年には台湾は民主的な国として生まれ変わりました
 その第一回民主化選挙で国民の手で選出されたのが、李登輝総統でした。
 これはまた、大陸中国から移転してきた中国の政権としての中華民国による台湾支配から、台湾の人々自身が選んだ指導者による台湾の統治への移行を意味していました。つまり、中華民国の統治体制が外来のものから、台湾土着のものへと変化したことを意味します。中華民国の台湾化ということです。(p.188-189)


このことの意義は非常に大きい。



本書では、近隣に日本に親しみを持つ国がない中、台湾だけは違うので、そうした隣人を大切にすべきだとされている。それはそれで間違いではない。しかし、本書では日本に親しみを持たない国として北朝鮮のほか中国、韓国を想定して、これらを「反日」として規定し、いかにこれらの国が良くないか、おかしなことをしているか、といった論が展開される。これは外交的な考え方としては全く的外れな議論である。なぜならば、外交は、敵を味方にすること、味方にできない場合でも中立化することがなすべきことだからである。

本書はこれら近隣諸国を自ら敵視し、相手国の敵意を煽るような言論を展開することで、敵対関係をより強めるような議論が為されており、国際関係をより悪化させる考え方でしかない。(仮に中国や韓国は「嫌い」だから仲良くしたくない、といった類の想念が心中にあるために、こうした論になっているのだとすれば、それは政治という結果に対する責任が求められる領域で発言するだけの政治的成熟をしていないということである。)

私としては、日本の人々が台湾と親しくすることには全く異存はないし、日本の人々は台湾の歴史を知らな過ぎるので、台湾の社会や歴史に関心を持つことは非常に大事なことではあるが、国際関係を持ち出して日台関係を親密にすべきと言うのであれば、どうすれば中国や韓国との関係を良好なもの(害がないもの)にしておくことができるか、ということにも知恵を使って欲しいものである。


トーマス・W・フェラン 『魔法の1・2・3方式 「言い聞かせる」をやめればしつけはうまくいく!』

 怒鳴りつけたり、子どもを叩いたりする親の大半は、実は自分がかんしゃくを起こしているのです。そのわけは、次の3つです。

 自分でもどうすればよいのかわからない。
 ・冷静さを失っている。
 ・うまく怒りをコントロールできない。(p.29-30)


この箇所から、対処をしたいけれども対処法がわからないときは、イライラするというのは確かにあると気付かされた。



幼い子どもは自分を劣っていると感じています――大人よりも小さく、できないことも多い。……(中略)……。そのため、子どもは不満になり、力が欲しい、世の中に何か影響力を与えたいと思っているのです。
 ……(中略)……。
 小さな子どもが、湖へ向かって、石を投げるのを見たことがありますか。子どもは、そんなことを何時間でもやっていられます。その理由の一つは、そのときできる大きな波紋が、自分の影響力の証拠だから。この変化を引き起こしたのは、他でもない自分なのだということを実感できるからです。
 「家庭の中の出来事とそれがいったいどんな関係があるのか」と思われるかもしれません。答えは簡単です。小さな子どもが大人を怒らせることができれば、それがその子にとっての波紋です。ですから親が怒りを爆発させれば、図らずも子どもに優越感を感じさせる結果になるのです。
 ……(中略)……。
 ぜひ覚えておいてください――お子さんがあなたが嫌だと思っていることをするたびに本気で怒ったら、間違いなくお子さんはそれを繰り返すでしょう。
 しつけに必要なのは、一貫性を持ち、意志を貫き、冷静でいることです。どうか「言い聞かせない、感情的にならない」の原則に従ってください。(p.34-36)


優越性の要求をおかしな形で満たすことになってしまうということが、親の側が感情的になることは望ましくないことの一つの理由。なるほど。

「言い聞かせない、感情的にならない」という原則に従いながら、しつけにおける賞罰を、罰はルール化、賞は手段を類型化して一貫して適用するところが、本書が提唱する方式の基本的図式である。



でも、多くの場合、謝るというのは偽善の練習であるということもお忘れなく。謝るように子どもに強制するのは、子どもを罰するという要素が大きく、必ずしも後悔や思いやりの気持ちを引き起こさせるわけではないのです。(p.77)


実感としてよく分かる。



 どちらのケースについても、子どもが駄々をこねたりかんしゃくを起こしたりする場合に、必ず守りたい基本のルールがあります。それは、子どもと口をきかないこと。(p.94)


こうした場合に子どもと話をすると、「言い聞かせる」ことになり、また、親の側が「感情的になる」ことになるためであろう。この基本ルールは2つ前の引用文に関連して語られた原則(これは本書で何度も何度も出てくる)を別の言い方で言い直したものと言える。



 うそに対する対応の仕方ですが、ぜひ覚えておいていただきたいのは、うそをあまりに重大視しないことです。もちろんよいことではないのですが、かといって、ものすごく恐ろしい行為でもないのです。うそをつかれて憤慨し、この世の終わりかのような反応を示す親御さんもいますが、そうすると次のような結果を招きかねません。

 ・子どもが自分を最低の人間だと思うようになる。
 ・もっとうそをつくようになる。(p.151)


私自身としては嘘をつくということは、嘘をつく相手を侮辱することでもあると考えている。その意味で嘘を言われた場合、相当の怒りを感じるのだが、育児という局面ではあまりこれを重大視しない方がよいらしいと理解した。



たとえば夕飯を食べ終えたあと、宿題をやったのかどうか、子どもに聞いたとします。宿題はないよと6回も言ったあと、ようやく算数の宿題があることを白状したとしましょう。……(中略)……。
 さて、ここでよく考えてください。気がついていないかもしれませんが、こうすることであなたはお子さんに、うそをつく練習を6回もさせていたことになるのですよ。(p.153)


確かに。育児や教育という局面では、こうした「練習」をさせないに越したことはない。



 私たちはこう考えています――5、6歳くらいまでの子どもであれば、多少大げさにほめてもかまわない。このくらいの年齢の子は基本的にどんな励ましも喜んで受け入れます。自分がうまくやったのかどうか、自分で判断できない場合が多いからです。
 けれども1~2年生くらいになったら、注意が必要です。このくらいの年齢になると、うまくできるということがどういうことかがわかり、ほめことばが本心からかどうか判別できるようになるからです。(p.163)


なるほど。



 一番いいのは事実を淡々と述べることです。
 「ジョン、宿題を始める時間になったよ」
 「メアリー、寝る時間よ」といった具合に。この口調には「やりたくないかもしれないけど、やらなければならないよ」という感情が込められています。(p.165)


子どもに「させたいこと」をさせるときの方法として「要求する」場合の注意点の一つ。命令には反発を引き起こしやすいという要素もあり、その意味からも、こうした事実を述べるやり方は適切であると思われる。活用したい。



 まず、絶対にやってはいけないことがあります。それは、ふと思いついたときに、宿題をやったかどうか子どもに問いただすこと。これは唐突な要求の一つで、子どもは抵抗します。宿題を習慣にして、できるだけ同じ時間、同じ場所でさせることが大事なのです。
 一番いいのは、子どもが帰宅したらおやつを食べさせ、30分から45分ほどゆっくりさせたあと、宿題をさせるという手順です。多くの子どもにとって、宿題は体力が残っている日中にすませてしまったほうがよいようです。宿題が終わったら、あとは自由時間です。
 テレビをつけっぱなしで宿題をさせないように。テレビは、常に人の注意を引きつけようとしているからです。意外に思われるかもしれませんが、CDやiPodなどで音楽を聴きながらするのは問題ありません。子どもやティーンエイジャーにとって、音楽を流しておくことは外の生活音を遮断するための手段だからです。(p.207-208)


宿題をさせることについては、本書と概ね同意見である。遅くない時刻に時刻と場所を決めてする習慣をつけるというやり方は極めて妥当と思う。唐突に宿題をやったか確認してやらせるのがうまくいかないというのも参考にすべき。

なお、テレビに関しては全く同意見だが、音楽に関しては子どもの個性にもよる面があるようにも思う。



 結婚には働くことと遊ぶことの両方の要素があります。うまくやっていけるのは、そのバランスをとることができるカップルです。しかし、仕事というものはあまりに自然に、そしてあまりに支配的に私たちの生活に入り込んでくるため、遊びと仕事のバランスをとるためには、一緒に楽しむ時間を確保し続けることが重要になります。
 子どもとの関係も同じです。子どもを好きになるためには、子どもと一緒に頻繁に楽しむ必要があるのです。(p.242)


前段の結婚に関する理解は参考になる。結婚の場合の仕事は、職業的な仕事のほか家事のことも含まれると思うが、思うに家事を協力してできない場合、夫婦の関係は基本的によくないものとなると私も考えているが、それを的確に表現してくれていると思われた。



そう、「1・2・3方式」は、なによりも親が、この方式に対する親の理解と覚悟が試される方法なのです。けれども同時に、正しく行えば、親の怒りをコントロールする方法でもあります。(p.293)


この点は本書を読んで感じた私の見方とぴったり一致すると思われた。

本書の考え方から言うと、次のようになるだろうか。

子どもは「小さな大人」ではないため言い聞かせようとしても素直に納得したりはしない。このため親が怒りを感じることになり、これが暴力などに繋がる。その上、親が怒っても子どもをしつけることはできない。「言い聞かせない、感情的にならない」という原則に則り、賞罰の方法をルール化して揺らがずに一貫性を持って実行することによって子どもはすべきこととすべきでないことを適切に学ぶことができる。この一貫した実行をするには、その方法に対する理解と覚悟が必要となる。


O・シュタマー 編 『ウェーバーと現代社会学 下』
ラインハルト・ベンディックスによる発言より。

ところで、よく考えておかなければならないことは、ドイツ国内ではくりかえし専ら政治家マックス・ウェーバーが語られるのですが、たとえばインドへ研究旅行しました折などには、いろいろなインドの学者が私に向かってインドに関するウェーバーの宗教社会学研究のことを驚嘆しながら語っていた、ということであります、もしもこういった事態が将来にもちこまれますと、ドイツではウェーバーの論稿は政治的側面からのみ見られるだけだ(現在でも、このようになんでも政治的に見るという傾向があるために、時折彼の科学的理念はもはやさっさとどこかへ片づけられています)とされ、科学的著作の継受は外国にまかされたままになっているという仕儀になりかねないのです。(p.57)


確かにドイツでは政治的な著作についての議論がアメリカや日本よりも盛んだったことは確かであり、これらの地域の方が方法論や宗教社会学などに関する業績に対して相対的に関心が強い傾向が続いたということは、この学会があった時期以後にも言えそうである。

もしかすると、この学会から50年ほど経過した現在における『マックス・ヴェーバー全集』の編纂にあたっても、今一つちぐはぐな対応のまま編纂が進められている面があるとすれば、それは学問的な側面への関心が相対的にドイツでは日米などより低かったことも反映しているのかもしれない。



つまり、前述の箇所で、ウェーバーは心理的刺激(アンライツ)についてだけ述べるべきだったのですけれども、実際には信仰に含まれている心理的起動力のことを述べておりますために、問題の理解にとって興味深い一つの誤りを犯しているのです。と申しますのは、信仰に含まれている刺激がどの程度まで起動力となりうるものか、もしくは、どの程度まで起動力となっているのかということが、ウェーバーの研究の決定的な問題にほかならないからです。……(中略)……。
 ……(中略)……。ウェーバーが繰り返し強調しているところによりますと、単純化と誇張とを援用する時にのみ、無限に多様な歴史的世界とこの世界を特色づける流動的な変化とを概念的に把握できるのです。プロテスタンティズム=論文においてウェーバーがとくに述べておりますのは、彼の論述がある種の神学的な根本思想を体系化しているから、厳密に原典にだけのっとってものされたものよりも、論理的には一層高度の整合性をもちうるであろうということです。……(中略)……。他方、この際閑却してはならないことは、つぎのことでありましょう。つまり、分析を行なう際にぜひとも必要だということでこういった単純化と誇張を行ないますと、理念と行為にいろいろな意味があることが捨象され、さらには、概念的に現象を捉えることが人間の関心事を理解するにあたって有効性をもつかどうか疑わしいものとなる、ということです。上に挙げた問題にあてはめて考えてみますと、このことの意味はこうです。つまり、ウェーバーにとって仮定されたある種の神学上の教義のもつ働きが全面的な妥当性をもつのは、自分の信仰にまったく忠実な人――こういう人にとっては、カルヴァン派の教義学の論理的にねられた終局的な帰結というものが心理的に決定的な意味をもっています――を考えてみるときだけである、ということです。たしかに、ウェーバーは、たいていの人間がこういった意味での宗教的な達人ではないことを強調してはおりましたが、ウェーバーは――私の見るところでは―― 一義的な概念構成と多義的な人間存在との間にここで私が述べた関係があることを明らかにしてくれてはいないのです。(p.58-59)


ウェーバーのプロテスタンティズム研究を例として理念型の構成に対して批判しているが、適切な批判であると思われる。

私の理解に基づいて、上記のベンディックスの批判の内容を敷衍すると以下のようになる。すなわち、ウェーバーが現実を一面的に上昇させたり捨象したりして構成した理念型を使って現実を認識しようとする場合、改めて現実の因果関係などを反映しているかどうかの検証をしなければならないが、ウェーバーはそうした検証をしていないために、現実を誤って認識してしまっている、ということになる。



とくに、このことは、ウェーバーの政治上の予測についていえることでして、といいますのも、ウェーバーの政治上の予測が理念型の映像にもとづいてつくられているからであります。理念型の映像というのは、論理的妥当性があると主張しうるだけで、歴史的妥当性があるとはいえないものだからであります。(p.63)


上記の批判と同じことだが適切な批判である。理念型を構成したことによって描き出されたイメージは、歴史的な現実を捉えたものとして主張することは(検証を経て妥当性が確証されるまでは)できない性格のものである。

これに続いてベンディックスは、ウェーバーによる「全般的な官僚制化の進行」というビジョンも、自らが構成した官僚制の理念型に基づいて予測されていることを指摘しているが、この点はもう少し細かく確認しなければ妥当かどうか私にはわからない。



クリスティアン・ジークリストの報告より。

ウェーバーはその苗字からしても織物師であったし、それのみか、近い先祖をたずねると、以前に排斥されていた職業集団――彼の祖父は亜麻布商人であった――と関係が深かったのであって、こういう事はウェーバーの発言の成立と連関のある、外的な事情ではある。(p.285)


ウェーバーが提起した「パーリア民族」の概念に関しての指摘。



 私には、ウェーバーの概念構成は、その構成にあたって少ないメルクマールだけに局限されることなく、概念が曖昧なままにおかれているというところに、欠点があるように思える。曖昧だというのは、ウェーバーが、概念を用いる際に、同じメルクマールを、場合によって、必要だといったり、無くともよいといったりしていることをいうのである。職業的専業化と儀礼的不浄とが、このように使われることもあり、使われないこともあるメルクマールである。……(中略)……。しかし、こんな風にメルクマールを用いたり用いなかったりしてもよいとすると、具体的な場合には常に、概念と現実との不一致が指摘され、つまり、理念型が現実によって「充実」されることがないことになるのだから、研究上の便宜主義的な戦術が生まれることもありうるのだ。(p.286-287)


ウェーバーの「パーリア民族」の理念型に対する批判。この理念型をインドに適用する場合と古代ユダヤ教に適用される場合で概念構成が異なっていることについて指摘されているものと思われる。



とりわけ、理念型に一致する、つまり極端な変異を示すことのない、場合をのみ追求し、それとは反対の場合を軽視するという傾向には、問題がある。(p.287)


理念型を用いた研究には一般にこうした傾向になりがちであると思われるため、この指摘は理念型という方法自体に備わる問題点として認識されるべきだと思われる。



 支配に反抗的な心情の投射が、支配者から少数のパーリアへ「移動」する、近代における一つの例は、産業社会における反ユダヤ主義である。抑圧されている社会層にとって、水平化の行動を実行することが安全弁となるが、反ユダヤ主義は、階級分化とそれに伴い要求される社会的安定とを破壊することなしに、この機能を果すのである。(p.298)


なるほど。



社会的保障のための整備されたシステムが欠けていると、パーリア集団の発生ないし永続化を促進する(アメリカ合衆国)。(p.301)


アメリカにおいて黒人差別が他国よりも根強く残ってきた歴史を説明する一つの要因と思われる。



 きわめて一般的に、マージナルな集団に対する排斥思想と迫害行為を刺激する魔術的な観念群が克服された時に、治療を効果的に始めることができる。……(中略)……。
 このような観念群を分析的に解明することによって、社会科学は世界の魔術からの解放に寄与する。(p.302)


現代の日本における生活保護バッシングや中国・韓国に対する排外主義的な言説などについても、確かに、「魔術的な観念群」即ち、「非合理的な観念群」があることに気付かされる。対象者に対する現実的な認識ではなく、虚像を注入された者が、これらの虚像をヘイト言説の中で再生産することで、排外主義的な言説や行為が増幅されている。こうした「魔術的な観念群」を分析的及び実証的に批判することは、確かに社会科学が果たすべき役割であろう。(ただ、誰もが社会科学の成果を理解できるわけではないという点には留保が必要にはなるが、政策立案に関わる集団やこうしたヘイト言説に対して対抗的な市民運動をエンパワメントしていくことにはなるだろう。)